スキマライフ!~ちょっとした心境の変化。【リスター視点】
ごろりとベッドの中で寝返りを打つ。
手足に違和感はなかった。
フェクス曰く、呪いによる後遺症の類いは、まるでないとのこと。
多分、チビが回復魔法を使ったんだろう。
俺が聞いたことのある呪いというものは、そう簡単に治るようなものじゃなかった。
長期間呪われていた場合は、解呪薬を使っても元通りには戻らない。
解呪薬は病気治療のように回数を分けて飲むもんじゃないからな。即効だ。一瞬だ。
つまり呪われた人間の身体には、呪いと薬の攻防で一気に負荷がかかる。
呪われたらどんな腕利きでも冒険者は廃業。
俺が聞いたのは、諦めず長きに渡り呪いを解く旅をした剣士の話。呪いが解けた途端、身体が砂になったという逸話だ。
呪われていた期間が短ければいいんだろう。
きっと解呪薬が作られた時代には、呪いも薬も身近だった。
だが、今の時代にそれを手に入れることは、ほぼ不可能。
そういう話だ。どのくらいの期間なら無事なのかなんざ、誰にもわからねぇ。
なのに…解呪薬作るとか馬鹿かよ。
呪われたなら、無理に解くことは考えないほうがいい。どうせ腕や足を失えば廃業なんだ。それと何も変わらない。
ダンジョンでなくとも、墓っぽそうな遺跡の調査依頼なんかでは耳にする話だ。
「…あぁ、クソ。チビがいないと退屈だ」
呪いとは、魔物が人間をいたぶる為の、遠回しな死の宣告だ。
だから正直、もう前のように動くことはないと思っていたが…後悔もなかった。
好きに生きれば、選択の結果として死ぬこともある。それが自由ってもんだ。
母にはなかったが、俺は違う。誰にも邪魔されたりはしない。
俺のせいでチビが追っ払われたというなら、そうした奴をブチ殺すのも俺の自由だ。
今は、いまいちダルイ。魔力が足りてない。それさえ治れば…。
「…全部俺の好きにする。他人なんざどうでもいい。グレンシアなんか二度と来ねぇ」
「何を仕出かすつもりだ」
呟いた途端に他者の声が聞こえて、咄嗟に魔法を放つ。
戸口に立っていたのはトランサーグだ。
家の中で気配を消すとか馬鹿な真似すんのは、戦闘大好きな冒険者くらいだろ。
「…弱っていて良かったと言わざるを得ないな。フランも厄介な人間を手懐ける」
何だよ、魔法が効いてない。
耐性の魔道具か。じゃあ、勝てねぇな。
つーか魔力足りてねぇってのに、無駄に使わせんな。余計ダルイわ。
トランサーグは不機嫌そうにこちらを見た。うぜぇ。俺だって不機嫌だ。
「俺だけ家に残ってんのに文句でも? 明日にゃ出てくから心配すんな」
「追い出す気はない。ここはお前達が借りた家だろう。出て行くにしてもきちんと商会に話を通すことだ」
なんで俺がそんなことを。
…面倒くさい。
借りたのはガキだったな。
ガキはチビについてったらしい。まぁ、良かったか。
仕方ない。そんなら家の解約手続きくらいはしてやるか。
「だが、もう少し待った方がいいと思うぞ。フランから手紙が届いている」
「はぁ?」
手紙とか普通に届くのかよ。
そんなら、チビへの警戒は解除されてるのか…いや、こいつがうまく受け取っただけの可能性もある。まだわからねぇ。
情報が足りない。
…今日明日で魔力が回復するかはわからねぇし、もう少しここにいてもいいか。
手紙を受け取ろうと手を出すが、トランサーグは肩を竦めただけだ。
「あ? 早く寄越せ」
「ベッドの中の病人に渡しても身体に障るだけだ。明日起きられるようなら渡そう」
「ざっけんな。俺のものだろうが」
「強制的に寝かし付けられる前に、おとなしくしてもらいたい。…安心しろ。少なくとも、フランの敵に回る気はないんでな」
魔法が効かない相手は相性が悪いが、言いなりはごめんだ。そう思いかけたところに、最後の台詞。
…敵じゃない、か。
だが、そんなのはわからねぇ。この世に絶対の味方なんてものはない。
「…そう警戒するな。俺はフランの身元を知っているからな。あれの親を敵に回すと故郷の地を踏めなくなる」
身元…トリティニアの有力貴族、か。
別にチビとガキが何者でも構わないが。
チビは俺同様に貴族らしくはないが、幼馴染みだというガキのほうは時折育ちの良さが出る。いまいち危なっかしい。
トリティニアには行ったことがない。正直、ダンジョンのない南方の田舎国になんて興味がなかったしな。
「寝る」
吐き捨てて布団を被った。
トランサーグが居ようが居まいがどうでもいい。気配を断って部屋に入り込まれりゃわからないんだ。出て行くときも同じだろ。
呪いが解けたんなら、これ以上足手まといでもいられない。休むのは正しい。
チビの手紙は、明日でもいい。
あいつが俺を置いて国に帰る気になったんでもなけりゃあ、手紙には合流方法の示唆でもあるだろう。
…チビの前で倒れたのは失敗だった。
そう思う反面、チビの回復魔法が遅れれば更に事態は悪化した気もする。
俺がどう抵抗したところで、俺に何かあったらチビが泣くのは理解してしまった。
ガキも、この世の終わりみたいな顔をするんだろうな。
クソ。何なんだ、あいつら。
もう、無駄な心配はかけられない。




