まだ、起きない。
小鳥部隊からの定時連絡では、リスターはまだ目覚めていない。
…そんなに長く意識の喪失が続いて大丈夫なのだろうか。不安だ。
くうぅ、更にはこの夕闇迫る鳥目タイム。
カーテン越しのトランサーグの動きで判断するしかないなんて。
正直、全然見えぬ。
アイテムボックスへと駆け込む入口に使った路地には、未だに数名の衛兵がウロついていた。
現場保存ではないだろうが数人が張っていて、ちょいちょいどこかからの兵士が何かの確認に訪れているようだ。
多分、抜け穴でなければ隠れ場所でもあると思われているのだろう。角を曲がった途端に綺麗に消え失せたからね。
当たらずとも遠からずなので、結局、私はまだアイテムボックスから出られない。
とはいえ本体が出られないだけで、サポートを外に出して歩かせることはできる。
蟻さんをコソッと放ち、やや離れた路地でシャドウにすればいいのだ。
買い物だってできるし、マニュアル操作でお喋りもできる。…意識をそっちに振るので、本体が激しくお留守になるだけ。
本来であれば路地裏なんぞではできぬ危険な行為なのだが…今回は抜け殻ボディがアイテムボックス内であるうえ、エンジェリック・ナイト付き。これ以上はない鉄壁の守り。
他の人だと何かあった場合、ちょっとね。心身共に守ってくれそうなのは彼だけだ。
…例えば?
手違いで本体が白目剥いてブリッジ四足歩行した時とかさ…ないとは思うけど。万が一、本体とシャドウの操作を間違えて、突然スライディング土下座したときとかさ…いや、ないとは思うけれども。
とにかく、うっかり奇行に走っても傷が付かないように止めてくれそうで、精神を抉る余計なことも口にはしなさそうな…。
ま、まぁ、つまりは籠城戦の様相だが悪い状況ではない。動けないだけで、手持ちの食料が尽きても買いには行けるからね。
ましてや、犯罪者でも何でもない私だ。衛兵も、そう長いこと路地裏に張り付いてばかりは居られまい。オルタン予想では、せいぜいが今日明日の辛抱だ。
私は、リスターへのお手紙を持たせたお子様便を送ることにした。作ったからには使う。
未だにちょっとモジモジしているアンディラートは見ないふりだ。私の失態など早く忘れるのだよ、シャイボーイ。
衛兵にはトランサーグを引っ捕らえる様子がない。命令の優先性としては、本当に凄腕冒険者側が高かったのだろう。
二つ返事で仲間を引き受けてくれた相手が、不利益を被っていなくて良かった。
籠城路地から簡単に抜け出したアンディシアは、とことこと街を行く。
あんまり時間が遅くなると補導されるかもしれないから、早く行ってこなければ。
封筒の中には、体調を優先にしてよく休むように書いた手紙。
しかして本命は、封筒の糊として使用した家屋侵入用サポートである。
ベリッと封を開けたら、糊は破損扱いになるだろう。綺麗にナイフなんかで封を切っても別にいい。
開封を合図に床の上にて蟻に再変化してササッと部屋に潜み、完全にリスター1人になったら話しかけるつもりだ。
そんな目論見で、マンスリーマンションへ到着。
ノッカーを叩いてみると、見知らぬ人が出てきた。
…誰だ、これは。
ちょっぴり警戒してしまったが、奥からトランサーグも顔を出した。
…一瞬何かを思い出そうとするような顔をされたが、他人の空似と思ったか、無事にアンディシアの存在を許容。
その後の会話で、玄関に出てきたのは銀の杖商会の関係者であることがわかった。
安心してリスターへの手紙をトランサーグに託し、速やかに撤退。任務は完了だ。
お使い便を人目に付かないところで靄に戻したら、意識は封筒に向ける。
…どうやらリスターはまだ目が覚めていないようだ。糊サポート君はリビングでテーブル待機させられている。
じっと耳を澄ました。
…糊に耳があるのかって?
