スキマライフ!~クズとお人形と私~
本当なら、笑顔が見られたはずだった。
せっかく仲良くなったのに、どうしてこんなことをするんだ。
そんな非難がましい声が聞こえて、うっすらと笑ってしまった。
認識と現実に齟齬がある。
どうしてこの子の目には、こうも世界が都合良くしか見えないのかしら。
相変わらず興味深い。
「ご機嫌斜めねぇ、テヴェル?」
宥めるように声をかければ、不満そうな顔を隠しもせずに彼は言う。
「なんで、フランをこんな無表情にしたんだよ。それに、フランは恥ずかしがり屋だからフードをずっと取らなかったのに。操って顔を出させるなんて可哀想だ。オッサンにも見られた。きっと泣くよ」
まるで、あの子のことを一番よく知っているのは自分だとばかりに言い募る。
困ったわねぇ。
こんな無機質なお人形のように、だなんて。
私だってそんなつもりじゃなかったのよ。
今まで呪ったことのある人間は、こんな無表情になどならなかった。
皆、呪う前と態度は変わらなかった。
他の人から見ても違和感などない出来映えだったのに。
一体どうしてなのかしら。
いつも顔を隠してはいたけれど、フランの愛想は決して悪くなかったはず。なのに、今の彼女はまるで、表情をどこかに落っことしてきたみたいだわ。
あぁ、呪うのではなかったかしら。
せっかくフランが手に入ったというのに、突然カッとしてしまって。
そう…癇癪を起こして、呪ってしまったのよね。
まさかテヴェルの恋人扱いをされた程度で、あんなに苛立ってしまうとは思わなかった。
落ち着いて考えれば全く大したことではないし、テヴェルだって上手にチヤホヤしておけばまだ使える。思わせ振りな態度はとても有効。
確かに少し飽きてきたとは感じていたけれど、それなりに楽しめるものを捨てるつもりはないわ。
数少ないオモチャを、壊れてもいないのに手放すのは惜しいこと。
退屈を忘れるための、大事な大事な、オモチャだから。
黙り込んだままのフランを見る。まだ壊れてはいないはずだ。
いつも私が目を付けるのは、心に野望や強い欲を秘めた人間だけれど。
脆そうでいて、頑なに我が道だけを進もうとする彼女は今までにないタイプの人間だから、少し見誤ったのかも。きっと急いてはダメだったのね。
うっかり壊してしまえば、もう元には戻せない…恐らく危ないところだったから、呪いがいつもと違うのかもしれない。反省しなければ。
そんな彼女も、他の人間同様に、自分よりも大切に思う何かを有しているらしい。
他人を警戒しながらも、彼女がその内側に入れた「大事なもの」。
…一体何なのかしら?
感触としては人間を示していると思うのだけれど…ふふ、あの子、本当に面白いわ。
私に知られたと自暴自棄になりかけていたけれど、それでも心の内全てをさらけ出しはしなかった。
テヴェルもセレンツィオも、もっと単純に心の中が聞こえる。
あんなに楽しそうに見えたこの世界も、長く歩き回る内、既に目新しさを失ってしまった。
退屈なんて真っ平。
ただ有るがまま愛でて、満足していた時は過ぎてしまった。だから、人の一生の中で繰り返す小さな選択に、ほんの少しの指向性を。
本当はもっとゆっくりと、気付かないうちに後戻りできなくするのが楽しい。
自分で選んだと思えばこそ、破滅の道を意気揚々と歩く。
滑稽で愛らしいじゃない?
