犯人はお前だ!
超警戒のラッシュさんに首を折られかける事案が発生したわけですが、お陰でどれがモルノートなのかがわかった。
別に、痴漢…怪しい動きでフードの中を覗こうとはしていなかったようだが、自然な動作で私を上に向かせようとする誘導行為が、確かに何度かあった…みたいだよ?
しかし「考えてみれば、そうなのかも」と思える程度のものであった。
よく気付いたね、アンディ…ラッシュ。当の本人がサッパリ気付かないというのに。
そんなこんなで疑惑を深めた我々は、他の冒険者達が寝静まった際に、火の番をするモルノートを強襲した。
おいでませ、アナザー☆ディメンション!
誰もいなくなると不審だろうから、交代したふりでフランシャドウを焚き火の前に設置。
何か異常があれば、即座に本体にアピールしてくる設定だ。
声が漏れないよう、モルノートをアイテムボックス内へと拉致した。
ラッシュさんの手で、ひたりとその喉に突き付けられる聖剣フィッシュボーン。
さて、訊問といこうじゃありませんか。
「…な…なんだ、これはっ…」
焚き火に薪をくべようとした姿勢のまま、アイテムボックス内へ連れ去られたモルノート。
ひとりで野営の夜番をしていたはずが、突然虫の音も星明かりすらもない(魔石灯はあります)空間に閉じ込められたのだ。
そして、ラッシュさんがちょっぴり身体強化しつつガッチリと背後から取り押さえているため、動けもしない。この状況で動揺しないはずもない。
ここは玄関というか、待合的に作っといたスペースです。もちろんここを使わず直接奥の部屋に入ることもできる…のだが、お前は駄目だッ!
アイテムボックス内のくつろぎ空間は文字通りのプライベートスペースだからな。そこらの冒険者とか入れるのはイヤ。
モルノートはこの未知の空間を、目だけで見回す。忙しないキョロキョロぶりだ。
窓もない。月も見えない。
だが、そう、ここには…玄関設定なので一応、コート掛けがある。何となく靴箱もある。
キョドりながら、そこに座り込んで薪持ってる冒険者。じわじわ来るな。
とりあえず薪を回収しよう、投げつけられたりしたら危ないし。
サッと冒険者の手から回収した薪を、未だあり余る木を入れた木材室へ収納…するのはやめて、ペッとアイテムボックス外へ排出。フラン人形が見守る焚き火にイン。
たかが薪だけど他人の物だ。持ってるの、何となく気持ち悪いからね。くべるところだったのなら適正に使用しましょうね。
そこまでしてから、ようやく私は相手に声をかけることにした。
「今日は随分と執拗な襲撃にあったね。追っ手がかかっているのは貴方でしょう」
迷惑だから、速やかに自白するんだ。
動けないために目線だけを私に流し、相手は数秒沈黙した。
ぎりっとラッシュさんの手に力が入るのがわかる。
多分無意識だろうけど、絞め殺す気がないのなら、およし。
身体強化を自力習得したラッシュさんは、私のような自然派オンオフ設定ではないようなのだ。
気持ちのほうに力が入ったら、連帯責任で無意識に身体強化もマシマシ発動しちゃう。
でも、それでもいいと思うの。上っ面だけ取り繕うことが苦手な君だもの。性格が出たと思えば、むしろ好ましさしかありません。
どういうことかと言いますと…私とてある程度自動で身体強化様の加護はつくが、それは基本、守りに対してだけだ。
例えばお茶しながら話し込んでいた場合。盛り上がってつい手に力が入っても私は身体強化を発動したりしないが、ラッシュさんは突然カップを破壊する可能性がある。
握ってた取っ手をパーンと粉砕!なのである。
…やだ、お膝がお茶まみれになって呆然とするところまで想像した。可愛いけど、そんな困った顔しなくても大丈夫よ。
そう、アイテムボックスに放り込めば、すぐに乾くし綺麗になる。お片付けならオルタンシアにお任せ。
ご用命はフリーダイヤル294-45064(ふつくしい…ヨゴレ無用!)のオルタンクリーンサービスまで!
