エネミーと距離を詰めてみた。
私は仕事仲間ではないと言っているのだがなぜかそういう扱いにならない。
護衛もそのご主人様も、早くもテヴェルと話したくないのだ。
そしてテヴェルの言動から、私はヤツの世話係的なものだと認識されたらしい。
やめろ!と攻撃的オルタンシアが脳内で叫んではいるが、敵の内情を知りたいのだから、それもまた好都合よね。
私の不快にさえ目を瞑れば、如月さん到着前の事情把握は実にありがたい。ギリギリ(歯軋り)
「フランといったか。何か軽く摘まめるものはあるか?」
キッチン担当と思われているためか、エネミーご主人に小腹の空きを訴えられる私。
「…なに、勝手に俺んちで、命令してんの?」
いや、ここってテヴェルの家ではないよね。
こやつは魔物植物を使って村を乗っ取った、言わば山賊である。
勝手に俺んちにしたテヴェルのふてぶてしさには目ん玉飛び出るわ。盗人猛々しいとは正にこのこと。
「まぁまぁ。お腹が空くのは辛いことじゃないか。テヴェルにだって、そんな経験くらいあるでしょう?」
成長期なのに食べ物が足りない的な手紙で、私にお金の無心してきてましたよね。
「幸い、テヴェルの凄い魔法でここには食べ物があるのだし、少しだけ分けてあげようよ」
凄い魔法と言われてテヴェルの小鼻が膨らんだが、ご機嫌は直りきらず。
もっと褒めたりすればいいの?
だが残念! 私の気力は一瞬でマイナスだ。
「魔法じゃなくてチートだし。せっかくの異世界転生なのに、魔法使えないし」
だから、お前の内情を無駄にモレモレするんじゃありませんよ。
小さめの声だったからね、うん。聞き取れなかったさ。
自分を優先してもらえずに不満そうなテヴェルだが、そりゃあただのクズよりも、情報を持ってそうなエネミーのお相手こそをしますわよ。
自明の理でしょう。恨むなら、完全他人任せで情報スカスカの自分だよ。
というわけで、エネミー主従のための調理が決定。
テヴェルにはちゃんと「キサラギさんのお客様なのだから、勝手に追い返すわけにはいかないよ」と言い訳しておく。ほら、なんか気が変わって突然「じゃあお前も死ね!」とか植物けしかけられたら困るのでフォローも必要。
いや、クズって本当に、予想もつかぬ角度から敵意を抱いて攻撃してくるものよ?
何にせよ、私にはこの主従セットを勝手に放逐する権限がない。
アジトの鍵となる如月さんのアクセサリーを借りてきた以上、ここに連れてくる予定の相手だったことは明白だからだ。
心を読む如月さん対策として、彼らのフランへの疑念は極力払っておく方がいい。そうね、「仲間じゃないのかもしれないが、邪魔にもならない」くらいを目指す。
ぷんすこしたテヴェルは「言っとくけど、食うもんは野菜しかないから!」と捨て台詞っぽいものを残して退出した。
部屋で不貞寝するらしい。
ふは、いっそ笑えてきたわ。
完全に応対を任されましたるは、無関係の冒険絵師です。
繰り返すが、この人達は私の客ではない…。
降り注ぐ理不尽に、諦念のアルカイックスマイルが浮かんでしまう。
何とか心を切り替えて、キッチンへと向かうことにした。
村の一軒家なので間取りは広くはない。
ボソボソと主従が何か話しているのが僅かに漏れてきていて、大変に気になる。サポート蟻で主従の会話を見張りたいところだが、魔物植物に目をつけられては困るしな。
さて、何を作ろうか。
テヴェルの野菜はたくさんあるけど、前世野菜が基本だから、こちらの人に出すものはきちんと選ばないといけないのよね。
アイテムボックスには…あっ、永久凍土と言う名の肉が半解凍になっていらっしゃる!
