ぷりんす、バレた!
辛気臭いと叱られても、ぶっさぶっさと頬に指を刺されても、だだ下がりのテンションは簡単には上向かない。
斜め前辺りで座っているアンディラートも、無抵抗で頬をぶっさぶっさされている私を戸惑うように見るばかり。
つまりこの美少女の顔に、遠慮なく指を突き立ててくるのは、リスターだ。
当然だ。紳士な天使がこんな無体をはたらくわけがない。
というか本当に結構容赦ない強さなのだが、身体強化様の加護がある丈夫なほっぺたはダメージを受けておりません。
「これだけ動けば十分だろうが。あ?」
その証明に刺していたのかい…。
でもね、仲間を傷物にしたという事実は私の心に結構な重圧をかけておりますのよ。
生きていてくれて本当に良かった。
けれどリスターには、右手右足が動きづらいという後遺症が残ってしまったのだ。
本人は「呪いだと思う」と言う。そして「呪いを解くには解呪薬が必要だ」とも。
崖で早贄されていたリスターの、大きな怪我の位置は右肩だったので、なんで足まで動きづらいのか正直よくわからない。
でも怪我なら私の回復魔法で治せたはずなので…うーん…やっぱり呪いなの?
でも、そもそも、呪いって何?
前世感覚で言う呪いならば、神父でもシャーマンでも霊能者でもいいけど、そういうオカルティズムの領域じゃないのか。
どう考えても、教会でお払いを受けるべき案件に思えるのだが、どうやらこの世界において、その考え方は異端らしい。
呪い、薬で治るんだって。
どの教会にもマジカルシスターがいるというわけではないし、神父はお払いもしない。ますます教会の存在意義がわからなくなる私だよ。
薬で治るんなら怪我か病気な気がする。動かしにくさというなら…麻痺っぽい? でも麻痺対策なら、腕輪でしてたしなぁ。
じゃあ病気なのかっていうと…呪いが?
実はこの世界の人間には認識できていないだけで、ウイルス的なものが引き起こしている説なのかしら?
…うーん。症状も全く動かないわけでなく、動きづらいだけってのもまた微妙で…。
薬師ギルドで尋ねたが、解呪薬を置く店の情報はなかった。一縷の望みをかけて現地調査を行うも、収穫はゼロ。
アンディラートと意気込んで薬屋を回ったが、解呪薬は全く置いていなかった。
時に冷やかし扱いされながら広い城都内の薬屋を余さず回った結果、どうやら特殊な素材を、特殊な技能を持つ薬屋が調合してできるものだということまではわかった。
詳細なレシピや技能については、ギルド員でない私達には教えられないと薬師ギルドは言う。企業秘密の壁だ。薬師としてギルド登録することもマジ検討し始める私。
そもそもギルドとしても、ここ何十年作れる技能を持つ薬師を聞いたことがないというのだ。薬屋ネットワークに上がらないのなら、きっと本当にいないのだろう。
詰んだ。
解呪薬の需要があったのは今から200年以上は前のことだという。その頃はダンジョンにて魔物に呪われることが稀にあったけれど、現代ではほとんどないので、薬も売れず徐々に廃れたらしい。
魔物に流行り廃りがあるとはね。
狩りつくして絶滅したなら、それも不思議なことではないのかな? …うーん…山野の獣が変質した魔獣でなく、ダンジョンの魔物なのに、絶滅ってするの?
