ここで会ったが百年目。
酷く頭が痛い。
ズキズキでもガンガンでも言い表せないほどの苦痛。
なんか吐き気までしてきた…。
ごろりと寝返りを打つ。どっち向きに寝ても駄目だわ。
ふと、私の顔の前に小瓶が差し出された。
…え。私、誰の前で、悠長に寝てた…?
一気に警戒が私の意識を叩き起こす。
距離を取ろうと慌てて後退ったが、あろうことかベッドの端から反対側へと転落した。
「わぁ、ちょっと、大丈夫か? ごめんな、ビックリさせたか?」
聞き覚えのある声。
反射的に上げた目に、なぜか相手もビックリしていた。
「か…可愛い…」
あ、はい。存じております。
「どこから来たの? 目的地は?」
動揺した私は唇を引き結ぶ。
「あれ、内緒? それともまだビックリしてる? ねぇってば」
相手は一向に気にした様子もなく、いっそ容赦ないほどに会話を求められた。
まぁ、ビックリはしてるかな。
とりあえず僅かに顎を引き、頷きっぽいものを取り繕った。
「わぁ、可愛い可愛い! 無視されないってことは仲良くなれるってことだよな! ねぇ、名前は何、名前!」
何を言うとるんじゃ、コイツ。
今からでも無視していいですかね。
私は額に手を当てて頭痛を堪えつつ、ジト目で相手を見上げた。
「頭大丈夫かい、テヴェル。君も、魔物に頭を強打されちゃったんじゃないの。…で、ここはどこさ?」
テヴェルは目を丸くして、じっと私を見る。
段々、その首が傾いでゆく。
私も相手の対応をいぶかしみながら、つられて首を傾げ…って、ああっ!
ささっと手を頭上に滑らせたが、案の定、フードがない!
なんか視界がクリアだと思った!
あっ、鎧もない、完全に体型バレもしてる!
パニックに陥った私は、手近にあった毛布を被った。
完全なやらかしである。
いっそ別人を演じれば良かったのに!
「え…何それ、まさか…」
ほーらね! わざわざ類似点なんか出したから、テヴェルは気が付いてしまった。
もはや、隠し通すことはできない。
諦めて、私は低めの声を作った。
「どうも、フランです。久し振り」
「フラン!!」
絶句された。
そりゃそうだ。なんでバレちゃうかな。
私の間抜けっぷりよ…出てくるのは今じゃないほうが良かったよ、発揮するのは天使の前とかがベストだったのだよ、フォローミー。(フォローを切実に求めるという意味で)
この絶望的状況に、一瞬は吹き飛んでいたはずの頭痛さんまで、そろそろと遠慮がちに戻ってきた。
たんこぶできてるわ、これ。
あの蔓ヤロウめ、身体強化様の防御を抜くとは。
常人なら死んでたかもわからんわね。
無意識に小さく呻いて、痛みを堪える。
「あ、大丈夫か? ほら!」
またしても顔の前に差し出されたのは先程も見た小瓶だ。
近いっちゅーねん。鼻に差す気か!
どうにも正体不明のそれを受け取る気にはなれず、お断りの言葉を探す。
うわ、手が無意識にジャパニーズチョップスタイルになりかけてた。
これ以上の情報漏洩はいけない。
目測を誤っただけよ。これはジェスチャーではなく、遮らんとする意図のある行動なのだ。
そんな思いを込めてそっと小瓶に手を添え、相手側へと押し返す。
「すごく頭が痛くて。今は、何か口にすると吐いてしまいそうだから…」
口許を隠しながらそう言ってみれば、相手は簡単に瓶を引っ込めた。
普通にいやだよね、吐かれるのは。
毛布の下から周囲を窺うが、如月さんはいないようだ。少しだけホッとする。
それにしても、ここはどこだろう。
見た目、普通に民家の一室のようなんだけど…。
私は植物に殴られて昏倒した、あのションボリな記憶を思い出す。場所は森の奥だ。集落なんて側にはなかったはず。
あったとしても、少し前に魔物に襲われて廃村となったはずの場所だ。弱っちいテヴェルが、こんなにのんびりと休憩してはいられないだろう。
脳内に溢れた私の疑問には、速やかな答えが返された。
「大丈夫か? フランが来るって先にわかってたら、こんな乱暴にしないように命令したんだけどな」
「…え?」
「やっぱ植物なんか何の役にも立たないよ。もっと使えるチート寄越せっての。無双できないじゃん」
頭の中が真っ白だ。
テヴェルはチートを持っている。それは農業に関わるものである。
…この世界には存在しないピーマンを作ったり…農業とは、植物に関わるもので。
え。セディエ君のアレとか、コイツの仕業なの?
頭痛が酷くなってきた。
テヴェルがクズだということは知っていたけど…他人の身体に寄せ植えしちゃう系の人なの? 完全にイカレてない?
