異世界探偵、ではない。
一緒に最寄りの街まで行くのは仕方がない。
野営地はどうせ重なるし、下手に距離を取りたがると、まるでこちらに疚しいことでもあるみたいだからだ。
だが、それ以上はただの馴れ合いだ。
道中の食事を作ってやるような義理はないし、街に入れば当然お別れ。同じ宿で隣り合う部屋を取る意味なんかないし、街から出るための出発時間を合わせる利点もない。
だから、どこそこまで一緒に旅をしようとかいうその申し出、お断りだ。
相談してみますぅ、と愛想笑いでテントに引っ込みはしたものの、一瞬の間に目線で意思を確認。
うん、ないですよね。ないない。
無言のまま、互いにこっくりと頷く。
「実は、気になっている。咄嗟に助けてしまったが、何だかこう、…状況がおかしいような気がするんだ」
言うべきか悩んだのだろうか。
躊躇うように僅かな間を置いて零された言葉に、私は頷きを返した。
「…あぁ、やっぱり君もそう思う?」
ラッシュさんの感じた違和感は多分、私と同じものだ。
盗賊に襲われたという冒険者達。
彼らは、グレンシアと小国郡を行き来して仕事を請け負うだけの一般冒険者だという。
普段ならば気に留めないような、その説明。
でも…あのね、盗賊ってそんな無闇な襲撃をするもの?
それが引っ掛かっていて、どうにも彼らと馴れ合う気にはなれないでいる。
だってさ、冒険者って一応腕自慢でしょ?
襲われたのが商人ならばお金や商品、貴族ならば身代金か宝飾品狙いなのかなって理解も出来るけど。
その辺歩いてるだけの腕自慢を、突然弓矢で射ろうとする盗賊。
なんでだよ。おかしいだろ。
例えばギルドにたんまり貯蓄していたとしても、移動中にお財布が重たい状態の一般冒険者なんていないよ。
仕事の報酬なら一旦貯金してから街を出るよね。
どうせギルドで達成報告するんだから、ついでに預けるでしょ。
事前に標的を決めていたわけではないというならば尚のこと、むしろ襲うのは避けるべき相手だと思う。
実入りよりリスクの方が大きいじゃないか。
だとしたら、盗賊の目的は金品じゃない。
彼らの中の誰かに、狙われる要素を持つ人がいる。襲撃者は盗賊に扮しただけの何者か、または誰かが冒険者に扮した何者かという可能性もある。
しかし…私は絵師なのでね。副業で異世界探偵とか、全然やっていないので。
速やかにテヴェル一派を打破して帰国したいので、あんまり変なものに関わるべきじゃないですよね。
「盗賊側に殺意はあった。俺達がいなければ彼らを殺せていたはずだ」
ラッシュさんの目が、ちょっぴり憂鬱な色を滲ませている。
本当は、自分が間違えたのかと訊きたいのだろう。冒険者達を助けるべきではなかったのだろうか、と。
それならば私は笑顔で答えましょう。
「盗賊の態度と身なりから見て、あっちがいい人達だなんて思えないよ。わからないなら助けてもいいじゃない。見捨ててから、助けるべきだったかなって悩むよりずっといい」
ラッシュさんが気に病む必要はない。
山奥で遭難でもしてたならまだしも、あれが常態の人間など…どちらにせよ襲撃者チームは、ならず者どもだったさ。
私なら、必要でもちょっとあの汚なさは作れないですね。小汚いを越えすぎだ。
ほんのり笑み返してくれたところを見ると、慰めは成功のようだ。
「冒険者のほうは、どう見る」
「コンビの冒険者がまとめ役をしているよね。私達が主に話したのも彼らだけど…でも、普通の人に見えたよ」
「俺もそう思う」
皆、ガハハと笑う感じの豪快系冒険者。
正直始めに全員同じパーティだと思ったのも、雰囲気が似ているからという部分がある。
似たようなタイプが群れていれば、類友なのかなと脳が勝手に判断したよね。
「これは勘でしかないんだが…」
ラッシュさんが眉を寄せて声を落とす。
「モルノートが、怪しくはないか」
え。それ、どれだ。
名乗り名乗られはあった。
だが、名前なんて覚えちゃいないよ。内心の動揺を隠して、私は目線で続きを促す。
「無口なわけではないが、何となく言葉少なというか。本来なら喋ってもいいのに、あえて黙っているような、気が、するというか…勘でしかないんだが…」
初対面の相手の性格なんてわかるわけがない。
自分で言っていてもおかしいと思ったのか、ラッシュさんの言葉が段々と小さくなって消えた。
「そっか。じゃ、その人を一番警戒しよう」
私がそう言うと、ラッシュさんはキョトンとした。
いやいや、なんで驚いてるの。
もしかして否定されるとでも思ったのかい。
…天使を否定…この私が?
