お役に立てない。
当面の使命は素材入手となった。
オタクご指定の素材で御守りを作るためだ。
御守りの効果を強く出せそうな素材がリスト化されている。
比べてみたいとのことだが…え、私、この量の御守り作るの?
引き換えに解呪薬の情報をくれるというのならいいけど…そこ、確約はしてくれてないのよね。なんか有耶無耶というか、オタトークに押し流されたというか。
トランサーグがささっと取ってきてくれれば早いのだろうけど、生憎と凄腕冒険者は忙しいらしい。
うぅん、だが効果のより高い御守りならば最低3つは欲しい。
お父様とラッシュさんとリスターの分。おっと、4つだったね。自分の分も大事だわ。
「そんなわけで、今日は素材狩りです」
トランサーグといわず、ギルドに依頼を出すという手がないわけでもない。
しかし取りに行ける腕がありながら、自分で使うものを人に取りに行かせて待つっていうのもどうかと思うし、私だって好んで冒険者登録したのだしね。
予定を告げれば、リスターとラッシュさんは揃ってコクリと頷いた。
今回は、受付嬢も問題なくパーティでのダンジョン・ハイキングを許可してくれた。…この間とは別の受付嬢だったので、大変スムーズでした。
若干足を引き摺りがちのリスターは…怪我をしているようには見えない。
見えないけど、かったるそうに歩くヤンキーのようだ。ガラ悪そう。
人に弱みを見せたくないから、そんな踏ん反り歩きなの?
「リスターの魔法ってさ、自分を浮かせることはできないの?」
もし歩くのが辛いのならば、魔獣の死骸を周囲にふよふよさせる原理で自分も空中を移動したら楽なのでは。
そう思いついたのだが、現実とは無情。
「自分は持ち上がらねぇ」
「え、そうなの」
魔法には、本人にも理由がわからない制限がある様子。
だが、できるのならば面倒臭がりのリスターが日頃歩いていることがおかしいか。美貌にて既に目立つから、突飛な行動で如何に目立とうと気にしないもんな、この人。
このところ知り合いとダンジョンに行くと言って付き合いの悪かった魔法使いだが、なんと情報収集をしていたのだという。
グレンシア東部には湖があって、そこから幾つかの小国を越えると、リスターが以前に通ってきた道にぶつかるのだとか。
そう。彼が「思い出せないがどこかで聞いたことがある」という、過去に女王が治めていた国。それがその辺にあると言うのだ。
てっきり合流したお友達と遊んでいただけだと思っていたのに。
「ゼラクト王国ってのは元々女系国家だったらしい。でも直系女子が絶えてやむなく王弟が即位、そっからは息子に継がせてんだってよ」
出会い頭に魔法で敵の首を飛ばしながら、だるそうにリスターが言う。
初めて聞く国の名前に若干困惑しつつ、私は相槌を打った。
気まぐれ魔法使いがぽつぽつと話す間に、ラッシュさんがさくさくと剥ぎ取りをしてくれている。
売れそうな部位とかを。
「でも、突然そんな遠い国の話をして…お友達は不審な顔しなかった?」
お友達と言った途端に、激しく顔を歪めるリスター。
内心で私がちょっと動揺すると、嫌そうに関係を訂正してきた。
「オトモダチィ? 気色悪ッ。ただの知り合いだ」
いやいや、ラッシュさん情報では結構仲良さそうだったって話だよ。
私はツンデレのツン語より、この世の公正を司る大天使様のお告げを信じるぜ。
「娘が生き残ってるって噂を信じた女王派が、俺をその娘だと思って接触してきたんだって言っといた」
爆笑されたぜ、と魔法使いは鼻で笑う。
「…えぇー…」
「いや、嘘でもねぇだろ。あのクソガキの当初を考えりゃな」
言われて思い返してみれば、テヴェルは当初リスターを女性だと思ったようだった。
金髪紫眼の彼に、忘れられた姫君の話を振ったのも確かに、向こうだった気がする。
「色々、身代わりにしてすまないねぇ…」
金髪紫眼の疑似餌フィッシングにしても、如月さんによるセクシー呪詛にしても。彼自らが志願したとはいえ…リスターには多大な負荷をかけたな。
そしてそんな会話の間に、ラッシュさんによる解体ショーが終了の兆し。
私よりずっと早いのは、従士隊での遠征効果だろうか。
