弱肉強食である…。
お布団で寝ている状況であれば、本体に危険はないのだ。
サポートで作った物の視界をジャックするこの技法。
…夜寝るときにグリューベルで練習しようと思ったら、部屋が暗すぎて使いあぐねた。
そうよね、鳥目でしたね。
でもいつまでも明かりをつけてたら叱られちゃうからね。
ちょっと、ぐうたら令嬢なのがイタイけど…お昼寝で練習だ。
これの運用が出来れば、もちろん有用だと思う。
でもそれ以前に、楽しいかもしれないと気が付いて、とっても頑張った。
私自身が街へ下りてウロウロすることは、なかなか難しい。
けれど鳥ならその辺をパタパタ飛んでいたって不思議じゃない。
鳥は、庭に来ていた子達なら幾つか作れる。
人目のあるところで使うには、警戒心の強いグリューベルは異質。
ピンクのムクドリ(仮)は警戒心がやたら薄くて全然逃げないんだけど、想像以上にピヨピヨ声が響いてうるさいから、普段は使っていない。
使いやすさ次点の白黒逆転シジュウカラ(仮)なら街中でもいけそう。
…うん。グリューベル以外は正しい名前がわからないのだ。
鳥の図鑑なんて家にはないしな。
ムクドリやシジュウカラって言ってはみてるけど、実際、本当にこんなヤツらだったか自信はない。
ところで、特訓の結果、片目は無理でも何とか酔わずに飛ぶ鳥の目を使えるようになった。
今までは慣れるために部屋の中だけで行っていた練習だったけれど、そんなわけで、そろそろ大空へと羽ばたいてみようと思うのです。
行くぜ、行くぜ。
パタパタと翼を羽ばたかせるシジュウカラ
オーケー、こちら管制、ユーキャンフライ。
ベッドに横たわり、ボーッとした目でこちらを見る私が、サムズアップ。
自分の意志が反映されているだけなのに、他鳥の視界というだけで、なんて違和感。
サポートアイズは完全に私と連動している。
ぼんやりしている私をせめて昼寝に見せかけようと思ったのだけれど、目を閉じると何も見えない。
そういうわけで、鳥の目を使用している間は、すごく何も見てないお恥ずかしい顔になっている。
瞼の裏に映し出す機能であっても良かったのだよ…。
窓辺から飛び立った鳥は、簡単にうちの周囲を囲む塀を飛び越えた。
当たり前なのだが、普段私には出来ないことを軽々とやってのけた鳥に、何だかとても感動した。
街の方へと向かう馬車を見つけ、屋根の上に降り立つ。
視界だけが鳥のものである状態。
私はベッドに寝ているのだから…馬車の振動とか、そういうのはない。
もしかして感触を共有することも出来るのかしら…?
思いつきはしたけれど、もし馬車の屋根から転げたら危ないので、部屋に戻ってからの要調査にしよう。
感触共有してるのに、猫に襲われたりしたら、困るしな。
ごとごとと馬車の揺れに合わせて視界が上下する。
…ちょっと酔いそう。
気を紛らわせるために、今度は鳥の耳を借りてみることにした。
無声映画みたいに周りの音が聞こえないというのも、何だか慣れなくて怖い。
「…で、…、…ろう?」
ゴトゴト、ガタガタ。車輪の音にかき消されながらも、馬車内の声が拾えた。
「では、お土産を買ってきてくださる?」
「もちろん。髪飾りか、ネックレスか…君に似合う色の石が付いたものを選んでくるよ」
「うれしい!」
続いて、ちゅっと聞こえたリップ音。
ぎゃあ。馬車内デートでしたか、ごめんなさい。
若干動揺して、鳥さんに馬車の屋根の上でアタフタと足踏みをさせてしまう。
御者が気配に気付いたのかこちらを振り向いたので、慌てて鳥を羽ばたかせた。
相手は近い位置に野鳥がいたことには驚いたようだが、微笑ましそうに笑っただけだった。
飛び移った木の枝の上で、一休み。
さわさわと葉擦れの音が振ってくる。木漏れ日が気持ちいい。
ピチュチュン、と後ろで声がした。
振り向くと同じような鳥が首を傾げながら近づいてくる。
…アリといい鳥といい、なぜそんなにもサポート君に近付いてくるのか。
やっぱりナマモノじゃないから、野生の同種から見ると違和感があるのかな。
あっ、やめて! 変な虫を持って寄って来ないで!
私は猛ダッシュで逃げ…るように指示した。
つまりサポート鳥は、実に鳥らしくなく枝の上をてててーっと駆けた。
そして足場を失った。
てぇい、フライングバードォォ!
そんな気合を入れなくたって飛べるだろうけど、動転しすぎて翼がもつれる気がする。
野鳥は追いかけては来なかった。
もしかしたらあの木に巣があったのかもしれないな…。
パッサパッサと小さな翼で街へ向かう。
特に街に用事があるわけじゃないけれど、例えば裏道の変わった露店や職人街の内部なんかの普段入れない場所が見てみたい。
お願いしても、治安が不確かな裏道にはアンディラートだって許可はくれない。
職人達の仕事だって、ふらふらした小娘に見せてくれたりはしない。
だけど何だって見ておいて損はないのだ。
色んな道具類が直接手に入れられなくても、観察さえ出来ればサポートで作り出せるしね。
私の世界はまだまだ狭い。
おうちと、街の一部や騎士見習い隊の修練場、そして幼馴染の家だけ。
ふと、ペチペチと頬を叩かれた感触。
何よ…クルクルと見渡しても、鳥の周囲に異常はない。
慌てて視覚聴覚を自分に戻した。
私だ! ほっぺペチペチされたの本体だ!
スッと部屋の天井が見えた。
続いて、私を覗き込む絶世の美女の姿。
「…お。おかあさま?」
「ああ、良かった。声をかけても反応がないのに、まばたきはするし…どこか具合が悪いの?」
心配そうな顔をしたお母様が、ふんわりと私の頭を撫でる。
お昼寝すると伝えて寝室に入ったのだし、使用人達は勝手に入って来ないからと油断していた。
「だいじょうぶ、です。ちょっとぼんやりしていたみたいで」
「…そう? やはり剣を習いに行くことが、身体に負担になっているのではない?」
うわっ、せっかく見習い隊に行かせてもらえたのに、やっぱりダメとか言われたら困る!
慌てて首を横に振る。
ブンブン振りたかったけど、堪えてフルフルと弱めに振る。
「本当に大丈夫です、お母様。それより、今日はお早いお帰りでしたのね」
いつも両親は夜にならないと帰ってこないのに、まさか夕方前に帰宅するとは思わず。
お母様は頬に手を当てて小さく首を傾げる。
その目にはまだ私を心配する色が残っていたけれど、私はニコニコと意識して笑って見せた。
「…ええ。急に早く帰れることになったものだから、オルタンシアと観劇にでも行ってみようかと思って」
「行きます」
具合が悪いなら無理をしないでと続ける母に、元気だからと押し返す。
わぁい、お母様とデートだ。
それに、貴重な外に出られる機会である。
鳥の目はまた日を改めて練習することにして、私とお母様はドレスを選びに部屋を移動した。
…ふと鳥がどうなっているかと確認したら、サポート鳥はワシっぽい鳥にガシッとされて連れ去られていた。
微妙な表情になってしまうのを何とか押し隠して、私はそっとサポートを解除した。
外敵、油断ならないのだな…。




