殴りにゆこうか!
衛兵の隙を突いて、路地裏を脱した。
あとは夜陰に乗じて門を乗り越えよう作戦だったのだが…うーん、門兵に隙がない。
これは、なかなか難しそうですねぇ。
そうだよね、ここってただの集落じゃなくて、城下町でしたね。
そのうえダンジョン都市の周りには大量の魔物がいる。警戒は普通に厳しめだ。
新兵並に声出し指差し確認を怠らず、決して気を抜かない門兵達。
だが、穴は必ずあるものだ。
サポート蟻を配置したまま、何時間もじっと目を凝らし続ける。
そんな私に、アンディラートは言った。
「朝になったら普通に出てみればどうだろう。お前が家を抜け出したという方法で」
なぬ、と思ったが探されているのは私だ。
アンディラートはアイテムボックスに入れて持ち運べる。
ファントムさんは仮面の男で…まぁ、全然依頼は受けていないけれども、身分証としての冒険者証は所持している。
だったらオルタンシアさんを隠して運べばいいじゃない、という提案である。
そう、オルタンシア・イン・ザ・ファントムだ。
まさか二度もやる羽目になるとは…。
お父様の顔を知らない人から見れば、仮面を取ったファントムさんは、ただの美形の冒険者だ。
そのうえ、私の勘違いが発覚した。
私の数少ない集落滞在ログから、グレンシアも他と同様、入都には税を払ったうえで身分証を確認されるものだと思っていた。
もちろん冒険者証がなくても、口頭質問に答えてもう少しお金を払えば中に入れる。
商人は商人のギルド証があるから、一般村人の移動なんかがこちらだ。
だが、聞けばグレンシアは他国と違って冒険者が優遇されており、冒険者証を提示すれば入都税がかからないのだという。
確かに冒険者証は見せたけど、てっきりテヴェル護衛チームの商人達が税を払ってくれたと思っていたぜ。
奢られ癖かな…気をつけないと、ゆすりたかりと変わりませんね。
魔獣が多い場所柄、戦力である冒険者を集めるためにグレンシアはそのようにしているのだとアンディラートは語った。
出るときも割と簡単だという。
というか冒険者であれば「依頼で外に行く」とカードをチラつかせるだけで結構なフリーパスだった。
念のためファントムさんの装備をちょっと変えましたが、何の抵抗もなく門を潜ることができましたよ。
ただし成人男子サイズの着ぐるみ内がギュウギュウで、中の人は吐きそうです。
前回は中の人が切羽詰まっていたうえに、ファントムさん自体も逃げの動作でジェットコースターのようだった。
落ち着いて動けば前よりは辛くないと楽観視して挑んでみたところ、とんでもございませんでした。
真綿で首を絞めるが如く長引く責め苦よ…。
むしろ前回はちょっと麻痺ってた分、いっそ楽だったのではないかね。
悠々と城都から歩いて離れ、ファントムさんを靄に返したら、ついついがっくりと座り込んでしまった。
アイテムボックスからアンディラートを取り出す。
「大丈夫か?」
本気の心配を宿した目で見てくるので、苦笑してしまった。
「平気よ。でも、ちょっと休憩してから行こうねぇ」
なんかこう、妙にピッチリ詰め込まれた感じなのよね。
真空パックされた生肉の気分っていうか。
そんで、動きに合わせて強制的に自分の体勢もギュウギュウ変えられる。走ったりしたときの衝撃も一切緩和されない。
…最終手段と心得よう。キツイわ。
とりあえずは自由を手に入れた。
これから、どうしよう?
仲間が呪いに対抗できる装備を手に入れたのなら、次は宿敵との対決だと思うのだ。
しかし、ヤツらがまだグレンシア周辺にいるという保証はない。
ならば次の目的地としては、リスターが情報を手に入れてきた『忘れられた姫君の故国』になるのだろう。
そうは思うのだけれど。
「リスターの状況がわからないまま、グレンシアを立ち去りたくないのよね」
せめて回復を確認してからにしたい。
私の申し出に、アンディラートも頷いた。
そうすると、まだ数日はつかず離れずでグレンシアをウロつくことになる。
「謎の魔物とやらを見物しに行こうか」
「…オルタンシア。危険な真似はよせ」
瞬殺で否定された。
だが、私はソレが私の知るものと同じなのかを知りたい。
私はアンディラートに、手に入れた情報を開示した。
「もしかしたら私が以前に退治した、人間に寄生する植物かもしれないと思ったの」
もしも対処法が同じで良いのならば、魔法使いが比較的集まるこの国であれば何とかできるかもしれないじゃない?
