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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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139/303

とりあえず、一息つく。



 ドアの近くで所在なく立ち尽くす私。

 猫耳従業員が室内にあったセットでお茶を入れ始めた。

 お茶に「萌え萌えきゅーん」ってやってみてくれないかな。猫耳メイド…ではないのか。猫顔の性別は相変わらず見分けにくいが、服は男物だ。


「どうぞおかけ下さい。私は銀の杖商会の会長をしております、アグストと申します。フランさんでよろしかったですかな」


「はい。ラッシュの幼馴染みのフランと申します。はじめまして」


「絵師でいらっしゃるそうで。以前にうちの支店に絵をお売りいただきましたが、まさか、あの迫力のある魔獣の絵を描かれたのが女性とは思いもよりませんでした」


「えっ?」


 ぱっとアンディラートを見たが、彼も驚いたようにこちらを見ていた。

 開幕性別バレするようなことしたっけ?

 アグストさんとやらは、私達の様子に苦笑していた。


「先日、髪飾りをフランさんにプレゼントしていたと聞いてそう思ったのですが…」


 あ、あぁ。

 買い物をしておいて、「なんで知っているのか」も何もない。フランが女装趣味とか考えるより、普通に女だって考えるのね。そんなもんなのか。


 それにしても支店に絵を売ってたか。そういえば…あの「何でも取り寄せられるよ!」みたいなことを言っていたのは銀の杖商会だったかも。本店の品揃えを見れば納得だ。


「…ごめんなさい。考えなしだった」


 気まずそうな顔をして、犯人のラッシュさんはぺこりんとこちらに頭を下げた。

 いやいや。私も止めなかったのだし、嬉しかったので全く問題はないです。


「内緒だったのですね、申し訳ございません。女性の1人旅とあれば当然のことです。私どもはラッシュさんに返しきれない恩のある身、決して口外しないのでご安心下さい」


「…また恩などと。もう気にしないでほしいと言っているのに…」


 どうやら天使がまた無意識に誰かを救っていたようだ。そういう存在なのだから仕方がないよね。天使だもの。

 そして私の性別など、ご機嫌が直ったのなら些細なことだよ。怒りが散ったのならば、積極的に有耶無耶にしていく所存。

 そんなわけで、私はサッと被っていたフードを肩に落とした。


「ならば隠し立てする必要もありませんね。改めまして、よろしくお願いします」


 愛想笑い、全開フラーッシュ!


 …せっかくニッコリしてみたのに。

 なんで全員固まったのだ。


 フード内で随分無表情でいたから、うまく可愛い笑顔が作れなかったのかな?

 まかり間違ってニヒルな笑みになった? …やだ…まさかニッコリは擬音だけで、表情筋はピクリとも仕事してなくて、笑顔どころかゴルゴ並みの渋顔になってた…とか…?


 ひいぃ。お母様似の美少女なのに、表情筋が一大事である。

 今後は顔バレOKのアンディラートとリスターと商会ペアでリハビリしなくては。


 これからむっちむちの美女に育つ予定(ただの希望)なのに。どんなナイスバディの美女でも、表情がゴルゴじゃ台無しだ。


「…成程。ラッシュさんが心配して行方を探されるわけですな」


 そう言いながら、猫耳従業員の入れたお茶をササッとテーブルのこちらに配置する商会の偉い人。


「ア…ラッシュ、どうしたの」


「何でもない。…く、これじゃ駄目だ」


 隣で、モフモフとソファに置いてあったクッションに頭突きをかましている幼馴染み。

 そういやこないだも壁に頭突きしてたな。しばらく見ないうちに、妙な癖を…まさか従士隊で頭突きでも流行ったのだろうか。


 有り得るな。誰かが頭で瓦割りでもしようものなら、脳筋なうえに子供な従士達はすぐ真似するに違いない…いや、一応貴族の子らだから、それは親が止めるか…?

