乱気流。
未だ気絶中の男を背後に置いて、折れ剣冒険者と泣きっ面女子が神妙な顔をする。
「助かった。感謝する」
折れ剣がペコリと頭を下げた。
死ぬかと思った、とまだ目の赤い女子も力なく微笑む。
真っ先にリスターが「助けたんだ、素材はこっちのモンでいいな?」と牽制。
あんなにこちらを凝視していた割には権利を主張する気はなかったようで、相手方は簡単に了承した。
やったね、ゴーレムゲットだよ!
確かオタクリストではゴーレムの目の中…眼窩の部分が該当部位だ。
ぬぅ、グロい。
逆に言えばそこしか使わないのだから、他はまるっと売る。綺麗に分解できたことが、お値段に反映されるといいなぁ。
気絶している人の怪我は大丈夫なのかと思っていたのだが、どうやらゴーレムに殴られたわけではなく、リーダーの折れた剣の腹がカーンと頭に当たって気絶しただけらしい。
通常なら出会わないはずのゴーレムを引き当て、剣が折れて仲間の頭に向かって飛び、しかし当たったのが刃ではなかったため大事に至らず。ゴーレムも我々が退治したため生き延びた彼ら。
何か凄い。不運と幸運の乱気流の中を生きている感じ。
そんな折れ剣パーティは、無謀にも今一度奥へ進みたいのだという。
なぜなら、気絶君の武器をこの先に落としてきてしまったので。
拾ったら出口へ引き返すけれども、まずそこまでは私達と一緒に行きたいと申し出てきた。
さすがに前衛の武器がゼロはまずいよね。
うちのパーティメンバーが示し合わせたように同時に私を見た。
やめて。私がリーダーみたいじゃない。
すっかり忘れていたけど、冒険絵師フランは親切設定だから、武器を拾いに行く間くらいは同行しても構わないよ。この先もずっとついてくるっていうならお断りだけども。
ラッシュさんが口火を切った。
「地図を見たところ、広場までの距離は、戻るより先に進んだ方が近い。負傷した仲間も目が覚めておらず、このまま武器もなく出口まで担いでいくというのは無謀だろう。彼らは一旦、広場で態勢を整えてから戻ればいいと思う」
ゴーレムこそ滅多に出ないような相手だったが、他の魔物とは普通に遭遇するはずだ。
一般的に考えれば仲間を担ぎながら戦うなんて難易度が高いし、出会った全ての敵から逃げきって出口まで戻れるという保証もない。
うちのパーティなら、アイテムボックスを使わなかったとしても可能ね。
敵はラッシュさんに任せ、運搬はリスターの魔法かメスゴリラパワー。他人に怪しまれず運びきることができますね。
続いてリスターも口を開く。
「邪魔しねぇなら、どーでもいい」
多数決でも既に同行決定じゃないですか。
「うん、私も構わないよ」
それなら予備の武器を貸してあげようかな。
マントの下に手を差し込みかけたら、リスターの魔法で軽く肩の辺りをどつかれた。
貸すなってことかな。じゃ、やめますね。
武器が壊れたままなのは、ちょっと可哀相な気がするのだが。
女子が魔法使い、気絶君が剣士なのだと折れ剣が言う。
急に何の職種アピールかと身構える私。
リスターが「ガキが剣、チビは色々だが大体は剣、俺は魔法だ」と答えたので、ダンジョン内で共闘するときのルールなのだろう。
剣士だと思ってたのに弓しか使えないとか、もし戦闘中に判明したら戦略狂うよね。
でも、共闘はできないよ。
だってこっちはソロの群れだよ。特にリスターさんの魔法は速効。
「お前、剣士なのか。ゴーレムの手足を落としたのは見事だったが…どんな剣を?」
折れ剣に問われた私は、パレットナイフを取り出す。
「剣士じゃないです。絵師です」
「…え?」
「そしてパレットナイフです」
「えらく変わったナイフだけど…こんなの見たことないな?」
「あら、本当ね。こんなすぐ折れそうなナイフで、どうやってあんなことを」
魔法使い女子も首を傾げている。
折れ剣の脳内で絵師という言葉が聞き間違い扱いされたのか、華麗なスルー。
パレットナイフも知らないようで、ナイフという部分だけを理解されてしまった。
しげしげと私の手元を見つめる男女。
チャンス!