「植物…?」
「そう。だから…凍らせて、寄生された人から魔物の核っぽいものを取り出して、回復魔法をかければ…助かる人がいるかも」
アンディラートは眉を寄せた。
ちょっと想像がつかないのかもしれない。
まぁね、「魔物狩りに行く? いいよ」なんて軽く言わないのはわかっている。
彼は裏道散歩すら許してくれない、きっちりと危機管理のできる護衛であった。
でも、アンディラートが嫌だって言うならそれを押してまで行く必要はないかなぁ。
「…どう、したの?」
幼馴染みはじっくりと考え込んでいる。
正義感の葛藤かな。
アンディラートは公正だ。
私とは違い、知らない人間であっても危機にあれば助けに走るタイプであろう。
見過ごしたくないのかもしれないな。
私は…自分にも危険があるのならば、保身を取るよ、多分。
だってクズだもの。
アンディラートは小さく首を横に振った。
しかし出陣拒否の意ではなかったようだ。何かの葛藤を振り払って、こちらを見る。
「街で噂を聞いた。人間のような形をした蔦の塊が襲ってきて、小さな集落が既に2つ滅んだらしい」
「…蔦の、塊…」
セディエ君は、そこまでではなかった。
そこまで植物が成長するより先に、魔力切れで死にそうになっていた。
もしも同じ魔物だとしたら、寄生された人は、もう…。
「俺も遠征で、植物の魔物を見たことがある。それは、何の変哲もない蔓で…しかし村人をことごとく絞め殺していた。ひとりも…ただの一人も助けることができなかったんだ」
苦く呟く声。
反射のように私は言った。
「もしも今回、操られた人間が蔦の中に入っているのなら、もしかしたらまだ生きているかも」
寄生というからには、宿主が死んでは自分も生きられないのではないだろうか。
「…助けられるのだろうか」
ぽつりとアンディラートが呟いた。
「君は、助けたい?」
思わず微笑んでしまいそうになるのを堪えて、問いかけた。
ここで笑うと、さすがにちょっと不謹慎だからね。
「助けられるものならば」
真っ直ぐな目で、キッパリと頷くアンディラート。
正義など人の数ほどあるというのに。
相手が善人かどうかもわからないというのに。
彼は助けに走ろうと言うのだ。
ちょっと嬉しくなる私がいる。
彼は、きらきら綺麗な宝物のひとつ。
それでいいよ。その真っ直ぐさが、とてもいい。簡単に、冷たく誰かを見捨てる君なんて、どうしても想像できないから。
やっぱり、アンディラートは騎士になるべき人間だと思うな。
「じゃあ、一緒に行こう」
私が手を伸べると、彼は当たり前のようにそれを取る。
「すまない。オルタンシアのことは守るから、一緒に来てくれ」
「いいよ」
本当は私って突撃型なんだけど、今回は後衛に回ろうかな。私が怪我でもすれば、彼はとても悔やむだろう。幼馴染みを泣かせるような真似はしない。
代わりに背中は、私が守ろう。
いいじゃない。親友っぽいじゃない。
そうして謎の植物退治へと赴くこととなった私達。
だが。
迂闊な私はすっかりと忘れていた。
『大切なものは、なぁに?』
あの日見た夢の現実化は、回避した。
言葉を遮り、逃げきった。
…今までは、事が現実となるその場に居合わせなければそれで良かった。
犯人が捕まっていたからだ。
もしくは失敗した相手が、暗殺未遂が世に知られることを恐れてか、それ以上に私を追ってくることがなかった。
今は特に予知夢は見ていないし、もうあれから結構な時間が経っている。
それでも、気にするべきだったのだ。
あの日の予知夢の効果が切れた感じは…そういえばしていなかったのだということを。




