騙された。
私達は再びオタ…学者気取りの屋敷を訪ねていた。
リストにある品々を揃え、大体の模様も彫り終えてある。あとは魔力を通せば完成だ。
さすがにその場で「さあ作れ」と言われても、お時間かかりすぎなのでね。
今日はリスターも同行する。
本人は「気難しい相手なんだろ。行きたくねぇ」とげんなりした顔をしていたが、オタクの邪気眼(勝手な解釈)でリスターの状況についてもっと情報が得られないかな、と思いまして。
そういえばハンバーグにチーズをかけたらもっと美味しいのにねぇ…と呟いたところ、今晩のご飯をチーズハンバーグにすることで許可が得られました。
私としてはハンバーグは4日に1回くらい食べてもいいのだが、チーズハンバーグとなると年1回でもいい。美味しいけどちょっと濃いんだわ。
ちなみに普段はハンバーグ自体をあんまり作りません。
ポリ袋ないから手がネッチョリになるし、捏ねる感触と冷たさが実はイヤ。
ピーマンさえいてくれるのなら、それすら苦にならないんだけどね…詰めたいよぅ。
くっ、駄目よ、オルタンシア。
ピーマンはこの世に存在しない。テヴェルに頼る選択肢だけはないのだから。
心中で血涙滂沱の私を、天使が不安そうに窺っていたので、慌てて微笑みを向けておく。
ちょっと困ったように笑み返された。
実際、クズに関わるくらいなら好物も諦められるので大丈夫です。心配ない。
「おお。これは…立派に呪われてる!」
リスターを見るなりオタク学者が言ったので、邪気眼は本日も絶好調のようだ。
「あぁ?」
リスターはとてもとても嫌そうな顔をした。
それを見たオタ者の顔も、ちょっと不機嫌そうになった。
「んー?」
あれ、まずい。相性悪かったかな。
彼らの視線を断ち切るように一歩進み出た。ステイステーイ。
「御守りの用意が終わりましたのでお持ちしました。あとは魔力を通せば完成の状態にしてあります」
私はちらりと隣の天使を見る。
言い忘れたが、今日も私は令嬢仕様なので荷物はラッシュさんが持っている。
そのためラッシュさんから、御守り詰め放題の袋が譲渡された。
「やはり魔力を通すことで完成するのか。この状態じゃ、効果は何もないんだな」
早速袋の口を開けて覗きながら、相手はフンフンと頷いている。
無事、興味は御守りに移ってくれたようだ。
リスターには、顔芸が見えないようフードを被せてくるべきだったかしらね…。
脳内でチラチラ出ていた女装案を何とか隅に押し遣りつつ、オタ者が袋を眺めるのに満足するまで優雅に微笑みを浮かべておく。
結構、放置された。
最初は苛々していたリスターも、飽きてソファから立ってウロウロしている。
この辺が、トランサーグと違って貴族の依頼を受けない冒険者の限界なのかもしれない。
ただでさえ、人一倍どころか3人前はフリーダムに生きているもんな。おとなしくしていろというのも可哀想な話だ。
だって、我慢できる子なら、こんな色物冒険者にはなってない。(ブーメラン)
「魔力を通すというのはどうやるんだ」
「えっ」
きょとんとした私に、相手もきょとんとした。どうやって?
「…普通に…込めれば入ります?」
「…いや…魔石に魔力を込めるようにやってみたが、効果なしのままだぞ?」
えぇー…?
じゃらじゃらとテーブルに広げられた御守りのひとつを、断わってから手に取った。
いつもやっているように、…あれ、いつもどうやってたっけ。あんまり深く考えずに気合いを入れたら入ってた気がするけど。
むむーん、御守りよ、あれもそれもこれも是非弾いてくれたまえ。ほい!
いつの間にか目を閉じて念じていたが、目を開けてみればいつも通りに御守りは出来上がっている。
「出来ました」
声をかけてからテーブルに戻す。
オタ者は唸った。
そして一頻り魔力を込めようと四苦八苦したあと、疲れた顔で諦めた。
「無理。あと、これは効果が弱い」
作ったばかりの御守りを即行で役立たず宣言される私。ショボンヌ。
作れ、ハイ次、と渡されて御守り製造工場と化した私だったが、オタ者のお眼鏡に適うものは出来ない。
なんでだい?