 オデコ痛めたら困るので、ラッシュさんには直ぐ様やめてほしいものである。


 その後、落ち着いたラッシュの大まかな説明により、我々が解呪薬を探していることがアグスト商会長に伝わった。


 …私はびっくりしたよ。

 きっと「言えない」や「ここは内緒だ」が出た説明になると内心ニヤニヤ待っていたのに、彼はつらりと嘘じゃないけど全部でもない説明をして見せたのだ。

 これが成長か…。ちょっと寂しい。


「客間はまだ幾つもございますから、お使い下さい。知り合いの医者も呼びますので、まず専門家に見てもらいましょう」


 軽い感じで恩人ラッシュさんの仲間達をも引き受ける商会長。

 懐が広いのか、それほどの恩を冒険者ラッシュが売ったのか。


 でもアイテムボックスにはベッドがないから、病み上がりなリスターをちゃんとした場所で休ませてあげられるのは助かる。

 一般の宿じゃないから、外に出なければ確実に敵対チームとカチ合わないというのも、ポイント高い。


「ラッシュのみならず、私と仲間まで受け入れて下さってありがとうございます」


 深々と礼をする。マジ助かる。


「私にできることがあれば、魔獣素材でも何でも取ってきますので言って下さいね」


 気軽に冒険者業を引き合いに出した途端、アグスト商会長の目がキラリと光った。

 素早くラッシュへの目配せが行われ、ハッとしたようにラッシュがこちらを見た。


「…何?」


 ちょっと緊張したようなその様子に、どえらい難題でも振られるのかとドキドキしつつ問う。何なのだい? もしかして…決闘の代闘士とか? いいよ、頑張る!


 しかし幼馴染みの口から発されたのは、何ということもない「絵を売ってあげてほしい。できればお安めに」という内容だ。

 やだもー、どんな無理難題かと思ったら、ただのお客さんではないですか。いらっしゃいませ。


 商人なのだ、多分他の人に売る。仕入値的なお話だろう。正直そんなに拘りはないし、宿代としてお渡ししても良いな。


「売り先は決まっているのですか? どのような系統の絵がよろしいのでしょう」


 肖像から魔獣までお描きしますぜ。

 客間をいただけたので、絵の具を乾かす場所を誤魔化す必要もない。余裕だ。


「…そうですね…フランさんの本気の絵というのがどんなものか、まず見てみたいのですが…さすがに見本というか、出来上がった絵はお持ちではないですよね」


 お持ちなのだな、これが。

 ただし本気の絵となると限られてくる。


「えー…魔法袋? みたいなものがあるので、見本は幾つかお出しできます。ただ、本気と言われますと、どのような…」


「あなたが、特に気に入っている絵を」


「気に入っている絵」


「ええ。ラッシュさんから、気に入って描いた絵は格別だとお伺いしました。もしや、手元にはお持ちでない?」


「いえ、幾ら積まれても売る気のないお気に入りの絵も、あり…ますけど…」


「ほう! ではそれを見せていただいてもよろしいですか?」


 …うーん…。


「どうした?」


 ついチラッと幼馴染みを見てしまい、疑問を抱かれた。「なんで出さないの?」という顔をされている。まずい。


「あ、ラッシュさんの絵なんですね」


 猫耳コノヤロー!