それとも「グロ嫌だなー」とかいう気持ちが根底にないからだろうか。
剥ぎ取りの済んだ素材類をアイテムボックスにポイポイと入れていく。
血や脂に汚れたラッシュさんのナイフとおてても、アイテムボックス様にかかれば一瞬で浄化完了だ。
「ありがとう、オル、フラン」
「こちらこそ」
相変わらず私の呼び方がぎこちないラッシュさん。
仕方ないよね。
私もラッシュさんだって一生懸命思ってないとアンディラートって呼んじゃうもの。
慣れと癖は、別人を演じる上で注意せねばならない部分だとわかっていた。前世から知っていたこと。
だというのに、ラッシュさんから無意識に放たれているマイナスイオンが、私の緊張感やら警戒心やらを解いてしまうのだ。
ラッシュさんがいれば大概何とかなるという、経験による反射か。パブロフンシア。
最悪、全てをアイテムボックスに詰めて全力の身体強化でダッシュ逃げすればいい…そんな気になってしまう、絶対的安心感よ…。
「チビの魔法、便利だな」
その点、初期より全く呼び方のぶれないリスターパイセン。
一応説明はしたのだが、アイテムボックスの使い方にちょっと驚いている様子。
もはやリスターには私の異常ぶりを隠していない。
前世の話こそしていないものの、身体強化とアイテムボックスについては既にお伝え済みだ。
彼は、うちの子だ。
私はもう、リスターが対人リハビリの練習台だなんて考えていない。
私が裏切ることはないし、相手に裏切られることもないのだろう。
そう信じられる。
しかしながら…無言で行われる私への一種異様な献身には苦笑せざるを得ない。それでも自分をもっと大事にしろとは…私には言えないしな。
私と彼は基本の思想が似ている。
手放したくはないけれど、一度手に入っただけで十分な、温かい何か。遠く離れてもいいけれど、相手が幸せになっていなきゃ駄目だと思う我儘。強いのか弱いのかわからないような執着。
他人なんて嫌いなのに「この人なら多少自分の都合を曲げてもいいかな」って…そういう気持ちを、リスターは私に向けたんだ。
私も、ラッシュさんのお願いならば何でもするだろう自分を知っている。リスターと私は、どこまでも同族なのだろう。
友達すらも認めないリスターに「遠い親戚程度の関係」とされていたことの意味。ツンデレからの身内認定の重さ。
私が思う以上にリスターは私を懐に入れてしまっていたのに…クズな私はそれに気付きもせず、呪いなんて背負わせてしまった。
必ず治してみせる。
次は失敗しないように…ちゃんと気を付ける。
私の考えが甘いせいで、犠牲とも思わない犠牲を、払わせないように。
「倒すの替わろうか?」
「あー? 別にいい」
ぐぬぬ。
「…剥ぎ取り、替わろうか?」
「いや。全然倒せていないんだ、これくらいはさせてくれ」
ぐぎぎ。私も倒せてないんだよ。
さっきから大型の敵が単品で出てくるばかりで、リスターの一撃で戦闘は終了だ。
敵が出るまでは、ダンジョン地図を持っているラッシュさんが道案内をしていた。
敵が出たらリスターが倒し、ラッシュさんが解体に入る。見たことがない魔物なのに、ラッシュさんは迷いなく捌いてしまう。
私なら捌き方に悩んだ挙句、まるっと持ち帰るかもしれない。そしてギルドにそのまま出し、解体手数料を差し引かれるな。
リスターとラッシュさんの動きが効率化されていて、私のすることは全くない。
アイテムボックスがなければ、ポーターの役目すら紳士にお断りされたに違いない。
先日だけの暫定パーティだったはずなのに、相性が良かったのだろうか。
君らやけに連携良すぎないかい。
普段ならば採集をするのだが、このダンジョンには常設の採集依頼が出ていなかった。特殊な苔でもない限り、洞窟型ダンジョンでは採集依頼がなくても不思議ではない。
むしゃくしゃしてこっそり壁を抜いてみたが、特に珍しそうな鉱物も出土しない。
アイテムボックス内には何の変哲もない岩壁ブロックが無為に積み上がるだけだった。結果として、一部の通路がほんの少しだけ広くなったことは見逃して欲しい。
別に戦闘も解体も好きなわけではないけれど、これでは本日の報酬を山分けできないレベル。全然働いていないよ…。