時折理解不足から、つるりと手の内から逃げてしまうこともあるけれど…基本的には誰しもを、容易く手玉に取れると信じていた。
人間は脆弱で扱いやすいのに、頑迷で思い通りにはならず、身の程知らずな様に苛立つこともある。
幾度か目こぼししてあげることはあっても、結局は思い通りに動かぬ人間ならば、排除してしまえば良い。
…彼女に会うまではそう思っていたのに…想定外とてまた一興だと、フランは思わせてくれる。
『セレブスウィー○ィオ?とかいうオッサンも、フランの素顔を見たら急にやる気出しやがった。スケベオヤジだ。俺の方が先に会ってるし、ずっと仲も良いけどな!』
新しいオモチャを愛でていると、構って欲しいかのように、突然割り込んできたテヴェルの思考。
聞こえてきたのはこれで、見当違いな様が可笑しい。
相手が自分をどう思っているのか、人間には本当にわからないのねぇ…。
心の声が聞こえずとも、元が肉体を持たない私達ならば、どうしても朧気に伝わるものはあった。
「ねぇ、テヴェル。フランが来てくれたから、私、つい嬉しくってはしゃぎすぎてしまったみたいなの」
嫌われてしまうのは本意ではないのよ。そう言ってやれば、「そうだよな」と簡単に納得してくれた。
そうよ、別に嫌われたいわけじゃない。
好かれたいわけでもない。ただ、楽しみたいだけ。
「テヴェル、貴方は彼女と仲良しなのでしょう? いずれフランの意識を戻したら、私達の間を取り持ってくれないかしら」
「んー?」
不意にテヴェルはニンマリとした。
「そうだなぁ。うん、それが一番いいかもな?」
なぜかと問うまでもない。
私に頼られたことが嬉しいのだ。そしてフランからも、好意的な態度が返ることを疑っていない。
『2人とも大事な俺の嫁だからなぁ。俺が、仲良くさせてやらなくっちゃな。平等に平等に…』
そんな声が聞こえてくる。本当に、仕方のない子。
彼の中では、自分を取り合う不器用な女達の友情?
どんな妄想をすればそうなるのか、頭の中で「すれ違いからの些細な誤解を解いてやるだけで、2人分の好意が一度に手に入る」と垂れ流している。
「フランはいつまで、このままにしておくつもりなんだ? 早く仲直りした方がいいんじゃないか」
仲裁は任せろ、とその目が語る。
ふと、私は思う。
…もしかして案外この子達、お似合いなのではないかしらね。
頑なに心を開こうとはしないフランと、ポジティブかつ無遠慮に踏み込んで行くテヴェル。
人間は1人では生きていけない生き物なのだという。
ならば、始めは不快に感じたとしても、いつかフランはテヴェルを受け入れるかもしれないわ。
2人分の視線を受け止めても、心を縛られたフランはニコリともしない。
テヴェルの言葉を聞いても、何の反応も示さない。
フードを外した、素顔の彼女は可愛らしい。
人間は、使う身体を一から好みの形に作ったりはしないはずだ。
生まれる際には何も選べぬはずなのに、随分と上手に整った顔立ち。
今は感情がなくて物足りないが、紫色の中にピンクが浮かぶ目は、どこか幻想的で美しい。
私でさえ、無意識に撫でたくなるようなさらさらとした金色の髪。
けれど、頬から顎の辺りへ軽くかかるそれは、一般的な女性と比べるとやけに短くて不自然。
なぜ髪を短く切ったのかしら。
似合ってはいるけれど、年頃の女の子がバッサリと髪を切っても気後れしない…その感覚は他とは違う。
富も名誉も地位も欲さない。それも、今まで見た誰とも違う。彼女は常識よりも、自身の謎の価値観で動いている。
だからなのかしら。気になって仕方がないの。
彼女を側におけば、きっと退屈しない気がして。
「…フランは、どうしてあげるのが一番楽しいのかしらねぇ」
彼女の心は、すっかり無口になってしまった。
呪って支配下に置いた者の心の声は聞こえないもの。
思考など、できるはずはないから。
私と私が許した者からの命令でしか、行動を許されないのだから。
さらりと頬を流れたフランの髪を、指で掬い上げてみた。嫌がって顔を背けることを期待した。
そんなことは起こらない。
最低限のまばたきを繰り返した彼女はただ現状を受け入れる。
逆らうことのない人形は、これはこれで可愛いらしい。
うん、フランを手放す選択肢は、ないわね。
「少なくとも、呪いで意識を封じられているのは喜ばないんじゃね?」
そうね。喜ぶ人間がいるのなら、それはそれで問題。
あの頑なな彼女を追い詰めて、自らの意志で下らせる方が楽しいに違いなかった。
屈服させたという現状への満足の裏で、少し、つまらない気持ちを引き摺っていたのはそのせいかしら。
心の声が聞こえる私に、ここまで折れずに隠し通すフランなら、何かを質に従属させても、悔しい気持ちを上手に隠せるはず。
