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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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便宜上、呪いと呼んでいます。



 天使のハグにて正気を取り戻してみれば、いい年こいて皆の前で「騙された、ふえぇ」とか、ちょっと…かなり恥ずかしい。

 つい無抵抗でハグられるレベルの心理状態だったのだ。

 癒しを受け入れてしまったのは仕方がないことだった。


 だけれども、我に返れば恥ずか死ぬ。常備品のガラスのマスケラ、いったいどこに落としてきたのよ。

 恥、二段構え…時よ戻れ、切実に。


 私は今し方のオマエマルカジリな勢いなどなかったかのように、さもか弱そうな顔をして、オタ者にそっと悲しみの眼差しを向けた。


 普通は騙されないと思う。

 だが、鼻で笑ったのは魔法使いだけ。

 励まそうとする幼馴染みと、罪悪感の顔をしたオタ者。そう、本性を曝した直後にもかかわらず、オタ者と幼馴染みは騙された。


 君達…目ン玉、大丈夫?

 まぁ、うちの天使はいつでも天使だから、私がどんな様を曝そうと慈愛に満ちた態度は変わらないのだろう。


 アンディラート・セラピーによって立ち直った私は、解呪薬について追求することにした。

 先ほどのやり取りを思い返したところ、重要な要因に気付いたのだ。


 令嬢ロール装填。

 ゆっくりとまばたきをして、憂い顔をオタ者へ向ける。合わされた目線に、相手が居住まいを正す。

 よし、場の支配は完璧だ。


「魔力を込めるというのが、解呪薬の秘された工程なのですか?」


 薬師とは、ただ薬草を扱うだけの職業だと思っていた。

 しかし、本来は魔力も使って薬を作り上げるものなのだとしたら。

 解呪薬を作れる薬師というのが、ある種の魔法使いを指し示すのだとしたら。


 前世を思えば、オカルト甚だしい考えだ。科学の発達によって、未開地など都市伝説のような日常に生きていた私。

 とはいえ、お伽話の魔女は怪しげな大釜に秘薬を作る。

 そう。魔法を使う人が薬を作るのだ。

 珍しい話じゃない。


 だからこそ「魔法使い」でない薬師…つまり現在の薬師ギルド所属の薬師には、解呪薬を作れる人材がいないのではないか。

 そう問いかければ、オタ者は大きく頷いて、口を開いた。


「昔は、まじない師と薬師と医師が、ひとつの職業だったんだ。全てをこなせて癒術師と呼ばれていた。恐らく魔法使い自体ももっと多かったんだろう。しかし、近年では魔力を用いて何かをできる人間は減ってきた。状況に合わせて、役割が細分化されたんだ」


 どこぞの部族ではシャーマンが医者を兼ねてるみたいな、そんなイメージかしら。

 元々は、知識と魔法に長け、人体に様々な影響をもたらせた人間が癒術師というものだったのだろう。


 そもそもトリティニアには魔法使いは殆どいないから、その衰退の歴史について私には何もわからない。

 しかし薬学は魔法と分かれても、人を癒す術であることだけはわかる。


 今は薬師と医師も分かれている。薬を作ることを専門にする人間と、人体により詳しい知識を有する人間だ。

 これは…人間、何でもかんでも覚えられないよね、という観点から理解できた。


 当然、医師とは人体のエキスパートだ。

 前世のレベルには到底及ばないものの、外科手術をするし、精神不安な患者にカウンセリングもする。

 眉唾なことも多いが、耳鼻科や循環器科みたいな分かれ方をしていないのだから、ある程度は仕方がない。


 そして薬師は薬草のエキスパート。世にはびこる大量の植物から、毒も薬も作り出す。

 おばあちゃんの知恵袋程度の知識ならまだしも、薬師ギルドが、所属していない一般人に薬の作り方など伝授しないのは当然だった。危険すぎる。


 恐らくは薬師の中でも、研究者タイプと職人タイプに更に分かれる。前者はまだまだ薬草を調べて極めたいし、後者は探究心がなくても調合知識と技術で食べていける。


 最後の癒術師パーツである、まじない師は…前世知識により予測はできるものの、今生では聞いたこともない。ただの令嬢として生きていたら、予想もつかなかったかも。

 占い師だったら、胡散臭いながらも消え去りはしないだろう。いつの時代も、一部の女子と権力者が大好きなものだからだ。


 まじないとは、効果の大小はあれど呪術だ。

 防ぐにしろ攻めるにしろ、現実にすべく行動を起こすところが占いとは違う。

 それを生業にするのだから…きっと他とは違い、魔法使いの減少と共に大きく衰退したのだろう。


 受け持ちは薬術と医療を抜いた残りの部分。目には見えにくい世界だ。

 魔法の使えない人間から見れば、怪しげでオカルティック。

 詐欺の温床にだってなる。信じる者は掬われる。巣喰われるかもね。この壺を買ったら幸せになれるよ!とか、そういう奴な。


 獣人の御守りなんかも、こちらに属する。

 だって「模様書いて魔力通したら毒にあたりません。理由はわかりません」だもの。効果は一個人の感想です。

 系統立てた書物なりが残っていればまだマシだったろうが、模様のどこの部分がどう作用して結果を出すのかは誰にもわからない。これでは学問には成り得ない。


 魔力を通す、というのも…先程オタ者ができなかったところを見るに、実は一般的な魔力の扱いではなかったのだろう。

 魔石に魔力を込めるのは、魔法使いだけではなく大抵の人にできることらしい。込めると通すの遣り方の違いがわからないが。


 なんせトリティニアでただの貴族令嬢として暮らしていると、人体に魔力が備わっていることすら教わらない。

 アンディラートは知っていた風だったので、政略結婚の駒程度にしか扱われない『令嬢への教育』というのが、その程度なのかも。

 それに、同じように従士だったとはいえ、彼は他者から見れば正騎士候補だった。魔獣や他国との戦闘を踏まえて必要な知識なのか。それとも冒険者としての知識かな?