 あわっとしてしまう私に、無垢な幼馴染みは首を傾げ…次第にその眉間に皺が寄る。


「…お前、また、変な絵を…」


「へ、変じゃないよ! 殺伐とした世の中で束の間の癒しを求めただけ! だって君を描くの落ち着くんだもん!」


「人に見せられないような絵を…」


「描いてない! 見せられるけど、勝手に描いた絵だし君が怒ったら困るなぁって!」


 ラッシュさんに警戒されてる。

 こそっとその絵では猫耳やしっぽを付けたり半ズボンを穿いてないか確認された。

 やだなぁ、そんな絵を描いたことなんて…メッチャあったわ! で、でもスケッチ程度ですって。イヒリと笑うしかできぬ。

 しかも耳のいい獣人が聞こえたらしく、ちょっと笑ってた。うわぁん。


「ラッシュさん、ここはひとつどんな絵が出ても怒らないというお約束をいただいて。私は是非彼女の本気の絵というものを見せていただきたいのですよ」


 商会長の執り成しで、ちょっと眉が寄ったままながらも幼馴染みからの怒らないという確約が得られた。

 ならば、コレクション大開放である。


「あっ、じゃあ、まず一番のお気に入りはこれなんですけどー」


 もちろんファンタジー・プリンス羊付き。サッとマントの下から取り出すと、商会長が私を二度見した。


「あの、魔法袋みたいなの? 貴重なんで? いつでも肌身離さず持ち歩く感じです?」


「あ、ああ、そうなのですね」


 獣人がちょっとスンスンしているので多分あとから嘘だったよってバラされるのだろう。だが、だから何だね。私の荷物の全てを把握したいわけでもあるまい。


「これは…!」


「少し幼いラッシュさんですねぇ。可愛らしいです。羊飼ってたんですか?」


「いや。羊と一緒に寝たことはない…」


 獣人と幼馴染みは然したる反応ではないが、商会長が顔色を変えていた。


「癒しと安眠を全力で表したものです。見ているうちについ微笑んでいたならば、心の緊張を解くことに成功したと言えるでしょう。これを寝室に飾れば夢見が良くなることは間違いありません」


 あの、別にストーカーではないので、そんなに慄かないでいただけると…次の絵、出しづらい。


「これを、売っていただくことは…」


 と思ったら売買交渉だった。


「たまにこれに祈ってから寝ないと悪い夢を見る気がするので駄目です」


 それを売るなんてとんでもない!


 だけど顔色が変わったのは、もしかして…この商会長も癒しを求めてる…? そうよね、言わば社長、気苦労もあることでしょう。嫌な客に愛想笑いも疲れることでしょう。


 アンディラートの癒しパゥワーを察知したというのなら欲しがる気持ちも理解できる。やらんけどね。

 アンディラートに癒される会の同志として、私は商会長への親近感を抱いた。


「どうして俺の絵に祈るんだ」


「悪夢を見ないためのおまじないだよ。君がいれば安眠は間違いないんだから」


「…、…ああ…。そんなこともあったな。そうか、それでか…」


 どこか寂しげに笑んだ顔が、ちょっと大人びている。…絵にはなるけれど、寂しげなアンディラートなんて可哀想で描けないな。


「これは駄目だけど…ほら、こっちもなかなかの出来映えだと自負していますよ」


 そう、どうせなら凛々しいほうがいい。

 取り出しましたるは「アンディラートと動物シリーズ」のお気に入り第2位。鷹とアンディラートだ。砂漠を背景にちょっとアラブ風な服、差し出した腕に降りんとする鷹を見上げた、凛々しめの表情の絵である。


「おお…これも質感が素晴らしい。灼熱を感じる陽光が見事です」


「わあ、かっこいいです。やはりちょっと幼いラッシュさんなのですね。異国情緒がすごい。見たことのない民俗衣装ですね」


「背景、ずっと砂なのか? 手抜き?」


 手抜きじゃないよ! 頑張って濃淡付けて、たまに点々も描いてるでしょ!


「砂漠だよ、なかなか植物も生えないってくらい暑くて乾燥した砂地。布を被っていないと倒れちゃうくらい日差しが暑くてきついんだって。見渡す限りどこまでも砂で、そんな中にぽつんと湖なんかがあって、そこに集落ができるらしい…って何かの本で読んだ」


 そういえば、砂漠ってこの大陸にあるのかしら?

