コンプまでは長い。
悲しみ溢れる自分の無能感を乗り越えて、ダンジョン内の休憩スペースに辿りつく。
もちろんこのダンジョンでも単に敵の来ない広場的な場所のことを指すのであって、ベンチや小屋や売店があるわけではない。
ぱらぱらと何組かのパーティが思い思いの場所で寛いでいるのは、ピクニックっぽいね。我々も例にもれず、ここでお昼休憩を取ることにした。
私とアンディ…ラッシュさんは習慣に基づき紅茶を。リスターにはコーヒーを。
「うわっ、お前ら優雅だな」
ちっちゃな火の側で人数分のお茶を入れていると、通りすがりの冒険者に笑われた。
ぬるい水しか飲めないとか、可哀相ね。アイテムボックス内に氷室があるので、私のパーティは冷たい飲み物にだって対応できますのよ。ふんすふんす。
このダンジョンは光苔やらダンジョンの不思議やらで、洞窟内にしては明るい。
そのせいなのか、一般的にはカンテラ持ちもおらず、休憩時に焚き火もあんまりしないらしい。
一酸化炭素中毒を警戒しているんだったらすみません。でもダンジョンで火を焚いちゃダメって聞いたことないから大丈夫だよね。
獲物が入って来ない環境にならないよう、きっとダンジョンさんが換気してくれるさ。
中級ダンジョン以上なら深く潜れば泊まりがけになることは有り得るが、わざわざ籠って強化合宿するものではないようだ。まぁ、レベルなんて概念自体がないしな。
つまり、冒険者達はここで調理なんて全くしない。
だから周りから浮かぬよう、ちゃんとお弁当にしたのに。どういうことなのだろう。
見回せば簡素なパンを齧ってぬるい水を飲む人々の中で、お弁当を広げて温かい紅茶飲んでる私達、とても浮いてる。
…いや、でも、せっかく自重など要らぬ気心知れた仲間達とお出かけなのに、お弁当がパンだけとか寂しいよね。
BLTじゃないけど、メインのサンドイッチはラッシュさんが喜ぶようにベーコンとジャガ芽とトマト。太めのザク切りジャカ芽のシャクシャク感が良い。飽きないように、ポテサラサンドとジャムサンドもあるでよ。
当然、おかずがないなんて考えられない。育ち盛りは食べ盛りなのだ。
リスターだってミニハンバーグを仕込んでおけば、密かにご機嫌なのよ?
重箱のお弁当箱に、卵焼きやら、タコさんウインナーやら、かいわれ大根もどきのハム巻きやら、入れるでしょ。
タコさん、こっちでは激しい飾り切り扱いで、何だかわかってもらえてないけどね。
…ああ、タコさんがスケキヨ的な逆さま姿で扱われている。
いや、それ「斬新な花」じゃないよ、茎が太すぎるでしょうが。「花びらが香ばしくて美味しい」? そこ足だよ、足だけど…わかったよ、もう花でいいよ。フラン、今日は花作りましたぁ。
「何それ、美味そう」
「どこの宿で売ってるの、その弁当」
すみません、お弁当臭を広げてすみません。だが見知らぬパーティに分け前などやらん、覗きに来るな、あっち行け。
急な他人の接近。内心で威嚇寸前の私の気配に、天使が気付いて庇ってくれた。
フード越しなのになぜわかるのか。
「そちらのパンも宿で買ったものか?」
さり気なくラッシュさんが世間話ガードに入ってくれている。完全にその背に隠れているおかげで話をせずに済んでいるが…食事時は寛がせてほしいものだよ…。
「あぁ、連泊客なら昼食用に1つただで包んでくれるんだ。それ以上ほしいなら別料金だからな、昼はこれで我慢だよ」
「夜はついつい飲んじまうから、代金もかさむしな。昼飯なんてパンだけなのが普通だったから気にしたことなかったけど、いいなぁ、やっぱ肉があると違うよなぁ」
