スキマライフ!~ウェルカーの世界。
私の世界に住むものは、精神体しかない。
世界ごとの特色でしかないのだろうと、私は思う。肉体の死によって精神体となる世界もあれば、精神体などそもそも存在しないという世界もある。
だというのに高位下位を問う論議は遥か昔に起こり、「我らが上」という感情的な傲慢を以て既に決着を付けていた。
精神体しかいないので、会話は所謂テレパシーとなる。
しかしその中で、他者の伝えたくない部分をも読み解く私達は、ただ少数の異端でしかなかった。
あるとき他の世界から死者の魂がやってきた。見た目は私達と変わらない、精神体。
同じように見えたから、始めの頃は受け入れられた。同じコミュニティで生活をさせた。けれど大概、トラブルを起こしたがために追放…精神体のまま世界の裂け目へ落とされた。
精神体である私達にとって死とは「周囲に霧散すること」でしかない。
それを糧にしてやがて形を成して生まれるであろう同胞に、「彼ら」の残滓が取り込まれるのは忌避すべきことだと考えられた。
やって来る「彼ら」はいつも悪質で、無遠慮な生き物だった。しかも、次第に数が増え始める。
この私達に似た生き物は長く研究されてきたが「大半の人間が負の感情値を振り切っており、元の世界で一度死んだ魂である」という以外は何もわからなかった。
なぜ他の世界のものがこちらに現れるのかというのは、そう不思議なことではない。世界の裂け目があるのだろう。
「彼ら」はいつも決まった地域に現れるが、決して戻せないため、そこに一方通行の世界の裂け目があることはわかっていた。
しかし裂け目を塞ぐ方法は見つかっていない。その一帯に所謂結界を張り、漏れ出る「彼ら」を管理することを思いつく。
世界の裂け目はそう珍しいものではない。
私達だって別の世界に降りる裂け目を、幾つも確保している。
研究を終えた裂け目は、主に罪人への処罰に使われていた。不用意に精神体のまま降りれば取り込まれ、その世界に組み込まれる。戻っては来られない。
私達は生来、やや淡白な性質なのだ。長く生きるものだから、元々はそういう作りなのかもしれない。
だから「彼ら」に見切りをつけるのは早かった。
私達の世界では「彼ら」が迷惑な存在であると言うのが定説となった。
当然、もう共に暮らすという選択肢はない。
個々を見定める時期は過ぎ、トラブルを起こす前にと、次々現れるそれを別の世界へ放り込む必要ができた。
他の世界の迷惑など考えない措置。だって、彼らがただ元の世界に戻ったのではないと、誰が言い切れる?
もちろん詭弁だ。私達は彼らが元の世界に戻ったのではないことを知っている。
だが、私達の世界には受け入れないことに決まった。留め置けないのならば放り捨てるしかない。
放り捨てた先でその世界に組み込まれ、記憶を浄化し、生まれ、育ち、天寿を全うする。こちらには、もう戻ってくることはない。
生き直すことでまともになる者も少なからずいた。しかし大抵のものは備えた性質のままの大人になった。
あまりにも目に余る者が多いようならば、間引くことも必要だ。危険そうな者には前もって印をつけておこうということになった。
対象が悪質過ぎる場合には、その世界が滅亡しないよう、狩りに行かねばならない。
そう、決まった。
責任感ではない。その世界が滅亡すれば、捨て先が減るからだ。
今は幾つもある捨て場を軽く見て失えば、取り返しはつかない。
流入数は増え続けている。最初とは比べものにならないほどに。
向こうの世界に何があったのか、「彼ら」は短期間で大量に現れるようになった。他所に押し付けきれなければ、この世界に「彼ら」が溢れる。
私達は「彼ら」ほど簡単には増えない。
結界が壊れれば、駆逐されるのは私達のほうだ。そう確信できるほどに「彼ら」の性質は良くない。
当初に様々な決定をした者達には方々への罪悪感もあったのだろう。
だから、ウェルカーが配置された。
