それ、違うものなので、付け方は一緒じゃないです。
既製品のドレスを買いに行ったら、泣き落とされてセミオーダーすることになった。
な、何を言っているかわからないと思うが…(以下略)
途中まで、話はトントン拍子に進んでいた。
けれど、マントを脱いで試着する段になったらば、現れた美貌の少女に服屋さんの情熱が燃え上がってしまったらしいのだ。
フフ。美しいって、罪。サポートさんで、背後に花びらでも舞わせたいところだわ。
お母様とお父様の容姿を足して2で割った私なので、人によってはこれくらい強い反応を引き当てることもある。
自惚れの思い込みじゃないんやで。
ちょくちょく同行者に雑な対応をされがちなので、時折自分が本気の美少女だということを忘れてしまうけれども。
創作意欲が止まらなくなった服屋さんは、フルオーダーでの作成を強く勧めてきた。
そう言われても、こんなところでドレスを着る機会がそうあるとも思えない。
いや、値下げしてくれなくていいって。問題はお値段ではない。お手軽に入手したかったんだってば。
鬘か付け毛でロングヘアにする予定だと伝えたら、もう、選んだはずの既製品のドレスを売ってはくれなくなった。
時間がないことだけを切に訴え、何とかフルオーダーを回避はしたが…3日でセミオーダーのドレスにどれだけ手が加えられてしまうのかわからないくらいの、服屋さんのはしゃぎっぷりであった。
そして久し振りにした採寸した私も、急激にはしゃぐこととなった。
…マイバディが結構すくすくと育っている!
男物と手作りの服ばかり着ていたために、油断していた。危うく体型の悪化を招くところであったよ。このタイミングで気付けて良かった。ちゃんとした下着を揃えさせていただきました。
すっごい。すっごい。
テンション急上昇。ウッキウキで借家に戻る。スキップしないように気をつけるのが大変だった。
フードをすっぽり被った怪しいマントの冒険者が、舞い踊りながら帰宅していたら、通報されても文句言えないもんね。
臨時パーティ「天使と魔法使い」(そんな登録名ではない)はまだ帰宅していなかったので、鼻唄を歌いつつ着ていたマントをアイテムボックスに収納する。
すっごい。すっごい。
何がすごいって、コレ。
鏡の前でくるんとターンをひとつ。たゆん、と揺れたそれに満足した。
服屋さんできちんと採寸して下着を購入した結果、な、なんと私の胸に、念願のロマンポケットが!
そうだよ。フリーダムに放牧しておくより、それなりのサイズの布の中に押し込めたほうがムッチリするに決まってるじゃんね!
今は、「お似合いですよ」なんておだてられて買った、女物の服を着用している。
国が違えば流行も変わる。
ダンジョンに困っていたたくさんの地を併合して出来たためか、この国では多彩な模様が存在していて、それを袖や裾に刺繍するのが主流のようだ。異国情緒を感じる。
「…ふふ」
チャッと靴を揃えて立ち、下を見下ろした。
お胸様に遮られ、靴が見えない!
おお…すごく自慢したい。しかし自慢するような相手がいない。
幼馴染みとはいえ、さすがにアンディラートとて、このような女子トークには付き合ってくれないだろう。リスターに自慢しようものなら、鼻で笑われるのは確定的に明らか。これで勝つるなんて誰も言ってくれない。
こんなに嬉しいってことは、私、前世は相当のナイチチだったのだろうな。
でもそんなことはどうでもいい、今、こんなにもある!
止められない笑顔のまま、上機嫌でソファに腰を下ろした。もう谷間とドレスは心配要らない。次なる準備を試みることにする。
そう、鬘か付け毛だ。
とはいえ私に用意できるものなんてサポート製品一択。
この世界において鬘の素材は、主流の人毛か馬のしっぽしか選択肢はない。
しかし金髪のしっぽはないし、他人の毛を被るなんて私にとっては苦行でしかないので、サポート製でいい。需要と供給の一致。
鬘って…どんな作りしてるんだろうね。
曖昧気分で作ってはみたものの、全く想像できなかったせいで、案の定クレヨン画風のヘルメットとなって現れた。笑ってしまった。
今、諸事情によりすんごい上機嫌なので、失敗すら平気で笑い飛ばせる。
でも笑ってばっかりいても駄目よね、ちゃんと考えなくちゃ。
ならば付け毛。そう、エクステだ。
…音に聞こえたシャレオツグッズ。しかし本当に音に聞いただけなので、どんなものかよくわからないのはヅラと同じだ。
エクステねぇ…。どうやって長さを伸ばしているのだったか…確か、毛に毛を貼るとか結ぶような話を聞いたような気が…んん、何かそういうCMを見たことがあるな。
確かあれは艶槍…。
だ、駄目よ、求めてるのは増毛じゃない。いや、だが、しかし。
「きっと、やってることは同じよね? あれならメッチャ印象に残っている…」
かの企業が視聴者に対し、わかりやすく商品を伝えていたという証拠だ。
よし増毛…だから増毛しないって。むしろ増毛ります。
えっと、結び目は隠れてなくちゃいけないよね。ということは幾らかアップにしておいて、アンダーコートに結ぶのね、きっと。
「エクステ、エクステ」
CMをイメージしつつも、男性用増毛用品という印象を払拭すべく、シャレオツワードを呟きながらのチャレンジ。
手の中で、髪が一房にょろりと伸びた。どうやら移植手術は成功だ。しかし同じ色の金髪ではあるが、何か直毛だな。
更には見覚えのある、この長さ…こ、これはファントムさんじゃないか!