リスター、小銭でからあげ1個を売るんじゃない…って、取り分の減少にラッシュさんがショックを受けた顔をしている。からあげ、まだいっぱいあるのに。
そして出品者情報を秘匿する私達に、この弁当を売ってる宿を自分で探すとか言ったそこの冒険者、残念だが売っていないよ。
「悪いが程々に頼む。食べ終わったら俺達も探索を続けなきゃならない」
減りゆくおかずを危惧して、ラッシュさんが冒険者達を牽制し始めた。
気付いたリスターが慌てて販売を自粛。
目だけでラッシュさんに謝っていたので、意外な感じがした。
私にはそんな殊勝なこと絶対しないじゃん。鼻で笑うことしかしないはずだよ。
…リスターがラッシュさんに懐いている。この現実をどう受け止めればいい。
むしろゴリラ、居留守、ヤンキーと手懐けてきたラッシュさんには、テイマーの資質が眠っている可能性が…。
売られなくなったおかずに、冒険者達は残念そうに散っていった。
ここにご飯屋さん作ったら儲かるんじゃないのかなぁ。なんでやらないのかな。
魔獣が出るから通勤は不便だ。庶民の看板娘とかは無理だね。
でも冒険者あがりの店員とか置いたら経営できそう。
…冒険者気質なら、店番より冒険したいか。気晴らしにそこらで魔獣狩ってたりして。
店員不在じゃ、性善説に基づく無人のお弁当販売所になってしまうし、荒くれ者の集まる中では不向きな営業スタイルだよね。
あ、もしかしてダンジョンは国の持ち物だから国営になるのか?
そりゃやらんわね、国営でお弁当の無人販売所なんか。
ましてやこの国にダンジョンは山ほどあるのだ。あっちにあるのにこっちにはないとか、クレーム発生しても嫌だもんね。
そうこうするうちに歓迎されないお客様達は休憩スペースからも捌けていった。岩壁に開いた沢山の横穴から、わりとバラバラにいなくなる。穴の先が道になっているのだ。
ラッシュさんによると、このダンジョンの深部を目指す冒険者は、もっと先の広場を拠点として探索するらしい。
あんまり人がたくさんいると、敵の取り合いにならないのかしらね。
そんな私の考えを否定する、観光資源たる中級ダンジョン…まるで蟻の巣のように多岐複雑な道筋と広大さで、入場者が場所取りでもめるようなことは少ないらしい。
…それって凄くない?
ちょっぴりこのダンジョンの迷宮っぷりに動揺した。しかもギルドで地図が売られているのだから、結構攻略されているのよね。
グレンシアを甘く見ていた。どこぞの1階層ダンジョンとはワケが違うな。
っつーか地図収入だけで結構なものじゃないですかね、冒険者ギルド。
休憩のつもりがちょっと疲れてしまった私とは反対に、元気な男子2人は残ったおかずを取り合ったり譲り合ったりしている。
「フラン、残りのカラーゲは俺が食べてしまってもいいだろうか?」
「からあげ、ね。いいよ。私はもうお腹いっぱいだから」
確かにラッシュさんのご希望でギッシリ入れたな。詰めた段階で私は胸一杯。余るんじゃないかと思っていたけれど…うわぁ、余りそうにない。
胸焼けしないのだろうか。
揚げ物文化のあまりないこの世界で、ラッシュさんは各種揚げ物の先駆者であるな。
「俺も、もういい」
リスターがそう言って昼食戦線を離脱すると、ラッシュさんは遠慮を捨てた。
瞬く間にランチボックス内から食べ物が消えていく。
「いつ見てもマジックだよね…」
呟くと、2人は首を傾げた。しまった、日本語発音だったのだろうか。
「魔法みたいにお腹に消えてくなぁって思って。無理、してないよね?」
「していない。美味しい」
「それは良かったです」
ラッシュさんはケロリとした顔なので、嘘ではないのだろう。
正直、ちょっと成長期男子の食欲なめてた。体型がドスコイじゃなくても、大盛りや特盛りって食べられるのだね。
