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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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彼は必死で名前を考えた。



 日が落ちるまでにはまだ時間がある。

 とりあえず、私達も一休みしよう。


 情報共有がてらアンディラートが買ってきてくれたおやつを食べることにした。

 お湯を沸かしてお茶を入れる。


 さて、一体何をチョイスしたのかな。

 わくわくしながら見つめていると、長方形の、どっしりしたケーキが出てきた。


「パウンドケーキ? どこのお店?」


「ゲルダの旅食。トルフの実のパンだって。たまには甘いものを食べたいって冒険者に、そこそこ売れているそうだ」


「へぇ、パンの範疇なんだ」


 どうやらギルドで出会った冒険者にお勧めを聞いたようだ。

 シャイな男の子にはケーキ屋さんとかキツイよね…って言おうとしたけど、考えてみたらこの世界って…そんなにお菓子屋さん自体が存在していなかった。


 そうよね。おうちでは料理人に作ってもらえば良かったけれど、家出してからは、甘いものと言えばせいぜい干し果物…。


 選択肢としては…甘めのパンを探してパン屋さんが一番に上がるか。

 ただ、菓子パンは主食にならないのであまり置いてない。


 レストランでデザートの持ち帰りを頼んでみる手もあるが…テイクアウトなどやっていないご時勢、そもそも簡易容器がない。

 また、そんな特殊なことを申し出る客が、敵対店で味の研究をする気でないとも限らない。

 余程のお得意様でもない限り、了承をくれるお店は稀だろうな。


 あとは…それこそ旅食の木の実入りのカロリーバーみたいなものか。


 グレンシアは大国だ。それでも、前世ほど豊かではないと感じる。

 土地柄、トリティニアよりも魔獣の脅威が大きいことも理由のひとつだろう。


 地域住民の食はご自宅で賄われることが多い。

 売れないから、お菓子は大々的に売られないという悪循環。


 庶民のおやつとは母親の手作りで、お腹に溜まるものを指す。

 カーチャンは暇ではないので、安くて簡単なものだ。

 茹でたジャガイモとかになるのね。お菓子じゃないね。


 貴族街なら、手土産用の店なんかはあるけど…庶民には基本的に手が出ない。

 トリティニアでもそうだけど、そういうのは領地の宣伝を兼ねていて、他貴族へ広める目的のお店だからね。ウチの領地に来たならコレ買って行きなよ、みたいな。


 そして冒険者向けの間食には、お菓子より露店の焼き鳥のほうが売れる。

 圧倒的に男性冒険者が多いからだ。


 …ちょっとしたお願いのつもりだったのに、苦労させてしまったのだな。

 反省だ。変なとこでお嬢様癖が抜けていない。


 サポートナイフで切り分け、サポート皿にサポートフォーク。

 横着していたらアンディラートに苦笑された。


「リスターのことはわかった。俺も心配だから、シャドウを使ってあとで様子を見に行くという案に賛成ではあるけれど」


「ではあるけれど?」


「追われているのなら俺やオルタンシアの姿では駄目だろう。どうするつもりだ?」


「んー」


 結構食べ応えがあるな、このケーキ。

 私が三口目をもぐもぐしている間に、アンディラートは二切れを食べ終えていた。


 下品なわけではないけれど、一口が随分大きいためか、食べるのが早い。昔はもっとお上品だったと思うのだが、冒険者生活がそうさせたのだろうか。


 個人的には、チマチマ切ってちょびちょび食べる男ってのもイメージ的に微妙だから、問題ないけれど。

 …いや、待てよ。アンディラートならそれも可愛い気がしてきたな。


 彼は食べ盛りなので、残りを全部食べても構わない旨をあらかじめ告げてある。天使を遠慮で腹ペコにさせるなど…許されぬ。


「別のシャドウさんで行こうとは思うよ。そうね、ファントムさんも見せちゃってるし、何か他のを考えよう」


「…さっきも言っていたな。ファントムさんっていうのは?」


「これ、これ」


 フォークで傍らを差し、そこにファントムさんを出現させる。

 アンディラートは、ファントムさんを見て少しだけ頬を引きつらせた。


「…シャドウ、だったのか」


「そうよ」


 ニヤリと友好的に笑ったファントムさんは、天使に敬意を表したボウ・アンド・スクレープでご挨拶。

 急に落ち着かなくなった幼馴染みに、私は首を傾げる。


 どうした? ファントムさんは生きてないから、飲食の必要はない。君のケーキを奪ったりはしないぞ。


 アンディラートの目線はファントムさんの髪…後ろで無造作に束ねた、細身のしっぽに向いているようだ。


「しっぽ、可愛いよね」


 興味が向いているのだと思ったのに、彼は気のない声で「あ、うん」と返してきた。