パレットナイフで気を引いている間に、ゴーレムを横目でサクッと収納した。
ころんとゴーレムの目ん玉だけが残る。
フード姿のため目線で意志疎通なんてテクニックは使えず、うちの男子2人が少々ビクッとしてましたね。すまぬ。
いやー、どうやって怪しまれずにアイテムボックスに詰め込もうか困ってたんだよ。泣く泣く素材を諦めるとか絶対嫌なんで。
最悪、我々が立ち去った後にファントムさんが回収に現れることも考えていました。
ゴーレムの巨体は音もなく消えた。顔を上げてようやく気付いた折れ剣達が、ちょっとパニックになりかけたが、真面目な声を出していい加減な発言をしてみる。
「あれれー、目だけ残して消えちゃったね?」
ペロッ、こ、これは…幻術!
そんな深い階層じゃないのに出てきたゴーレムだし、本当はゴーレムだと思い込まされた何かだったのかもしれませんよ。
ダンジョンだから、そういうこともあるでしょう。不思議だなー。
「ラッシュさん、拾ってもらっていい?」
「あ、ああ」
君が抉り出したのだから、君の物だよ。
ギルドで高く売れるといいね。
ゴーレム本体も、もちろん後でちゃんと山分けします。
折れ剣はリーダー同士で意思疎通を図ることにしたようだ。
つまり、リスターに並んで歩き、会話を試みている。
その後ろにラッシュさんが続き、斜め後ろくらいに気絶君がふよふよ浮いていた。
私と女の子さんは殿を勤める。
「凄いわねぇ。ポーター要らずね」
リスターの魔法で運ばれる仲間を見て、マジカル女子が言う。
「そうだね。それに彼の魔法は強力だから、魔法耐性のある敵でなければ、大体リスターの魔法でカタが付くよ」
そして耐性のある敵はラッシュさんで大体カタが付く。
私は採集要員である…このダンジョンではあまり役に立たない。
「羨ましいわ。私の魔法は火を操るものでそこまで強くはないし、荷物を運ぶのには使えない。ジャンとロトも悪くない剣士だけど、武器がなければさすがに厳しいもの」
「ミニー! 強い剣士って言えよ!」
「ええ、腕力だけは強いわね! もー、粗悪品の剣ばっかり使って!」
「特価で掘り出し物だと思ったんだよ…」
「折れたわよ、特価の剣士さん」
掘り出し物ではない彼に、勝ち目はない。折れ剣は肩を落として前を向いた。
…うーん。特価の剣は確かにちょっと。
眉を寄せた女の子さんは、フンと鼻を鳴らしてから、声を落とした。
「ジャンはすぐ賭事でお金をすってしまうの。お金を貯めていい剣が買えれば、もっと上に行ける腕だと思うのに」
…うーん。ギャンブラーはちょっと…。
自分の力に対応できる剣を選べない時点で、あまり向いてないと思いますね。
「だから私が支えてあげなきゃ」
あっ、さてはこっちも見る目なし子だ。
だが彼ら、あまりクズ臭が鼻につかないな。
素材の権利も主張してこなかったし、折れ剣だって武器を買うお金を女の子には借りていないようだ。
あんまり他者には影響がないというか、仲間内で完結してるタイプなのだろう。
…気絶君も何か地雷を持っているのだろうか。
何に賭けてんのかな。
ついついギャンブラー扱いは決定してしまうな。
冒険者とは多かれ少なかれ、日々の暮らしを賭けて生きている。
そう、冒険者達の夢とは、百万ドルでも買えないのだ。ヤバミザワ。
しかし予想外の魔物に遭って命からがら逃げることも、それを他のパーティが手助けすることも、それなりによくあること。
判定:深く付き合わなければどうということはない。
広場までは連れていくが、それ以上同行しないという方針に変わりはなかった。
無事に気絶君の武器を回収し、広場まで辿りつけば彼らとはお別れだ。
「もう、ロトったら、今度こそ気絶しないって言ってたのに」
ご挨拶もできずに申し訳ないと女の子さんが言うが、特に気絶君と話すことはないので、我々は立ち去ることにした。
「ロトにはそう言うなよ、俺の折れた剣が当たったせいなんだから」
「どうしてこう、いつも不運なのかしらねぇ、ロトって…。前回は落とし穴に落ちて気絶したでしょう」
「そうだっけ。大体気絶してるから。倒した魔物に潰されて気絶したこともあったな。大きな怪我をしないことだけが救いだ」
そんな会話を背に、私達は進む。
気絶君、自分をベットしすぎだよ。仲間達はどうやら優しく見守ってくれているようだが…あのパーティでなければ、続かないかもしれないな。
良かった。私達のパーティ、運の値が乱気流じゃなくて良かった。