理解の及ばないクズの所業に鳥肌が立つ。
絶対コイツには深い考えも、綿密で非道な計画も、悲愴な覚悟なんかもない。ただ、何となく、他人を害したに違いなかった。
…どうしたものだろう。
そんなことを思いかけたが、選択肢などない。
テヴェルだけしかいないのならば、むしろ今がチャンス。
彼は弱い。殺すのは簡単だ。
好意的な目を向けて懐いてくる相手を害するなんて…相手もクズとはいえ、それを上回るクズの所業であろう。
無意識にクズの高みへ昇らんとする自分に悲しくなりながらも、殺すしかない。
か弱い相手をチートで叩き潰し、人殺しとして生きていくのだよ。辛い人生だな。でも、できるさ。やらねば家に帰れない。
意を決して毛布の中で短剣をサポート生成した瞬間、ぎぃ、と扉が開いた。
如月さんか。
オルタンシアを完璧にしまい込んで、フランを広げ…ギクリとした。
扉は開いた。人影はない。
目を落とした床には。
ずるりと這う緑色。
「あ、何だよもー。いきなり勝手に開け…って、うわっ!」
テヴェルの悲鳴。
ビュンと音を立ててこちらへ飛んで来た蔓を、咄嗟に躱す。
ぐらんと視界が揺れ、ギャギャンと警告のような頭痛が走った。
赤や黄色や緑の明滅を、ちかちかと幻視する。
「…くぅ…っ…」
この私に悲鳴を漏らさせるとは。さてはこの頭痛も、常人なら意識を失うレベル。
「フラン! だ、大丈夫か?」
差し伸べたつもりなのか、うろうろと宙を泳ぐテヴェルの右手。
しかし蔓に怯えているのかサッパリ近付いてはこないので、その距離で手を取れるヤツはいませんわ。軽々しく寄られても困るけど。
うぅ、急に動くと頭痛が…吐き気が…しかし動かねば死ぬ。吐いても死なぬ。そして死ぬわけにはいかぬ。
くっそぅ。最悪、ゲロッパー攻撃も手段に加えてやるからな。
生命の危機という大事を前に、女子力は犠牲になったのだ。
ヤケクソという言葉が燦然と輝く私の胸の内。
そんなことなど欠片も知らぬテヴェルは、多分サポート短剣に気付いてドアを開けたのだろう植物を怒鳴りつけた。
「なに勝手に攻撃してやがるんだ、誰がやれって言った!」
蔓はゆらゆらとその場で揺れる。
叱りは命令ではないから、待機状態なのかもしれない。
余計にテヴェルは苛々したようだ。
「行け! ここは勝手に開けるな!」
しゅるりと蔓がベッドの上からいなくなる。
ずるずると廊下の向こうへと引っ込んだ。
しかし、扉は閉めて行かない。フルオープンだ。
「っかー。開けたら閉めろよな、もう!」
ぷんすこするテヴェルを見つめながら、私は冷静さを取り戻す。
頭痛に苛まれるなか、もう、私には理解できていた。
テヴェルは、自分に与えられたチートをうまく使いこなせていない。
命令以上をこなす私のサポートに対し、命令すら上手に聞けない彼の植物チート。圧倒的な性能の差異。その理由。
テヴェルには想像力が不足しているのだ。
他人を何の感慨もなく害することでも、その片鱗は見えていた。
テヴェルは面倒なのか、思いつかないだけなのかはわからないが、最低限の命令しか出していない。
恐らくまだ「私を襲ってはいけない」という命令は出していないのだろう。だから植物は『魔力を奪う』という自分の特性に沿って、私を襲った。
先程も「勝手にドアを開けるな」という命令をしていた。
多分、テヴェルは意にそまぬ行動をした都度、命令を加えているのだ。
効率悪くないかね?
私のシャドウファミリー達は、ドアの開け閉めなんて考えるまでもなく普通にやる。
でなけりゃ、室内特訓の様子が誰かに見られるかもしれないじゃない。
まぁ、逆に言うと、テヴェルは見られても困らない環境で練習をしてきたのだろう。
例えば、如月さんと2人きり 、とか。
一生懸命考えを巡らせるけれど、もう全然駄目だ、頭痛が酷すぎて考えた端から思考が霧散する。
「…ごめん、頭が痛くて、もう起きてるの無理みたい…動くと吐きそう」
ギブアップ宣言と共にベッドへ沈む。
「わっ、マジ顔色が悪いや。ごめんな」
とりあえず寝て、と言い残してテヴェルは出ていった。
多分心底リバース映像にぶち当たりたくなかっただけだと思われる。
だが、助かった。
うーんうーんと唸りながら何度か寝返りを打ち、はたと気付く。
「…『マザータッチ』」
数秒の後、スッキリ全快致しました。
えぇ…ちょっと治癒に時間かかってたんですけど…私の脳とか頭蓋骨とか、大丈夫だったのだろうか。そりゃ吐き気もするわ。
若干時間がかかったけど、回復魔法の存在を思い出して良かった。
それでも失った体力を養うため、私は再び眠ることにする。
そっとファントムさんに部屋の鍵を掛けさせた。




