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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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17/303

秘密、話すよ。



 アンディラートの家に戻った私達は、応接室ではなく彼の部屋にいた。扉がちょっと開けられている。

 俯きっぱなしの下町の男の子を連れてきたかと思ったら、正体はオルタンシアさんだったので、使用人達は少し驚いた顔をしていた。

 坊ちゃまの服の胸元がビショビショだったので、大泣きしたのもバレバレだ。

 甘んじて冷たいおしぼりを貰った私は、ソファにゴロンして顔面を冷やしている。


「落ち着いた」


 呟いた私に、アンディラートは小さく「そうか」と返しただけだ。

 ソファに寝転がった私の頭の上。

 肘掛に座っているアンディラートは、着替えにいった以外ずっとここで私の髪を撫で続けていた。

 指紋、擦り切れてなくなってないといいけど。


「ピーマン食べよう」


 むくりと起き上がり、少し腫れぼったい目を触る。

 うん。もう大丈夫。


「わかった。出せ、調理させる」


「一緒に作ろう。タマネギと挽肉と玉子とパン粉ください。あと食用油たくさん。あ、牛乳ちょろっと」


「えぇ? 待て、一気に言われてもわからない」


 調理場に移動して、使用人に材料を出してもらう。

 顔見知りの使用人達が心配そうに見てくるので、大丈夫の意を込めてニッコリとしておいた。


「大泣きした顔、皆に見られるなんて恥ずかしいね」


 てへっと笑って見せると、アンディラートは困ったように微笑んだ。

 いつものように人払いして、いつものように2人で台所に立つ。

 タマネギをみじん切りする私の横で、アンディラートがピーマンを真っ二つにする。

 これをこのまま器みたいに使うと伝えると、力強く頷いて種を取り始める。


「ピーマン、ね。ないみたいなの」


「ん? まあ、この辺りの野菜じゃないんだろうな。見たことはな…うわっ」


 種が上手に取れなくて、ピーマンの皮を破いてしまったようだ。

 白い種がバラバラと飛び散っている。

 ショックで固まっている彼の肩を、しかし汚れた手ではポンポン出来ないので、二回ほど側頭部をぶつけて慰めてやる。

 苦笑したアンディラートが調理戦線に復帰してきた。


「多分この世界にないんだよ。市場でピーマンがあるかって聞いたとき、相手にまるで通じなかったもの」


「…俺も確かに、最初は聞き取れなかった。だけど…」


 言われた意味がわからないようで、不思議そうにアンディラートはピーマンのヘタを摘み上げる。

 ここにあるぞ、と思っているのかもしれない。


「私ね、違う世界で生きていた記憶があるの。細かいことは覚えてないけど、すごく人に疎まれてて、嫌われてたことだけ覚えてる」


「えっ?」


「ピーマンはその世界での野菜だよ。サトリさんは、ここに生まれる前に、ちょっと面倒を見てくれた人だわ」


 アンディラートの手が止まってしまった。

 牛乳にひたしたパン粉の様子を見ながら、私はボウルに手元の全てをブチ込む。


「シャドウとかはね、前の世界では持ってなかった。生まれる直前に得て、サトリさんにその説明を受けて…。私の能力は4つあるの。身体強化。サポート。アイテムボックス。そして予知夢」


 塩コショウは多めがいい。醤油がないから。

 私が挽肉を捏ね始めると、大変そうだと思ったのか、アンディラートが交代を申し出てきた。

 捏ねるの気持ち悪いかもよ、と伝えても「やる」と言うのでピーマンの種取りとチェンジすることにする。

 案の定ぐちゃりとした感触に眉を寄せながらも、彼はボウルの前を譲らない。


「私、赤ちゃんの頃から襲撃受けて殺されそうになったりしてたんだけどね。その頃から今と同じように考えたりできてさ。襲撃自体は前以て予知夢が教えてくれるからさ。今までそうやって乗り切ってきたのね」


 アンディラートは手を止めずに挽肉を捏ね続けている。返事は返らないが、自失はしていないようだ。

 とりあえずは話を聞くつもりなのだろう。


「能力が多いほど、生きていくのが大変なんだって。1個ももらわないまま生まれ変わる人もいるから、4個もある私はちょっととても大変らしいの」


 捏ねるの、もうそのくらいでいいよ。

 ぬとぬとの手を、アンディラートはちょっと嫌そうに、一生懸命洗っている。わかるわかる。


 スプーンで、ピーマンの中に具を詰めていく。

 昨今の肉詰めピーマンはヘルシーにノンフライなんだっけ。

 窯で焼いてもいいのかなぁ。


 いや、よくわかんないし、油で揚げるのが一番間違いないよね。

 そうだよ、何がヘルシーだよ、油が美味いんだよ。


「私が変な能力を持ってるのと、たまにおかしな話や行動をするのはこれが理由よ。サトリさんとの面識も、本当はオルタンシアとしてのものじゃない」


「…生まれる前の記憶、か」


「ふふ。信じられないでしょ。名前も死因も全然覚えてないけど、幸せな人生じゃなかったのだけは確かだね」


 鍋に油をドボドボと入れて、火にかける。

 そういえば揚げ物ってあんまりしないのかしら。

 ちょっとアンディラートが引いてる。


「赤ちゃんのときから今と同じってさ、気持ち悪いじゃない、やっぱり。だからお父様とお母様には、なかなか言えないのよ。だって、好きなの、2人のことがとても。嫌われたくないわ」


 揚げ焼きくらいにしとけば良かったかな?