 南国のトリティニアですら聞いたことがないから、もしかして海外になるのかな。

 ま、いっか。大陸の開発が進めば、未開地のどこかに砂漠もあるかもしれないしね。適当に誤魔化す。


「背景もわくわくしますねぇ。先程のは駄目ということは、もしや、この絵はお譲りいただけるのですか?」


「アンディいぃぃラッシュぅ、が、いいって言ったらお譲りしてもいいです」


 うわぁ、名前ェ。やっちまった。

 ごめんよ、アンディラート。しかし商会長は大人の対応で私のミスを聞かなかったことにしてくれていた。さすが商人。


「ラッシュさん、よろしいですか」


「…うん、まあ…構わない…」


 俺の絵を飾るの?という疑問がまるまる顔に出ている素直な幼馴染みである。

 飾って下さい。そして癒されるがいい。


 私は朗らかな笑みで商会長へ絵を差し出した。同志の元で幸せになるのだよ、鷹匠。


「では、こちらは如何程で」


「あげます。見本に使うのはいいですが、私もお気に入りなので大事にして下さいね」


「…お…おぉ…」


 驚愕の顔をされた。

 しかしそんな商会長の様子とにこやかな私を見て、幼馴染みは予想通りだという表情で頷くのであった。


 他にも幾つか見せたところ、ファンタジー・プリンスの肖像(偉そうな椅子掛け)も貰われていった。ちょっと偉そうになりすぎたので、小生意気さを新鮮に感じつつも、実はお気に入りではない品。

 描いてるときは「有り!」とか盛り上がってて楽しかったのだけど、後で正気に戻ると、コレあんまり癒しじゃないなぁって。


 獣人が「王子様だ!」と連呼したので、うちの子はそういう王子様じゃないんで…と、ちょっと居たたまれなかったが、テーマがそもそも王子様だから仕方ないよね。

 どこにも紋章の偽造や王冠などの王族詐称疑惑となるものはなかったので、アンディラートにも許された。


「あ、それとは別に商会で買い取りをお願いしたいのですけれど。静物画と風景画」


 ついでに売却用の絵を幾つか出すと、皆して苦笑していた。

 ノリノリの時とそうでないときは、やっぱりそれなりに出来が違うみたいだ。説明に入る熱も全然違うしね。


 テヴェル護衛後期は絵を描く気力もなかったが、前期のストレス発散用の絵が幾つか商会への売却分として買い取られていった。


 商会長は、リスターのために知り合いのお医者様を手配してくれるという。

 私達もリスターを連れてくるということで一旦解散となった。


 お借りした客間にリスターを取り出すと異様なのはわかっているので、ちょっぴり間を置いてから連れてきたことにしなくては。


 ついでに前の宿の部屋がどうなっているか調べて、まだ借りられているようなら引き払ってもらうよう、街の子供にお使いを頼むことにする。


 こちらに後ろ暗いところがないので、お使いっ子は衛兵を通せば簡単に見つかる。

 大きな街には案外こういう子供がいるから便利よね。

 衛兵詰め所で希望を書けば、裏の広場で遊びつつもチャンスがあれば軽く稼ぎたいって子にマッチングしてもらえる。


 街の外に出ない安全なお使いは、小遣いを稼ぎたい子供と、無茶をさせたくない大人の思惑が絡んだ絶妙なシステムだ。衛兵の仲介で悪い人も寄って来ず、なお安心。


 そんなシステムを知っていたことに、アンディラートから向けられる視線が物言いたげ。

 素直に、たまに屋敷から鳥を飛ばして街を見ていたことを白状しました。


 宿には既に如月さんとテヴェルはおらず、私の部屋は向こう一週間先払いがされていた。

 荷物は全部アイテムボックスで持ち歩くタイプなので置き去りにしたものはありません。

 依頼通り子供はチェックアウトしてきてくれたようだ。返金差額は如月さんからのお小遣いとして子供に差し上げる。


 ちなみに…「城都周辺のダンジョンはちょっと荷が重かったので、少し初心者向けなところから攻めてみる予定…都合がついたら是非合流してよ☆」というテヴェルからの伝言が添えられていたという。


 …テヴェル、如月さんからどういう説明されてんだろ…。脳天気すぎて、不気味。



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