ストレス知らず。
結局のところ、私の道中は変わらなかった。
馬車内でテヴェルに話しかけられ、フードの下で死んだ目をしながら明るい声を出す。
御者が悲鳴を上げたら外へ出ていって、雪からズボリと飛び出してくる狼やら兎やらを、堅実な戦い方で倒すお仕事。
商人達が毛皮などの素材を欲しがれば剥ぎ取り、そうでなければ討伐証明部位だけ取って軽く雪に埋め戻す。
まだ豪雪地帯だから丁寧に処理しなくても腐敗しにくいし、食料が乏しい野生動物が積極的に片付けてくれるらしい。食物連鎖。
商人さん達も荷物も無事だから、私の護衛は、まずまずの評価だった。
常に身体強化特盛りなんかして、異常に強いとか思われても良くないからね。
思っていたよりは強いが、ざらにいる腕前くらいに感じていただくのが目標です。
幸い、剣技も従士隊と幼馴染みのお陰で様にはなっているはずよ。
冬用馬車には謎の連携機能がついている。
単体では「ないよりマシ」程度の魔物除けや防寒設備だが、近くに同様の馬車が増えると設備が共鳴して機能を増幅するのらしい。
走っている間はそこまで馬車同士を近付けられないから、魔物除け機能が薄い効果しかない。
護衛はどうしても必要になる。
夜は馬車を何台も並べて壁を作り、その内側にテントを張ると寒さも緩和され、一般的な魔獣には襲われずに済むという。
見張りは一応立てるが、何せ魔物除けの範囲内。
もしも寄ってきたとしたら魔物除けに耐える強い魔獣なのは確定であり、夜闇の中で目視できる地点まで近付かれては、逃げきることも難しい。
余程腕の立つ護衛を連れているのでない限り、全滅も覚悟のうえ。
商人さんの冬の旅路とはそういうものらしい。
しかし王侯貴族の馬車は超高価なので、魔物除けも防寒も単独でビシッと決まるうえ、護衛の馬車らに囲まれて更に機能が増幅し、より安全で快適な旅となるとか。
まぁね、他国や他領との話合いを「道中危ないんで春まで待って下さい」とか言えないものね。
…最先端のお高い冬用馬車。きっとうちの国の魔物除けより効果あるってことよね。
欲しいな。それがあったら、お母様だって無事だったかもしれない…せめてお父様には安全に過ごしていただきたいし、買いたい。
ゴリゴリと削られた精神は、夜、就寝のためにマイテントに入って回復する。
ただし、以前ならば家宝の癒し絵を取り出して祈っていたが、今はそうではない。
テントにオルタンシャドウを仕掛け、侵入者対策に罠を張る。
誰かが入ってきたら、シャドウは私に警告を飛ばしつつ、暗闇で薄ボンヤリ光って、すすり泣くゴースト仕様です。
こんなことに使う日が来るなら、ブリッジ4足歩行は体得しておくべきだったのか。
それから私はこっそりとアイテムボックスへ入り…鍛練くらいしかやることがなくて可哀相な幼馴染みと、今日の出来事を語らうのであった。
妄想を描いた絵よりも、本物は抜群に精神を回復してくれるよ。
多分、存在するだけで、自律神経の乱れとかに効く何かが出てる。マイナスイオンかな。
ええ、アンディラートは、アイテムボックスに入れて運ぶことにしたのですよ。
外も見えない監禁状態で本当に申し訳ないとは思うのだけれど、引き受けた仕事中に依頼主に我儘を言うのはいけない、グレンシアに着くまでコレで平気だと本人が言うので、甘えました。
その代わり、グリューベルを1羽アイテムボックス内に残して何かの際に連絡が取り合えるようにすることと、少しでも危険を感じたら直ぐ様彼を取り出すことが条件です。
幼馴染みをアイテムボックスに詰め込んでの旅は幸いにも順調に進み、私達はここでもまっすぐ宿にチェックインをした。
この迷わなさ、やっぱり、商人さんには各街での行きつけの宿があるんだろうね。
悔しいが、またしてもお風呂はついていないのであった。おのれー。
どこでどう如月さんに繋がっているかわからないので、商人さんとは最低限の会話しかしていなかった。
しかしここでも宿に泊まるということは、目的地のグレンシアは取引先であって、この商人さん達の本拠地ではないようだ。
私とテヴェルは、まだ雇用関係を継続する。如月さんに引き渡すまで…そういう契約だから仕方がない。
そして、どうやら似たような契約は商人さん達もしているようなのだ。つまり商人の誰かが宿にいれば、私は出歩いてもよい。
護衛が1人だと対応しきれないことを前回で学んだので、誰かがテヴェルを見ていてくれればそれでいいということらしい。
…やっぱり過保護過ぎません?
