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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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フランは過激派ですから!



 案外、うまいことやってんじゃないの?

 そんな感想を抱いて、私は街を見る。それなりに活気があって、人々は笑っていて、よそ者への態度も特に悪くない。

 城下町としては、小国だから規模は小さめだけれども。


「ごく普通の街」


 私の言葉を聞き付けたモルノートは、それは悪かったなと苦笑いしていた。

 ほらね、盲目的な反発もされない。

 これ、悪いことじゃないのよ。


「このままで良いんじゃないか? フランが必要だとは思えない」


 ラッシュさんも私と同意見のようだ。

 今度は不思議そうな顔をするモルノートに、こいつ、大丈夫なのかなと逆に不安になる。


 忘れられた姫君というトップシークレットに関わるには、何というか…。

 こっちに付いたら褒賞出るよとか権限ありそうな発言してたけど、君、本当に全然下っぱなのでは?


「普通を維持するには、上がそれなりに有能じゃなきゃダメなんだよ。平民の暮らしは、貴族階級よりも当然劣る。上だけが搾取して贅沢三昧だというなら、下に行くほど疲弊しているはず」


 上が「下々の生活は普通レベルだと感じている」なら、実際は普通以下なのだ。無能な貴族はしばしば平民を見下すからね。貴族と平民の心の距離が、政治手腕のバロメーター。

 だって、歴史を長く持つほど「国家樹立時の目的」を忘れるもの。


 国家は勝手には出来ない。誰かが中心となって、王を掲げて、国が興る。

 元は家族や友人の一握りを守るために立ち上がっただけの人かもしれない。奪わねば奪われるからと辺りを掌握した、そんな問題を抱えていた人かもしれない。ただ力があり、覇道を目指した人かもしれない。

 どんな人がリーダーであっても、始まりは目的を同じくしたひとつの集団のはずだ。


 初代や数代は理解しているだろう、根底にあったはずの「何か」。それを支えるため、またはそれに守られるために多くの人が集まり、国家が出来上がる

 だが、税を集めて事業へ払い出し、国を経営していくうち、目的が変わる。


 王は貧しい暮らしには戻れない。対する相手も国だからだ。

 代表者がボロを着て、下手に出て、舐められるわけにはいかない。

 交易、交渉、交戦。王が侮られることは、背後にいる民すべての生活に影響する。


 そして上層部の体裁と水準を維持すれば、いずれ勘違いする者が出る。

 自分達は偉い、だから下からはいくら搾取しても良い、と。やがて大義はなくなっていく。代が替わり、志を失い、特権だけを守りたくなる。そういうものだ。


 グレンシアが大国ながら腐らないのは、「魔獣から生活圏を守る」という根本の部分が変わっていないからだ。

 国は大きいが、土地が増えた分、脅威も大きいまま。

 冒険者優遇政策など、安定した地の国民からなら「自分達を優遇しろ」と反発を食らう。

 そうならないのは、国全体が魔獣への危機感を捨てていないからだ。


 例えばトリティニアは…うん、正直なところ、清廉潔白とは言い難いと思うよ。

 蔓延っていた不正はお父様が大分バッサリ取り除いた(そして公式には王の英断的なものになってる)らしいけど、トリティニア貴族の中にまだまだ汚職や腐敗はある。


 そもそも恨みだけお父様が貰って、歴史的には王様の功績よ。その一件だけではないのだろうけど、娘は死ぬとこだったっつーの。

 うちは王子だって勘違い系だったし、王家自体が腐ってても私は驚かないね。

 でも多分、あんまり酷かったらお父様が仕えていないとは思うので、マシな方だと良いな。という希望。


 そうして改めてこの国を見てみれば…上層部や内情を知らぬお客さんが見た景色としては、そんな悪くないように思えるのよね。


「ここで頭をすげ替えたところで、劇的に良くなる何かはなさそうよね」


「1人で離れては駄目だぞ、フラン」


 路地裏を覗く私の肩を、ラッシュさんがなぜか掴んでいる。

 あの、別に突然ダッシュしていなくなったりしないよ。君から逃げる理由がないじゃないの。


 しかし、そう告げたとしても認めてはもらえないであろう。結構、こういうとこは信用がない私だ。

 過去にやらかしてるしな…サトリさんに目が眩むとか、自己満足の「ここは俺に任せて先に行け(強制)」とか。


 路地裏には、まあ、それなりに低い生活層がいるようだ。

 だが、それはどこの国にもいる。むしろ全く見えないようになっている方が危険というか、水面下でどうなっているかわかったものじゃないよね。

 隠さないだけ、まだそこに眼を向けている可能性もある。だとしたら無能ではないはず。


 今更、女王を立てるの?

