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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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きっと、それはやがて大きな亀裂へ



 御飯係として謎のポジションを確立した私。

 一夜明けてなお、エネミー達の関係は最悪だ。


 青コーナー、お偉いさんであろうセレンツィオに対してタメ口、かつ態度が悪いままのテヴェルぅー。

 私の知らない間に悪役間で通信と和解があることを期待していたのだが、特段夜中に如月さんからテヴェルへの秘密連絡などはなかった模様。


 コネと金ならお手のものである如月さんだから、過保護な魔道具通信なんか持たせてあるのではと疑っていたのですが…そんな都合のいいことはなかったぜ。

 もう、如月さんったら、フォロー足りてないですよ。


 夜が明けようが、何も態度は改まらなかったため、主従との険悪ぶりも絶賛継続中である。


 そんなわけで赤コーナー、そこにテヴェルなどいないかのように振る舞うセレンツィオぉー。

 貴族(推定)らしく軽々とは内心を出さないため、溜めたイライラゲージの程はわからない。あの余裕の微笑は、本音なのか建前なのか。時折見せるヒヤリとした空気ははたして幻なのかー。一体いつ大爆発してしまうのか、ハラハラ☆ドキドキのアーリーモーニング。


 しかし、そのときは案外近いのかもしれません。

 観客席から乗り出し気味に、乱入体勢を取っているのはレッサノールぅー。護衛のはずが、もはや最大の防御と言わんばかりにいつ先制攻撃に転じても不思議はない形相。修羅の国からこんにちわ、そんな感じのこの雰囲気。


 もしかして、私が起きてくる前に既に一悶着起きていたのでしょうか…。

 いや、なんで私がそんなことまで気にしなきゃならないのよ。

 ゆっくり寝かせておくれよ。


 レッサノールは今にも斬りかからんばかりの睨みっぷり。

 テヴェルが何かちらりと動きを見せるたびに、剣の柄に手がかかっている不穏さだ。明らかに昨夜より堪え性がなくなってる。

 そしてセレンツィオも、宥めるというほど積極的には部下を諌めていない。本心としては何かのついでに殺るのもやぶさかではないのかもな…。


 私も決して対人スキルが高い方ではない。

 何よりもテヴェル自身が悪いのだと、誰に訊くまでもなくわかってもいた。

 しかし、本人がわけのわからないまま毎時の勢いで好感度を下げていくこの有り様…なんかね、忘れていたいことを思い出してしまうの。


 具体的に言いますと、前世の自分を見ているようでちょっと辛いのだぜ。

 他者の振る舞いを見ても、我が振りをうまく直せないのが現実。

 己がクズであることを突きつけられ続ける悲しさよ。

 天よ、癒しとは何処に…。


 肩書きが御飯係の私は、挨拶もそこそこにキッチンへと逃げ込んだ。

 自衛は大事。貰い事故はノーサンキュー。


 フランは御飯係の使命を果たすべく、ささくれたエネミーズの心を朝食で癒そうかと考えた。

 だが、考えただけで終わりました。

 なぜなら、食材がほぼ野菜しかないから。ベーコンとか目玉焼きとかウインナーとかシャケとか、こう、朝っぽいものが何一つない…。


 ベジタリアンしか生きていけない。何かないのかい。一縷の望みを抱いてガサゴソするが、商人が来たわけでもないのに、棚の中身が入れ替わることなんてない。

 そうよね、知って…うわっ、テヴェルが収穫したらしいヘドバンレタスが隅にいた!

 ぷいぷいと頷くように動いている。根付いてないから、踏ん張りきかなくてヘドバンしきれないらしい。


 …もうアレ魔物だってば。しかも魔力過多の食べたらヤバイのだってば。つらっと食材に混ぜるな。

 そんなにサラダが食べたかったのかな。本人のご希望なのだし、魔物レタス、食べさせてみるか?

 …だが下手に関わって、何かを私のせいにされても困るな。自己責任で勝手にどうぞ。

 選択肢は増えなかったぞ、私は何も見なかった。


 うーん。しっかし、もうパンすらもないのだな。

 如月さんが調達してくる予定だったのだろうか。テヴェルからはなんも聞いてないけど。

 料理はできない、食材はないって、どうやって生きていく気だったの? 生野菜丸かじり?


 パンがある間は気にも留めていなかった、小麦粉と書いてある袋を発見した。

 カビてなければ何かできるかしら。


 開けて覗いてみたが、お馴染みの薄力粉ではなさそうだ。カビはいないが、なぜか茶色っぽい。

 …茶色い小麦粉って何さ?

 薄力粉と強力粉ならまだしも、色違いなんてわからないぞ。玄米と白米みたいなもん?


