従僕ではない。(お水のグラスを渡しながら)
アンディラートに八の字眉で諭されたので、反省しました私です。
あまり気にしていなかったけど、色んなロールを失ってからは、大いに被った猫が剥がれていたらしい。
そのうえ幼馴染みの前だからと油断して、素のクズ人格がのさばっていたみたい。
私の態度が悪いせいで、お母様を悪く言われるなんて、万が一にもあってはならないことだったよね。猛省した。
貴族相手だからこそ、暴言ダメ、ゼッタイ。
こちらの世界に馴染んで生きて、世の仕組みも理解もしているつもりだったのに。つもりはつもりで、身になってない。そしてやっぱり、前世ほど堪え性がなくなってる。
相手方に男装のフランちゃんがお気に召さなかったのか、なぜか唐突に女装の命を拝した私。
役職の全くわからぬ男性が憎々しげに私の装いに文句を付け、つっけんどんに「教育係とドレス用意させますから」みたいな発言をしてきたのだ。
仕立て屋を呼ばれそうになったので、慌てて自前のものがあると申し出た。
だってほら、暴言直後よ。明らかに私に好意など持っていない相手から高価な贈りものをもらったら、後が怖い気がする。
しかし、安物ドレスのオカッパ娘なんて主のお眼鏡にかなわないに決まっていると男の目が強く申していたので、ちょっと時間をもらって装うことに
冒険者がそんな何枚もドレスあったって使わないよって言ってたのに。
あって良かった、グレンシア仕立て!
散々やらかしたので、久し振りに令嬢ロールを頑張ろうと思いました。
しかし、呪われた際に役柄大放出を行ったので、イマイチ以前ほど上手じゃないな。頑張って勘を取り戻していこう。
だって、ロールを被らない私は、相変わらずクズだ。辛い。
アンディラートの許しに甘えっぱなすと、彼も「連れがクズなら本人もクズかも」と周りに思われてしまうかも知れないのだ。
学びましたから、今回のは見逃してぇ…。
そんなわけで、本日はまるでご自宅にいた頃のようにフワッとめの令嬢ロールをしております。リハビリ、リハビリ。
すぐ隠せないお絵描きはちょっとここでは出来ないので、令嬢らしい刺繍に勤しみて候。
アンディラートの目が妙に優しいぜ。
ちなみに彼は室内で筋トレしてました。ドアの枠で懸垂してたで。令嬢は怒られるのに、令息は怒られないの、ずるいや。
というか、アンディラートの中でそれはありなのだということに驚いたわ。絶対、ヴィスダード様がやってたんでしょ。
そんな一日も終わり、2人で晩御飯を食べようとしたところに、厄介事は舞い込んできた。
慌てたようなノックの音と、メイドの呼び声。
今からまさに晩御飯なのに、何事?
アンディラートと顔を見合わせた。
さっと彼は扉を開けに行く。誰かがいると落ち着かないから、メイドは隣の部屋待機が基本です。
「何か」
扉越しに答える幼馴染、気を抜いてない。
私なら誰何せず開けましたね。
ここでもまた、酷く気が緩んでいたことを自覚。
使用人をまるで信用していなかったのだから、自分の家にいる時にならそんな無鉄砲しなかった。
何のロールをどれだけ失ったんだっけ?
野良猫ツンデレ、孤高の花、曖昧笑顔のモナリザ系。使い勝手の良い男装の麗人も、急場を凌いだ対人距離勘違いレベルの高テンションも、どうやら心のクローゼットにはいらっしゃらない。
…うぅ、代償は大きかったな。ブラックホール疑似フランめ。というか、無表情なアイツは解呪薬を飲んだら消失したのかな。表情豊かな他のロール達と共に? 一体どういう理屈で??