 タマネギも余ったから、リングじゃないけどオニオンフライにしちゃえ。小麦粉くださーい。

 フライドポテトも食べたくなってきた。ジャガイモもくださーい。

 遠慮のない私の様子に、次第にアンディラートが苦笑していく。


「そうだな。それでも俺は、お前のご両親は気にしないと思う」


「そうね。そうだといい」


「それから…グリシーヌ様が、その…。それは本当なのか」


 お母様が死ぬ夢を見ている。

 予知夢の内容の詳細を話してはいない。それでもサトリさんとの会話を、アンディラートも聞いていた。

 ちょっと鼻の奥に痛みを感じたが、もう既に散々泣いた後だ。

 ここで泣き出すわけにはいかない。


「嘘だったらいい。ただの夢だったら、いいな…」


 それでも私は予知夢様に助けられて生きてきたのだ。


「…そうか。すまない」


「いつかはわからないけどね…多分そう遠い未来じゃない」


 菜箸がないよー。代わりのものは…。

 あれ、バットは? 揚げ物しない家で、何に引き上げればいいんだ?

 えーい、面倒だ、サポートかもーん!


「…サポートか」


「うん。テフロンコーティングのバットです。なんか、油切るものが見当たらないんで」


 無機物を作るのの楽さといったら、もう。

 さくさくと油から取り出した食品を並べる様に、アンディラートは小さな溜息。


「…生まれる前にしていた、料理なんだな」


「ああ、そうね。オルタンシアとしては自宅で調理なんてしていないもの」


「うん。…信じるよ。それから、お前と離れるつもりもないから」


 コンロの火を止めて、額の汗を拭って、アンディラートに向き直る。

 窺うように相手の目を見つめてみたけれど、否定的な色は見えなかった。


「すぐ食べられるんだろう? 庭で一休みするか。オルタンシアがそれだけ食べたかったものなんだ、美味しいんだろうな?」


「もちろんでございます!」


 大きく伸びをした彼は、皿を用意し始める。

 慌ててサポートで作ったバットをキッチンペーパーに変形させて、ざざっと油を取り除いてから皿へトス。

 解除すると油ごと靄となっていなくなるキッチンペーパー様、便利すぎてどうしていいかわからない。


 アンディラートと使用人の方々が庭に食べ物を運ぶ間に、私は訓練着に着替えることにした。

 貴族の館で、いつまでも労働者スタイルの私だけが浮いていたからだ。

 幸いにも、使用人達は全く何一つ私達にその理由を問わない。


 畳んだ服。両手の指で丸を作って、その中に服が納まるようにして見つめる。

 そして、収納。


「…しまえたなぁ…」


 感無量である。

 サトリさんの言い方だと、慣れればこの動作すら必要としなくなるようだ。

 他と比べて6年も遅れを取っている能力だ。いっぱい練習しよう。

 しかし浸っている暇はないので、庭へと急いで戻る。


 冷たい紅茶を入れてもらって、肉詰めピーマン、オニオンフライ、フライドポテトの油祭りを決行。

 …ちなみに、アンディラートはあっという間に肉詰めピーマンを5個平らげた。

 寂しそうに、まだ手付かずだった私の皿を見るので、1個だけ分けてあげた。


 ピーマンは、二度と手に入らないかもしれないものだ。

 本当は私だって、きっちり5個食べたかったんだからなあぁっ。


「あー…この『ジャンク』な感じ、幸せぇ」


 食べ盛りの伸び盛りである私達にかかれば、簡単に皿の上のものはなくなっていく。

 自分の皿をすっかり空にしてしまったアンディラートに、食べたかったらここから持って行ってもいいと告げる。

 使用人達を下がらせてあるので好き勝手にやっているが、貴族としてはとてもありえない行為だ。

 さすがにそれは、と突然頬を染めるので、全くこちらが困惑する。

 こやつの赤面境界は一体どこなのだ。


「本当はフライドポテトはね、こう、どさっと出して皆で摘まんでもいいような料理なのよ。こうやって取り分けちゃうとやりにくいけど」


「そうなのか?」


「カゴに盛ったりして、こう手でひょいぱくっとやっちゃってたね」


 カルチャーショックを受けた顔をしている。

 手掴みって言うとアレかもだけど、手で食べるお菓子だってあるじゃんね。

 クッキーにフォークを刺したところで、モーゼになれるだけである。

 それなら、こっちは手がギトギト、あっちは手がコナコナになるだけの差でしかない。


 そう説いても困った顔をしているので、彼のフォークを借りて、私のフォークが触っていないゾーンからフライドポテトを分けてやることで合意した。

 正直、油許容量が決壊してきたので手伝って欲しい…。



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