リスターもまずまず食べるが、私の中の常識の範囲内だ。もう成長しないので、そこまで食べ物を必要としないのだろう。
私は日々アイテムボックス内に食料を備蓄しているが、何かのときのための保存食は、もっと多く持たないと駄目かもしれない。
万が一にも天使を飢えさせるなど、あってはならない。拠点があるうちに乾物や燻製にも手を出しておこう。
強く誓ったところで休憩終了。我々も壁の穴を選んで先に進むことにする。
穴といってもそう狭くはない。洞窟の道数がものっそい量ある割に、3人並んで歩ける程度の幅もある。
けれど進みすぎると帰りが大変だ。分岐の数も、距離においても。
ちょっとリスターの足と体力が心配だが、本人からはまだ弱音の類いはない。帰りの長さに危険を感じたら言うだろうから、とりあえずは前進あるのみ。
最悪、アイテムボックスに収納して持ち帰りますね。
「…敵が出ないね」
不思議な気分でそう呟いた。
てくてくと随分な時間を歩いている気がするのに、魔獣も魔物も出ない。
ラッシュさんの持つ地図を横から覗いてみたが、体感だけではなく、実際に距離も稼いでいるようだ。
「近くに前を行くパーティがいるのかもな。そういうこともあるだろ」
リスター曰く、ダンジョン内の敵は一定数湧いているもの。
出くわさないのなら、先に進んでいる冒険者が掃討して歩いている。そして湧きが復活する前に私達が進んでいる。つまり、前パーティとの距離が近い…ということらしい。
こればかりは時の運だという。
どうせ欲しい素材は、大物の魔石や爪。実際には相当深く潜らないと出くわすのが難しいようなゴーレムのものまである。
敵に遭わないというのは、実はそんなに悪いことではない。私達は雑魚に用はなく、戦闘を避ければ体力の温存になる。
ただ、道中が暇で、お小遣い分の収入も減るだけ。
リスターの少ない体力でより深く潜ることを考えたら、まぁ、トントン。
「運がいいのか、悪いのかねぇ…」
「待て、進むな。何か来る」
私の呟きに被るようにして言い、ラッシュさんが剣を抜いた。
身構えたその様子に、慌てて私とリスターも迎撃態勢を取る。
出くわすのなら次の曲がり角だ。あまり近付かずに、このまま待ったほうがいい。
長い沈黙。
そこに、微かな物音。振動。
「どういう耳してんだ」
「いや、勘だ」
「ハッ。笑える」
安定のヤンキー対応。ラッシュさんが傷付かないといいのだが…とちょっとハラハラしたが、幼馴染に気にした様子は見られない。野生の勘で、悪意のなさと好意を検出しているらしい。
笑ってもいられない。近付く音は複数の足音と悲鳴。そして、咆哮。
「追われてるのか」
「逃げてんなら、俺達で魔物をヤッても文句ねぇだろ」
そうして現れたのは。
折れた剣と仲間らしき男を担いで走る男。
涙と鼻水を垂らして走る女の3人パーティ。
先頭の男がこちらを見留め、怒鳴った。
「逃げろ!」
重量感のある足音。
迫る追っ手は、その巨体に見合わぬ速度で走る…
「…ゴーレムだ」
バチン!と弾けるような音がした。
一瞬たたらを踏んだゴーレムは、怒りの咆哮を上げる。
「げぇ、魔法耐性・強。もう俺にできることはねぇわ」
リスターの魔法だった。しかしゴーレムを止められなかったらしい。
「俺が行く!」
「ヨロシク」
さっきまで威勢の良かったリスターは、あっさりと身を引く。
替わってラッシュさんが前に出た。
折れた剣の男はそれを見て、信じられないと言うように目を真ん丸にした。
あの剣はゴーレムと戦って折れたのだろう。ハンマーで戦うべき相手な気はする。それかツルハシかな?
