せっかく強さを認識したのに。
蟻さんが苦手かつ想像力の高い方はご注意で。
たくさん、という言葉で危機を感じた方もご注意で。
既に外は混戦だった。
昼間の盗賊とは違い、如何にも夜闇に乗じますと言わんばかりの黒装束が数人。
そして真っ先に負傷しているコンビ冒険者よ…。
いや、多分一番槍的な働きをしたせいなのだろうけれど。
その後ろでは、分断されたまま連携の取れていないソロ冒険者達が剣をぶん回している。
黒装束が忍者っぽく短めの武器を使っているので、間合いが上手く取れないようだ。
成程、パレットナイフの時にはあんな感じで翻弄すればいいのか。ついつい「攻撃は最大の防御!」とばかりに前へ前へと出て行ってしまうからな…参考になるぜ。
「援護する!」
そこに乱入していきますは我が幼馴染殿。
あっという間にソロ冒険者と忍者(仮)の間に滑り込む。いつの間にか、その手には魚の骨っぽい例の短剣を構えていた。
チャンバラというほどの打ち合いもないままに相手の武器をガシッと絡め取り、あまりに簡単にそれを弾き飛ばす。
奥義・フィッシュボーン!
脳内でそんなアテレコ。
ラッシュさんが普段使う武器は長剣だ。
骨っこが活躍しているところを見る機会はあまりなかったけれど、可愛いのに結構有用なんだな…。ちょっと私も欲しくなってきちゃう。
でも、買うときに下手っぴが扱うと折れるようなことを武器屋さんに言われていた気もするぞ。
そうすると…私は折るよ!(断言)
いえ、その。アタクシあまり技巧派ではありませんのよ。オホホ。
素直に力任せって言えって? ウホホ。
あのぅ、なかなかゴリラから脱却出来ないのですが…いつかアイアイくらいになれる日は来ますかね…。
そんなお恥ずかしい相談をしたくとも、前世で見かけた一期一会な占い師など道端に落ちてはいない。魔法がある世界なのに、職業軍人ならぬ職業占い師は見かけないのだった。
やはり、占いとはオカルトではなくただの専門知識なのだろうか。確か、習ったり師事して占い師になるのよね。うーん、そうすると学問だろうか…夢がないな。
女子は占いが好きだなんて、よく大雑把なまとめ方で言われていたけれど、ええ、私は割と好きなほうです。星座占いくらいなら、私だけ常に悪いなんてこともないしね。
1度くらい個人的に占われてみたかったけれど、悪いことばかり言われそうなのが怖くて試せなかったな。
良いことばっかり言われても信じない、悪いことばかり言われるとキレる。
どんだけ我儘ちゃんなのか。これだから、私は。
遠い目をしながら、戦況を見つめる私。
ラッシュさんが、追撃とばかりに持ち替えた長剣を2振りもすると、ガクリと忍者が膝をついた。
勝負あった。
観客はそう判断致しました。
しかしラッシュさんは手を止めず、そのまま剣を振り上げた。
思わず私の目が真ん丸になる。
え。その構え方は剣の柄で殴る感じ?
でも手加減のできそうな勢いじゃないよね! ひぇぇ、マジすか。殺る気か。
まさか、斬った時のように血飛沫が飛び散らないという配慮だろうか。だがグロ汁は出るかもよ。
衝撃すぎて、自分の危機でもないのにスローモーションのように見える。だが、止めるなんてとても間に合いそうにない。
忍者の心配ではない。癒しの一大事だ。
アンディラートが慈悲をかなぐり捨てるなんて、一体何があったのよ。
グレたか?
そういやこの子、反抗期が見当たらなかったな。
素直な良い子ほどキレたときの反動は大きいという。惨劇が大事件になって全国ニュースに出ちゃう…って、残酷な天使の何かはヤダー! 裏切らない! パトスで思い出は裏切らないぞ!
むしろ、君が天使で居てくれるなら僕が悪にでもなる! ヘイ、パス! 反抗期こっちにパス!
心の内で悲鳴を上げる間にも、鈍器は被害者へと肉迫する。もう駄目だ。
己の柔らかメンタルだけでも守らんと、慌てて両手で顔を覆う。
すぐにゴッ!と鈍い音がして、私の身体にはピャッと反射的な力が入った。
ああぁ、可愛い優しい癒しのアンディラートが撲殺天使に。
なんというクラスチェンジ。チンピラリスターの悪影響か。
しかし私は彼らを肯定し続けてみせる。騎士団に狙われる前に、私が守らねば…そうだ、悪のオルタン一党として旗揚げするか。首謀者は私です。
ぎゃー、駄目だ。国の重鎮たるお父様に対する、世間の風当たりィ…!