従いながらも抜け道を探そうと画策してくれたなら、もしもそんな心がそっと聞こえてきたなら…あぁ、なんて楽しそう。
けれども、そうねぇ…。
まだ、しばらくは遊べないわ。
セレンツィオにはテヴェルの植物の魔物化と、その有用性を買ってもらわないといけない。
それから幾らか求められる仕事をして、周囲にテヴェルを認知させていく。私ではなく、テヴェルをそれなりの身分や地位に滑り込ませなくてはならない。
ただでさえ、忘れられた姫君はお伽話のようなもの。
穏便に、平民上がりの女の子を生き残りの姫であると国に認めさせるには、明確な力を見せることが必要だと思っていた。
忘れられた姫君は、開かずの間を開けるために求められているのだ。
開けられなければ、ただの権力争いの火種でしかない。現王族が「女王制の国を引っくり返した簒奪者」である以上、邪魔者としてそっと処理されるだけだろう。
本人の思い込みと切り捨てられぬよう、客観的な証を探すためにも、女王について詳しいセレンツィオが必要だったのだから。
本物が見つからなくても、皆が納得できるそれらしい身代わりを立てればそれで良かった。刺客を全て返り討てば、どうにでもなる。
そもそもがテヴェルを長く動かすための餌でしかないのだから、真偽はどうだって良い。
テヴェルが容姿を気に入ればそれでいいのだ。
そんな程度の、軽い気持ちで始めた探し物。
ところが想定外にも彼女はどうやら本物で、何より身の証に適したあの暁の目を持っていた。
冒険者としての実力も申し分ない。刺客が現れても、簡単には殺されないだろう。
女王として担ぐのは一気に簡単になったわね。
レッサノールは女王について何も知らないようだった。
だが、セレンツィオのあの顔を見れば、知る者には一目で理解できる存在なのだとわかる。
フランは、女王になれる。
問題はテヴェルだ。
ようやく帰ってきた正当なる後継者に、ぽっと出の平民風情を王配につけ、簡単に納得するような重鎮はいない。
なにせ最高権力者の夫だ。
多少の年の差や不都合諸々を飲み込んでも、自らがその地位に納まりたいと思うものの方がずっと多い。
もちろん宥めるための手は以前から打ってきたのだけれど…セレンツィオとテヴェルの関係を考えるに、ちょっと不安ね。
「あの時は呪いが最善だったのよ」
適当な言葉で誤魔化した。やってしまったことはどうしようもない。
逃がしたくはなかった。捕らえるチャンスだった。
壊すのはもったいない。
…でも、もっと強く感情を揺さぶってやりたい。
全力で悔やんで、憎んで、絶望してくれたら…そうしたら壊れてくれてもいい。
遊び尽くしたなら最後には壊したい。長く楽しみたいのも本当だけど…矛盾しているかしら?
楽しめなければ、この世界に降りた甲斐がない。
何にせよ時期を見て、彼女の呪いは解きましょうか。
「フランの意識がそのままだと、何か支障があったのか?」
「そうよ。少しの間お人形になってもらう方が、手早く色んなことが動くのだもの」
結果的にはそうなるだろう。
セレンツィオはフランが「忘れられた姫君」であることを理解した。
あれの親も、その親も、国を手に入れる夢に取り憑かれていた。
どうして男の子って国が欲しいのかしらね?
市井で育った教養のない姫に、単純すぎるテヴェルを王配にしたならば、宰相として容易に国を裏から操れる。
そういう餌で引き込んだのだけれど…このままでは、セレンツィオはテヴェルの下に付くことを良しとしないかもしれない。
そうすれば手駒同士で「忘れられた姫君」を巡る争いになってしまう。
それが長引けば、うっかり「姫」の存在が現王族の耳にも届いてしまうかもしれない。
ごたつきそうな今は、縛っておくのが都合がいい。隙をついて逃げ出されるのは嫌だものね。
小さく溜息をつく。
私も成り行きで王族の側に付いたことはあるけれど、一国の主というものがそれほど良いものだとは思えなかった。
真面目に国を運営しても必ず方々から文句を食らうし、割り切って金蔓として扱えば国民の不満がガス抜きできなくて、革命が起きたりもするのよね。
平民は奴隷のようでいて、そうではないという自負がある。
奴隷ではないからこそ「権利」を求め、すぐに現状に不満を持ち始めるもの。
お金も地位もあるほど良いのは間違いないけれど、豪遊も刺激的なのは始めのうちだけだわ。
自らの好む者だけを集めて国を興すなら楽しそうだけれど、既存の国を奪っても面倒事の比重が大きい。全国民を呪うのは現実的ではないし、何よりつまらない。
富と名誉だけを抱き締めた余生みたいな日々を長く過ごすくらいなら、途中で引っくり返す側に付いた方が楽しいわね?