今のうちに薄切り肉にしておこう。半解凍なので切りやすいぜ。
これなら熱も通りそう。
しゃぶしゃぶのレタス巻きでいっか。ミーソ味の。
残りは再冷凍した。もう味が落ちようと今更です。腐ってなければそれでいい。
ついでにお酒も出してやろう。
お口が滑らかになるかもしれないからな。
バンデドで大量に入手したアレである。お高いのから出してあげます。
お値段高めのほうからワインにウイスキーにとアイテムボックス内の冷暗所で保存しております。
ビールはとっくに捨てた。あれは気が抜けゆく一方で、保存がきかないと見たのです。
量が量だけに、廃棄の際も周囲の空気を酒臭く汚染しすぎて困った。
食べ物も軽食よりも簡単なおつまみを作ることにして、野菜多めの何皿かを用意。
トレイ片手に戻ると、護衛君が立ち上がって私の監視を始めた。
…そんなことよりテーブルに並べるのを手伝いたまえよ。
ちょっ…立ったまま皿から摘まむな!
そんなに食べたいのかと真ん前に皿を置いてやったのに、丸無視で次の皿から摘まんでいる。
「む。これは酒か」
カップに目を留め、それもさらっと口に運んでゆく。
主より先に酒盛りする護衛とは。
しかし彼は口に含んだ途端に目を丸くして、驚いたように私を振り向いた。
え、何?
キョトンとしちゃうけど、相変わらずわかるまい。わかりやすく私が小首を傾げて見せれば、護衛君も戸惑いながら言葉を発した。
「美味い。どんな安酒を出されるかと思ったが、これならばセレンツィオ様にお出ししても失礼ではない」
お前が失礼だよ。
ツッコミは心の中だけにして、そうかいと私は頷いた。
「突然ご主人の名が判明したね。さっきは名乗る気もなさそうだったのに」
言っちゃって良かったの?という意味を込めて問いかけるが、護衛もご主人もやらかしたとは思っていない様子。
「貴殿らを信用できるかはまだわからなかったのでね」
どの段階で信用する気になったのかさっぱりわからないが、2人の間では以心伝心だったのだろう。ご主人が肩を竦めて答える。
改めて彼らは名乗った。護衛がレッサノール君、ご主人がセレンツィオさんというらしい。私のほうは再び名乗る必要はないでしょうから、会釈を返すに留めた。
自分が偽名だし、彼らも本名かどうかはまだわからないよね。
「では、いただこうか」
つまり思い返せば先程の護衛君の所業は毒味ということだ。
それも、目配せなんかの前ふりもなく、ごく当たり前のようにこなした。
私が怪しまれているとしても…ちょっと…普通の人はそういうことしないよね。お父様だってしない。あ、お父様は毒耐性持ちだからしないのか。
「こんな酒が、こんな田舎の村にあったのか?」
「いいえ、私物ですよ。確か…竜の微笑、というお酒でしたね」
ニッコリ…はしてもフードで見えないから、愛想良さげな声でご対応。
この竜のナントカというシリーズは「微笑」の他にも「涙」や「気まぐれ」、「嘲笑」等と種類があるらしい。
竜の嘲笑て。どんなお酒だい。
「ほう、高級酒ではないか」
ご主人も嬉しげに手を伸ばした。
酒場ではなかなか出ないお高いのだって言ってたよ。店主の趣味と、ごく稀に来ないとも限らない特殊なお客さん用。どういう特殊かは聞いていない。
「体格が小さいから子供かと思っていたが、違うのかな? フランはなかなか気が利くようだ」
なんか今、テヴェルと違って、という副音声が聞こえた気がした。
「成人はしていますよ。私はあまり嗜まないのですが、以前立ち寄った街で、お酒のお祭りみたいなことをやっていたのです」
世の中には色んなお祭りがあるからな。
そう思いながら言った私を見た護衛は、理解できないという顔になった。
え、こっちってないの? 奇祭?
「私には味はわかりませんが、高価なお酒だとは聞いておりました。とはいえ、旅をする身には重いだけなので、消費していただければ助かります」
まだまだあるよ。あんまり沢山出したら異様だからやらないけど。
夜中に1人晩酌するほど、まだ人生に疲れてはいない。若いし。そもそもそこまで気を抜きたくないし。
ぶっちゃけ、天使を描いた絵の方がお酒より癒されるよね。