私の脳内で、長髪しっぽをバッサリと私に提供したお兄ちゃんの姿が想像された。無茶、しやがって…。
気を取り直して、もう一掴みをエクステ、エクステ。しゃらりん、と。
…やっぱり直毛である。私はふわふわした癖っ毛なのだが、なぜだか自毛に似せることは出来なかったようだ。
うーん。もしかしたら前世でエクステを付けていたという知人が、私の中の唯一のリアルエクステ例であり、それが直毛だったからなのかもしれない。
ふわふわ髪だと結び目のとこどうなっちゃうのとか色々考えたら、クレヨン画になってしまいそうだし、これでいいのか。
もう少し髪が伸びていたら、ちょっとウェービーからのストレートという奇抜な髪型になってしまったかもしれない。今の長さでギリギリセーフだったね。
「エクステ、エクステ」
金髪。さらさら。長くてまっすぐ。
もっと一気に出来ないものか。
首を少し傾げて、肩から流した横髪を。まるでシャンプーのCMのように。
「エクステ、エク…ス…テぃもて」
脳内でCMソングが溢れ出す。同時に手の中の毛量が増えた。
やはりサポート能力はイメージにとても依存している。
「エクステぃもて、てぃもてー♪」
ノッてきた。指通りも滑らかよ。
知らず笑顔になりながら、肩から後ろへとサッと髪を払い、フィニッシュ。
「エクステぃーもぉーてっ♪」
気持ち良くキメて振り仰いだ後方に、立ち尽くした幼馴染みの姿を見つけ、私の表情も笑顔のまま固まった。
…い…いつから、いたのよおぉぉっ。こっ恥ずかし!
しかしアンディラートで良かったとも言える。
なぜなら彼は、私が1人で歌ってたり踊ってたりするところなど、幼い頃から裏庭で嫌というほど目にしているからだ。
「やぁ、おかえり!」
あえて気にしていない風を装い、私は全開の笑顔で彼を出迎えた。
普通の顔をやり抜けば、そういうことになるのである。
「何、そんなところで突っ立ってるの。さぁさぁ、早くソファに座るんだ」
ぽふぽふと隣の座面を叩いて示してみると、アンディラートは再起動した。
「あ、うん。…ただいま」
なぜか少しはにかんで私を見つめてくるアンディラート。
なんだい、相変わらず可愛いな。無闇やたらとほんわりしちゃう。
彼が隣に座った途端にアイテムボックスにて外套と装備を追い剥ぎ、荷物と彼から汗や汚れを収納。
綺麗になった荷物をテーブルにごしゃりと乗せて返品しておいた。
借家に入居して以来、既に何度か試していることなのだが、未だ彼からは大きな動揺が伝わってくるこの羅生門。…羅生門ってただの追い剥ぎラプソディじゃないっけ?
家が綺麗だから、出来るだけ汚さないようにしたいのよね。
いつ事前準備もなく出て行くはめになったとしても、大丈夫なようにしておきたいからな。
小まめな掃除は大事。
「これは付け毛なのか?」
横髪に触れようとしたのだろう、私の頬の近くへ伸ばした指はしかし、直前でふと触れることを躊躇うように止まった。
「うん。サポートでね」
さすがの私も自毛を伸ばすことは出来ない。
出来ないよね? 身体強化じゃ髪は伸びないよね?
むむむッ…うん、出来なかった。
所在なく浮いたままの幼馴染みの手を掴み、そこにエクステぃもてを施した髪を一房摘ませてやる。
「…差がわからない。本物みたいだ」
あ、うん。多分本物の毛だと思う、お兄ちゃんの。
次ファントムさんを出したときに、いきなり短髪になっていないといいんだけど。とりあえず無言で微笑むに留めておいた。
「君、長髪のほうが好きなんだっけ。偽髪だけど、諸対応が終わってからもこのままにしておいたほうがいい?」
髪切ったら、やたらショックを受けていたようだからな。
少しでも心の傷が癒えるのであれば私がファントムヘアとなっても良かろう。
そう思い提案したところ、アンディラートはちょっと目許を赤くした。
「いや。…長い、のは、いいと思うけど。短くたってオルタンシアはオルタンシアだ」
それに、と彼は少しモジモジした。
「これも大人っぽくていいけど…元のほうが好きだ。だから、…それに伸ばすって言ってただろう。伸びるまで無理に長くしていなくても別にいい」
「何が違うの?」
きょとんとする私に、返されたのは予想外の台詞だ。
「それはその…オルタンシアが嬉しそうにしているときって、よく動いてるだろう」
…え…? そうか?