調べるほどに疑問が尽きない。何なの、呪い。ある意味、オカルティック。
材料からして特殊だとは、聞いた。追うならそこだ。素材は特殊であればあるほど、薬師本人が採りに行くとは考えにくい。
きっと依頼を出しているだろうから冒険者ギルドの資料で探せば何かわかるかもしれないが…素材を手に入れたところで、薬師の特殊技能というのが一体何なのかねぇ。
リスターがダルそうに、毛布を敷いた床の上をゴロンゴロンしている。アイテムボックス内だというのに、まるで我が家のような寛ぎぶりだ。
彼が何を所持していたかは知らないが、なくした荷物については、とりあえずファントムさんの旅装用品で補償した。
一人暮らしの女性だって防犯に男物の洗濯物を干すのだ。私が紳士物を所持していても、気にすることではない。
そう思ったのは、私だけだったようだ。
外套からアンダーウェアまで、簡単に出てきた成人男子用セット。明らかに私のサイズではないそれに、「誰の物か」との疑惑の声が2名分飛んできた。
私が出したのだ、私の物だろうよ。
何を疑われているのかわからぬままに無罪を主張。ファントムさんは購入前に一部商品を試着はしたけれど、これらの実物は着て歩いてないから新品よ。
私の男装用ではないからって、色々持ってて何が悪い。子供から大人、SからLサイズを取り揃えたお手製の服を並べて胸を張り、疑惑を解いておく。裁縫は趣味じゃい。
リスターは替えパンツに微妙な顔をしていた。大丈夫、観察はしたけど未使用新品だよ。もし気に入らなければアンディラートにお使いを頼むと良い。私でも構わないが。
ちなみに渡したものは全てサポート用の見本だ、サポート製ではない。私が油断した途端にズボンが消えて、まいっちんぐしたりはしないので、安心してほしい。
男物パンツの必要性?
いや、ファントムさんがノーパンとか女子パンだと逆に困るのでは…。ゲームなんかのキャラメイク感覚で、上下ともアンダーウェアまでのテクスチャ作成。全裸にはなれない仕様です。
シャドウさんとは結局、大きなダメージを受ければ消えてしまうサポート製品なのだ。だからレイヤー式サポートを思いついた当初は、己のことを天才だと思ったものだ。
服や装備を別に作って重ねておけば、一部を破損したところでファントムさん本体が靄にならずに済むという目論見だった。
…うん。ファントムさんは、まいっちんぐするということですよね。落ち着いて考えたら、潔く本体が消えたほうがマシだよね。
目撃者への言い訳が、より思いつかない事態じゃないか。何だ、攻撃されたら服が消えていく男って。レベルの高い変態か。需要のないサービスか。「僕の考えた最強」どころか「こんなお兄ちゃんは嫌だ」じゃん。
閑話休題。
「…とはいえ、歩くのに足を少し引きずるでしょう。つまり、体力切れの時なんかと同じ速度でしか動けないってことで…」
「あー? 別に困んねぇだろ」
戦闘、困るじゃない。
…いや、リスターとしては魔法でザシュッとやる感じだからそんな困らないのか。
でも、ほら。魔法耐性のある「超リスの戦い」を思い返せば、逃げるとき困る…私のアイテムボックスに匿えばいいって? いや、もう色々バレたし匿うのはいいけどさぁ。
アンディラートと薬屋を回ったあと、再度アイテムボックスにて、療養中のリスターを交えた会議中なのですが。魔法使いのやる気のなさがすごい。
「…絶対困ると、思うんだけどな…」
少なくとも、バッドステータスが付いたままのリスターを戦闘に出せるわけがない。
そして戦闘できないということは、冒険者という職業にとって致命的だ。私は今後リスターが糧を得る手段を奪ったに等しいのだ。もう養うしかない。
成人したばかりなのに…年上の養子、か…。お父様、こんなでっかい孫ができても許してくれるかしら。
溜息をついた私の頬に、ぷすりと柔らかく何かが刺さった。なんだ、またリスターか。
さっきと比べるとまるで女の子を扱うように随分と優し…い? 目を遣ると、真剣な顔をしたアンディラート…えっ、天使がヤンキーの影響を…?
