吉と出るか、凶と出るか。
ポロンポロン新情報が転がってくる。
如月さんとの敵対勢力だというモルノート。
襲撃者達のほうが、如月さん勢力だったというのだ。
私を纏めて襲撃対象に入れているということは、実際に指揮しているのは如月さんじゃないのかもしれない。または、操られているはずの私なら躱して帰ってくると思っているのか、既に呪いが解けたことを知って始末しようとしているのか…。
なんといいますか…相手の国に着くまでの微かな平穏すら得られないのかね。
しかしながら、言い分はもっともだった。
如何に秘密裏に動いてきたとはいえ、現王を廃して新たに別の王を立てようという大事。
それも、現王派が警戒してやまない「正当な女王」を推す勢力である。
まして少なくともお母様のそのまたお母様の代からの虎視眈々。当時に短期決戦で取り返すならまだしも、潜伏した期間が長すぎる。どんなに隠れたといったって、女王派の情報がそれなりに見つかるリスクも上がっていたよね。
長期潜伏。それは多分、代々の「次期女王」が抵抗したせいなのだろう。傀儡でも本心からの玉座奪還希望者でも、協力的でさえあれば閉じ込められる必要もなかったはず。
忘れられた姫君達は、彼らに利用されることを望まなかった。…女王派が信用できない者の集まりである証明だよね。
現王派と女王派の争いはただの権力闘争。国民に対する誠実な政治のためだとか、そういう大義がない。だから、忘れられたはずの姫君は未だに忘れ去られていない。
女王派の策かもしれない噂話に、国民が興味を持ってしまうから。
現王に満足していれば、今更すげ替えなど求めないだろう。何代経っているかは知らないが、いい加減、実際の女王の治世を知らない代にはなっているのではないか。
そもそも廃された女王は何やったのよ、ホント。君が元凶なんだぞ。
女王制の国を、わざわざ男性の王族が引っくり返したのだ。ただの野心家の下剋上ならいいけどさ、本当に女王への信頼的なものが薄れた時代だったのではないかね。
だからこそ、忘れられた姫君達は玉座に戻ろうと考えなかったのではないだろうか。自身にも女王制が良いとは思えなかった、から。
考え込む私の前で、モルノートが自供を続ける。正座で。
「女王派が活発になっている。それを調べていけば、キサラギという女が奴らに接触していることはわかった」
そしてペラペラ喋るテヴェルをつれているせいで、情報も状況も筒抜けた。女王派が忘れられた姫君を手に入れる目処がついたと、思われた。
更には接触かつ同行したことのある私達の情報もゲットされていた、と…ぐぎぎ。迷惑。
金髪・紫眼・魔法使い・美女、じゃないや、美人。そんな、私の身代わりをかって出たリスターがいるのだもの。警戒しない方がおかしいよね。
目立つから探すのも容易だったろうが、実物を見れば、男のリスターが「違う」ことはわかる。まして如月さんとも不仲で、超攻撃的。
しかし如月一派は自国を目指し始めた。手筈が整ったからだ。
現王派から見れば…要となる駒を、手に入れたのは明白。
モルノートは、忘れられた姫君が誰か、ということまでを突き止めたわけではない。
けれど、このメンバーの中で顔を隠しているのは私だけ。
…怪しまれて当然であった。
冒険者登録の情報は誰でも調べられるのに。フラン・ダースは男で登録しているじゃないか。疑うなよー!とは思うけれども。
仕方ないよね。虚偽申告も多いって、皆が知っているわけですよ。
「そんなにも周知の事実ならさ、嘘っこ情報で登録させることに、ギルド側は問題を感じないのかね?」
思わず愚痴ってしまうと、ラッシュさんが意外なことを言った。
「ギルドカードには個人の魔力が登録される。他人との共用は不可能だ。申告内容がどうあれ当人であることがわかればいいんだ」
「えっ!?」
偽名登録なのに本人特定が出来るの?
