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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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それでも、いいや。



 いらっしゃいませ、再びの戦闘。


 のんびりアイテムボックス内で肉々しいご飯(朝から天使定食・特盛り~焼き鳥に兎のソテーを添えて。キャベツミーソスープはお代りできます)を済ませて。

 まったり野営地に出て、異状なしだったファントムさんを消して。

 それじゃあそろそろ出かけよう、なんて笑顔で和やかに。


 …あぁ。どこへ行ったの。

 ほんの1時間前の穏やかさんは行方不明。そしてこんにちは、波瀾万丈さん。

 本音と致しましては、あまりお近付きにはなりたくなかったですね。


 そう、魔物が出やがったのだ。

 全身が包帯ならぬ蔓草でグルグル巻きという、新種のミイラだ。それが草木の間からズルズルと這い出るように、4匹も。


 爽やかな朝、台無しィーッ!


 這い擦る動きこそ魔物ではあるが、問題は見た目。鳥でも犬でも兎でもない。明らかに二足歩行の形態だ。

 いかにも中身が入っていそうな風貌をしているので、私達の対応も慎重にならざるを得なかった。


 だってコレ、植物部分を損傷したら、中の人から魔力を奪おうとするヤツでしょう?

 下手したら中の人ごと斬っちゃうし…中身がクズな盗賊とかならいいったって、それさえ定かではない。


 もしズンバラリンと斬ったところから、捕われのか弱い子供なんかが転がり出てきちゃったりしたら、アンディラート一生物のトラウマになりかねないじゃないの。


 しっかし………生きてるの、かな。


 ちょっともう、見るからにヤバイ。

 蔦で全身コーティングって、セディエ君よりも重症であろう。

 比べてしまえばセディエ君なんて、ごん太い毛が3本生えてただけだったよ。


 …と言っても、そもそも植物の種類も違う気がするな。

 太い蔓1つで人間をも持ち上げていた前回と、細い蔓を全身に巻き付けたこの妖怪。


 唐突にエンカウントした、この4匹の植物ミイラもどき。

 …その全ては、なぜか出会い頭に、前衛であるアンディラートを蔦まみれにせんと狙い来た。


 後で思い返せば、単純に一番距離が近い相手の魔力を狙っていたのだろうが…いや、お陰で私の冷静さが開幕行方不明に。


 …ううぅうちの天使に何しやがりんぐ! やいやい、まさか彼を蔦ミイラにしようってんじゃないだろうな!