己の意思とは無関係に、徐々に目が大きく開いてしまう。
内心でガクブルした私に、しかし頬を染めたアンディラートは素早く手を離して俯く。ここで赤面するのか。相変わらず、何に照れているのかわからぬ。
そんなシャイボーイが言った。
「俺は今、銀の杖商会に世話になっている。大きな商会だ。何か解呪に関する心当たりがないか、聞いてきたいと思う」
成程。商人ならば、どこかの倉に死蔵されている薬を探すこともできるかもしれない。
この際200年物の熟成された薬でも、試さないよりはマシだ。言い値で払おう。手持ちが足りなかったら絵を描きつつ絵の具の乾く間に冒険者業をして、稼いでくれるわ。
本調子でないリスターを床に転がしたまま、私とアンディラートはグレンシア城都の路地裏へと戻ることになった。
アイテムボックスで会議をしているのは、適当な店でだべっているところを、万が一にも敵対チームに捕獲されたくないという思いからだ。解呪方法を手に入れてからでなければ、彼らと接点を持つわけにはいかない。
如月さんが謎の呪いを放ってくるというのであれば尚のこと、対策もなしに幼馴染みを近付けたくはない。アンディラートまでそうなった場合の、私の発狂ぶりは想像可能域を超える。
偶然のカチ合いを警戒しつつ、私達は銀の杖商会へと向かった。
こちらも、まるでご自宅のように慣れた様子で従業員用らしき裏口を使うアンディラート…基、ラッシュさん。そして「お帰りなさいませ、ラッシュ様」なんて言う従業員達。
何なの、ここ別宅? それともメイドカフェ?
会釈しつつ彼の後ろにくっついて通り過ぎる私の動揺は、フードに阻まれて伝わっていないはず。
ふと、廊下の向こうから現れた1人の従業員に目を引かれた。
「ラッシュさん、お帰りなさい!」
「ハティ、戻っていたのか。ということは、商会長もお戻りか?」
「はい! 今ちょっと打ち合わせ中です」
猫耳、猫顔、猫しっぽ。
そう、山の民だ。
へえぇ…グレンシアは獣人でも普通に働いたりできるんだ。いいね、差別とかない国なのかしら。
エルミーミィも引っ越してくればいいのでは。そんなことを考えていると、猫耳っ子はアンディラー…ッシュの横を抜けて私の前で足を止めた。
…ん?
え、何。ふんすふんすしてる。
思わずフードの端を引っ張って顔をガードしつつ、ぐるぐる私の周囲を回りながらニオイを嗅ぐ獣人にドン引く。
嘘よ。臭いはずない。絶対絶対、ない。
冷汗が滲んできたが、ここで汗をアイテムボックスにしまったら負けな気がする。
魚なんて食べてない。マタタビも持ってないにゃ。ふんすふんすを、やめるにゃー。
思わず助けを求めて幼馴染みへと手を伸ばしかける。
「ハティ、よせ。怪しい者じゃない、俺が探していた幼馴染みだ」
ヘルプに気付き、素早く私を背に庇って、獣人を遮る冒険者ラッシュ。
大丈夫よね? 万が一臭かったら幼馴染みがきっと教えてくれ…るわけないわ、女の子に対して臭いとか言うわけないわ。
思わずそっと袖口を鼻先へ。
…うん…お外のニオイがする…。
残念。これ、クサイ判定だね。
でも一日中、外を駆け回った外套だもの。埃っぽいニオイくらいするよね!
自己弁護しつつも、何となく傷ついた。
そっとニオイと汚れをアイテムボックスへ。
アイテムボックス内にはリスターがいるけれど、こういうもの専門の汚部屋は居住区からは行けない。埋めるまでは完全に孤立させて、他のものと接点がないようにしている。
もう臭くないもん。ふんだ。
「王子様」
呟かれた言葉に、私は動きを止めた。
…え…。
山の民。王子様。
まさか。ファンタジープリンスのこと?
それは決して、幼馴染みにバレてはいけない、秘密のワード。
「…ちょ、ちょっと…」
いやいや、君、そんな。
どこから仕入れたその情報。猫の耳は地獄耳なの?