自覚はないが、幼馴染みの彼が言うのならそうなのかもしれない。
まな板の上の魚みたいなビチビチした動きの自分を想像し、複雑な気分になりながらも、今にも口を閉ざしてしまいそうなシャイボーイに続きを促す。
「くるくる回ったり踊ったり、そうしたら、ふわふわっ、て髪が揺れる、のがいい」
「ほほう。成程?」
本当はあんまりよくはわからなかった。
が、きっと彼はストレートヘアよりはパーマネント派であるということかな。
「似合ってる。でも、どうして急にこんな格好を?」
するりと指先で付け毛を一撫でしてから解放し、アンディラートは困ったような顔をして笑った。
教えてもらえなくても構わないけれど、と。言外に言われた気がした。
ハッとして私は説明をする。リスターの呪いを解く鍵になりそうな情報を手に入れたこと。相手が女の子だと態度を和らげると聞いて女装を用意していること。
「準備中のところを見られたからタイミング的にまだだっただけで、決して君に黙っていようと思ったわけじゃないのよ」
そう、もはやアンディラートに隠し事はしてない…うん、全隠しはしてないかな?
忘れられた姫君についてはあんまり深くは話していない。実はお母様が他国の王族の血を引いていたらしく、関係者に狙われたので、私の正体に感付いた人を葬らないと帰れないのだと伝えたくらい。
忘れられた姫君は忘れられなければならない。
幼馴染みとはいえ、あまり記憶に残してほしいものではないから、仕方ないよね。
「俺がついていってもいいのか?」
「もちろん構わないよ。一緒に行こう」
ドンと胸を叩いて確約すると、ようやく彼は安心したようだ。
これが幼馴染みに隠し事を続けたせいで失った信頼の弊害なのか。
ひとつ積んでは天使のため…そんな気持ちで改めて信用を積み上げていきたいと思います。
「…もうひとつ…やけに機嫌がいい理由を聞いてもいいか?」
いやいやいや。
胸の内で誓った途端にこれか。新たな問題発生だよ。
私はご機嫌である。それは、確かであった。
どこからどう見ても隠しようのない、事実であった。
「隠し事とかそういうのじゃないよ。ただ、そんな話をされても、君が困ると思うの」
言ってみたのだが、相手は見るからに納得していない。
どうしよう。
私にとって、アンディラートに聞かれて困るようなことでもない。
ただただ、シャイボーイ側がこんなこと聞いても困っちゃうのではないかなという配慮だ。
だが、この程度のことを隠し通し、彼に悲しい顔をさせるなんて本末転倒。
私は彼に、ソファから立ち上がり、こちらを向いて立つよう指示した。
テーブルとソファの隙間にて、向かい合う私とアンディラート。
「直立不動でお願いします」
「ああ」
意味がわからないまま従うアンディラートに背を向け、その胸に、私は背中をぴたりと付けた。
わぁ。なんか照れるな、この距離。
ちらりと見上げれば、ほのかに頬を染めたアンディラートが私の動向を窺っている。
「えっと。そのまま、ゆっくりと下を見てほしいの。わかる?」
「…うん…?」
「胸で靴が見えないのよ、すごくない?」
アンディラートは無表情になった。
…え…。
どういうこと。その反応は予想してなかった。
そんなの珍しくもねぇよということ?
それとも、淑女的アウトで説教モードになる寸前?
どっち? どっちなの?
アンディラートから感情が読み取れないままに、たっぷり10秒は経ってしまう。
説教ならばそんなに溜める必要がない。もう始まっていていいはずだ。
つまり彼にとって「この光景の何が珍しいの?」と言うこと…なの…か。
「…嘘…でしょ? どう見たってすごいと思ったのに…公平の権化たるアンディラートがそう言わないということは、この世界の人達にとってこれは貧乳扱いだというの…?」
そんな。
そんなの、絶望しかない。
「胸おっきくなったと思って浮かれてたのに…これが小さいというのなら一体どのくらいあれば巨乳と呼ばれると」
「や、ちいさくないっ」
青ざめて身を震わせた私に、はっとしたようにアンディラートが首を横に振った。
「慰めか。だが、欲しいのはリアルな情報で、慰めじゃないんだ。慰めるということ自体がもう、これが慰められるレベルのサイズでしかないという証明に…」
「違う、慰めでもないっ! びっくりして黙っただけで、傷付けたのなら悪かった。だけどこれは、その、大きい! それは間違いない! って、…う、うわあぁぁっ」
必死に弁明していたアンディラートは、次第に自分が何を言っているのか理解したのか、悲鳴を上げて駆け出していった。
ぽつんと取り残される私。
ほら、やっぱり何でも聞き出しちゃ駄目だったのではないか。シャイボーイ的に。
飛び出したアンディラートがどこへ行ったのかと心配していたが、窓から庭の端っこでメッチャ剣を素振りしているのが見えたので、そっとしておくことにした。
そういえばリスターは一緒じゃないのかな。どうしたのだろう。
多分、問題ないから話題に出なかったのだろうけれど…。
気にはなるが、今はとても聞けそうな感じではないので、アンディラートが落ち着いたら聞いてみよう。