…じゃないよ、気を張るべきときにうっかり和んでしまった。いかん。
ほんわか気分を堪えながら、私はモルノートに言葉をかける。
「で。妙に私を窺っていたようだけれど、何かご用事でも?」
「…気付いていたのか」
いいえ、全く気付いていませんでした。ラッシュさんによる「なんかフランを気にしてる…ような気がする」という勘なのです。
私には、そんな風には見えなかった。
自意識過剰じゃないのって笑われても仕方がないと思っていた。それが…むしろ本当に気にされていたと知ってゾッとしたわ。
私、本日は一体何度ゾッとしたらいいの。ゾッとし疲れ。
いくら私が美少女だからといって、ストーカー、良くないよ。
あれ、顔はフードで見えないんだから…え、まさか少年愛好…?
関わらない人なら性癖はどうでもいいけど…冒険者フラン、ちょっとそういう方とはお近付きになれないっていうか…本当は女の子なので、ごめんね?
「…グレンシアからかな? 最近だよね?」
「衛兵隊と揉め事を起こしてグレンシアを去ったと聞いていた。行き先を追えずに難儀していた相手が、戻ってきてくれたんだ。そりゃ、その後は常に見張るだろう」
うわ、マジストーカーかよ。こっち見んなよ。いつ見てたとか聞き耳立ててたとか、そんなもの全然わかりませんのよ。
コイツ、何をどこまで掴んでるんだろう。うっかり発言とか聞かれてなかったかな。
真顔をフードで隠しながら、つい口を噤む私。
引かぬ鳥肌を堪えているのに勘付いたか、ラッシュさんが代わって話し出した。
「ここは魔法により隔離された空間だ。俺達の許可なく、他の誰かが入ってくることはできない。その上で言うが…場合によっては、お前をこのまま始末する用意がある」
え、そうなん?
思わずラッシュさんをガン見する。
背後を陣取っているから、相手に見られないと油断しているのだろうか。言葉とは裏腹に居心地悪そうな素の表情をしながらも、そのまま言葉を続けていた。
「弁明するなら急いだほうがいい。お前がここで消えたところで、俺達には不都合などないのだから」
…天使…天使が脅しを。まさかこれもお父様式教育の賜物? そんなー。
彼は生真面目なのだぞ、舌先三寸なんて器用な真似ができるものか。万が一にも本当に手を汚してしまっては事だよ。
もしヤツが話してわからぬ真性のストーカーだと判明したなら…そうだ、高所からモルノートを取り出せば、勝手にグシャリと完全犯罪。骨折レベルで生き残られても困るな、殺るなら全力でないと。
何階建とか何メートルとかわからないから、具体的には小鳥を飛ばし、人がゴミのように見えた高度から落とす。エグインシア。
汚れるのは私だけでいい…我が幼馴染の担当は癒しなのだからな。
だって、アイテムボックスがどちらの仕業か特定できないよう、わざわざ「俺達」と言い添えてあるのよ。ええ子や…。
「弁明させてくれ、お前達に危害を加えようとして見ていたわけではないんだ」
モルたん、くるりーん。
手のひら返し早いな! 速やかすぎて私が切り替えられないんですけど。
ストーカーではなくて、あれかね、憧れの先輩をつい陰から見守っちゃうような…って、こいつオッサンだぞ。オトメンかよ。
…オトメンなら…仕方ないかな。
性質というのはそう簡単には変えられないものだ。私なんて生まれ変わってもクズだよ、辛い。
遠い目をする私。弛む兆しもないラッシュさんの腕。絞められつつ命乞いをするモルノート。
もはやカオスでしかない。
「バレてしまったなら仕方がないが、俺は国に帰らねばならない。交渉がしたい」
交渉と言っても私達は別に関係ないし。危害を加えないとわかればそのまま解放…
「キサラギと袂を分かち、こちらについてくれるのならばそれなりの褒美を約束しよう。お前達だって、金が欲しいだけで、政治がしたいわけではないのだろう?」
私の目が点になる。
え。めっちゃ関係者だった。
見る見るうちにモルノートの顔が絞められすぎて土気色になってきたので、慌ててラッシュさんを宥める。
ちょっと待っておくれよ、如月さんと分かれて自分に付けって言ったよね。
敵の敵? ということは味方なのか?
いやいや、そんな安直なわけない。
ハッとしてフラン人形を確認するが、まだ異常はなかった。早く状況確認して、こいつらの近くから離脱しないと駄目だ。
パーティではないと言い張った冒険者達が、実は口裏を合わせた仲間でないという保証など、どこにもない。
1人を問い詰めれば、盗み聞いた相方がどこかへと報告に走ることだって考えられる。なんせ冒険者達からは下っぱの雰囲気しか出ていない。
裏があるというのなら、それを指示した上司がいるはずだ。




