ハイカロリー・フォー・ユー
私達には取り急ぎ稼ぐような必要はなく、手持ちの食料は潤沢であり、夜露を凌げるアイテムボックスがあった。
まぁ、積極的な索敵は行っていないが、魔獣とカチ合えば戦闘もある。
時折魔獣を狩りながら、アンディラートが聞いたという『植物の魔物出現地点』へと移動を続けている現在。
「ねぇ、この辺で昼食にしようか」
程良い草地を見つけ、昼休憩の提案だ。
「うん、そうしよう」
嬉しそうに幼馴染みが笑った。
大きくなったアンディラートはよく食べる。なので、空腹で悲しい顔になる前に声をかけるように心がけている。
…そう、わりかし、平和。
一人旅だと暇だから、途中で無意味に爆走したりとひたすら前に進むことにしか興味が持てなかった。
しかし二人旅というのは、並んでテクテク歩いて会話して、相手の疲れを気遣って休憩を入れてみたりするのだよね。
もちろんリスターと一緒の時もそうだった。
いや、リスターはもっと休憩が多めだったけど。体力ない子だからね。
だけど何だろなぁ。どこか心に余裕のようなものが感じられる旅です。
癒しが潤沢、かつ素の私を全く取り繕わないからだろうかなぁ。
まるでおうちに居たときのように、何でもないことを気兼ねなく楽しめる感じ。
和気藹藹とBLTサンドをパクつく我々。
コンビニなんかのBLT、ゆで卵入ってるのって何なんだろうね。ベーコンレタスタマゴだったっけ?って一瞬悩んじゃうのよね。
タマゴサンドはタマゴサンドとして好きだけど、BLTならばBとLとTだけでいきたい。ノー・エッグ。もさもさ入ると、さっぱりしないよ。
なんでこんなことを言い出したかって言うと、騎士に煮炊きを仕込まれたらしいアンディラートが…時折、私にとって納得のいかない妙なものを作るのだ。
そう、本日の付け合せはアンディラート作・焼き肉を巻いたゆで卵。
爽やかBLTに! 肉巻きゆで卵!(戦慄)
あ、うん。私は1個で十分だよ。君、遠慮せずにたくさん食べなよ。
わぁ、まだ入るのか。卵ってこんなに食べても大丈夫だったかな、コレステロールゥ。
燻製肉のバター炒めとか、瓶詰のしょっぱい煮豆にチーズを添えたバゲットだとか、そんなものを作成したこともあった。
いや、マズいわけじゃないの。
でも、ただ納得がいかないのよ。なんでそうしようと思ったのかが、わからないの。
本人に問うても教わった料理だとしか言わないし。
そもそも、せっかくのやる気をそぐつもりなんか毛頭ないから追求しにくい。
なんで野営でゆで卵に肉巻いたんだろうなぁ。
ゆで卵食べたかったのかなぁ。ヴァンドーエーズィが脳裏をチラつくぜ。
バター炒めのときは、バター煮に近くて燻製の香りを殺してた。
しまいにゃ煮豆の上にチーズの塊がゴロゴロンッて…おいおい、せめて溶かそうぜ。ちょっと焼けば溶けるでしょうよ。
煮豆にチーズキューブもさもさって、もう、もう。
彼の場合、特に空腹感が募ると、そういうものに手を出す傾向があるようだ。
確かに味が濃かったり、食べた感だけはガツンと出るけれども。
天使の手料理を残したりは決してしないが、滴るバターなんて身体強化様の加護がなければ胸焼けが危険よ。
成長期っぽく、身体がカロリーやたんぱく質に飢えているのだろうか?