「フラン。先方が夕食をご一緒なさるそうだ。これから、食堂に準備し直すらしい」
「え、そうなの?」
なぜ、と問うても彼は答えを持っていまい。困らせるだけなので訊いたりしません。
せっかくセッティングしたのに、片付けられゆく夕食達。熟練のメイド達にかかれば、撤収はあっという間だ。
ふと、天使の目に悲しみを見つけた。
…お腹空いたんだろうな。
そうよね、いただきますってとこでお預けだなんて。君のお腹はもう、お肉を食べる気満々だったのに。
おのれ。天使を悲しませるだなんて、なんて鬼の所業なのよ。
「口開けて」
「え?」
「早く」
キョトンとしながらも素直に従う天使のお口に、在庫の干し肉キューブを投入。
私に予備動作皆無の、アイテムボックスからのダイレクトインだったので、ちょっとビックリされた。
夜営でスープにするときに予め切ってあれば楽かな、くらいで暇潰しに切ったのだが…全く違う場面で役に立ちましたね。
モグモグする彼は、お預けの精神的ダメージから少し回復したようだ。良かった。
こういうおつまみあるよね。四角い謎肉。
いつもの干し肉丸かじりもワイルドで悪くないけど、切っといておやつにするのも有効かもしれないね。
そうこうするうち、メイドが改めて呼びに来た。
ちなみに女装しちゃうと顔を隠すのは無理だ。なので、フォームチェンジ後はメイドさん達も腹心が付けられたらしい。
常日頃からベールを纏うような令嬢はいない。
常にフードの冒険者よりも尚、異質なのだ。だから仕方がないね。
警戒にキリッとするラッシュさんの横で、フランちゃんは何となく微笑みを湛えています。怯えを見せるなど性に合わず。どこでも乗り込みましょうぞ。
お父様と違って自力ではないですが、御守りパワーで毒殺にも耐えます。
案内された食堂に入ると、先方は既に入場していた。しかしまだ席についてはいない。
すると、ラッシュさんだけがなぜか別室に案内されていってしまった。急に心細くなる。
…え、どういうことなの、困る。
先方がこちらに目を向けた。
待った? ううん、今来たとこ。
脳内でそんな会話をしながら、私はスカートの裾を摘まんでお辞儀した。
「本日はお招き頂きまして、ありがとうございます」
「…あぁ」
柔らかさを意識した発声で、ふんわりと微笑む。うむ、我ながら良い令嬢ぶりだ。
無感動な返事が返されたことには、特に腹も立たない。
そう仲良くしたくない相手に、下手にニコニコして期待を抱かせたり、付け入る隙があるなどと思わせてはならない。王族と言わず、高位貴族であっても常識だ。
しかし、大いに問題があるので、言わせていただくよ。
「あの、ラッシュさんの食事が別室のようなのですが、何か不都合がございましたでしょうか?」
小首を傾げて、困った雰囲気を出してみる。
相手は何だか形容しがたい顔をしている。
しかし令嬢ならば、相手が答えていないのに、これ以上口数多くはぶっ込めない。
テーブルに付かず、立ち尽くしている私と王族(仮)。
おかけ下さいって言ってくれないと座れないのですが…いや、それより立食パーティーでもないのに立ち話はおかしいじゃろ。
「…あれは、従者であろう? 食事に同席するなどおかしいではないか」
「対等な仲間ですわ。わたくし、従者を付けるような暮らしはしておりませんの」
誰が使用人か!
この世界ではお金を出せばあんな良い子が雇えるのですか。まぁ待て、有り金全部出します。
でも仕えてほしくはないよね。
彼は私の下になどいない。繰り返すが対等な関係。
だってほら、ふふ、親友だもの。
そして幼馴染で、癒しの天使です。むしろ向こうが上位で問題ない。
そう思っていると、見覚えのある男が慌てたように現れた。私の中でのあだ名は「小舅君」だ。
なんか今日、この人よく慌ててない?
こそこそと何やら話している。
と、前触れもなくラッシュさんが戻ってきた。
「別室で食事になるって言われて。離されるなら食事は要らないから給仕するって言ったんだ」
首を傾げた私に、そう告げるラッシュさん。
お腹ぺっこりんこだったはずなのに、私を案じてくれたのかい。優しい。
しかし従者否定直後の給仕立候補であった。
私の言葉の信用度がなくなった瞬間です。
「ラッシュさんは従僕などではありません」
相手に重ねて聞かせるべくキッパリと口にした…のだが、ラッシュさんたら頷きながらも、こちらもキッパリ。
「側で守れるのなら、どう呼ばれても構わない。それは俺とフランが理解していれば良いことだから」
見たか、この天使ぶり。無暗に胸を張る私。
取りあえず両手を合わせておこう。
「…フラン、拝まないで」
困った声を出された。
私の信仰心、届かず。無念。




