教えて、先生!
私の苛々はピークに達していた。
小鳥総動員で手早く見つけて狩りまくったに決まってるでしょうが。早くリスターとアンディラートに追いつきたいってのに。
あーでもないこーでもないと、カウンター向こうでは審議が続く。
目論見より納品が多いが、引き取り上限が書いてないから不備? 知らんわ。
今は別に魔獣素材類が大事なわけではない。
それを倒せる程度に私が強いってことがわかればいいんだろう。
「面倒くさい!」
ビターンと音を立ててカウンターに叩き付ける魔獣の死骸。
悲鳴を上げた受付嬢に、ちょっと溜飲が下がる性格の悪い私。
だってさ、解体とか後でいいと思ってサクサク倒して、急いで討伐部位だけ毟って提出してやったのに!
そんな疑うんなら身ごとあげますわよ!
ほらよ! びたんびたーん。それ、びたんびたん、ごろごろごろ。(山が崩れた)
「ほら、これが倒した魔獣ですよ。一生懸命探して倒してきても認めてくれないとか、何なんです? 鬱陶しい。これでも私の強さが納得できないって言うんなら、万人の目の前で試したらいいんじゃないですか? 全力でお相手しますよ。誰が出ますか、ギルド長ですか? 何人抜きですか?」
決闘じゃあ! 白手袋を持てぇ!
内心、大興奮でそんなことを言ったとき、すっとギルド長を押し退けた影があった。
「…決闘でもするつもりか」
そうですとも! …って、おや?
何か見たことのあるその男は。
嫌そうな顔をしながら私の側まで来ると、すぼっと私のフードを上方に持ち上げた。
…上に引っ張られると、だいぶ間抜けな感じになるのでやめていただきたいかな…。
「…やっぱりお前か」
そんな呆れたような目で言われても。
ちょっと真顔になってしまいながら、いつもより縦長になった私は抗議した。
「奇遇だね、トランサーグ。でも、一応顔隠してるつもりだから、やめてくれる?」
過去に私と決闘したこともある凄腕冒険者さんは、家出娘の引率をしたり、孤児院卒業生の面倒を見たりしながら、遥々とグレンシアまで来ていたらしい。
依頼次第で進む方角を変える、風の吹くままみたいな旅をしてきたようだ。なんか、いいな。すごくプロの旅人っぽい。
…あれ、だけど私だって、わりとそうだったような…もしかして私、旅人免許も皆伝できちゃう感じ?
「一体何をしている。こんなところまで来て、お前の父親が何て言うか…。俺は知らないからな、他人を巻き込むんじゃないぞ」
「死なば諸共、という言葉があってね?」
「やめろ」
何だか懐かしいツンケンぶりだなぁ。
知らず顔が笑ってしまう。
「仲間とパーティを組みたいのに、実力不足と見做されて困っているとこだよ。速やかに仲間と合流する方法ってあるのかな」
教えて、トランサーグ先生!
自分を知っている人間がいると、そのイメージからかけ離れた真似ができなくなる心理なのだろうか。
ちょっぴり冷静さを取り戻した私は、フランの皮を被り直すことに成功した。
「仲間だと?」
「うん。知り合いの魔法使いと、幼馴染みの剣士とパーティを組むはずだったんだけど…私だけ弱いから駄目だって通らなくて」
トランサーグは受付嬢を振り向いた。
「事実か?」
「…は、はい、あのぅ…フランさんは今まで採集をメインに受注していたようでしたので、中級ダンジョンにいきなり行くことはお勧めできませんで…」
「他のメンバーは?」
「紹介状持ちと中級冒険者でした」
再びトランサーグに見下ろされる私。
何だろう。心なしか、彼の視線が怒りを帯びている気がする。
特に何もやらかしたつもりはないけどな。
首を傾げて見せると、頭上からは深い溜息が降ってきた。
「幼馴染み、と聞こえた気がした」
「言ったよ。私を心配して追いかけてきたんだって。最近合流した」
「…フラン」
ちょいちょいと指先で呼ばれた。
ぐっとトーンを落とした声で内緒話をされたが、そこまで重大な案件には思えない。
なぜなら「パーティメンバーの本名は?」というだけの問いかけだったからだ。
誰に何を内緒にしたいのだ。訝しみながらも、私もコソコソと言葉を返した。
「名字は知らないけど魔法使いのリスターと、幼馴染みのアンディラート・ルーヴィス」
「…ルーヴィスか…。もう1人は俺も知らんな。名字は知らないということは、魔法使いも平民ではないのか?」
「あ、うん。一応貴族の跡取り息子らしいよ。どこのかは知らないけど」
「…なぜ継嗣を集める?」
「それは、わざとじゃないですね」
視界の端でトランサーグが右腕を振りかぶったのが見えた。
予期せぬ暴力も軽やかに躱ししてくれる、身体強化様の回避ステップ!