「エルミーミィの荷物と同じ匂い。やっぱり、ラッシュさんは王子様なんだ」
「だから俺は王子じゃ…」
「ぁわーっ!」
獣人の言葉を遮ろうと両手をアタフタする私に、ラッシュさんの目が細まった。
「…オル…、フラン?」
「あふん。な、何でもないよ、何もない」
「…何か心当たりがあるんだな?」
「いやいやいや、あははは」
ゆっくりと私の前で片膝を付いて、そのまま見上げてきたラッシュ君。
ぴたりと合わされた目に、口を噤む。
私のフードを剥いだりはせず、自分の位置をそっと下げて目を合わせるという安定の紳士ぶりめ。
お膝汚れるから立ってよー。
「聞こう。王族詐称はさすがに困る。お前が何かをやったのか?」
じっとこちらを射抜く瞳の、曇りのないことと言ったら。
おお、己の薄汚さが辛い。
「…私が…やりました…つい出来心で…」
自白する以外の選択肢が、この私にあっただろうか。
両手首を揃えて、神妙に差し出してしまうが、幼馴染みには特に伝わらなかった。お縄、頂戴できず。
「どこで何をやってきたんだ」
「…山の民の集落で、仲良くなった子に頼まれて、君の絵を描いて置いてきました」
「…俺の、絵?」
そうだよね、意味がわからないよね。
「君のことを王子様みたいだって言うから、王子様っぽい肖像を描いたの。私もこれは有りだなと、ノリノリで描いてしまって。自分でも手放すのが惜しいくらいの、渾身の出来映えでした…すごく楽しかった、悔いはない…でもバレたら怒られるとは思ってた。ごめんなさい。もちろん現実の王子様を考えたら、君のほうがずっと格好いいよ。だから身分詐称じゃないよ。君はいつでも物語の騎士様のようだけど、今回は物語の王子様になっただけ。女の子の憧れを絵に描いただけだよ」
ちょっと困った顔をして、ちょっと頬を染めたりして…おや、これはもしかしてあんまり怒ってないかな? 大丈夫かな?
いや、違うな。段々赤面と困惑を強めているところからして、単純に理解が追いついてないのだね。
そりゃ、そうだよ。どう考えたって知らない間に自分の絵が遣り取りされてたら気持ち悪いに決まってるよ。悪いことをした。
「…な…、…ぅ…」
何か言おうとした幼馴染みは、顔の赤みを強くすると、大きな溜息と共にがっくりと項垂れた。
怒りが一周回って声も出ない、とか?
「あの、あのね、色々あってねっ」
崩れ落ちるように、ラッシュ君の前に両膝を付く私。
いやあぁ、ぷいってされた、目を合わせてくれなくなったあぁっ。
「やはりあれは、ラッシュさんの絵だったんですね? そうですよねっ」
頭上から、念を押すような山の民の言葉。隠し立てすることは不可能だと理解する。
「…はい。でも、裁判官、聞いて下さい! どうしても必要なことだったんです。どうか情状酌量をっ」
即行で同志を売る決断をする私。
エルミーミィは犠牲になったのだ。
借りパクや盗賊まがいのとこは可哀想だから黙っとくとしても、幼馴染みに許しを請うため、彼女が清く正しく生きるために必要であったことは伝えようっ。
「裁判官ではないですが、楽しそうなので是非聞きます。詳細はわかりませんでしたが、エルミーミィの王子様に祈ると健やかに成長できると、たくさんの母親が幼子を連れて礼拝に来てました」
「うわっ、信者増えてた!」
そんな会話をしていると、廊下の先で扉が開いた。
「何の話をしているのかわからないけれど、結構声が響いてますよ。…そんなところで座ってないで、こちらへお入り下さい」
すくっと立ち上がった幼馴染みが俯いたままスタスタそちらへ移動したので、慌てて私も追いかける。猫耳っ子は私達より早く室内に駆け込んでいた。さすがの獣人。
「ラッシュさん…」
「わかってる、変な顔になってる。すぐ戻すから、黙ってほしい」
「変と言いますか赤」
「黙っててほしい」
室内の男と何か会話をしたアンディラートは不機嫌の極みのようで、そこでもプイッと顔を背けていた。
おお…彼があのような反抗期の少年的動作を。これは土下座が必要かもしんない。