 むしろ荒れるんじゃないかな。


 本当に、如月さんは何がしたいの?

 考え込んでいると、周囲の景色がゆっくりと流れ出した。疑問を抱えたまま、ラッシュさんに手を引かれつつ、モルノートの後を付いて歩く。


 あれ、いつの間にか手を引かれているよ。

 完全に脱走防止されてるじゃないの。結構ないどころか、信用はゼロじゃないですか。

 …しかし私も、二度とやらかさないというお約束はできません。


 モルノートは城に向かっているのかな。

 少し離れているのでカウント外として視界から外し、賑わう街を2人で歩く。

 真面目なラッシュさんはウインドウショッピングなんて少しも意識にないようだけれど。


 手を繋いで街を歩くなんて久し振りだ。

 市場が大冒険のようだった、あの頃に戻ったようで、何となく嬉し楽しい。


 この手をギュッとしたいけど、そうしちゃったらシャイボーイが我に返って、勢い良く振り払われる恐れもある。

 私は何も喋らず、なるべく相手の気を引かないように大人しく歩いた。

 フードの下でニコニコしちゃうことだけは許してほしいかな。


 さて、モルノートはいつの間にかお仲間へと連絡を取っていたようで、私達は不審がられることもなく入城を許可された。

 衛兵はフードの怪しい冒険者についても顔見せを迫ることなく、この国ゆるいなーなんて思っていたのだけれど。


 通された部屋の空気の、重々しいことよ…。

 ラッシュさんも完全に警戒モードになっている。いや、思えばラッシュさんは、城に入る前から警戒モードに移行していたわ。


 私は、その…最悪、サポートで魔獣を作って城内に放てば大混乱に乗じて逃げられるのではないかなと。人気のない場所さえ一時的にでも確保できれば、以前のように一旦アイテムボックスに退避してもいい。


 その場所に見張りを置かれると強行突破一択なので、あんまり良い手ではないけども。

 ラッシュさんだけなら遠くにぶん投げ取り出しできるけど、私はアイテムボックスに入った場所にしか出られないからなぁ。


「その方らが、女王の血を引く者か」


 偉そうに、椅子にふんぞり返ってこちらを見る男。

 お兄さんと言うには少々、とうが立っている。


 金色の髪に、紫の眼。

 確かに、お母様と色合いが似ている。顔立ちは、あんまり似ていない。まぁ、絶世の美女に似た男なんてそうそういないか。


 唇を引き結んだラッシュさんが相手をじっと見ている。ガン見だ。

 周囲が不敬だとか言い出しても面倒だな。


「どうした。被り物を取って顔を見せよ」


「構いませんが、この時だけにしていただきたい。常に顔を曝す気はありません」


 あ、騒がしくなりそう。

 相手の部下達が激昂する気配を感じて、私はサッとフードを肩へと落とした。


「冒険者フラン・ダース。今はそう名乗っています」


 調べれば出身がトリティニアなことも、職が絵師なこともわかるでよ。

 なので余計なことは言わない。


 私の顔を見た途端に息を飲んだ面々は知っているのだ。

 私のこの、目を。

 この場には今、この国の中枢が集まっている。それを理解する。


「暁の目…というそうですね。自己紹介には、恐らくそれで十分かと」


 馬鹿な、と。

 呟いたのは誰だったのだろう。


 相手方が全体的に顔色が悪くなるの、やめてほしい。とんだ印籠じゃないの。ミーの目はシャリンガンでもギアスでもないデース。危険物ではないので、顔面モザイク処理は嫌なんだぞ。