「いきなり、何」
危ないじゃないのよ。貴族令嬢にゲンコツ落とそうとするのはやめるんだ。
「厄介事ばかりを次々と。俺が故国の地を踏めなくなったらどうしてくれる」
「いや、意味わかんない」
説明する気がないらしいトランサーグは、もう黙れとばかりに片手をヒラヒラした。なんという適当な扱いだ。
「…躱した、だと」
呆然とギルド長が呟き、私は周囲が静まり返っていたことにようやく気付く。
「…躱さないと、痛いじゃないですか?」
この人は何を言っているのだ。
私はマゾじゃないのだよ。好んで痛い目になど遭いたいものか。
「黙ってろ。おい。推薦は俺が出す」
後半はギルド長に向けた言葉のようだ。
推薦って何だ。
そういえばトランサーグはなんでカウンター向こうから出てきたんだろう。
まるでギルド側の一味のようだが…一味なの?
話の見えない私を他所に、ギルド長とトランサーグは会話を続ける。
「中級並みだと言うのか?」
「中級でも収まるまい。コレは一般的な冒険者じゃない…マグレであったとしても、数年前に俺を負かしている」
マグレじゃないです、チートです。
もちろんそんなことは言えないので黙って立っておく。
「まさか。こんな、ちまいのが?」
「見ただろう、異様に小回りのきく非常識なヤツだ。知識が浅い分、良くも悪くも行動は素直だが、そのつもりで対応すればそう害はない。フラン、ここを片付けろ」
顎で示されたのはカウンター。
私が積み上げた死骸の山、時々床に土砂崩れ、だ。
邪魔そうだし、苛立ちの勢いで出して引っ込め時がわからなかったので、これ幸い。
適当な袋に詰めるフリしてカウンターの魔獣の山をアイテムボックスに収納する。
血の一滴も残さぬ有能さよ。
しっかしトランサーグ、偉そう。
冒険者がひしめくこの都市でギルド長に上から目線な感じで話すほど、もしかして本当に結構ご高名な方だったのかしら。
「カードを出せ」
つつかれて、私はギルドカードをトランサーグに渡した。
ふと、トランサーグが固まった。
「…絵師…?」
「ふふ、実は転職したよ」
ドヤァ…。
私のカードはさらっと受付嬢に流された。
何だろう、剥奪とかじゃないよね。ドキドキ。
「…俺は何も聞かんぞ」
せっかくのドヤ顔にもトランサーグの反応は冷たい。
これが塩対応という奴か。
「手続きに少しかかる、待ってろ。…出来るだけ速やかに目的を達して国に帰れよ」
「私もそうしたいのは山々なんだけど…あっ。ねぇ待って、ちょっと相談がある!」
「何だ? 待て、お前の相談が厄介でないはずがない。向こうで話すぞ」
呪いについて聞いてみようと相談を持ちかけると、トランサーグはカウンター向こうに私を連行した。
…ここ、勝手に越えていいんですかね?