「それにしても、まずはフランを確実に引き入れたいわ」
どうすれば、彼女は私達と行動を共にする気になるのかしら。
…報酬をぶら下げても、脅しても、自ら下る様子はなかった。恐らく彼女にとって、私達の仲間になることには本当に全く利点がないのだ。
困ったわね。
…ううん、むしろ逆かもしれない。
何も納得できる報酬を出せないのなら、今、抵抗ができない内にさっさとテヴェルのものになってもらえば良いんだわ。
既に関係を持ったとなれば、諦めて夫に尽くすかもしれない。そういう女もいる。
そうでなくとも、身籠れば動きは取れなくなるだろう。
その間にゆっくりと篭絡してもらっても良いわ。
腹を痛めて生んだ子を、捨てるかどうかは賭けね。
だけどもしそれが女児ならば、手駒が増えるわね?
子をなして尚テヴェルのことがどうしても嫌だというなら、双方に愛人を用意しても良い。
うん、テヴェルの諸々も発散できるし、とっても良い案だわ。
「フラン。貴女、今夜からテヴェルの伽をなさいな」
命令だ。
テヴェルが横で「えっ」と嬉しげな顔をした。
フランが返答のために口を開く。
その可愛らしい唇が、了承を紡ぐ。
「むり」
………。
何が起こったのかわからなかった。
返事は、「はい」以外にはない。それが呪いというものだ。
テヴェルも、目を丸くしている。
「あれっ? ちょ、ちょっとぉ!? もしかしてフラン、意識あったとか? や、あの、これは違くてっ、 やめてよもー!」
やましいことしかないテヴェルが慌てて何やら叫ぶが、フランは相変わらず無表情で佇んでいる。
命令しなければ返事などしない。それは、普通のこと。
私は真名がテヴェルには聞こえぬように、そっとフランの耳元に唇を寄せた。
「オフランシア、貴女にテヴェルの伽を命じるわ」
「むり」
やはり、何の感情も見えない声で拒絶の返事が返された。
…理解できない。
真名を縛ったのだから、命令には逆らえない。そのはずだった。
「こんなことは初めて」
私が、私こそが確実に優位の存在であるのに。なぜなの?
「…うーん。わかったよ。これは、アレだな。好感度が足りないんだよ」
テヴェルが突然訳のわからないことを言い出すから、少しイラッとしてしまう。
彼の主張を鵜呑みにするなら、2人はかなり仲良しとのことだった。
でも呪う際に聞いた限り、嫁入りはお断りされていたわよね。
珍しくジトリと見つめる私に、それでもテヴェルは自信満々なのだ。
「いや、もちろん好感度は高いと思うんだよ。でもさ、ちょっと足りてないんだ、きっと。何かイベントをこなしてないのかもな」
…本当に何を言っているのかしら。
イベント事に連れていけばいいの? でも普通に考えて、収穫祭なんてまだまだ先の話でしょう。
グレンシアには何かお祭りがあったのかしら。建国祭とか?
悩む間に、テヴェルはフランへと声をかけた。
「ねぇ、フラン。その…、ちょっと俺に…すっ、好きって言ってみて」
「すっすき」
一切感情の含まれないそれに、「うわぁん、違う!」とテヴェルは嘆いた。
だが命令は受諾された。
つまり、呪いは発動している。
なぜだか伽が無理ならば、間接的な言い方に変えればいいのかしら。
「フラン。今日からテヴェルが、貴女の恋人よ」
「むり」
………。
恋人も駄目なの?
世間一般で使われる言葉と、フランの認識には差異があって、命令が通らない…とか?
困惑した私は、フランの認識を確かめることにした。
「フラン。貴女にとって恋人とは何か、答えてみて?」
愛していないというのなら、愛するように言えばいい。
浮気や経済力の心配なんて、呪われた心ではしないでしょう。
「はい。縁のないもの」
私とテヴェルは完全に沈黙した。
それは…「むり」かもね?
しかしテヴェルは納得したように、こっくりと頷いた。
「おかしいと思ってたんだ、こんなに可愛いのに顔隠してたりさ。きっと小さい頃に嫉妬されて苛められたんだよ。それで、恋なんて縁がないわって思い込んじゃったんだ」
可哀想なフラン!と彼はひとりで盛り上がっている。
一瞬納得しかけてしまったけれど、そんな話じゃない。
トラウマかどうかは知らないけれど…やっぱり命令は受理されるべきものなのではないかしら。
そもそも認識の差程度で駄々をこねられるだなんて、この私の呪いが、呪いとして成立していないということじゃなぁい? 馬鹿にしてるの?
