あの、フランですけど?
リスターは本当に自信を取り戻してしまったらしい。お友達とお泊まりダンジョン探索に行ったため、本日もご不在。
ちょっと生き生きしてすら見えたので、おうちでゆっくり休むということが心底合わない性格なのだろう。
普段、あんなにダルイとか疲れたとか言うのにね。ちょっと意外である。
「ドレスに問題がなければ、そのままギルドに寄ってしまおうと思うけれどいいの?」
鏡を見ながらエクステ、エクステして問えば、開け放した扉向こうのリビングから返事が返る。
「ああ。俺には予定はないから」
ドレスが出来上がるはずの日なので、試着をしに行くのだ。
もし調整が必要なければ即お買い上げして着たまま、ギルドでトランサーグへの伝言を頼むつもりである。
さっさと呪い学者と会う段取りを付けてしまいたい。なんなら今から会うのでも構わないぜ、という意気込みのギルド強襲だ。
さて、服屋さんにて試着。
ロン毛は服屋さんの何かを激しく刺激したようで、是非ともオーダーで新しく服を作らせてくれと頼まれるも断固拒否。
なんで新しく作らねばならないのだ。これからギルドへ殴り込みだっつの。1着でいいんだっつの。
「想像以上だったのです。新しく作れないのは断腸の思いですが、もう少しだけお時間を下さい」
「ええ、構いませんわ。それから、前回伝えるの忘れてしまったのだけれど…この装いでも顔を隠せるようなものはあるかしら」
うっかりしていたが、冒険者っぽいマントというわけにはいかない。
アンディラートも側にいるから、そうそう絡まれるまいとは思うが。
え、リスターじゃ護衛にならなかったのかって?
美人と美少女のペアなんて厄介事しか寄ってくる気がしないから、顔さらす気になんてなるわけないよ。キレたリスターが相手の首をブシャーしたら余計に厄介だよ。
本当はもう顔さらして歩いてもいいんだろうけど…万が一にもチーム如月の関係者に見られて私だとバレるのは避けたいところ。
「ああっ、話し方まで違う! そうですよね。勝手ながらフード付きのケープもご用意しておりました。如何でしょう」
「こちらのお店を選んで正解だったわ」
「ははぁっ、ありがたき幸せ」
やたらノリがいいな、この店員。楽しくなるからやめておくれよ。
私も必要以上に乗らないよう気をつけないと、逆にボロが出ますわ。
多少の手直しで引き取れるようだったので、お店の中でしばし待機することに。
そう、あくまでこれは空き時間のついでなので…アンディラートの服も既製品にてお買い上げしようよ!
ドレスのお嬢さんについてくる護衛なら、このくらいの服は着ていた方がいいんじゃないかなぁ。あ、この作りなら小さくなっても、ちょっと私が手直しすれば着られるかも。
何だかんだと理由を付けて、試着を了承させる私。
だって、ヨレ古着とかさぁ!
あぁー。アンディラートならもっと素敵な服が着こなせるのに。この型の服ならば、もうちょっとここら辺にアクセントが欲しい。目立たない糸で刺繍入れたりしたい。というか、もう私が作りたいよし作ろう作る!
「パッと見た感じよりもしっかりと筋肉が付いていらっしゃるようなので、もう一回り大きいサイズのほうがよろしいですよ」
アンディラートを試着室に押し込もうとすると店員に見咎められた。
そうなの? 一回り大きいとなると…結構大きな服に見えるよ?
でもプロが言うなら、そうなんだろう。ワンサイズ上の既成服を掴んで、アンディラートに押し付ける。
結果、正にその通りであった。
ううむ、そんなに大きく見えないのになぁ。あの大きさで丁度いいのか…。
いや、実際は今丁度いいのだからこれから更にもうちょっと大きくなるのである。
「ラッシュさんは着痩せするタイプ…」
あれか、脱いだらすごい奴か。
これは私も負けていられない。
でもどうかムッキムキじゃありませんように。妙にテカッてませんように。そんなリアルは絶対に絶対に許さないからなっ。
てきぱきした店員に裾を軽く微調整されていたアンディラートが戻ってきた。
「お帰りなさい、ラッシュさん」
「ただいま。ずっと思っていたのだけれど、どうして、さん付けするんだ?」
そんなこと言われても。
アンディラートはアンディラートであってパトラッシュじゃないのだもの。ささやかな抵抗である。
「ラッシュさんには、さんが必要」
「幼馴染みなのに?」
「…えっと、語呂が悪いから?」
そうかな?と首を傾げているアンディラート。そうだよ。
大体なんでパトとラッシュで区切ったんだよ。
いや、こっちの世界的にその方が普通に聞こえたからだよね。でもパトラさんくらいならまだしも、パトさんじゃ違和感があるからアンディラートもファーストネームを名乗ってないんだよね。わかってるよ。
わかっていても納得はしがたい。ヨレ古着と同じ!