 あるぇ。ヘアスタイルに心惹かれたわけではないのか。

 なんだろなぁ…と思っていると、アンディラートが口を開いた。


「…子供の頃も、その、彼だったのか?」


 ぽそりと問われた、その意味を考える。

 子供の頃…の、シャドウ。


「これのこと? これとファントムさんが同じものなのかって?」


 ぼわりと少年シャドウを出す。昔ながらの、影だけのヤツだ。

 並べてみれば特徴的なしっぽは同じ。

 アンディラートは複雑そうな顔をして頷いた。


 確認できたので少年シャドウを靄に返す。

 少年シャドウは顔なんて考えなくていいように作ったものだし、ファントムさんはそもそものテーマがお兄ちゃんだ。

 でもまぁ色々合体して、最終的には同じものだよね。


 アンディラートはまだそわそわしている。

 ファントムの名の元となった、この仮面に慣れないのかもしれない。


 …考えてみれば、彼には幾らでも我が集大成を自慢しても良いのだな。


「そうね。ファントムさん、オープン」


 仮面を外して見せると、アンディラートはあんぐりと口を開けた。


「…リーシャルド様…? いや、グリシーヌ様にも…似てる…」


 大いにお父様似であることは否定しない。しかし寄り添うお母様の美にもきちんと気付いてくれるアンディラート、さすがです。花マルあげちゃいます。


「いい出来だと思わない? お兄ちゃんがいたら、きっとこんな感じ。うちの素敵なお父様とお母様を、いいとこ取りでしょ?」


「…そ、か。お兄ちゃん…か…」


 あっ、アンディラートにお兄ちゃんと呼ばれるファントムさん、ちょっとイイ。

 ようやく笑みを浮かべた幼馴染みに…しかし私は、手違いを自白した。

 出しどころのなかった懺悔といってもいい。大天使への告解だ。


「うん。でも、お父様を知ってる人には類時点がわかりすぎるかなって顔を隠すことにしたんだけど。この仮面が私のイメージを怪人に寄せてしまったみたいで…当初より行動がおかしくなってきた」


「…仮面に、何かあるのか?」


 私は前世トークであることを前置きしたうえで、ファントムの元ネタを説明した。

 ついでにハモりながら小歌劇。

 拍手を貰った。


 心の澱を吐露し、歌ってストレスも吐き出し終え、すっかり気が軽くなった私と、なぜか表情の明るくなったアンディラート。


 心の友だから、私の心の軽さに同調してくれているのだろう。うんうん、私だってアンディラートが笑っていると、なんか笑顔になっちゃうものね。


「それにしても、こんなにシャドウを上手に使えるようになったんだな。随分いっぱい練習したんだろう。偉かったな」


 …ぅあ…、天使ィ…!


 頑張りを褒めてくれる人というのは大変に貴重なものでございます。心底自分のためでしかないことであったとしても、頑張っていたのは確かなのです。

 ましてやチート能力は私のトップ・シークレットだ。他の誰にも、こんなこたぁ褒めてもらえないだろう。


 超笑顔の私に、優しく笑い返してくれるアンディラート。

 …癒されるな…。彼は、世界の浄化を担っているに違いない…空気清浄化天使…。


「およ。衛兵が完全に引き上げるみたい。オタ…フェックシ君は帰るけどトランサーグが残るみたいね」


「…フェクス、か?」


「あぁ、何かそんな感じ」


 苦笑されたけど、いや、仕方ないよ。オタ者の名前に興味ないもの。

 サポート・シマエナガ部隊がじっとマンスリー・マンションを見つめている。


 家主の銀の杖商会の人にも連絡を取ってくれていたようで、見たことのある商人が紛れている。

 …銀の杖商会にも、ごめんなさいしに行かなきゃだよね。ラッシュさんの信用貸しの家でトラブルを起こしたんだから…。


 うーん、使いを出すならお子様のお使い便が後腐れなくていいんだけど…さすがに襲撃された場所にお子様便を出して、万が一にも何かあったら嫌だなぁ。


「あっ、そうだ」


 手紙配達用のお子様を作ればいいんだ。

 オルタンシャドウは外身有りも作れる。家出年齢時の影武者シャドウなどお茶の子さいさいだ。


 ただし、可愛いので誘拐されないか心配なことと…そのままでは今の私の顔を知る人相手には駄目だよなぁ。


 くるりとアンディラートに向き直る。

 目が合うと、小首を傾げられた。


「何が、そうなんだ?」


 ケース2、ちび天使シャドウ。

 私にとっては、モデルを置かずに肖像を何枚でも描き上げられるほど、鮮明に記憶されている題材だ。

 うん、ちっちゃいアンディラートも作れるな。

 笑ってくれなかったら心のダメージが酷いから、やったことがないだけだ。


 だけど派遣予定先は本体の顔を知っている。私と同じ理由で、そのままでは使えない。

 顔バレしないように作る必要があるシャドウ…うん、前例があるな。

 ファントムさん、つまりモンタージュ作成だ。


「基本ベースは私でいいか」


 オルタンちびシャドウ参上!


