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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~呼んだ。【アンディラート視点】



 なかなか現れない相手に、これはもう来ないものだと諦めていた。

 だから扉に鍵をかけたはずの室内で、急に肩を叩かれて飛び退いてしまった。


「お久し振りです。アンディラートさん」


 呆然とすると同時に、彼が、オルタンシアが生まれる前に出会ったという不思議な存在だったことを思い出した。


 普通の人とはちょっと違う…というか、そもそも人間じゃないんだろうか。

 少し不安になる。


 だが、サトリはオルタンシアの恩人であって、敵ではない。

 敵対しない相手の種族など、髪や目の色の違いと同じ。過剰な警戒は必要ない。

 警戒しなければいけないのは、戦う可能性のある相手だけだ。


「お変わりないようですね。少し心配ですが…お元気そうで何よりです」


「うん? 貴方も変わりないか」


「そうですね。何も変わりません」


 何もか。

 サトリは今回も、初めて出会った頃と変わらない姿だ。そういう、長命な種族なのかもしれないな。


「連絡が遅れてしまったが、一時テヴェルと近くにいたんだ」


「そうでしたか。そのご連絡だったのですね」


 あれ、意外と冷静だな。もっと食いつくかと思ったのに。

 もしかして連絡が遅かったので、既に自分で見つけていたのかもしれない。


 …そうだよな。完全にサトリを呼ぶタイミングを逃していたから。

 側にテヴェルがいたとき、俺は大体アイテムボックスの中にいたし…大抵オルタンシアの動向に気を取られていて…連絡をしなくちゃいけなかったことを、失念していた。

 協力者だと言われたのに、全く貢献していない。


「…えっと。遅くなってすまなかった」


「いいのですよ。本来テヴェルさんは私の担当ではないのです」


 担当なんてあるのか。

 では、サトリの担当はオルタンシアなのか。

 …だけど、変だな。サトリは会う気はないと言っていたし、積極的に関わらない方が良いと彼女も言っていたはず。


「オルタンシアさんに担当はおりません。担当がつくということは、生まれる前に、要注意人物と判断されていた証です」


「…えっ?」


「いないオルタンシアさんのほうが珍しい側ですが、そう気にすることでもありません。それよりも状況をお聞かせいただけませんか。予想していた位置から大分離れているものですから、順を追って知りたいのです」


 そうだな。以前はトリティニアで話をしたはずなのに、今はグレンシアまで来てしまっている。

 彼がどこにいたのかは知らないが、時間がかかったのはそのためだろうか。


 いや…どこにいたら、呼び出してからこの時間で俺を探し当てられるんだ…。

 白状すると、恥ずかしいから、俺はとても小さい声で義務的に呟いたんだ。どうしてあれで聞こえるんだろうな。


 促されて、話をした。

 彼女が予知夢で自分の危機を知り、それを避けるために家を出たこと。

 成人までは追いかけることが許されなかったから、少し後れを取ってしまったけれど、無事に合流できたこと。

 その間にオルタンシアがテヴェルと出会い、その護衛をしていたこと。

 …そして、テヴェルの側にいた女が、心を読む力を持っていたこと。


 キサラギは対象を視界に入れていないと心を読むことはできないらしい。

 そういう能力のある人もいるのだなと思っていたけれど…どうなのだろう。


 サトリが探していたのは、本当にテヴェルだったのか?

 担当ではないというのなら…もしかしたら目的はその側にいる、キサラギのほうだったのではないのだろうか。


 …詮索は良くないな。俺はテヴェルについて頼まれただけなのだから。

 それよりも俺には、先に聞かなければいけないことがあるんだ。


「サトリは以前、オルタンシアとテヴェルを会わせてはいけないと言っていたけれど…俺が伝えるより先に出会ってしまったんだ」


 幸せになれなくなる、というようなことを言っていたはずだ。

 俺は間に合わなかった。


 オルタンシアは簡単に「大丈夫だと思う」なんて言っていたけれど、そんなのわからないじゃないか。


 もう、取り返しはつかないのか。何をしても遅すぎるのだろうか。

 彼女の笑顔が消えるのを、横で見ていなくちゃならないのか?

 予知夢を見てもグリシーヌ様を救えなかった、オルタンシアのように…?

 それは嫌だ。


 本当はずっと、不安で、胸が苦しい。

 こればかりは発言したサトリ以外の誰にも本当のところがわからない。


 あの子が幾ら大丈夫だと言っても納得はできなくて。

 間に合わなかった俺のせいで、オルタンシアに何か酷いことが起こるのではないかと思うと、とても辛かった。


「…そうでしたか。ですが、よく思い出してください。無事に過ごせなくなる可能性があると言っただけです。幸せになれない道は着々と増えていますが、オルタンシアさんがその道へ逸れてしまわぬ限り、希望はありますよ」


 にっこりとサトリは微笑んだ。


 本当かな。

 大丈夫かな。俺は、オルタンシアを不幸になんてしたくないんだ。


 そんな俺を安心させるように、もう一度、サトリは明確に頷いて見せた。


「アンディラートさんが今後もオルタンシアさんを気にかけ、側にいるのであれば、共に困難に立ち向かうこともできましょう」


「…うん…」


 そうだよな。

 一緒に、戦えるのなら。


「…と、すまない。随分長く立ち話をさせてしまった。その椅子に掛けてくれ。生憎、水しか出せないが…」


 部屋の水差しから、2つのコップに水を入れてテーブルに置く。

 台所まで何か飲み物を貰いに行けば良いのかもしれないが、サトリがどこから入り込んだのかと疑われてしまう。


「十分ですよ。あまりこちらで飲食しないようにしています」


 そうなのか…、こちら?

