森のホラー~釘とか杭とか!~
勢いよく迫り来る蔓に、タイミングを合わせて剣を振う。
ザックリと重めの手応えが伝わった。
切り離されたそれが地べたを転がり、ビッタンビッタンとのたうつ。
水辺に打ち上げられた魚のようだ。わりと大物。しかし食べられない。
絡みつかれないように距離を取ると、すぐさま追いすがるような風切り音。
視界の左右から、別の蔓が襲い来る。
強襲のつもりか。
だが、相手が悪かったな。我が身体強化様の前では取るに足らぬ速度よ。
例えお前がチョロPの速度で駆け抜けようとも、私にとっては赤子のハイハイでしかないのさ。フフン。
華麗なステップで魔物の攻撃を躱し続ける私に、アンディラートが声を上げた。
「オルタンシア! やはり斬るだけではダメだ、またくっついて戻ってしまう!」
なんだとぅ?
急いで目を遣れば、今し方のたうっていたはずの蔓は、向かえに来た半身と平然と合流していた。
うわぁ、マジくっついたわ。
しかも「やはり」ってことは、これはアンディラートが見たことのあると言っていた魔物の仲間ということか。
セディエ君の寄生植物は、そんなミミズだかアメーバだかわからない真似はしなかったものね。
単純に、人間の魔力をガンガン吸い上げて衰弱死目前にさせただけ。
うーん。コレ、剣士とは相性の悪い敵じゃないですかね。
参考になる戦いといっても、アンディラートの話では以前は小さな魔物だったので、騎士が牽制しつつ燃やしたらしい。
私のほうはそれなりの大きさがあったけれど、氷竜マークの魔道具で植物の動きを鈍らせて対処したのだ。
…しかし、こうも絶え間なく攻撃が来るならば、同じ手は使えない。
冷気攻撃も魔道具ひとつでは一方向にしか対応できません。
一瞬で燃やし尽くすことができない以上、焚き火を設置しても蹴散らされてしまうだろう。
下手をすれば森に延焼だ。
私達はアイテムボックスに退避はできるから、結果的には魔物も退治できるのだろうが…自然破壊待ったなし。
今、私達の前に姿を現しているのは蔓のみだった。
蔓がワッショイしながら死にかけの人間を運んでくる様は見えない。
だから、寄生された人が魔力不足で死にかける心配もないと、安心して剣を振るっているわけだけれど…。
アンディラートは危なげなく自分に向かってくる蔓を切り捨てているが、縦に斬ったり横に斬ったりと、うまく動かなくなる方法がないか試行錯誤しているようだ。
それも、死角でくっついて襲いかかってこないようにと、きちんと自分の視界に上手に収める位置取り。
しかし今のところ成果はない様子。
丁度いい軌道で向かって来た蔓を両断。
次に私として試せるのは、これだ。
「収納!」
地面でビッタンビッタンし始めた蔓をアイテムボックスにイン!
隔離政策が可能なアイテムボックス様にかかれば、どれだけ同種の蔓を放り込もうとも、合体など不可能であります。
意気込んだ私だったが、アイテムボックスに入れた途端に蔓はおとなしくなった。
…な、何なのよ。急に神妙にしやがって。
セディエ君の蔓も、切り離して放り込んだら、おとなしくなった気がするけど。
少し考えた後、ヤツの水分を取り出す。
蔓は簡単に干涸びた。でも抵抗どころか、ぴくりともしないのがまた、不気味。
切り口がまっ平らな半身は、相方を見失って一瞬動きを止めたが、あっさりと捜索を諦めて攻撃に転じてきた。
斬って、収納。ぶつ切り、格納。
繰り返すと蔓は当然の如く短くなっていく。私を襲っていた蔓どもは、遠巻きにウネウネするだけとなった。
ほう。逃げないのか。
続いて幼馴染みの援護です。
アンディラートが斬った蔓を収納。
ざくっ、ササッ。あいよー、オーライ、ほい次ー。
ほんのり汗をかいたアンディラートが、軽やかに私の隣に戻ってくる。
「オルタンシアは凄いな」
「凄いのはチートです。私じゃない」
どうか誤解しないで。君のように努力して得た強さじゃない。
だから、私と同じようにできないことを辛く思ったりしては困る。
アンディラートはちょっと首を傾げた。
それからひとつ、頷く。
「ツィートを使いこなすオルタンシアは、凄いな。とても頑張っていると思う」
…やーん。
ツィートじゃないんだけど、なんか可愛いから許す。イイヨ!
私を褒めねば気が済みませんでしたか、この天使め。えへりと笑ってしまうぜ。
そうよね、アンディラートは私がチートを使いこなそうと特訓していたことを知っているのだもの。
褒められるのは嬉しいことなので、今度は素直に受け取りました。
「相手は魔物だ。急に伸びないとも限らないし、警戒は怠るな」
反射のように笑みかけた表情を引き締めて、アンディラートはまだウネウネしている切れっ端の元へ。
四方から襲い来ていた蔓は、しかしどうやら根を同じくするらしい。
刈り取りつつ進めば、時折地面に杭で留められた蔓が。
縫い留められた部分から地に根付いているようで、養分を吸い上げてか、そこから妙に太く成長している。
杭は刺してあれども、蔓は繋がっているから…まだこれでも1体の魔物と言える。
斬って杭と収穫すれば、残りは巻き戻るリールのように本体の元へと逃げ帰った。
やがて姿を現したのは、もしかして丑の刻参りかな? なんて邪推しちゃう、木に打ちつけられた植物だった。根っこは、きちんと土に埋まっている。
もはや、我々に危害を加えられるような長さの蔓はない。
標本のように、釘を打たれて逃げることもできず、モゾモゾするだけの魔物…。
「…あのさ、なんかさ…とっても人為的だよね、これ」
思わず呟くと、アンディラートも頷いた。
私は残りの蔓を根までまとめて収穫。
木に刺さっていた釘も、念のため収納した。
「ある程度の高さが必要な敵は、この蔓で攻撃しろということなのだろう。一ヵ所から攻撃すれば場所がばれてしまうから、杭でわざわざ別の方向に蔓を留め、そこから攻撃させたのかも」
ある意味、森の中の罠かもしれない。
魔物の仕業に見せかけて、近付いたものを殺す…人為的な罠。
でも、一体、誰が何のために?
植物の魔物を倒して以降、しばらく進んでも同種の魔物は出なかった。
けれども既に森の奥だ。
眠っている間に襲われてはたまらないから、歩哨にファントムさんを立たせたうえで、我々はアイテムボックス内での宿泊とした。
アイテムボックスに蔓をしまいまくってたじゃんって?
大丈夫です、隔離は万全! 水分も抜いたから、枯れ草みたいな奴がいるだけよ。
ファントムさんはニヤリとしながら一晩焚き火の側で佇んでいたが、魔物の攻撃を受けることはなかった。
植物の魔物はあれきりだったのだろう。
他の冒険者達の情報も、杭で方向調整をされた蔓に出会っただけで、結局はアイツ1匹のことを指していたのかもしれないね。
そんな風に考えていた私達は、翌日思わぬ困難に見舞われることになった。
気付かなかったのは仕方がない。
木を隠すなら、森の中。
蠢くギリースーツに身を包み、奴らは静かに忍び寄ってきていた。