悪意のないものであれば特例措置を取る必要がある。「彼ら」の心を見抜く目を持つものを置く。そんな建て前だ。コミュニティのあぶれ者同士、都合が良かったのだろう。
特例措置はウェルカーに一任されていた。決まっていないのだ、何も。上は特例が起こることなどないと判断していた。
ここで受け入れができない以上、誰であろうと、私達は例外なく異世界に送る。
心の奥まで読めるとバレなければウェルカーにされない。そう考える同胞もいる。元々が少数の異端者だ、人手不足でも、ウェルカーは簡単には増えない。
等しくウェルカーと呼ばれても、能力にはバラつきがある。けれど同胞にとってはただ「厄介なウェルカー」でしかなかったから、私達は「彼ら」と向き合い続けた。
何も変わらない。
心の奥底が見えれば尚の事、彼らも同胞も何も変わらないことがわかる。私は同胞の悪意を聞き続けてきたのだから。
心を読んだことがあからさまであれば、対する誰もが恐怖した。「彼ら」は死んで肉体を脱ぎ捨て、ここへ落ちてくる。だから、私達を死後の世界の管理人だと思っているようだった。
死神、天使、地獄の番人。もしかして神様? 元の世界に戻せと暴れる者もいれば、異世界で勇者になると喜ぶ者もいる…何度聞いても苦笑するよりない。残念だがここはただの別の世界で、貴方達も「厄介な漂着者」でしかない。
元々、ウェルカーには大したことのない能力を大きく見せようとするものと、深く見通す能力を隠そうとするものの2種類がいた。どちらが良いのかはわからないが、前者のほうがどうやら「彼ら」の列の進みがいい。
さて、厄介なお客様であるところの「彼ら」の中には、なぜか「何か」を持たせないと他所へ送り出せないものがいる。
私達が用意しなくとも、必要があれば「何か」は彼らの前に現れた。それが神か世界の意思というものなのだろう。
興味を持って「彼ら」を霧散させ、それを取り上げた同胞もいたが、自らに取り込むことはできなかった。概ね私達にとって珍しい能力ではなかったため、今ではわざわざ取り上げるような者もいない。
しかしながら「彼ら」は数が多すぎる。
放っておくと持ち前の悪癖で自分を優先しろとわめき出す。
職場である結界内はいつも「彼ら」を朦朧とさせるための暗示で満ちていて、白く煙るようだった。
時間は幾らでもある。だが、「彼ら」も幾らでも増える。
どれも同じような人間達だが、極々稀に、違うタイプの者がいる。負の感情値は死の間際まで溜められた物。不満、妬み、怒り、嘲り。だけど、それだけではない。
辛くて、悲しい。疲れて、苦しい。そんな感情を限界まで溜め込んだ魂も、本当に本当に少ないが、確かにいる。
初めて見たときは感動すらした。これを見つけるための私達ではなかっただろうか。
同僚達は「彼ら」に何の期待もしていない。ほとんど事務的な流れ作業しかしない。見つけても気にせず、他と同様に扱う。
異世界に送ることは変わらないからだ。マーカーを付ける手間が省けるくらい。
ウェルカーには2種類いる。大したことのない能力を、大きく見せようとするものと、深く見通す能力を隠そうとするもの。
前者は、あまり堕ちない。だが、後者はより深く様々な声を聞いてしまった結果、少し歪む場合がある。
私もきっとそうなのだろう。私の住むこの世界だけがいいものだとは、あまり思えなくなっている。
私はそうするつもりはないが、仕事の途中で誘惑に負け、命綱を自ら断って堕ちたウェルカーは何人もいた。
楽しそうだから。そんな言葉を残して。
ほんの少し、理解できる気もする。他の世界はこことは違う。
きっともっと刺激的だ。
けれど私達も他の生き物達とは違う。
作り物の肉体は朽ちない。そして堕ちてしまえば、作り物の肉体に精神体が定着してしまう。同胞がこちらに持ち帰り適正に処分するまで、生き続ける。
いずれこの世界に飽いたなら。
私は精神体のまま降りてみようかな。
今持つ能力は全て消えて、何の力もないただの人間になってしまうのだろうけれど…。
何だか、楽しそうだから。