私の作ったものを喜んで食べることから、味覚的には私とそれほどの乖離はないと思うのだけれど…うーん。
わかってる、アンディラートは悪くない。
そんな食べ物を彼に教えた騎士達が悪い。
更に言うのならば、持たされている糧食…騎士の行軍食が悪いのだ。
カチカチ干し肉の仲間だものね。
あぁ、私に前世チートのひとつもあれば、缶詰技術だの真空パック技術だのと何とかする術があったのかもしれないのに…。
だが、しかし、ない。
なので私は自分の食べるものだけを、アイテムボックスとサポートを駆使して保存するのであった。
すまんな、世の騎士達よ。順当な技術の発展を待て。
ペロリと卵とBLTサンドを平らげたアンディラートは、デザートの果物をしゃくしゃくした後、食後の紅茶につけた角砂糖をもボリボリしていた。
か、角砂糖ッ…!(2度目の戦慄)
…えっと…そ、そう、物足りなかったのかな。夕食、早めにしようね。ごめんね。
正直、成長期の男子がこんなに食べるものだとは思わなかったぜ。
さてはアンディラート、普段はリスターにも食べさせようとしてわりと遠慮してたな。
おやつにやたら干し肉齧ってたけど、あれ、安くて持ちのいい物で空腹を紛らわせてただけだったんだ…よく食べてるから、てっきり遠征中にハマッたのかと思ってたのに。
でもって、私の食べる量は知れているので、最近はあまり遠慮していないのだな。
多めに出されたものは、自分のものだと認識したのだろう。ちゃんとたくさん食べている。
…だが、それでも足らぬ、と。
あれだけ食べればデカくもなりますわ。
逆に、あれだけ食べなきゃ育たないのなら、私はこれ以上の身長を諦めましたわ。
そして3度目の戦慄。
アンディラートが自分の荷物から干し果物を出して食べ始めたのだ。
食後に、おやつタイム…だと…?
私はいよいよ危機感を覚えた。
もしかして、小腹どころか全然足りてないの?
まだまだお腹空いてるんじゃん。
今まで天使をひっそり飢えさせたまま平気で生きてきていただなんて…泣きそうよ。
「あの…今度、君がどれだけ食べられるのか試してみていい?」
「え?」
「君がどれくらいで満腹になるのか想像がつかないんだよ。今まで本当は足りてないことは多々あっても、お腹いっぱいでご飯を残したことってないでしょ?」
「…あ、いや、そんなこと…」
アンディラートは、手に持っていた果物を慌てて隠すと、赤面して俯いてしまった。
違うよ、食べすぎだって言ってるんじゃないんだよ。慌てて私は弁解を試みる。
「ごめんね、そんなに足りてないなんて気がつかなかったから。ちゃんと君にお腹いっぱい食べてほしいのよ」
ぶんぶんと彼は首を横に振った。
遠慮か。
「もっと量を作っても平気よ。私がお料理するの好きなの、知ってるでしょう? 作るの嫌ならこんなこと言わないよ?」
ぶんぶんと更に彼は首を振る。
くっそぅ、それでも次からは特盛り決定なんだから。
余ったら冷凍すればいいんだし、容赦せず盛っていこう。
まさか、リスターも実は足りてなかったのかな。こっそり追食してたり…いや、でもフリーダムリスターは足りなかったら遠慮などせずに言うだろう…言うよね?
うーんうーん、でもたまに謎の気遣いとか見せてくるからなぁ。
成人男子の食事量…わからぬ。
うぅ、失敗したな。何せ一番身近な男性であるお父様は、そう健啖家じゃなかった…もう成長期終わってるから?
ヘコんでいると、そっとアンディラートが干し果物を差し出してきた。
貴重な君のおやつを…。何だい、これ。もしかして慰めているのかね。
私は後でいただこう。
ちょっと笑ってしまいながらも、受け取った。
顔を赤くしたまま、アンディラートはごにょごにょと言い訳のように喋る。
「食事は足りていた。ただ、幾ら食べてもすぐ隙間ができるんだ。あんまり空腹を感じる前に何か入れておかないと、咄嗟のときに力が出ないかと思って…時間に余裕のあるときは詰められるだけ詰めていただけなんだ」
すぐ隙間ったってご飯直後におやつだぜ…よっぽど燃費悪いのか。
暴食のアンディラート…とか二つ名にどうだろうな。強そう。
あれ、でも天使なのにそんなの司ったら堕天しそうじゃない? 困る。
暴食…飽食…ハッ、豊穣を司ればいいのよ。いいじゃない。それっぽいじゃない。実り豊かであれば食べる量も増えていい。