 話が見えないだろうラッシュさんにも、小声で情報を告げる。最近知ったんだけどね、どうやら初代女王がこういう混色の目をしていたらしいよ。

 幼馴染みは少し目を細め、そうかと頷いただけであった。

 相変わらず、驚かぬ君に驚かされるよ。


 私なら「今言うのかよ!」とガクガク揺さぶってやるところだ。

 うん、言うの忘れてただけなの。

 そして多分、それをご理解のうえ許されているね。これが…包容力…。


 長い長い沈黙を破ったのは、やはり偉そうな男だ。


「…成程。これ以上の証明は、確かにあるまい。被り物も許可するよりないだろうな。誰に見られるかわからぬ」


「先に言っておきたいことがあります」


「ほう。申せ」


 これだけは勘違いされたくないので、私は早々に告げることにした。


「私はこの国に根を下ろす気はない。何代前に分かれたものかは知らないけれど、私にとって貴方は見知らぬ他人で、この国は異国でしかない」


 身構えた周囲をぐるりと見回す。

 私を、この国のために使い潰そうとするヤツがいないとも限らないからな。宝物庫の扉番として一生を終える気はないぜ。


「貴方達に敵対する勢力が、私の回りをチョロつくのが邪魔です。それがここにいる理由なので…貴方達も私の自由を阻む場合には、噛み付かれると思って下さいね」


 絶対1人はいるよね、盲目的に王様を信奉しちゃうヤツ。そう思って警戒したのだが、誰も「無礼者め!」とか、「王に代わって成敗してくれる!」とか言う人はいなかった。

 …案外、理性的な相手なのかしら。


「玉座が欲しいとは思わないのか?」


 ポツリと、推定王族の男が言う。

 いや、私の中の王様のイメージがカイゼル髭だから、この人が王様かどうか悩むってんじゃないのよ。

 自己紹介がないからわからないのもさることながら、王様だとしたらフットワーク軽いし、服装も激しくないというか。

 仕立てはいいし、金糸なんかも使ってるからお高いんでしょうけども。見たところ、宝石なんて1個もない。成金指輪とかしないの?


「或いは、妃の座を? 一介の冒険者でいるより、贅沢もできるだろう。きらびやかなドレスも、豪奢な宝飾品も望めるぞ」


「いや、そんな知らない人とお金のために結婚とか無理、気持ち悪い。それホント最悪の末路」


 素にもなるわ、そりゃ。

 すっごい嫌な顔してる自覚あり。


 激しく同意なのだろう、隣で誠実の化身たるラッシュさんがブンブンと強く頷きまくっている。あのぅ、身体強化乗ってますよ?


「さ、さいあく、だと…?」


「欠片も望んでないんで絶対やめてくださいね。万一セッティングしたら、小さな嫌がらせから魔王級の災害まで、私の持てる全て、ありとあらゆる手段で関係者全員泣かす。どれだけ悔いても、許さず全力で地獄を見せる。性犯罪者は慟哭して死ね」


 忘れられた姫君の本気。

 もしもここに立ったのが私でなくお母様だったらと思えば、奇跡のカップルを壊そうとする極悪人どもではないですか。絶対に許し得ない暴挙よ。


「歴代最高に攻撃的なこの私を甘く見ないことですね」


 というか贅沢なら家に帰れば十分できるし、むしろし尽くしたんじゃないか。絵を売ったお金だってまだまだ残ってる。

 そもそも前世的に根が庶民だから、そんなに高級志向じゃないもの。

 デザインが気に入れば、流行ですらなくていいタイプよ。


「の、望まぬということはわかった」


 そちらは私がいるだけで気が休まらないんでしょうが、そもそも忘れられた姫君が忘れられていないのが問題なんですよ。


「忘れられた姫君は、忘れられなければならない。私で終わりにします。それが望みですから、そう警戒せずともそちらに損はないと思いますよ」


 私は今、側頭部に幼馴染からの強い視線を受けている。

 …ハハッ、忘れられた姫君の話、してなかったんだぜ…。




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