お父様はいっそ許してくれそうだが、奇跡の夫婦にそれを選ばせる娘は疫病神! 恩を仇で返すなど、おにちくしょう! 私が全力で許さん!
…手詰まり。
あ、いや、まだだ!
ヤツが生きていれば撲殺じゃない。怪我なら私が治す。
忍者の生命力に期待するんだ、なんせ忍者=サン。よし、いける!
恐る恐る、指の隙間から様子を見てしまったよ。
でも幼馴染は、別人のような悪鬼の表情とかしてなかった、良かった。
むしろ、やけに普通の顔。
コエー。
なんでなの、普通の顔って。ゾッとしたわ今。
実はサイコパスというのでもなければ、この世界では普通のこと、とか?
剣の柄でも頭部に打ち付ければ無事に済まない気がするのは私だけなのかな。斬らなきゃ無事ってもんじゃない。
…変だな、アンディラートはまだ忍者を警戒してるみたい。
今の攻撃は人が死ぬレベルだったよね、なんで跳ね起きてこないことに安心してるの。起きられないだろうよ、普通。
ちぐはぐな行動。
認識の、ズレ?
そういえば前に、この力加減では普通のご令嬢なら手を握り潰されるのではと、危惧したことがあったような。
…もしかして、手加減したつもり?
ああ、それなら理解できる。
さてはラッシュさん、自分の想定以上に腕力があるタイプなんだ。素で、このくらいの力なら大丈夫だろって思ってるのね。
すげぇ音してたのに、やっちまった顔してないもの。
本人は峰打ち(?)したつもりだから、忍者の生命までは心配してないんだ。
これは、何とかしないと…。
紳士な性格の割にやけに暴力的な、ちぐはぐな生き物が出来上がってしまう。
ちょっとくらいのやらかしなら「しまった!」の顔が可愛いに違いないけれど、もしも取り返しがつかないことに当たったら一転、とんだ悲劇になってしまう。
アンディラートは無邪気な子供じゃない。
無垢故の残虐とは無縁だ。むしろそのつもりもないのに惨劇を起こしたと知ったら。
二度目のゾッ。
悲しい顔だけでもさせたくないのに、落ち込んだり悩んだり、それどころか責任を感じて心の傷になったりしたら…おお、恐ろしい。
ハラハラする私の気持ちなんて、彼は知りもしない。
地べたに延びた忍者1の様子を確認することもなく、ラッシュさんはもう一方のソロ冒険者の援護へと走る。
おーい! だから、加減してってのに!
逆に乗ってる。身体強化が乗ってるよ!
駿足の長身冒険者が、勢いのままに突撃してくるのだ。当然、まともにぶつかった忍者2は耐えきれずに吹っ飛ばされた。
背中から木に激突し、弾き返されてベシャリとうつ伏せダウン。
…おふ。あれは痛そう。
ともあれソロ冒険者達は難なく救出に成功。
えっと…、うん!
さっすがラッシュさんじゃあ!(襲撃者ならいっか。うっかり過失致死しても彼は嘆かないだろう!)
更に、休むことなくコンビ冒険者の元へと走っていったラッシュさん。
私、一切の出番なし。
別にそれはいいんだけど、アレよね。速すぎだよ。
出会い頭に首狩り魔法を放つリスターのせいで目立っていなかっただけで、もしかしてうちの天使って、結構強くはないかね?
思わず油断全開で観戦してしまっていたが、危機は意外と近くにある。
ふと視界の端に入った矢を、身体強化様が素早く避けたのだ。
派手な音も気配もない攻撃。
うおぉ、今のは危なかったよ! チート万歳、安定の自動回避うぇーい!!
テンションがカーンと上限突破し、ドッと冷汗が出た。
さっきから冷汗出すぎ。クサくなったら困るんですけど。
アイテムボックス様、乙女のピンチをお救い下され。
変なテンションになってしまうのは避けられない。
だって、もう、完璧に油断してたもんね!
あぁ、助かった。流石は身体強化様だ。粗忽な私のフォロー、いつもありがとうございます。お陰様でまだ生きてます。
そうだったわ、弓を持ってるヤツがどっかにいるんだった。
観戦してないでそっちを早く倒さねば。
私だったから良かったものの、万が一にもラッシュさんを矢ガモにされては、たまらな…あっ、鼻の奥ツーンッ…。
…グスッ。
おい、どいつだよ、そんなことしようとしたの。許さんよ。確実にアイアンメイデンの刑に処す。1刺し、万倍返しだから。
いやだわ、なんかもー、感情の波が物凄い大暴れでしんどい。
想像だけで泣きそうになった私は、据わりきった目で周囲を睨んだ。
矢はどこから飛んできたか。探し方は従士隊の時に習ったぞ。今生の脳ミソは優秀よ、ちゃんと掘り起こせば思い出せる。最高の遺伝子で出来ているからな。
木の上に、不審な影を見つけた。
太めの枝に片膝をついていた黒装束は、私の目が相手を捉えたことに気付き…つがえていた矢をさっと放った。
「ははん、笑止千万」
見えているなら当たらんぞ。そのままアイテムボックスへ収納だ!