私もちょっと困ってしまう。
オタ者は少し考えてから、不意にラッシュさんへと未完の御守りを放り投げた。
「あげる」
「え」
キャッチとともに困惑するラッシュさん。私は思わずストップをかけた。
「お待ち下さい。ラッシュさんに差し上げるものならば、吟味させて下さいませ」
適当なのをペッと与えてんじゃない! しかも未完成品だなんて! 御守りには天使の無事がかかってんだぞ!
迫力に押されたのか、オタ者は頷いた。
邪気眼で適合すると判断された素材だ。言われたものを揃えはしたが、余分はない。
だからラッシュさんとお父様の分は、改めて取りに行く算段だったのだ。
オタ者に話を聞いた後で、一番効果が高そうな奴をね。
でも許可がもぎ取れ、今すぐ手に入るならば、少しくらい猫が剥がれても構わぬ。
「一番適していそうな素材は?」
「あぁ…これと、これ…あとはこの辺が同様に効果があるかな…」
「一番はないのですね?」
「うーん。大差はない、はずだ」
誤差レベルでもいいから一番良いのを教えて欲しいよ!
テーブルをキッと睨みつける。ここから選ぶんなら…ラッシュさんは剣の鞘飾りにしているようだから、形は細めのほうが邪魔にならないかな。色はこっちよりも、これが綺麗かな…。
「あと3つ貰ってもいいですか」
欲を出しましたが、目が据わっていたせいか許されました。やったね。またダンジョンに取りに行かなくても良さそうよ。
じゃあ、やりますわよ。
ふんぬぅー! 毒に魅了に麻痺諸々、出来れば呪いも退散せしめ、火難水難万難、避けさせたまえ! 家内安全、無病息災、ナムナム、かしこみかしこみ申すゥ~!
全力で魔力を込め、目を開けてフウと息をついた。
「何だそれ! 全然違うじゃないか!」
「はい?」
オタ者が何だか怒って…いや、大興奮している。
もぎ取られそうになった御守りをピャッと背中に隠すと、物凄く顔を歪めて地団駄を踏まれた。
「見せろよ! くそっ、そいつは凄いぞ、それなら呪いも防げるはずだ」
「本当ですか!」
やったー!
私はキラッキラの笑顔でラッシュさんへと御守りを差し出…ハッとしてリスターを見た。
「おわっ、何すんだ!」
無理やりリスターの手を取って御守りをぎゅーっと握らせてみる。
どうよ! コレで、呪いが取れる?
期待いっぱいにリスターを見るが、彼はうざったそうに私の手を払う。
「悪ィけど、なんも変わんねぇよ?」
なんですって。
思わずジト目でオタ者を見ると、相手は意外にもちょっぴり取り戻した落ち着きでもって、外面を取り繕っていた。
「それは既にかけられた呪いを無効にするものじゃない。防げるが、解呪はできない」
残念無念!
ガックリと私は肩を落とした。
…うぅん、それでもラッシュさんを守ることは出来るのだもの。
ションボリしながら、ラッシュさんへと御守りを差し出した。
「家でもう少し見た目に手を加えたいけれど、君のものだから。戻るまで持っていて」
「ああ。ありがとう」
ニッコリ笑う天使の笑顔が、マイナスイオンを連れてくる。
相変わらず、ささくれた心に染み渡る、一服の清涼剤だ。
こりゃあ、カルトに崇められても仕方がないな。
心の均衡を取り戻した私は、お父様の分、リスターの分、最後に私の分と続けて魔力を込めた。
「…如何ですか」
オタ者はじっと私の手元を見つめた。
「これだけ、ちょっと効果が落ちる」
私の分だよ! なんでだ!