 そう考えた途端に、サトリが思いもよらぬ言葉を放つ。


「染まると堕ち易いのです」


「…それは…」


 サトリは何でもないことを言ったような、ごく普通の顔をしている。

 何に染まるか問えば良いのか、堕ちるとはどういうことかを問えば良いのか。


 口を滑らせたという顔はしていない。ならば聞かれて困るわけではあるまい。わざと、俺に興味を持たせようとしている?

 …え…聞いていいのか? 何かの罠?


 サトリは口許をそっと手で隠して、ひとつ咳払いをした。


「オルタンシアさんに聞いたのでしょう、アンディラートさん。私も、貴方の心の声が聞こえてしまうのですよ」


「あ」


 忘れていた。…忘れていたかな?

 サトリは敵ではないので、気に留めなかったような気がする。

 でも、どうせ尋ねるのならきちんと自分の意志でそうした方が良いよな。


「では問うけれど…貴方のほうは、何か状況が変わったのだろうか? 俺に、貴方のことを伝えようと思う方向に?」


 前には何も話すつもりはないように思えた。


 言わなくても良いと思ったのは本当だが、積極的に話す気があるというのならば、興味がないわけでは決してない。

 じっと相手を見つめる。口許を隠したままだが、目が少し笑っているように見える。


「もしもそうだとしたら、アンディラートさんは、原因は何だとお考えですか?」


 原因?

 …テヴェルを見つけたこと…いや…。


「キサラギと会ったこと…?」


 ウェルカーの犬かと、あの時キサラギは、俺にそう言った。

 そんな知り合いはいないと思ったが、もしかしてサトリのことだったのだろうか。


 そういえば、オルタンシアに説明されはしたが、サトリは俺には自ら名乗っていないのだ。

 サトリの名前が、ウェルカー?


 視線を外したサトリは、ようやく示した椅子に座った。対面する形で、俺も椅子に掛ける。自宅ではないとはいえ、遠くから訪ねてきた客をもてなしもしないのは落ち着かないものだ。


「オルタンシアさんは、いつの間にか私をサトリと呼んでいましたね。どちらも私の名ではありませんが、しかしウェルカーというのは確かに私達を示す言葉です」


「…私、達」


 サトリと…誰。オルタンシア?

 いいや、キサラギはオルタンシアに向かってウェルカーという言葉は使わなかった。あとで確認しても、オルタンシアもウェルカーを知らないと言った。


「アンディラートさんが会ったという心を読む女性も、元は私と同じ、ウェルカーと呼ばれるものです」


 …種族名か?

 あれ、じゃあどうしてキサラギはあんな言い方をしたんだ。まるで自分はウェルカーではないという感じだったじゃないか。


 困ったな。聞いておいて何だが、サトリの話はよくわからない。

 けれどわからないまま、頷いていればいいとは、思えない。

 理解しないといけない。そんな気がする。そして、勘には従えと教わっている。


「サトリとキサラギはウェルカーで、サトリはオルタンシアと生まれる前に出会っている。テヴェルもオルタンシアと同じだと言っていたから、彼が生まれる前に出会ったのがキサラギということか?」


「いいえ。「如月」はテヴェルさんとは、こちらで出会っているはずです」


 彼の目は迷うような色を見せた。

 どこまで話していいのかを、考えているのかもしれない。オルタンシアには聞かせたくない内容なのか。或いは聞かせては、いけない内容か。


 オルタンシアもサトリも、なぜだか互いに関わることを避けている。決して、嫌っているわけではないのに。


「言ってはいけないというのなら、俺は誰にも話したりしない。だから、俺にも理解できるように教えてほしい」


 理解できれば、キサラギへの対策が立てられるかもしれない。オルタンシアは、彼女を警戒していた。

 サトリは少し微笑んだようだ。


「好ましく思います。アンディラートさんも、オルタンシアさんも、読まれていると知りながら、私に取り繕おうとしない」


 キサラギよりもよく聞こえるのだろう。取り繕ったところで聞こえてしまうなら、無意味ではないのかな。

 それに、サトリに聞かれて困ることなど何もない。敵ではないのだから。


 きょとんとする俺に、しかし彼は首を横に振った。何もかも他人に筒抜けることは、本来は恐怖ですらあるのだと。


「伝えたいこと、伝えたくないことを無視して心を読む能力というのは、私のいる場所においても異端なのです。そして、そんな異端者が追いやられるのが、ウェルカー。所謂、異界の対応官です」


 …いわゆる、いかいの…。

 どうしよう。

 落ち着こうと深呼吸をしてみる。


 言い訳は思いつかない。

 すまない、サトリ。俺には対応官しか、意味が取れなかった。



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