うーん、私が絵描きではなく彫刻家だったなら、ノミをコンコンしてあのゴーレムをスリムバディに作り替えてやるのだが。
入手素材が小さくなるので駄目なのはわかっているが、ついそんな妄想をしてしまう。
「馬鹿、逃げろって言ってるのに!」
男がこちらに怒鳴ってくる。
逃げろと言われても、ゴーレム素材は欲しいのである。
こんなところで出くわす予定はなかったけれど、一応戦闘の予習はした。
ゴーレムには魔法耐性がある場合が多い。
核や討伐部位となる一部分にだけでなく、含まれる鉱物、つまり身体全体が魔力を帯びているからだ。
動物が魔力過多により転じた魔獣より、それ以外が転じた魔物のほうが、魔法耐性を持っていることが多い。
更にはただの岩ゴーレムより魔鉄ゴーレムのほうが魔法耐性があり、素材のランクが上がるにつれて耐性は高くなっていく。
「はっ!」
気合い一閃。
ラッシュさんがゴーレムの顔面を狙って剣を振った。
阻まれた。巨体のくせに、防御姿勢を取るゴーレムの動きは、決して鈍くない。
息を乱す逃走パーティが私達のすぐ側まで辿りついた。
リーダーらしき男が整わぬ呼吸のままでリスターに言う。
「堅くて並みの剣じゃ歯が立たない、隙をついて逃げたほうがいい」
「…あー? わかった。じゃあ、お前らは逃げとけよ」
「なんっ…、お前、リーダーだろう! わかりきった危険に仲間をっ…」
「違ぇし。うるせぇ」
「…うるっ…?」
混乱していなさる。お気の毒に…。
剣とゴーレムの相性が悪いのは存じております。会話を小耳に挟みつつも、ラッシュさんの戦闘を見守る。
便宜上、パーティリーダーはリスターだ。ラッシュさんは私を守りに来たのだし、私は目立つリスターを隠れ蓑にしている。
かといって、リスターは面倒臭がりなのだ。リーダー的な仕事は基本的にしない。
そもそも我々はパーティとは名ばかりの個人の集団である。
協力的な戦い方ができるのは、空気の読めるラッシュさんだけでございます。
そのラッシュさんの剣は、立て続けにゴーレムの腕に弾かれている。
だが、これは想定ケース1。いの一番に考えられたこと。
私はタイミングを見て走り出し、ゴーレムの股下を駆け抜けた。
お人形さんの手足が動くのは、関節が作られているからだ。
継ぎ目とは他の平面部より弱く、関節とは構造がヤワいもの。
この世界のゴーレムを倒すには、大抵は小玉2個、時折大玉1個の、目玉っぽい討伐部位を抉り出すか破壊する必要がある。
無機物なので魔獣相手より抵抗はないが、行為自体が結構グロいよね。
当然、自分の急所を知っているゴーレムはそれを守ろうとする。
だから、庇う手足がまず邪魔だ。
それをもぎ取るために関節を狙う。
前から来る敵に対応する以上、稼働域の関係から、内側や後ろのほうが脆い。
誰からも死角である私が、遠慮なく手に作り出したのはパレットナイフ。
魔物には対属性の魔石なんかもダメージが通るらしいけど、このゴーレムの属性とかわからん。
魔石の使い方も不明。
投げてぶつけるものでもないだろうし、下手に魔石出して吸収されたら強化されちゃうし。
ラッシュさんがゴーレムを引き付けている間に、関節にパレットナイフをぶっ刺す。
素早く身体強化様を発動。捻って、如何にも無理そうなほうへと力を込める。
ぱきゃん、と手応え。
負荷がかかったゴーレムの右足は、自重でそのまま正しくない方向へとブチ折れた。
反対側に曲げればカンタンに折れるもの。手羽食べるとき、邪魔な骨を外すみたいなもんよね。
巨大プラモデルの解体は、長剣では小回りが利かず、短剣では厚い。市販品だとパレットナイフのほうが折れるけど、サポート製なら折れない。思い込みの強さが強度だ。
同じようにして左足も破壊する。
次は手だ。後ろから狙えるのは肩関節。
ゴーレムは私という邪魔者を攻撃しようとするが、前方からのラッシュさんの牽制がある。体勢的にも前方を優先するしかない。
敵の両肩を壊してしまえば、ラッシュさんを阻むものは何もない。
討伐部位を2つ、抉り出して地面に落とせばおしまいだ。
ゴーレムは動かなくなり、追われていた冒険者達は呆然としたように私達を見ていた。
メッチャ、微動だにせずに、見てる。
えっと…素材は倒した人の物ってことでよろしいですよね?