ないわ。
私に否定されて悲しい顔になるラッシュさんなんて、例え並行世界であっても許されないよ。
確実に全私が泣くね。
「全員、心を許すような対象じゃないもの。その中でも君が気にかかると言うのだから、気を付けていようよ」
「…根拠は、ないのに?」
いや、勘って根拠がないものじゃないかな。あったら推論とかになるのでは。
「そんな、君が気になるって言ってるのに、根拠なんか要らないよ」
信じたいものを信じる。人間ってそんなもの。
だから私は見知らぬ人間の善性よりも幼馴染の勘を信じますね。
外れたとしたって、それが何だと言うのだね。何一つ損などしない。
ラッシュさんは何だか不思議そうに、ぽんやりとこちらを見ていた。
え、隙だらけじゃないか。
可愛さのアピールかな。
大丈夫よ、お気遣いなく。初めて会ったその日から、君の可愛さは存じておりましたよ。
でも隙を提供していただけるというのなら、据え膳なんちゃらというし、積極的に癒しを奪い取るのも一興か。
ならば後頭部を撫でようとそろりと手を伸ばしてみたのだが、ハッとして切り替えた彼に素早い動きでかわされた。
な…何だと…大きな隙かと思わせておいて、実は違うだなんて。
2秒程睨み合う。
…今だ!
身体強化様を使ってまで、後頭部を狙う私。
もらった、と思った瞬間に、身体強化様を使ってまで私の手をかわしたラッシュさん。
チクショウ、今じゃなかったかよ !
絶妙な後頭部をまるっとナデナデしたかったのに。警戒と位置が高すぎて普段は狙えない高難度部位なのに。
思わず不満げに口を尖らせると、ラッシュさんは苦笑した。宥めるように、ポフポフと頭を撫でられる。
違うー、撫でられたかったのではなくて、撫でたかったのだよー!
…でも、撫でられるのも満更ではないな。
私の顔はいつの間にやら勝手に弛んでいた。にへりと油断し放題の笑顔である。
はい、ご機嫌は簡単に直ったので、後頭部は改めて機会を窺うことにします。
「どうせ次の街までは同行することになるだろう。もしもまた襲撃があれば、その時に問い質すこともできる」
え、また襲撃される予測なの?
居合わせただけの、パーティではない冒険者も一緒くたに殺されかけるくらいだし、強い恨みを買っていると踏んでいるのかな。
理由もなく盗賊に襲われる冒険者だなんて、どんだけ不運を背負ってるのか。そんなの周りにバレたら指名依頼も来ないわね。
でももし次の襲撃があれば、私達でなくとも、襲われたのが偶然とは考えないだろう。
巻き込まれて無駄に射られた人には怒る権利があると思うし、元凶は説明責任を果たせばいいよ。
幼少時より襲撃者まみれの、この私が言うなって感じだけどもさ…何の恨みがあるんだい、本当に。誰か説明しておくれよ。
小国郡の治安に関して情報を仕入れてきたわけではない。それでも、冒険者を意味もなく襲えば、不利益を被るのは国だ。
上から目線で命じずとも、積極的に魔獣を狩ってくれる冒険者は国にとってありがたい潜在戦力なのだから。
つまり、治安の悪化で盗賊が冒険者まで襲っているというのなら、早々とその国が騎士団なりを出して対応するはず。
そして、そんなにも治安の悪い国なんて、放っといたら国民が逃げ出すよね。
小国が固まってるここらなら、逃げる先は選び放題なんだもの。
勘のラッシュさんの言葉を飾り付ける。
推論で防備を固めて、旅の同行を拒否する準備をしていたが。
「敵だ!!」
外で大きな声が上がるのと、弾かれたようにラッシュさんがテントから駆け出たのは同時だった。
気配とか読めない私も、慌ててテントの外に出る。
途端に飛んでくる矢。
ヒィッ!?
思わずアイテムボックスへ収納した。
我々が何をするまでもなく、日もおかずに襲撃者は襲ってきたようだ。
…つーか本当に、誰が何をしたのよ!?
元凶、はよ名乗り出なさいよ。
絶対一緒に行動したくないよ!