 まずは主食が必要だと思うんだけど…ドライイーストもベーキングパウダーもないし、小麦粉だけあってもパンは作れませんよね。

 …今、まるで材料があったらパンが作れるかのような口ぶりしちゃったけど、作り方は知らないです。

令嬢は基本的に調理などしないし、前世でのパンとは買うものでした。


 発酵とか必要だろうし、適当にやってパンができるとは思えない。

 ならばせめてケーキ生地に…卵、バター、牛乳…ハハッ、あるわけがない。


 基本的に農村の一般家屋には冷蔵庫などないから、それも当然の話か。

 今はなき村の牛さんも、いっそ農耕用っぽいしね。


 私も油断すると忘れて腐らせそうだから、冷凍不可で日持ちしなさそうな食材には手を出していない。さすがに牛乳や卵はなー、当たったら怖いッス。


 困ったなぁ、主食、主食…。

 あっ、棚からオートミールを発見したよ。

 開封済みだけど、賞味期限大丈夫? カビを警戒しつつ中身チェックだ。


「…あれっ、思ってたのと違うぞ。どうやって食べるの、これ」


 シリアルなイメージでそのままボリボリむさぼるのかと思ってたけど…固そうよ?

 ほんのり甘いコーンフレークだったら歓迎したけど、こいつ、何か違う。煮込むかなんかする系だ。オートミールは馴染みがないから、扱い方がわからんなぁ。


 農村では当たり前の食料なのかな。

 誰か、取説下さい。私には扱えぬ。


 主食決まらないわー。

 とはいえ、ヤツらに何か食べさせないことには…。

 ギスギスに空腹がプラスされた殺伐具合など想像したくもないよ。


「うぅ、ホットケーキ…も、卵やベーキングパウダーが要るのかな。膨らまないならクレープ生地…結局バターやらがマイナスだから小麦粉式ガレット?」


 ガレットならイケるとも思ったが、それはそれで包むようなおかずもない。

 あぁ、私1人ならどうとでもなるのに。アンディラート相手ならどうとでもするのに。

 制限が多くてくじけそう。


 まぁ、原材料が小麦粉と水だけの悲しい生地でも、簡易な主食にはなるだろう。

 くじけました。できることには限度がある。

 別にいいと思う、ギスギスしてても。困るのは如月さんだ、構わん。


「…膨らまないなら厚めに焼いて、クレープとホットケーキの中間みたいなヤツにするか」


 見られさえしなけりゃ、サポートでキッチン用品作ったって良いのである。

 高さを出すため型を置き、フライパンで生地を焼く。


 しかし膨らまないが高さを出すということは、みっしりドッシリした何かになるわけで。

 このままでは、パッサパサを司る妖精が食卓で舞い踊ること間違いなし。


 えぇい、悲しい食べ物を悲しいまま食べたくはないのが、元食いしん坊日本人の心意気。

 よぅし、とりあえずこの謎のパンケーキもどきにシロップをほんのり染み込ませて固さと味気なさを誤魔化しましょう。


 幸いにも砂糖や蜂蜜はわりと多めにある。日持ちするからね。

 贅沢? いえいえ、令嬢ですから!


 待てよ、ここは男子率が高い環境だ。

 もし甘いものが不得意な人がいたら食べられるものがなくなっちゃうか。

 幼馴染のためなら「朝食にはスープ」なんて言ってポタージュでも作るところだが、エネミーに囲まれた現状、やる気ゲージは上がらない。

 野菜炒めでもつけておきましょう、安定の塩味で。


 うぅ…自重せずに美味しいものが食べたいなぁ…。


 旅の食料である固いビスケットと現地調達の肉で過ごしていたらしい主従は、案外文句を言ってこなかった。偉いね。

 現実を見ているというか、農村に期待なんかしてないのかもしれないね。


「ホットケーキみたい。フラン、もっと甘くならないの? あと、甘めのコーヒーと牛乳欲しい」


 膨らまぬパンが砂糖味強すぎるとか、キツくね?

 それに、それ以上シロップかけたらシャバシャバのフヤフヤになると思うよ。止めないけれども。

 コーヒーなんか嗜好品だから、農村にはありませんし。


 テヴェルへの苛立ちを何とか飲み込み、声が無表情にならないよう注意して言葉を返す。


「少しならシロップ残ってるよ。飲めば?」


「の…飲まないよ! 対応が雑ゥ!」


 テヴェルが右手で、誰もいない空間目掛けて裏拳を繰り出す。

 甘いものが欲しいんだろう?