ハイテクすぎやしないか。
「いや、それにしたってホラ…何かさ、何か…うーん…今すぐには思い付かないけれども、何か問題は出てくるでしょ? だって嘘ついて登録してるんだから」
私とは逆に…そう、女性魔法使いに依頼を頼もうとしたのに、ムキムキの重戦士が現場に来たとかさ。どうよ。
依頼者のガッカリぶりたるや、orz確実よ!
「出てこないな。賞罰や討伐した魔物、こなした依頼が誤魔化せなければそれでいい。職種や名前なんかが偽りだろうと、頼んだ仕事がきちんと出来ればいいんだ。強さがわかれば問題はない。依頼は主に魔獣退治や、危険な場所での作業だからな」
なん…だと…。
だが、指名依頼でもなければそんなピンポイントなショックは起こらないのか。そして指名で依頼をするんなら、相手の下調べくらいちゃんとするよね。
…あ。
私は慌ててラッシュさんの袖を引いた。こそこそとその耳に懺悔する。
「あのね、ファントムさんってどうなってると思う? …登録、してるんだけど…」
彼も驚いて目を丸くした。
…だよね。
これ、二重登録出来ちゃってるよね。
「えっ。それは…フランより後にか?」
「前です。私のほうが後なんだけど。私が登録するときには何の問題もなく通ったよ」
実はギルドに泳がされてるのかな、私。
変な汗が出てきた。
しかし上辺だけはつらっとして、アイテムボックスに汗をスカッとしまっておく。ゼッタイ・ニオワナインシア。
「…いや。なら、魔力パターン自体が別なのだと思う。どうやってかはわからないが、フランとは別パターンとして登録されているのだろう」
「そうかな」
彼によれば、2枚目のカードを登録しようとしてもシステム的なものが受け付けないため、絶対に無理なのだそうだ。
コンピューターはないはずだが、魔道具なのだろうか。ハッカーはいないのかね?
まぁ、とにかく人の手で作業する部分じゃないから不正が出来ないよ、と。
登録が弾かれた瞬間、笑顔の受付員が不正者をギルド長室へとご案内するらしいよ。
誰だい、君にそれを教えたのは。実体験…犯罪者ではないだろうね?
しかしながら、ファントムさんと私の魔力パターンが違ったとしても、理解できなくはない。生身の人間と、サポート製品のパターン差ってことじゃないのかな。元がチート魔法なのだから、シャドウさんが魔力を帯びていることは当然だ。
でもシャドウさん達がそれぞれ別個の魔力パターンであるとは考えにくい。
つまり、小鳥も蟻もアンディシアも、全部ファントムさんと同じ魔力パターンになる可能性がある。
今のところ別のシャドウを冒険者登録する予定はなかったけど、潜伏中に金策しようとして知らずにやらかしたら大目立ちだ。情報は大事。
…ん? むしろ、どのシャドウを使ってもファントムさん扱いになるってこと…?
ある時は美青年、ある時は幼女みたいな?
悪くないな…体格すらものともしない変装名人。幻術使いだと思われるのかな。そしてその正体はファントムさんだと、ギルドすら認めざるを得ない。怪人ぽくて、悪くないよ。
新たな可能性に思いを馳せていると、モルノートが深刻な声を出した。
「お前は正当な後継者なのか? 王を廃するために来たのか?」
うーん…。
片方は合ってるけど片方は違います。一気に質問されると答えにくいな。
チラリとラッシュさんを見てしまう。
ラッシュさんも気付いてこちらを見た。何を考えているのか、表情は固い。
彼は突然、モルノートをぺいっと床に転がした。正座中の相手は抵抗も出来ずに転げ…あ、いや、足が痺れているらしく、もがいていた。
「フランは俺と帰るんだ。その為に、…キサラギ達は邪魔だ!」
急に世界が明るくなった気がした。
そうでしょう、そうでしょう!