ふふふ、糊で犬の絵描いたのよ。その耳を借りる形だ。
これができるということは、サポート製品なら文鎮にでも意識を移せるということ。
私には思い込むために耳のある動物の姿が必要だが、多分妄想の上級者なら、糊で絵を描かなくてもできるのだと思う。
直線塗りの糊が、話を聞いているという妄想ができる、上級者だ。
…うん。紙一重な感じがするよね。私は、できなくてもいいかな。
だが実際、人形でできることが糊にできないということはないだろう。
どちらも鼓膜などないのだから。
んでも、付喪神だと思えばね。
封筒や文鎮が話を聞いてたって言っても、そんなに違和感を感じない。いけるいける。
適当と言えば適当。
逆に理詰めガチガチな人だと、チートを上手く操れないのかもしれないな。
オブラートに包むのなら、日本人って不思議に対応する下地があるのさ。ミステリアス・ジャパン。
メッチャ頭いい、化学式とか脳内にウジャウジャしてる人なら、理詰めでも動かせるのかもしれないけどね。
さて引き続き盗聴だ…うお、考えてみたらこれ盗聴なのか…。
わー、なんか、人として大切なものを失った気がするな…。
「いえ、商会長の意向ですから」
銀の杖商会の人が何か答えたようだ。
トランサーグは案外近くにいたらしく、商人より声が大きく届く。
糊、接着面だから周囲は見えませんの。
「ラッシュは随分と大物を味方につけたものだな。何にせよ助かった、感謝する」
「伝えておきます」
…何の話をしていたかわからないぜ。
眉を寄せながらも耳をそばだてていたところ、この屋敷の扱いのお話だったようだ。
今回の修理箇所が確認できたら、銀の杖商会が修理する。ラッシュさんがおらずとも、リスターが引き続き居住して良い。そういうことのようだ。
本当に助かります。ラッシュさんに貸したんだから、いないなら貸さないって言うこともできた。
そうしたらリスターは意識不明のまま追い出されていたのだ。
落ち着いたら菓子折り持ってお詫びにいきたいところ。
その後もリスターの容態とは関係ないが、聞き流せない情報がちらちら出てくる。
「例の植物の魔物についてはいかがです」
「銀の杖商会が資金を出したのだ、討伐隊はじきに出るだろう。軍部が焦るのもわかるが、呪いではないと判断されている」
「…呪いでなくば…やはりゼランディに出たものと同じ魔物なのでしょうか?」
「情報を集めたところ、どうやら少し違う部分があるようだ。だがそれが別種か、成長体としての差異かは、まだわからない」
おや?
これはきっと、私を捕まえて対応させようとした魔物の話だ。
呪いではないが、厄介だという魔物。
でも、ゼランディに出た、植物の魔物と言うと、セディエ君の…。
あれは厄介だし、確かに呪われてるっぽい見た目をしている。
あんな感じの寄生植物の魔物がウロついているということなのかな。
うえーんってなるけど、対処はむしろできそうだな。
ゼランディの話を情報提供したほうがいいかしら。うまく話題が出ればできるけど。
しばらく張っていたが、リスターが起きる気配はない。
ずっと盗聴し続けることもできないので、一旦本体へと意識を戻した。
アイテムボックスに戻ると、アンディラートが汗だくだったので少し驚いた。
暇だったのかしら。
なぜか寝ている私の横で筋トレをしていたらしい。
あんまりムキムキしないでほしいのだがなぁ…。
とりあえずの汗とホカホカを汚部屋にブチ込み、タオルを彼の頭上に取り出し。
「お風呂使ってきなよ、私は晩ご飯の支度でもしておくから」
そう言ってみたのだが、既に支度はできているらしい。
スープを温め直せば食べられるというので、食堂設営だけを任されることにした。
彼が風呂ダイブしている間に、天使の料理を盛り付けに行く。
実のところ、拠点があるとついつい楽しくなった私が料理をしまくっていた。
野営でない彼の手料理は初めてだ。
わくわくしながらキッチンスペースを覗く私。
「…成程?」
…そっか。騎士隊について歩いていた従士だものな。
焼いた肉とザク切り野菜を豪快に挟んだパン(でかい)と、自分の手持ちから出したのだろう乾燥野菜で作ったスープ。
確かに、スープの鍋を温め直せば、すぐに食べられるね。
おとこ飯、か。
少し意外な感じがするけれど、ステーキ、パン、コーヒーのリスター飯よりはバランスが良いかな…。