ちらりとギルド長を見ると、なぜか勇んで彼もついてきた。
いや、お誘いとかそういう意味の目線ではなかったのだが。
カウンターの一部から通れるようになっている廊下は職員の領域かと思っていたが、どうやら違うらしい。カウンターの向こう側にも冒険者が使える施設があるようだ。
そういえば、いつぞやリスターにもカウンター向こうの小部屋に連れていかれたな。
思い出している間に連れ込まれたのは、見るからに会議室であった。大きめの円卓に、椅子が幾つも並んでいる。
「そんなに重要な話か?」
ギルド長の問いに、トランサーグは肩を竦めて備え付けの魔道具を作動させた。
「訳あって俺が一時面倒を見たが、これはとある貴族の娘だ。その貴族も、過去に冒険者をしていた」
「…防音装置を作動することか?」
「その貴族はトリティニアの宰相だ。跳ねっかえりな娘とはいえ、溺愛ぶりは周知の事実。下手を打つことはできないぞ。コレの父親だ、行動力がおかしい」
素性をバラされた。
女であるところまでバラされてる。ギルドカードの不正を叱られてしまうだろうか。
「ついでにこれの幼馴染みが入国していると言う。その父親も国の重要人物だが…友人関係だけあって、やはり行動力はおかしい。何かあれば2人だけで攻め込んでくることも考えられる。国際問題になるかも知れん」
「…おい」
「大丈夫だよ、アン、ラッシュも私のお父様も、国際問題になんてしないよ。もう私達、成人しているのだしね!」
伝えてみるがギルド長には無視された。
もしかして私、今日の運勢、悪いのかしら。
「成人したのか…なんてことだ。子供のすることだという言い訳も、もう効かないぞ。社交会にも出ず、旅などして。まともに貴族社会で生きていけないんじゃないか…どうするつもりだ、エーゼレット宰相…」
むしろトランサーグが片手で顔の半分を覆ってへの字口になった。
大丈夫、お父様は私が健やかである以上のことなど求めない。家の恥とか考えるような人じゃない。家名に執着ないから。
新しいお母様が、ちょっと可哀相かな?
まぁ、周囲から同情票が得られるだろう。それを足掛かりにママ友でも増やしてくれ。
「一応、城に伝えておいたほうがいいか」
「そうだな」
えっ、城って。王様?
なんでそんな大ごとにしようとするの?
「お忍びだよ、いらないよ。私は王族でもなければ、国の重要人物でもないのに。知らされたって困るだけだよ」
「その判断は城でする。後でなぜ黙っていたかと問われても困る、報告だけは必要だ」
えー。大体、トリティニアとグレンシアなんて離れすぎててあんまり国交なんてないんじゃないの。お父様の宰相力なんて、特に通じないのでは?
3大国とか言ってるけど、実際は2大国と新興国って位置付けでしょう。グレンシアが南端の国を意識しているとは思えない。
「フラン。グレンシアはダンジョンが多数ある国だ。他国とは危険に出会う率も、死に繋がる率も格段に違う。他国の重鎮の子が遊び半分に来ていい場所ではない」
お説教を食らうはめになった。
…うーん。でも、嫌な気はしない。
国際問題になんてなる訳がないけれど、トランサーグには「知った以上、放置はできない」みたいなところがあるのだろう。
真面目な人は嫌いじゃないので。それで彼の気が晴れるというのなら構うまい。
「うん、わかった。ただ、私が国を出た原因が近くにいて、退治しないと安心して帰れないんだよね。だから別にダンジョン目当てに来たわけではないんだけど、早く帰れるように頑張るよ」
「な」
「それで、トランサーグに相談したいのは呪いについてなんだけどね。解呪薬が欲しいのだけれど、何か手がかりがないかなって」
彼は色々と聞きたいことがあるのだろう、しっぶい顔をしたが、小さく首を横に振った。
あまり深く事情を聞いて、お家騒動か何かに巻き込まれるのを警戒しているのだろうか。
私もこれ以上、誰かを巻き込もうとは思っていない。
敵方に対する弱みとなるのがわかっているのだから、近くでさっと背に隠せる程度の数でないと困る。
「…解呪薬…。何かに呪われているのか?」
「うちの魔法使いが、私の敵のとばっちりで呪われたみたい。本人が呪いだと思うって言ってるだけで、お医者様でも診断ができないみたいなんだけど」
凄腕冒険者さんなら、きっと何とかしてくれる。
そんな思いを込めて、私はトランサーグを見つめた。
伝われ☆この思い!
…多分私の思いは伝わったと思うのだが…とても迷惑そうな顔をされた。