いや、良かった。ころしてでも(居場所を)うばいとる…そんな私の悪者感が、天使の免罪符で急に大義を得た気がするよ。
我々の思いはひとつだよねっ。
「で、では、我々は協力できるな。お前も強いから、きっと役に立つ。そう逃げ帰ろうとせずとも、心配は要らないぞ、陛下は手柄に見合った褒美を下さるだろう。…お前も…女王は無理だが国の役には立つだろうし、それなりの生活は…そうだ、王はまだ未婚だ、もしかすると妃として迎え…」
「自分の国は自分達で守れ。女の子1人に何を背負わせようとする」
冷静だけれど、強い声だった。
静かに、怒っているようだった。
ラッシュさんは、ぷいっとモルノートから顔を背ける。
ぽかんとしている私を見つけて、眉をハの字にした。
「大丈夫だ。片付けて、一緒に帰ろうな。リ…、フランの父上も待っている」
お父様。
新たなお母様と、仲良く暮らしているかな。
だとしたら、本当に待っててくれるかしら。こんな異質で異様な、家出娘を。
卑屈に考えてみたけれど…同時に私の中で、反射的な否定が返る。
両親はこの世の奇跡だ。私はとっくに私の宝物を信じきってしまっていた。
お父様が私を拒絶するなんて想像は、もう、出来なかった。
お説教は後回しにして、きっと微笑んで迎えてくれるだろう。
お帰り、オルタンシア。随分と遠くまで行ってきたようだね。そんな柔らかな声が聞こえる気がして、ちょっと泣きそうになる。
そんな未来は来るだろうか。
私は、帰れるのだろうか。
ふと、右手が大きな手に握られた。いつの間にかすぐ近くに立つアンディラートが、両手で私の手を包んでいる。
ぎゅう、と私もその手を握り返した。
大丈夫。1人じゃないし。頑張れるよね。
「…多少は協力した方が、早く帰れるかもしれないよね」
「オル、フラン!」
「どちらに付いても安全じゃないわ。でも単独勢力でいれば、両方に狙われる」
現王派なら、命の危険に気を付けるだけで済む。相手が普通の人間ならば、身体強化持ちの私達は負けないはずだ。
…なんせ、普通の人間は、呪ってきたり心を読んできたりしない。
如月さんは、不気味だ。
誰にとっても害にしかならなさそうなあのテヴェルを擁護し、その望みを叶えようとしている。
蓼食う系女子として溺愛しているのかと思えば、そんな風でもない。目的がわからない。
そして、私を変に気に入ってる。いや、本当に、蓼大好き女子なのかもしれないけど。
テヴェル同様、良いように使うために私に「気に入っている」と見せるフェイクかもしれない。
「…フラン?」
如月さんだけだった。
何か危害を加えられたようには見えないのに、それが「決定的に悪いこと」だと予知夢が告げたのは。
その先は何も見なかった。
いつもなら、殺されたり、誰かが死んだりするのに。あの夢には何の続きもなかったのだ。
大切なものは知られたはずだ。一体いつ、何が現実になるのか。
いや。パニック状態であったためあまり覚えてはいないが、あの悪夢が終わった感触は…あった、はずだ。
ということは、回避成功してる?
「フラン!」
「ふえっほい!?」
アンディラートが急に肩を掴むから、変な返事しちゃったじゃないかよチクショウ!
「なん、ですかねっ」
温い目線×2。取り繕うことの難しさよ。
コホンとひとつ咳払いして、私は堂々として見せた。
押し切るのは得意です。
「王様を脅かすつもりはないよ。私は人の上に立つような器じゃない」
それだけはアピールしておこう。
心配そうなラッシュさんの手をぎゅむぎゅむと握ると、ハッとした彼は慌てて私の手を振り払った。
いや…今はさ。今は、照れ時じゃないよね。
顔を真っ赤にした挙句、なぜかモルノートの隣に正座してしまったラッシュさん。
モルノートは再び、なんか温い目をしていた。