 そんな暴走テンションで、しかし中身を傷付けた場合の幼馴染みトラウマをも考慮したら、ただただ相手を近寄らせないことしかできない。


 アンディラートへの距離が私の心の一定ラインを越えそうになったら、即座に半狂乱のあっち行けタイム。

 アイテムボックスに取り込んでは反転させてぶん投げるという戦法で、何とかうちの天使との間に適切な距離を手に入れた。


 傷付けないと言いつつ、木々にぶつかった際のダメージで、魔力吸われてるかもしれない中の人。全く冷静ではなかった証だ。


 しかし私の方法では、近接型のアンディラートは一緒に戦えない。

 あんなのと戦わせるだなんて、心配すぎて嫌だったんだけど…投げ捨てるだけでは膠着状態。


 無駄に時間ばかりが過ぎて、どうにもならないのも、わかっていた。

 心配なのもお互い様だから、互いに邪魔にならぬよう離れて、1人対2匹のノルマ戦に持ち込むことに。


 だからさ…さすがに4匹を一度にお相手するっていうのは想定外だったわけだよね。

 でも、まぁね。私が考えなしだったんだ。魔物だとわかっているのだから、いつでも自分に都合のいい形でで戦えるなんてこと、あるはずがないのに。


 切り捨てもせず中身だけ無事に、それも複数だなんて作業。自己保身第一の私に向いているわけがないじゃないの。

 とはいえやらねばならぬのだから、やります。

 むしろ性格が向いていなくても、手段的にはチートな私が適任でしたね。


 まずは手が足りませんので、ファントムさんを召喚。

 マニュアル操作は無理だから、相手を傷付けずに蔓を絡め取る作業をオーダー。


 そうしたら、予想外に全ての魔物がファントムさん一直線になりました。


 どうして私はすぐに忘れてしまうのか。アレは魔力を狙って来るって言ってるのに。

 魔力製サポートゆえの悲劇。

 ファントムさんは人気者と化した。お食事的な意味で。


「わぁ、そんな捌けないよ…」


 即行で、壊されたなと諦める私。

 ファントムさんは生きていない。壊れてもまた作り出せる。つまり残機は無限だ。

 失敗したところで次に生かせばいいので、壊されてもそんなに気にしない。


「オルタンシア!」


 獲物に逃げられてしまったアンディラートは、慌ててファントムさんの応援に走るが…離れすぎている。間に合うはずもない。


 ファントムさんは私の想定以上に躱し、長持ちはした。

 だがやはり、全方向からの蔓攻撃を避けきれず、ギリギリアウトで仮面と鎧の端っこを貫かれてしまう。


 …そう、まいっちんぐ、してしまった。

 ちなみに本人(?)は無事なので、元気にニヤリとしていました。


 素顔で上半身が黒くて身体にピッタリフィットな鎧下になってしまった以外、損害はなし。動きには支障がない。


 ファントムさんを目で追うアンディラートの表情には、心配が透けて見えていた。

 でもね、サポートに自我は芽生えない。念や幽霊や精霊が宿ったりはしない。


 オーダーの曖昧な部分を無意識で埋めることはあっても、サポートの意思じゃない。そんなものは、ない。私の命令通りにしか動かない、中身のない着ぐるみ。


 でも、それで良かったのだろう。

 万一逆らえないながらも自我を持って私を肯定し続けてくれたりなんかしたら、恐らく私の世界はそこで完結し、他人に目を向けなくなったのだろうから。


 さて、サポートを重ねた装備が多少破損したところで、本体が靄に戻らないことを私が知っているからだろうか。

 痛みも恐怖も持たないファントムさんは、怯まず敵に立ち向かった。襲い来る蔓を躱し、逆に捕らえ、そして逃がさない。


 我々が呆然と見つめる中で、ファントムさんはオーダー通りに蔓を絡め取っていった。すげぇ、4匹相手に…さっきから、予想外に善戦しよる。

 思い込みによる最強お兄ちゃんだから?


