スキマライフ!~その頃のクズと私
不服そうに唇を尖らせて、彼はフード付きのマントに包まれたそれを蹴った。
「あー、もう。やっぱり役に立たねぇ」
地を這うようにもがくそれは、生み出した主に逆らう事もなく。
「せっかくフランを見て思いついたのに」
溜息をついてテヴェルは地べたの植物からマントを剥ぎ取った。
嫌そうに、ついた土汚れをパンパンと叩く。
潔癖症というわけでもないのに、彼は汚れることをやけに嫌うわね。
「どうして植物に服を着せようなんて思ったの? 荷物持ちなら雇えばいいじゃない」
そう問えば、彼は裏切らない護衛が欲しいのだと言った。
テヴェルは一向に強くならない。
相変わらず訓練を好まず、せめて護身だけでもと冒険者に指南を頼んでも、軽く転がされただけでふて腐れてやめてしまう。
こちらはウェルカーの追跡が近くなって、側を離れることが多くなってきたというのに…これではいつ戻ってきたときに彼が死んでいるのか、わかったものではないわ。
「こっちの世界の人間は顔を隠した奴にもやたらと大らかだ。余程でなければ隠したままでも気にしやしない」
「そうねぇ。身分が高い人間なら警戒もするでしょうけれど。冒険者なら、気にしても仕方ないという感じね」
「だから魔物でも、マントさえ着てりゃ連れ歩けると思ったんだ」
彼の元いた世界では、顔を隠すのはそれほどおかしなことなのかしら。
冒険者はギルドカードで本人確認が取れる。それに他人が隠したがっていることを暴いたところで、大体は厄介ごとでしかないわ。
知らなければ、あとで大事に巻き込まれたとしても「知らなかった」と言い張れる。
本当に大事ならば嘘を見破る魔法使いや魔道具を使われる可能性もあるから、本当に知らないほうが結局は自分のためなのよ。
「アルラウネだかドリアードだか、木っぽくても可愛い女の子はいけるはずなのに、なんでうまくいかないんだ…」
マントを剥がれた魔物は、地を這うための根が蔦のように蠢いている。
時間をかけて起き上がった胴体は安定を求めてか切り放した丸太のようで、腕代わりの枝が両肩から伸ばされていた。
丸太なので首や顔はない。
先程は枝を通すことができずに袖がはためいていたので、彼の怒りを買ってしまった。
「…歩き方もおかしいし、こんなんが街にいたら、さすがに職質くらう。俺でも3度見くらいするわ」
「却って一般人は近付かないかもね?」
「即お縄ってことじゃん。もっとステルス効かせたいんですけどー」
テヴェルは、どちらかというと隠されると暴きたくなるようね。気に入った相手なら、それも魅力と置き換えられるようだけど。
私への追求がないことや、顔を隠したままのフランへの態度を見てそう思う。
フランちゃん。とても気になる女の子。
心を読めるはずの私がうまく読み切れず、されど怯えられもせず、更には奇抜な対策を取られてしまった子。
まさか心を読もうとしたら「水が冷たい」しか読めなくなるとは思わなかった。
あの子、とっても面白いわ。
「貴方はあまり、一から魔物を作るのに向いていないのよねぇ」
「どぉせ、センスないよっ」
「拗ねないのよ。一から作るのが難しいのなら、今まで通りに何かを繋ぎに使えば良いのだから」
…本当はちょっと最近、テヴェルにも飽きてきたのよねぇ。見つけたときには、手頃な暇潰しだと思ったのだけれど…。
次に魔獣に襲われたときに、私が手を貸さなかったらどんな顔をするかしら。
ふふっ、ちょっと楽しそう。
けれど、駄目ね。まだ代わりが手に入りそうにないもの。
玩具が手元になければ、また退屈になってしまうわ。
それにまだ、彼には無邪気な悪意という強みもある。
いつも顔を出すわけではないけれど、それは確実に彼の心の根底にある。
自分の両親を殺すことをまるで躊躇わないように。他人はまるで、同じ人間ではないかのように。
こういう異質な存在は、世界に必要だわ。
穏やかにまとまっただけの集落は、ゆっくりと腐っていくだけ。
小さな火種を大事に育てていけば、きっと綺麗な炎が見られる。
生き足掻き、絶望し、苦しみながら希望に惑う人々の姿はたまらなく美しい。
かつてここは戦乱の多い世界だった。
あんなに楽しそうに輝いて見えた下界も、ある程度の国が固まってしまえば、いつしか退屈に変わってしまった。
世界の情勢が平穏に流れてしまえば、引っ繰り返すのは難しい。今は、気晴らしに小国や自治区郡を掻き乱すくらいしか楽しみがない。
さりとて戦乱の近くに滞在を続ければ簡単に見つかってしまう。
今のウェルカーなんかに捕まるのはつまらない。どれもこれも、私のほうが、賢くて強いわね。
もう、数人潰してやった。
きっとあちらの世界は、溢れる異界の魂を捌くのに手いっぱい。こちらにばかり人手を割くことはできないでしょうよ。
ウェルカーばかりに始末を押しつけたあの世界も、どうせ緩やかに滅ぶ。
「人っぽい魔物、人っぽい魔獣…サル? サルに蔦でも巻けばいいのかな…」
テヴェルがぶつぶつと呟いている。
それから、不意ににっこりと笑った。
「別に人間でもいいよな。どうせなら女の子がいいけど、可哀相だから男でいっか」
自分の口元がほころぶのがわかる。
たまにこんな面白いことを言うから、彼の切り時がわからなくなる。
テヴェルは、驚くほど簡単に人間を切り捨てる。
ブレることなく人間にちやほやされたいという願望を持ちながら、一体どういう思考なのかしらね。
いつもこう面白ければいいのに。
「そうね。芯材に使うだけだもの、性別なんて関係ないわ。見た目だけ可愛らしくなるように気をつけたらいいのじゃない?」
「男の娘か…いや、TSと思えばいけるか? まぁ、可愛いは正義だからな!」
彼の元いた世界って、一体どんなところだったのかしら。
どうせならそちらに行けたら楽しそうだったのだけれど…仕方ないわね。
魂は下層の世界にしか下りられない。
あの世界に吐き出された以上、彼らの世界はもっと上位にあるはず。それより下のこの世界に落ちたのだ。昇る術はない。
でも…楽しそう…楽しそう、ねぇ…。
テヴェルの希望で近くの集落を襲うことにした。ダンジョンの多いこの国では、人が死ぬなんて珍しいことじゃない。
上手に集落から人を抜き取れば、大事にならないでしょう。あまり大っぴらに殺すとウェルカーに嗅ぎつけられるかもしれないから隠密に…。
…だというのに。
あぁ、仕方のない子ねぇ…。
他愛無い集落だと思ったけれど、今はとても美しいわ。
そう、人間は、もっと必死に生きるべきよね。