 遠慮せず飲めよぅ。止めないったら。


 私って今、ギスギスとイライラの狭間で、身バレに気を遣いつつ全体的なご機嫌取りをしているわけじゃないですか。

 そりゃ適当にもなってしまうよ。癒しが皆無なんだもの。

 今の私の心境は、萎びたナッパマンだよ。


 エネミー主従は、食事中に大袈裟な動作を取り入れたテヴェルを嫌そうに見ていた。

 テヴェルってやつぁ、異世界人目線を気にしないからな。

 ツッコミがわからない人間から見ればマナーが悪い人どころか、なんか見えないものを殴ろうとしているオカシイ子だよ。


 護衛に至っては「埃が立つでしょうが!」という目をしていた。

 おかん…どうぞ叱ってやってください。


「生クリームたっぷりのケーキが食べたい」


「材料がありませんね」


 まず、牛がいませんぜ。

 いや、いても作らないけど。唐突な本格デザートの希望に、私はのんびりした声を、真顔で出す。


「その、なまく、ぅむ…、とは何のことだ?」


 セレンツィオさんが、食い付いた。

 私は失敗に気付く。

 …な…、ないの、でしたっけ、生クリーム?


 求めたことがなかったから気付かなかった。

 え、チーズもヨーグルトもあるよね。なのに生クリームないの? ホント?


 ヤバい、やらかさぬと誓ったばかりなのに、もうボロが出かけている。

 いやいや、落ち着け、私。

 何も決定的な台詞は言っていない。まだ取り返しはつく。


「さて。私も聞いたことはありませんが」


 慌てず騒がず首を傾げて、えー何でしょうねーとテヴェルへ話題をパス。

 そうよ、フランには説明などできません。


「え、フランは知ってるんじゃ? 材料がないから作れないって、今…」


 案の定突っ込まれたが、貫き通せば何とかなるはず。

 フラン、おして参る!(ゴリ押しという意味で)


「ケーキの材料が、ここにはないよね。っていうかテヴェルってちょくちょくよくわからないことを言うから、知らないものが出てきても大体深く考えないで返事してたよ」


「うわ、フラン、ヒドイ!」


 えー、そうかな。フラン、特にひどくないと思いますよ。

 そして、酷いのはテヴェルだということを更に思い知らされる事態勃発。


「おっさんは金持ちっぽそうだから知ってると思ったのになぁ。あーあ、生クリームも食えないとかマジ世知辛いな」


 …おっ、さん…!?


 レッサノールの手が震え、カップからお茶が零れた。

 セレンツィオは、何か言い返すこともしない。あくまで先程の問いは私宛ということにして、テヴェルの存在及び発言を黙殺し続けるつもりらしい。


 テヴェルとしては煽ろうとしたわけではなく、これが自然体なのだろう。

 おっさん扱いに含むところもなさそうに、生クリームについて説明をはじめた。


「生クリームはねぇ、牛乳からできる、甘くてふわふわな食べ物だよ。パンケーキに山盛りにしたのは女の子なら誰でも好きだし、男だって実はファンが多いんだ。至福なんだ」


 …な、なんという大雑把なくくりを…人気がカレー並みじゃん、その言い方じゃあ。

 私、生クリームタワーはむしろ胸焼けする派だよ。世の女子から弾き出されたポツン感よ…。


 大雑把で簡素なその説明を聞いても、セレンツィオは生クリームへの興味を維持していた。

 トラブルを避けるため、私はそっとアシストに入ってみる。


「牛乳が要るの? ここには残念ながら牛もいないから試しようがないけど、どうやって牛乳から生クリームを作るの? 想像ができないな」


「えー、俺が知るわけないじゃん」


 ま、そうであろうな。

 3名の心が一致した瞬間であった。


 セレンツィオは当然その回答では満足など欠片もしておらず、まともな会話ができない子への評価は更に下がった模様。

 何かね、君ら。確執で私の胃袋にダメージを与えようとしているのかね?


 だが、どうでもいい人達の関係が悪化したところで、全然私の胃は痛まないのであった。

 胃壁、丈夫!


 斯くして会話は途絶えたっきり、時折食器の擦れる音だけが微かに響く朝食の席。

 緩衝材たる如月さんは、一体いつ到着するのだろう。

 結局その後は誰も口を開かないまま、食事は終了した。


 私はそのまま皿洗いや片付けをすべく、沈黙カルテットから離脱。残された沈黙トリオも、テヴェルが部屋へと戻ったことで解散となった。


 今日って1日中こんな空気なんだろうか…嫌だな。

 私はどちらにも付く気はないけれど、微妙な気分です。

 こちらが何も手を下さなくても、敵陣では仲間割れが起きているようだよ。

 これが…テヴェルの実力…。



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