そうこうしているうちにドレスが出来上がったので、お着替えしてケープも羽織る。
うむ、貴族のお忍びっぽい感じが出ている。とてもお嬢様っぽ…元々お嬢様だ私!
「どうかしら?」
くるりとターンし、小首を傾げて見せる。
小道具が足りないかな。昼のお茶会でも扇子と手袋がいるものな。でも今回はいいか。
「とてもお似合いでございます。できれば、次は生地からお選びしてお仕立てしたい」
「悪いけれど…」
「いいじゃないか。時間のあるときに、また何枚か仕立ててもらえば」
アンディラート…いや、ラッシュさんが何だかニッコニコだ。服屋は思わぬ友軍を得て嬉しそうであった。
そういえばこの子、従士隊のパーティでもニコニコだったな。実はドレス見るの好きなの?
ご令嬢方の見分けもつかないのに?
うーん。おうちにお母さんがずっといなかったから、ドレスに何かしらの憧れでもあるのかしら。着てほしいなら買っとく?
でも、冒険者生活ではそうそうドレスは着ないだろう。
家で着る…部屋着か?
まぁ、実家で正しく令嬢として生きていれば、普通のことなんだけど…今、冒険者なのよね。ましてやリスターがいる。変顔される気がして悩む。
「…考えておきます」
とりあえず未来に丸投げした。
だがヨレヨレのラッシュさんの普段着もついでに作るというなら、悪い取引でもない。
お揃いにかこつけて何か考えてみるか。
着て来た服はギュッとバッグに詰めてラッシュさんに持たせたが、店を出た後には中身だけアイテムボックスへ移動済みだ。重いと可哀想だからね。
バッグの中が空っぽでも何かと思い、とりあえずハンカチとすり替えておいた。開けたらハンカチ1枚だけぺろんと入っているよ。
路地裏でさっとアイテムボックスに入り、軽く化粧。
髪を結い、買ってもらった髪留めを付ける。
急いで路地に戻ったら、おかしなところがないかだけ確認してもらって、フードを被った。
隣を歩くラッシュさんは、鼻唄でも歌い出しそうなくらいご機嫌だ。
楽しそうなのは良いこと。
私の口許もふんわり弧を描いちゃうというものである。
さらりと開けたギルドの扉を押さえてくれたので、礼を言って中に入る。
大きなギルドだけあって、お忍びのお嬢様に絡んでくる人間はいないようだ。貴族なんて大抵は依頼人だろうから、絡む冒険者がいるほうがおかしいんだけどね。
「いらっしゃいませ、ご依頼でしょうか」
受付嬢が営業スマイルを放ってきた。
あっ、この人。
私だけ中級ダンジョンに行かせてくれなかった受付嬢だ。
でも、規則なんで仕方がないですね。
「ギルド長とお約束がございますの」
「…お名前をお伺いしても?」
「フランと申します」
顔を隠した怪しい冒険者フラン・ダースが記憶にあるのだろう。
でもギルド長も、私のことはフランとしか知らないからなぁ。突然別の名を名乗るわけには。
男装時と女装時で名前を使い分けたほうがいいのかなぁ…フラ夫とダス子とか?
受付嬢がちょっと私の顔を窺うような仕草をしたが、残念、ラッシュさんが「悪いが急いでいる」と前に出た。
ラッシュさん付きであることにますます不審を抱いたようではあるが、受付嬢には何の権限もない。ギルド長の客ならば、ギルド長に声をかけなくちゃいけないのだ。
やがて、呼ばれたギルド長がトランサーグと共にやってきた。
おお、ナイスタイミング。これはもしかして、もしかする?
期待いっぱいにトランサーグを見るが、そっけなく会議室へと場所を移された。
なんというお預け感。
さすが、私に媚びないことに定評のあるトランサーグだ。
そして入った会議室で…やっぱりギルド長はこのまま同席するのらしい。
なんてぼんやりしてたら、突然トランサーグがものっそい速さで私のフードを取ろうとして来たので、ササッと躱してやる。
簡単に捕まると思うてかー!