料理するのは好きだし、大量に作るのも苦にならないけれど…うん、調理にかかる時間が増えますね。夜の野外調理はシャドウにも手伝ってもらうことにしよう。
あとは…とりあえずは腐敗を恐れず、食料在庫をもっとマシマシにしよう。
腐るよりも早く使い切ればいいんだものね。よぅし、次の補給時には遠慮せぬよ…大抵のものは冷凍しときゃいいしな。
「そ…そういえばオルタンシア。リスターに使った解呪薬は余っているか?」
隠し事のできない天使が、食べ物から離れようと強引な話題転換を試みてきた。
全く関連性のない話題に来たな。
腹筋よ、今こそ気張れ。ご機嫌を損ねたくはない。
吹き出してしまいそうになったが、何とか堪える。
私は上手に何でもない笑顔を繰り出し、新たな話題に乗ってあげることにした。
「ん? いや、余ってないよ」
リスターによって存分に零されましたので、予備の薬は全くない。
…いや、むしろリスターでテーブルを拭いた際に、べしょべしょの服からアイテムボックスへと回収した薬がある。何となく、埃や汚れは取り除き済みだ。
再利用するつもりはさすがになかったが、念の為に別枠として回収してある。最悪の場合には使えるよ、絞り汁でも良ければ。
「でも、もう要らないんじゃない?」
リスターとアンディラートは、もうオタ者お墨付きの新たな御守りを持っている。呪いにかかることはないだろう。
既にリスターの呪いが解けたことが確認できた以上、もう一度解呪薬を作る必要は感じていなかった。
なんせ材料はあれども、入れ物がないしね。
何かあった時に改めて大量の小瓶を用意して、作ればいいよね。
しかしアンディラートはふと真面目な顔をした。
「手間をかけるが作ってほしい。ひとつ、持っておきたいんだ」
「あ、そうなの。じゃあ、夜に作ろうね」
お求めならば作ります。
小瓶…サポート製でいいかな。
アンディラートに持たせても大量に余ることは必至…考えてみれば、無理に全部を瓶に詰めなくてもいいのか。
1本渡したら、残りは部屋ごと鍋の空気を抜いて、冷暗所に保管ってことで。
酸化と菌の繁殖が押さえられれば腐るまい。使うときに小瓶に詰めればいい。
使う予定ないのに…賞味期限わかんないのよね。あまり劣化しないといいんだけど。
「その…、俺が呪いにかかったときに使うという前提で作ってほしい」
「御守りがあるから大丈夫なのでは?」
剣の飾りと化している御守りを、ついチラリと見る。
効力が劣っている以前のものも外す気はないようで、ストラップは2つ並んで付いていた。
「えっと…寝るときは剣を手から離しているし。他にも、風呂とか」
盲点。
確かにそうだ。リスターはご希望通りに以前あげたブレスレットに飾りとして追加したから、まだ心配は少ないが…剣は腰から外しちゃうことが多々あるよね!
「できれば肌身離さず…寝るときもお風呂のときも、なるべく君とご一緒してほしい」
思わず真剣な顔で呟いてしまうと、アンディラートはじわじわと赤面した。
なんでだ。トイレのときも、とは思ったけれど言っていないのだし、赤くならなくてもいいと思う。
しかし、お風呂に剣を持ち込んだら錆びちゃうか。現実的には厳しいね。
ストラップにしたいんだとばかり思ってつい尊重してしまったが、役目を果たさなければ意味がない。
うーん。前衛職として駆け回る彼には、指輪も腕輪も邪魔であろうか。
「それ、ちょっと借りてもいいかな。ネックレスか何かに加工しよう」
そしてシャツの下にでもつけるのならば、走ってもそうチャリチャリしないだろう。
そう、思ったのだけれど。
「…でも、気に入ってる…」
悲しそうにストラップを見つめられたので、私は即座に手のひらを返した。
「よし、新たに作ろう。そうだ、ペアネックレスはどう? お揃いのデザインを一緒に考えようよ」
お揃い大好きアンディラートなら、これで肌身離さず付けてくれるはず。
案の定、パッと彼は嬉しそうな顔をした。
おぉ…眩しい。浄化されてしまう。
私は微笑んだまま目を伏せて逸らし、木々のグリーンで目の療養を試みた。
危ないな、さすが天使。今まさに闇に生きるクズを蒸発させるとこだったわよ。
「ダンジョン素材が必要だな。魔物の討伐が終わったら、ついでに回っていけばいい」
再び作成したのなら、オタ者のお墨付きを貰いに行かねばならない。
その頃にはほとぼりが冷めているだろうから、城都にもまた入れるだろう。
駄目なら中の人なしでファントム先生が行けば良いのさ。