 余裕のニヤリを崩すことなく、蔓を捕まえては近くの木を交えて編み込んで結び、魔物の元に戻れないようにしている。


 ぎちぎちと嫌な音を立てて、蔓は木々に留め置かれていた。

 蔓の力が強くても、すぐに木々を引き倒せるほどではないようだ。

 …だが、この軋みを聞けば、油断ができないことも理解できる。急がねば。


 もはや生えた樹木を利用した機織り機。縦糸、横糸をかけて緑色の絨毯が織り上がっていく。ここまでこんがらがったら、簡単には外れないね。

 そうこうしているうちに、ついに魔物の中心に位置していた人間の姿が、丸見えになった。


「…本当だ…人が取り込まれていた。俺1人なら、きっと気付かずに斬ってしまったんだろうな。助けを求める人達を」


 きつく握った拳。アンディラートが辛そうに眉を寄せている。

 一旦ファントムさんを消して、グリューベルに切り替える。届きそうな位置をぱたぱたと飛び回るそれに、蔓は翻弄されていた。


 魔物の意識が逸れているうちに、寄生された人達の状況をざっと確認する。こちらの安全のため、あまり近付くことはできない。


 ぐったりとした中年女性、中年男性、女児、適齢女性。

 皆一様に顔といわず腕といわず、身体中にみみず腫れのような赤い傷がついている。

 蔓の跡だろうか。


 男ならいいってわけでもないけど、女の子の顔中に容赦ない傷って。跡が残ったらどうしてくれるのよ。


 痩せ細った身体…その背中、肩の後ろ辺りに。やはり魔物は寄生していたようだ。

 自分では届きにくいような位置に埋まってるのがいやらしい。

 共生じゃなく寄生って性格がよく出てるわ。


 全ての蔓が、そこを起点としているのは間違いないようだ。

 セディエ君方式での対応ができるな。


「核っぽいものを魔道具で凍らせるから…抉り取ってくれる? 取ってくれたら、私が即座に回復魔法をかける」


 問題は、4匹の距離が近いということ。

 魔法に反応して私に向かってくるかもしれない。魔道具はひとつしかないし…。


 そうだ。魔道具もサポートで再現できないだろうか。

 こっそりとアイテムボックス内にサポート魔道具を生成。しかし、うまくいかない。


 …うーん…。

 きっとこれは、この魔道具の起こす現象について、脳内でどうしても「どうやって?」の部分の疑問が消せないせいだ。


 火を出す魔道具ならライター、原始的には火打ち石を想像できた。

 水を出すとしても、水道の蛇口を。それが駄目でも雨から地下水の貯水サイクル、またはH2Oというものを知識として知っている。


 その物自体の構造が深くわからなくても、そういうものだと思えたならばサポートは発動できる。

 …だが、周囲を凍りつかせるほど冷気を出すなんて本当に魔法の所業で、私にとっては正直理解できないことだ。似たようなものに置き換えて想像することもできない。


 諦めた。

 元々複数いるんだ、仕方がない。

 身体強化様の超絶な躱し技に賭けよう。


 まずは、ぼんやりとした目の女児。

 サポートの小鳥は相変わらず蔓から真っ先に狙われていて、結構いい盾役だ。


「先に全部凍らせるよ」


 アンディラートが頷いたのを確認して、氷竜印の魔道具を取り出し、機動。

 素早く女児の背に押し当てる。


 ピクリと一斉に魔物が反応するが、蔦はこちらに届かない。

 冷たい冷たい冷たいッ。


 続けて近い順から女性、女性、男性とその背に押し当てて痛い痛い、凍傷になるっ、私の手が負けるわ、これッ。


 身体強化様のお陰で私は凍りはしなかったけど、それでも凍傷ギリギリの感じ。何とか魔物の核を凍らせて魔道具をアイテムボックスに放り込む。


「やって!」


「ああ」


 私の声に、アンディラートは持ち替えた短剣で躊躇なく女児の背を抉った。


「『マザータッチ』!」


 ひいぃ、遠慮ないな、すげぇ覚悟。


 深部まで凍らせ足りなかったか。

 血が溢れたが、回復魔法が発動すればすぐ止まる。

 薄目になりながらも何とか現状から目を逸らさず、回復魔法をかけ終える。


 途端に、バンッと音を立てて近くの木が蔓に握り潰された。握力強い。

 アンディラートと私は素早くその場を飛び退き、小鳥と交代したファントムさんが再び蔓を掴む。解放された女児が狙われないよう、アイテムボックスへ。


 あの蔓は…男性に寄生しているヤツだ。


「アンディラート、次は男の人!」


「わかった!」


 ミシミシと周囲の木々が音を立て、編み込まれた蔓どもが逃げ出そうと暴れる。

 急がなくっちゃ。


 私に一瞬だけ目を走らせ、アンディラートは男性の背を抉った。


「『マザータッチ』!」


「右の女性だ!」


 回復魔法を使った瞬間にはアンディラートが別の被害者へと向かい、私は慌てて、解放された男性をアイテムボックスへ放る。


 女性達も無事に解放、回復して収納したが、寄生する場所を失った蔓達がばったんばったんと暴れ回るものだからたまらない。


「これも一旦しまうよ!」


 粉砕された木々と、暴れる蔓をアイテムボックスへと収納。


 目の前には、急に広場が現れた。

 こ、こんな範囲を森林破壊していましたか。


 だが、人命には替えられまい。

 木々の破片はそのうちキャンプの薪としてリサイクルでもしますよ。


「…はぁー…。結構、苛酷だったねぇ…」


 思わずその場に膝を付いた。

 サポート達を靄に返してアンディラートを見れば、どこか警戒したままの彼は辺りをチラチラと見回している。


「どうしたの?」


「…いや…まだ、何だか落ち着かないような気がして」


 勝って兜の緒を締めよってヤツね。やだもう、天使ったら真面目。

 思わず微笑んだ瞬間。


「オルタンシア、避けろ!」


 厳しい幼馴染の声に、反射的に飛び退いた。


 振動と土煙。

 私のいた場所に、突き刺さる太い蔓。


「えぇ…?」


 全て倒したはずのそれに、混乱する私。

 アンディラートは冷静で、現状を認識できない私に的確な言葉をくれた。


「新手だ、来るぞ!」


 その言葉を待っていたかのように、蔓が辺りに溢れ出した。


 なんで。

 今、倒したのに! 倒したばっかりなのに!?