「あぁ、何だか懐かしいな」


 アンディラートの顔がほころんだ。

 昔は少年シャドウ相手に鬼警戒だったというのに、ふわふわとオルタンシャドウの髪を撫でたりしてくれている。


 現在おかっぱ程度しか髪の長さのない私は、ローリングロン毛好きの幼馴染みが、天パを堪能する様を黙って見つめた。


「すまない、つい。何かをする途中だったのだろうに、邪魔をした」


 背中に視線を感じたか、待機状態の私に気付いたアンディラートは、シャドウから一歩下がって離れてくれた。


「ううん、平気よ」


 でもまず髪を変えますね。


 目立ちにくいアンディラートの髪の色。髪型…は、一応女の子なので伸ばしましょうか。ストレートのロングです。

 びっくりした顔のアンディラートが、隣で固まっている。


 お客さん、モンタージュ作成は初めてですね。まだまだパーツが変化しますよ。


 それから…私の目の色は特徴的なので、これも一般に紛れやすいアンディラートの色に変えちゃいましょう。


 目許は…うーん、どっちも可愛いからなぁ。

 あんまり可愛さが強いと誘拐の危険がなぁ…よし、親世代に行ってみましょうか。


 少し勝ち気にヴィスダード様を意識して。うん、活発そうな女の子になったぞ。

 一般に紛れ込みたいのに、うちの両親の傾国の美貌を混ぜ込んで魔性の幼女になっても困るので、この辺で勘弁してやろう。


 あとは服装だな。かつて街に降りていた頃の、黒猫ちゃんワンピースは可愛かったな。あれにしよう。


「…アンディラート?」


 ふと気付けば、隣でアンディラートがorzしている。一体なぜだ。


「え。…あ、君の許可取ってなかったね。もしかして混ぜちゃ嫌だった?」


 急に自分の容姿をシャドウに混ぜ込まれたら、困惑するのは当然かもしれない。


 怒っているのかと顔を覗き込…めない、なんでそんな見もせず的確に、片手で私の顔が掴めるのだ。私の目にがばりとアンディラートの手がかかり、視界不良であります。


 …そっとサポート蟻を作成して足下に放つ。身を起こしたアンディラートが、左手で私の目を塞いでいた。怒っているのか確認すべく、そっと下から見上げてみたところ…真っ赤な顔で、口を真一文字に引き結んでいる。

 怒ってはいないようだ。


 だが、私は困惑した。

 …えぇ…今、赤面なの? なぜ?


 つまり私に赤い顔を見られたくないから、目を隠されているのだな?

 しかし甘いのだぜ、アンディラート。


「手があったかい」


 ホッカホカのぬくぬくだ。そう告げると、パッと手を放された。


 不機嫌な顔を作ろうとしているのか、ぎゅうと寄せられた眉。

 しかし、両手をニャーの握りで鼻から下を隠すのはやめたまえ。可愛い。知ってた。萌え袖着せたい。


「そんなに嫌なら、消すけど」


「やじゃ、ないっ…けどっ」


 上ずる声音。

 片手が顔から外れて、「待った!」のポーズを取ったので消さずに待機を続ける。


 すごい、耳どころか手も真っ赤だ。ホッカホカなわけだよ。

 ここまでの赤さは久し振りに見るな。湯気が出そうだぞ。脳の血管とか平気かな。


「…けど、何?」


 何だろう。そんなにも彼が動揺するようなことがあっただろうか。


「…こ、ども、みたいだって、思っ…」


 最後まで言えずに、彼はしゃがみ込んで膝に顔を隠した。

 うん。まぁ、子供ではあろうが。


 …お? あ?


 気付くと同時に、私も急激に自分の顔が赤くなるのを理解した。

 …あー…。そうね。アンディラートと私の要素を持つ子供って言うと、そうよね。はっはっは。そりゃシャイボーイも赤面するわ。


「女の子だからアンディシアかしら。男の子だったらオルタンラート?」


 混乱した頭で、何とか場を和まそうと思いつくままを口にしてみるが、失敗。アンディラートは余計に混乱したようだ。


「そっ…駄目! まって、ちゃんとかんがえるっ。女の子だったら、女の子だったら、オルタンシアの、そう、花の名前とか…待って、目の色とか見て決めたいっ」


 残念、その子の目の色は君の目の色だ…じゃないよ!


「や、考えなくていいよっ、これ、アンディシアだからっ!」


「そういうわけには! 女の子なのに適当な名付けは可哀想だ!」


「いやいや、便宜上! コードネーム!」


 混乱が混乱を呼ぶ大惨事だ。

 結局、頭が冷えるまでにどれだけの時間を要したのかは、よくわからなかった。


 しかしながら先に立ち直った涙目のアンディラートが、いつものように言う。


「かんたんに、ほかの奴に、こういうことしちゃ駄目だからなっ」


 まだ、微妙に辿々しいお説教。

 しかし今回ばかりは一切の抵抗がわかず、私は小さく「ハイ」と返した。



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