「…何のおつもりですか」
抗議の声を発する。
室内の空気がピンと張り詰めた、気がした。
「…そっちはまだまだだな」
まだまだ??
言われた意味がわからない。…いや、私に言ったわけじゃない?
ハッとして振り向くと、半歩踏み出しかけた姿勢のまま、うちのラッシュさんが落ち込んでいらっしゃる!
どうやらフードもぎ取り犯の凶行に、対応が間に合わなかった模様。
自分で避けたので問題はないのですが…おおぅ。天使が「2人についていけなかったショック、大きい」って顔しちゃってる。これは何と慰めたものか。
「ラッシュさん…」
「…すまない。こんなことでは、フランを守れないな。もっと精進する」
ひいぃ、肩を落として悲しげな顔してるよおぉぉ。
違うのよ、視界に入ってさえいれば身体強化様がほぼ自動で私の身を守ってくれるの。
…そもそも私のはチートだから、凄腕冒険者の速度についていけなかったからって、君は何も悪くないのですよ…。
…でも私の事情など知らぬ人々の手前、何かを言うこともできず。
いや、言う相手はこちらではない。
「トランサーグ。貴方、今のは少し失礼なのではなくて?」
トランサーグはちょっと目を見張った。
「事が事だ。話を始める前に、きちんと相手を確認する必要がある」
「手より先に言葉で伝えるべきだわ。貴方の口はお飾りなのかしら。前回とは状況が違うことも見えぬ、その目もお飾りかもしれないわね?」
ラッシュさんを威嚇するってことは、私に喧嘩を売るってことなんだぜ、おうおう?
少し考えた後、トランサーグは頷いた。
「謝罪しよう。だがこちらにも都合がある。お前の姿を見たギルド長だが、前回と同一人物だと認識できていない」
何だとぅ?
私がゆっくりとギルド長に目線を向けると、しばし固まっていた相手は「あー」と小さく呻いた。
あー、じゃないわ。
「それで顔を見せるためにフードを外させようとしたのですね」
許さんけどな。
まず口で言えって思うけどな。
「というか、顔を見ても多分すぐには納得しないから、俺の動きに対処できる人間であることを見せたんだ」
冒険者ギルドの長という性格上、戦闘面での判断のほうが間違いがなく、本人も一番納得ができる…とトランサーグは言う。
何だい、それは。迷惑だなぁ。
私はそっとフードを肩に落とした。
「では、もう私がフラン・ダースであるとご理解はいただけまして?」
普通に顔を見りゃわかると思うけどね。
一目瞭然という言葉を君達…君達、ちょっと待て。なぜ固まっている。トランサーグまで固まった意味がわからない。
「…むしろフードを取ったせいでわからなくなったな」
「すごいな、こうなるのか…自分の目に自信がなくなったぞ…」
どういう意味だね。
困惑した私は慌てて幼馴染みを振り返る。
何か私の装いに不備が、彼らを惑わすようなおかしなところがあったのかな!
「ラッシュさんっ」
「大丈夫だ。似合ってる」
立ち直ったらしいラッシュさんは、妙に自慢げだ。
どこか私の姿が変だから、トランサーグもギルド長も呆けたのではないの?
三面鏡でないと見えないような位置に、すんごい寝癖とか付いてない?
しかし、ラッシュさんは自信満々にノーと答える。
ならばと何度も2人に「どこがおかしいのか」と問いかけてみたのが、彼らは達観したような顔で「どこもおかしくはない」と繰り返すだけだった。
結局彼らは、私が前回と同じ声のトーンと口調で話すことで、ようやく私をフラン・ダースと認めた。
ちょっと髪が伸びて、化粧しただけなのに。そんな劇的な変化なんてありますかね。
鏡を見てみたって、私は私ですよ。
ぶちぶちと幼馴染みに愚痴を零してみたところ、彼は頬を染めて「オル、フランは何を着ても似合うけど。今日のドレス姿は、その、か、可愛いから、そのせいだと思う」と一生懸命に返してきた。
頑張って可愛いって言ってくれたその姿が可愛いので、私の機嫌はコロリと良くなりました。
そうね、きっとトランサーグは私にお父様の影を見つけて慄き、ギルド長はお母様似の部分に奇跡の美を見出して驚いたのだろう。
だって私の容姿は、お父様とお母様のいいとこ取りで出来てるからね!