即座に、私の悪意をサポートとして展開した。
…大量の蟻。
睨むだけの私に訝しげな態度を見せていた黒装束は、不意に異変に気付いて悲鳴を上げ、木の上から豪快に落下した。
何事かと周囲が見つめる中、悲鳴を上げながらゴロゴロと地面に身体を擦り、大量にくっついている蟻を振り払おうとする。黒装束だから、見つけにくかろうね。
アンディ、ラッシュさんがなぜかこちらを見ていた。
目が合うと、私が何かやらかしたと確信した顔をして…え、なんか頷いているのですが、どういうことなの。何がバレたというの。
他に襲撃者はいないのか、ラッシュさんはこちらへ歩いてくる。
彼が捕縛のための縄を出したところで、そっと蟻を消した。
全て払い退け終えたと思ったのか、襲撃者は地面を見回しながらガタガタ震えていた。虫が苦手なタイプでなくとも、多量のそれは限りなくホラーだよね。
でもね、まだ矢を刺してないから集られるだけで勘弁してやったのよ。矢天使にしてたら、その蟻全部噛んでくるんだから!
うん。アイアンメイデンなんて、想像できなかったんだ。
というか、私の手の中には今、謎のマトリョーシカがあります。しかも顔がコケシ。
アイアンメイデンを想像したら、これが出てきたよ。
絶対違うことだけはわかる。
メイデンさんって人を入れる拷問器具だったよね。
確かに現物を見たこともなければ、イメージ図も妙に低身長というか、着ぐるみサイズだった。成人男子なんて入れそうになかった。
でもさ、こんな手のひらサイズで出てこられても。
何をどう入れりゃいいのかと思うじゃない?
誘惑にかられてパカッと開けてみたら、中には爪楊枝1本と、一回り小さいコケシ顔が入っていました。剣山ですらないの。マスコット付き携帯爪楊枝入れって…どうした、私の妄想力。
あとね、素朴な疑問なんだけども、メイデンと言うからには…このコケシ顔は女の子なのかしら? 筆書きした大五郎カットみたいなヘアスタイルなのに。
…すまんな、レディ。君の出番は来ないようだ。
手の中のコケシ顔のマトリョーシカをそっと靄に返して、見なかったことにする。
フードで半笑いを隠しながら、現実逃避。
このサポート失敗作は、私の心以外には特にダメージを与えられそうになかった。
「あ、フラン。回復してくれないか」
「なら俺も。ちょっと斬られちまった」
負傷者が名乗りを上げることにより、我がグラスハートへのコケシ追求は免れたようだ。
そんなに笑って、何が楽しいのか。マトリョーシカか。(被害妄想)
負傷者が照れ臭そうな顔をしながら私の前に並び出す。
そして全員が並んだ。
えっ、全員負傷したのかい!?
…回復魔法が使えるとわかると、良いように使われると言うことか。致し方ないな。
適正料金も取らずに治療したのが悪かったのだ。ちょっとした教訓だよ。
相手に顔が見えないように俯きながら魔法を使おうとすると、不意にラッシュさんが私のフードをぐんと引っ張った。
後ろから。
私の顔の横に両手が見えている。
もちろんフードを外そうとしたのではない。彼は私の顔を隠そうとしているのだ。
下向きにかかる圧力は、なかなかの重さ。首に負担がかかりますよ。
わかっているさ、私が隠したがっているから、そうしたのだ。つまり、この中の誰かが隙をついて覗くような動作でもしたのだろもう無理だわ重たいわラッシュさん!
思わずスパァンと裏拳ツッコミを入れてしまって焦ったが、ラッシュさんはビクッとしただけで大して痛くはなかったみたいなので安心した。
衝撃でフードを離したものの、困ったように顔の横で待機したままの両手。
とりあえずガッと捕えて、ソフトにフードを引っ張らせておく。
このくらいの力で十分なんですよ。
普通の令嬢ならムチ打ち症になるところだ。私ですらちょっと危うかったよ。身体強化しないと耐えられないヤツだよ。