 蔓は広場となった地面をズルズルと這い回る。

 木々の間にも蠢くものが見えた。


 今までと、動きが違う。

 闇雲に貫こうとするんじゃない…何だろう…まるで、逃げ場を断つような…?

 あまりに多いその数に、打開の方法が思い付かない。


 中身が入っているかいないかなんて、もう構ってる場合じゃない。

 そうだ。蔦は沢山でも、本体は少数かもしれない。

 根っこさえ狩り尽くせば。


 まずは敵の位置と数を知るべきかと、サポートで斥候用のグリューベルを作成。

 その途端に、あらゆる蔓の敵視が小鳥に向いた。


 なんで!

 あ、そうか、魔力に反応したのか!


 あぁ、今はそれどころじゃない。

 小鳥を慌てて上空へと逃がす。

 木々より高くに、早く早く!


 蔓の長さには限界がある。

 大空に向かって目一杯伸ばされた植物。けれどその先は小さな鳥には届かない。

 ホッと、息をついた。




 全く、愚かなことだった。

 人はそれを、油断と呼ぶのだ。




 幼馴染みの悲鳴が、響いた気がした。

 後頭部への衝撃。

 急激に世界が色を失う。ザラつく灰色がモザイクのように視界を覆っていく。


 身体強化様は攻撃を避けてくれる。

 …それが私の目に見えてさえ、いたならば。

 背後の気配を読むのは…私にはできないことだった。


 私1人だったなら簡単に手放しただろう意識を、必死に繋ぎ止める。

 これは完全に意地だ。


 こちらへ何かを叫びながら駆け寄ろうとする、幼馴染みの声が聞き取れない。


 構わないよ。

 今は、耳など聞こえなくてもいい。


 ただ暗い世界で、それでも見えたものだけが、私の歯を食い縛らせる。

 天使を捕らえんと、その背後に迫る触手。

 うちの子に何をする気だ。許すまじ。


 もうブロックモザイクしかない、霞む視界を放棄した。

 見えなくていい。

 必要なのはこの目じゃない。


 私はクズなのに。前世では誰もが目を逸らしたほどの、駄目なヤツなのに。

 ねぇ、素敵じゃない?

 それでも大切な人のために、できることがあったのだわ。


 クズでもいい。実力じゃなくてもいい。

 今、君を救えるのなら。

 いるはずもない神に、感謝もできる。


 小鳥の視界はクリアだが、それを認識すべき私の意識は、もう手放す寸前。

 余計な真似をする余力はない。

 驕るな。やるべきことだけを、するんだ。


 速やかに、上空からアンディラートを収納。

 そして鳥の目線は、出来得る限り遠く、遠くの、森の出口側へ。


 アンディラートと、救ったばかりの中の人達を。

 ぶん投げるような気持ちで、なるべく遠くへと取り出した。




 …あぁ。やだわぁ、怖いわぁ。

 周囲の蔓は他の獲物を見失い、全て私へと矛先を向けた。


 絞殺かな。刺殺かな。

 できればあまり、苦しまないといいな。

 自分が震えていることだけは、わかる。


 逃げられない。

 小鳥の目には、緑色の壁が私の身体を囲む様が見える。

 構わない。

 どうせもう、どちらの身体も動かせないのだもの…。


 薄れる意識に、バランスを失ったグリューベルが失墜した。


 待っていたように伸ばされる蔓に、しかし小鳥は捕らわれない。

 枝葉に紛れるようにして、グリューベルの姿は霧散した。




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