投げやりな気分になってきた私を横目に、立ち直ったテヴェルはフランへの問いかけを続ける。
「フランが恋人はよくわからないってのはわかった。じゃ、友達以上って言うとどんな関係なら理解してるんだ?」
「家族、親戚ちっく、親友」
「…親戚ちっく…?」
またしても私達はフランの一言に振り回されていた。
「え、普通に親戚じゃ駄目なの? なんで? フランにとって親戚って何なのか教えて?」
「はい。この世に存在しないもの」
「そ、存在すら許されてない!」
テヴェルが大仰に首を振って項垂れ、床に四つん這いになる。
…よくはわからないけれど、そう、何か彼女なりの理屈があるらしい。
彼女が心を許すのは、家族と親戚らしきものと親友だけということね。
「随分狭いわね…。でも、いいわ。ならばテヴェルと家族になりなさい」
「むり」
そう答えるような気はしていたわよね。
苛立ちかけて私は気付く。
命令を受け付けない異常。けれどそもそも、フランは「嫌だ」とは言っていないのよね。
命令に逆らえたわけではないのなら、問題は命令の方にある。
遂行を阻む何かの要因があるはず。
原因さえ取り除けば結果は出る。
「理由を聞きましょう。なぜ?」
問いかけながらも、内心では半ば私は諦めていた。
別にテヴェルに縛らなければいけないわけではないのだから、他に引き込む手段を考えた方が早そう。
「現在、定員オーバーです」
唐突な発言。
思わずというようにテヴェルが周囲を見回す。
室内には私達しかいないので、当然十分な空間がある。
「…え、何? 何の定員なんだ?」
「家族とは両親と自分。義理の関係は知人と同義で、友人以上に当たらない。家族は簡単に増えない」
彼女が一人っ子であることがわかった、わりとどうでもいい瞬間。
まあ、国を離れた王族の血統はつまり、彼女とその片親だけだという情報にはなるわね。
彼女が若い女性の身で冒険者なんて危険と隣り合わせの職業に就いたのなら、止めるべき親も死んでいるのかもしれない。
「いや、よく考えて! 増やせるよ! 増えるよね!」
必死なテヴェルに、フランは小さく肯定した。
テヴェルの目に光った期待は…多分、儚いものね。
「はい。規定を満たせば増やすことはできる」
一応、規定も聞いておきましょうか。
聞いたところで、テヴェルが満たしていないらしいのは、彼女の拒絶から明白だけど。
「家族の増員とは、弟妹の血縁新規参入。他人なら、共に長い時間を過ごした者へ贈られる称号」
案の定弾かれたわね。
そして色恋が出てこない。
無理だと答える知識はある。情緒が育ってないのかしら。
どちらにせよ弟妹ではテヴェルにとって意味がないし、そもそも彼の方が年上だ。
共に過ごした期間もお察しね、称号は貰えそうにない。
家族というくくりを狙うなら、今すぐは確かに「むり」。
未来に期待するしかないわね。
「…何とも驚いたこと。こんなに融通のきかない子だったなんて。貴女、他人との関係排除を徹底して生きてきたのね…」
そういえば呪う際に、悲惨な過去がありそうな声を聞いた。
私が仲人やるようなものでもないし、もういいんじゃない?
そんな気分だわ。
けれどもテヴェルはまだ諦めていないらしい。彼の心の中は、むしろやる気に満ちているようだ。
今のでどうして、そんなにもやる気が出たのかしら。
テヴェルもフランも、私の理解を越えている。
一休みしたら楽しめると思うけど、ちょっと今はお腹いっぱいねぇ…。
遠い目をする私の前で、テヴェルはさっとフランの両手を胸の高さに持ち上げた。
それを自分の両手で握り込む。
一見、恋人同士の仲睦まじい様子なのだけれど。
フランは命令されていないので、テヴェルの顔を見ていない。
そんなことはないとわかっているのに、無表情も相まって、絞殺を狙い首を見つめているように見える。
「素晴らしい。可愛いのに簡単には靡かないこの設定。恋愛シュミレーション好きの俺のツボを心得ている。ひねくれ選択肢のコほど、デレた時の愛しさは倍増なんだ。そう、他人には懐かない特別感みたいな…」
しみぅえーしょ…聞いたことのない言葉だわ。
テヴェルはしばしば意味のわからない単語を使うけれど、心の声を聞いても言葉の意味が取れない。
「待っててね、フラン。俺、きっとフラグを立ててみせるよ!」
私は盛り上がるテヴェルにフランを任せたまま、セレンツィオの対応を練ることにした。
まず、もう少し深く心を読みに行きましょう。