でもまぁ…私のだからいっか。
「そうですか。でも、自分の分ですから良いことにします。とりあえずリスターも、その…更なる呪いを防ぐためだと思って、持っていて下さい」
ごめんね、これで解けなくてごめんね。
魔法使いは無言でさっと私の手から御守りを取っていった。良かった、一応は持っていてくれるらしい。
「最後のひとつはこっちに貰えるのか?」
「お父様に差し上げるので駄目です」
オタ者は少し変な笑い方をした。
5秒くらい、沈黙が続いた。
でも、お父様の分は譲れないよ。
「…実はすごくよく見てみたら、どうやら少しだけこちらとこちらの素材の方が効果がありそうなのだが…ラッシュ君と父上の分を、もう一度作り直してみないか」
「是非」
わぁ、やった。邪気眼、よく見たら見えるのか。それではリトライ致します。
ふぬぬ~! 毒に魅了に(以下略)
全力を込め終えた私は、邪気眼先生の鑑定結果を期待いっぱいの目で待った。
良く見たいと言われたので御守り達を差し出す。
「うん。さっきと変わらない品質だ」
あれぇ!?
ショックを隠せない私に、オタ者は堂々と言った。
「実は素材の質は変わらない。だが、貴女の思い入れ次第で、品質に差が出るということがわかったんだ」
これは貰っておく、と言われてしまい絶句した。
え、つまり、何。
素材はやっぱり同レベル。私の思い入れ次第…幼馴染みとお父様をダシに高品質を作りましたってこと? オタ者が自分の分を欲しいがために?
急激に敵愾心が心の中を満たしていく。多分、表情も歪んだ。
オタ者はそんな私に、頷いた。
「騙したのは悪かったと思う。だが、納得するだけの対価は提供するぞ」
対価? 対価! そ、そんなんで済むと思うか。
落ち着け…ここには解呪のために来たんだから、それを…対価に…。
「私の。お父様と、幼馴染みを、利用しようなど。…よくも…」
落ち着けるもんか。
お父様と、お母様と、アンディラート。私の今生での宝物なんだぞ。
物欲のためにそれを利用しようなんて…とんでもごじゃりませんぜよ!
あぁ、でも。解呪の情報はきっとここでしか手に入らない。
利用されたのは私だ。だから、耐えられる。
万が一にも。彼らが本当に利用されたなのなら…決して、許さないわ。
「差し違えてでも、仕留めてやりたい。対価なら、解呪を。リスターを解呪出来なければ、…決して無事に済むと思うな」
被った猫が脱走。
本気の怒りに、周囲が引いた気がした。
構わない。アンディラートは私を嫌わない。怒ることは、私の正当な権利だ。
大事なものを、大事だと言って何が悪い。
守りたいものを、守ろうとして何が悪い。私はもう、我慢しないんだ。
「…悪かった。軽率だった。謝罪する」
言葉なんて無意味。
結果を出せ。出さないなら。いいや、出させる。一択だい。
どうせ二度と会わない相手。憎み続けるのは、私の人生がもったいないから。
「解呪出来るかどうか。それだけ」
「やってみせる。当初は…まぁ、はぐらかすつもりもあったが、解呪薬は作れると思う。実際に魔力を込めるのは貴女になるが」
できる。
はぐらかすつもりがあった、とか。もういい。
どうでもいい。こいつと仲良くなりたいわけじゃないから。
俯いて、深呼吸。
魔力は、私が込める。
やるべきことがある。まだ。私には出来ることがある。
不意に身体が、横に引かれた。
竦みかけたが、私を包んだ腕はアンディラートのものだ。
周囲に聞こえないようにと、囁くような、優しい声が降ってくる。
「オルタンシア。大丈夫だ」
ちょっと泣きたくなった。
君が大丈夫って言ってくれるなら、大丈夫な気がする。
「大丈夫だよ。出来ることがあるのなら、俺も手伝う。何も手伝えなかったとしても、側にいる。一緒に、頑張ろうな」
な、泣くぞ。泣いちゃうぞ。
思ったけれども、堪えた。多分アンディラートしかいなかったら泣いてたけれど。