 しかし奇跡の夫婦に生まれた溺愛令嬢(私です)すらこうなのだから、トリティニアの女性教育は遅れているのだろう。

 …まぁ、王族はどうか知らないけど、普通の貴族女性は使わない知識だよね。


 必要なのは社交で使う知識。上への媚び方と目に留まるための身の飾り方、他者を下にするための嫌味と建前の応酬、言葉の裏の探り方、領地の特産の宣伝だもんね。


 他家を蹴り落とし、自分の家を盛り立て、出世しそうな婿を捕まえ、夫婦で王家の覚えめでたければトリティニア貴族でいう良い女というわけよね。

 うっは、嫁ぎたくない。


 私の脳内が忙しい間、場にはオタ者の知識が引けらかされていた。適当に相槌を打ってはいたのだが…気付けばまたラッシュさんが餌食になっている。

 あの子、真面目だから…話しているほうにしてもちゃんと聞いてもらってるって感じが心地良いんだろうね。


 ふと、随分と静かなリスターに目を遣ると、完全に寝ていた…暇だったようだ。

 オタ者とは合わないようだし、起こさないほうが色々と都合が良かろう。

 付き合わせたことに申し訳なくなりつつも、チラチラ寄越される幼馴染みからのヘルプ要請に応える。


「ところで呪いとは何なのです? 貴方の目には、どのように見えるのでしょうか?」


 一瞬の隙を突いて話題に割り込んだ。

 実際問題として、超常現象すぎてよくわからないのだ。


 割り込まれた相手の顔には、不満の色が見られない。

 どうやらこの話題はオタトークの範囲内だったらしい。


「呪いとは、魔力を用いた精神もしくは肉体の掌握と判断できる」


 どこからともなく、サッとノートとペンが取り出された。

 机の上に広げられた紙面に、ザカザカと汚い字で書き込みが…速い、めっちゃ瞬く間に紙面が埋まる!


「このように体内魔力に干渉することにより、術者の意図した通りに操ることが目的と思われる。現代では魔物による呪いしか注視されていないが、広い意味では街道の魔物除けや教会のシンボルに使われる石、ダンジョンから時折発見される魔剣なども呪いの品と見て間違いないだろう」


 …なんか生き生きしているオタ者だが、こちらとしてはさっぱり理解が及ばない。

 突っ込んで聞いたら日が暮れてしまいそうな気もするが、何がリスターの状況を理解するきっかけになるかわからないし…。


「なぜそれらが呪いの品であると?」


「他者の魔力に干渉するからだ。魔物除けの紋は魔物や魔獣に「近付くと不快である」と感じさせることで効果を得ている。教会で祭られているシンボルには「場の争いを封じる」効果があると言われているな。体内魔力をリラックスした状態にするか、攻撃的な相手には魔物除け同様に不快を感じさせて建物外に行きたくさせるのだろう。魔剣など使用者の体内魔力を用いて速度や力を強化するのだから、それこそ呪いと言って問題ないな」


 うーん。


 他人の体内魔力に干渉するものが呪い。

 そういう見方をするならば魔物除けも呪いと言えるか…人間が魔獣に呪いをかけるだなんて、すっごい変な感じだけど。


「リスターは魔力によって操られている状態だというのですか?」


 それならリスターにかかっている呪いが、動きにくいだけって効果なのはなぜ?


「そうだ。精神干渉がないところを見ると、身体の自由を奪うタイプの呪いであるようだ。しかしアミュレットにより大半を防がれ、一部が動きにくいレベルに留まった」


 ああ、成程。

 リスターを操ってどうしようと考えたのかはわからないが、精神に干渉がないことについては如月さんの趣味かもしれないな。あんまり「できない」とは思えない。


 意識はまともなまま、身体だけが自分の思い通りにならない。

 それどころか、如月さんに操られるのだとしたら。


 そして操られたリスターが何食わぬ顔で帰還していたら、私の情報は何もかも如月さんに筒抜けになったのだろう。

 …リスターには結構な大ダメージだっただろうな。

 呪いが、思う効果を発揮しなかったから崖に縫いとめられていたのか。

 新しい御守りなら…もうそんな目に遭わせなくて済むだろうか。


 解呪薬に必要な材料を聞いてメモる。

 幾らかまだ確定ではない材料があるので、調べておくから、また来るようにと言われた。 

 邪気眼でも簡単にはわからないのかしら。

 それでもこれで材料集めを始めることができる。


 よぅし、やったるでぇ!

 何とかラッシュさんだけ引き留めようとするオタ者を振り払い、帰路に付く。

 お前なんぞに、うちの天使は貸しません!



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