テヴェルは魔獣の襲撃で疲れたから、夕食まで寝ると言って部屋に籠もった。
襲撃の間、テヴェルは安全な馬車内にいた。
何もしていなかったはずなのだが、一体何に疲れたというのだろうか。
自由時間は好都合なので、追求したりはしませんけれども。
もちろん夕食までに戻らないから、一緒にご飯食べたりもしないよ。
冒険者ギルドで雪狼の討伐を受け、手持ちの討伐部位は提出せずに門から外に出る。
もうじき暗くなるので、あまり奥には入らない方がいいとの忠告を門番から受けつつ、森へと向かった。
しばらく歩いて周囲に人がいないことを確認し、アイテムボックスからアンディラートを取り出す。
座り込んで干し肉を口に入れようとした姿で、きょとんとこちらを見られた。
「…あ、急にごめんね。人気のない場所に来れたものだから」
おやつ食べてるところだったのね。声をかけるべきでした。そうよね。
もっとプライベートな事態に遭遇することだって有り得るから、次はグリューベル越しに一声かけるようにしよう…。
「ん。もう外に出ていいのか? 雪がない…あれはグレンシア城都だな」
干し肉をくわえたアンディラートは立ち上がり、ちょっと首を傾げて周囲を見渡す。
「うん、アンディラートも門で手続きしなくちゃいけないでしょう。私は一回入ったけど、討伐依頼を受けて外に出てきたの」
もぐもぐと肉を噛み続けるアンディラート。
飲み込むまで喋らないのはわかっているので、そのまま続ける。
「だけど私、まだ護衛が終わってなくてね。保護者が迎えに来るまでテヴェルについてなくちゃいけないんだよね」
アンディラートが目を真ん丸にしてこちらを見た。まだ肉は飲み込めていない。
「それでこのあとどうしたらいいかなって相談もしたくて」
「…、テヴェルって、あのテヴェルか?」
「うん? うん、ピーマンのぅおっ」
近い近いっ。いや、そうでもない? 前より大きいから圧迫感を感じるだけかな?
そういえば、説明していなかったよ。
隠してたわけじゃない。護衛相手が誰かなんて、割とどうでもいいことだと思って。
…とても、怒られた。
どこかで落ち着いたら、説明が必要かどうかを私が判断して省くのではなく、今まで起きた出来事をきちんと語るという約束をして、ようやく許してもらえた。
先日の「ごろにゃん・お父様似事件」で有耶無耶になっていたが、アンディラートには「忘れられた姫君」についても説明した方がいいのだろうな…。
そんなことを考えていたら、アンディラートが真剣な顔で口を開いた。
「サトリに会ったとき、オルタンシアはテヴェルと会わない方がいいって言われたんだ」
「…サトリさんが?」
珍しい。
そんな忠告めいたことを言ったの? 転生者に直接伝えるのは駄目だけど、他の人を介しての忠告なら、ルール違反にはならないってことなのか。
…いや、でもそれ、結構グレーじゃないだろうか。サトリさん、上司に怒られたりしてないかな。
そしてなぜそうも王都周辺をウロウロしているの、サトリさん。何のお仕事なの。
トリティニア、大丈夫かな。サトリさんにウロウロされると、何か危機でもあるのかと不安。お父様を守りに馳せ参じたい。
「なぜテヴェルと会うと駄目なの?」
「…確か、オルタンシアが幸せになれない道が増えるというようなことを言っていたけど…意味、わかるか?」
「…あー…」
テヴェル、鳥肌が立つレベルでクズセンサーが反応しているからね。
そんな人物に関われば、私が幸せになれない道の一筋も見えてしまうのだろうな。
多分それは、飽くまで可能性の話だ。
たまたま電車で隣に座った人が、実は殺人鬼だったみたいな。通り魔に変じる可能性は内包すれど、相手の気を引きさえしなければ、大抵の人間はすれ違うだけで済む。
…私は気を引きやすいオチですね。
だから近寄らないほうがいいよ、と。
「何となくわかるかな。けれど「フランという男の冒険者」としてしか接していないから、今は多分平気…じゃないかと思うよ」
女だとバレると、芋づる式に忘れられた姫君の件がバレるかもしれないし、ハーレムに組み込もうとしてくるのかもしれない。彼は異性なら誰でもいいんだろうが、情報収集が終わらぬうちのトラブルは避けたいな。
どちらにせよ、望まぬ事態になる。引き続き性別は黙っていよう。
依頼を受けて出たのにあんまり早く戻って門番に怪しまれると困るので、少し時間を潰してから戻った。大都市だからいちいち人の顔なんて覚えていないとは思うけれど、入出記録は残る。念のためだ。
入都手続きを終えたアンディラートが、知り合いに到着の連絡をしたいと言うので、ついていくことに。
思いの外大きな商会に連れて行かれたので、ちょっとびっくりした。
ど…どこでそんな人脈を作っているのだい?
従士隊? …ああ、違うね、ラッシュさんて呼ばれてる。
銀の杖商会。…どこかで聞いたことがあるような、ないような…うーん。お店の名前なんてどれも似たようなものか。
私が戦いている間に、アンディラートは店員さんと難しい顔をしている。
どうやら目当ての人物は不在にしているらしく、何やら話し込む姿を横目に、私は店頭の商品を物色することにした。
正直、興味深い。
この世界は大体専門店というか、扱う品物が決まっている。そんな中で、よろず屋が如く手広い品揃え。ここ、一種のホームセンターではないですかね。
やだ、このシャンプー、いい香り。欲しい。店員さんは今幼馴染みの相手で忙しいので、改めて買いに来ようかな。
かと思えば武具の類いも。アンディラートにこの全身鎧を着せたら、テヴェルと会っても身バレせず平気なんじゃないだろうか。
あらまぁ、小間物なんかもございます。
私も女の子なんで、つい見ちゃいます。…嘘ついたよ、付けるより作ってみたいほうだよ。ダンジョンが多数あるせいか、あんまり目にしたことのない素材も多く見られる。
ここらのお強い魔物の素材は、何かしら持ち主に恩恵を与えるらしい。敏捷アップとか幸運アップとか書いてある。
えー、本当? そんなのあんまり聞いたことないけどな。私が知らないからって詐欺だなんて話にはならないが、魔物素材にそこまでの効果なんてある?
いや、むしろあれか、パワーストーン的な。それなら納得できるな。目についたものに何かと意味をつけたがるのが人間だよね。
「あ」
可愛い髪飾りだ。
へぇ、幸運アップなのか。この色合いなら恋愛運かと思ったわ。
紫とピンクの石が花を象る。まるで自分の瞳のような、その色合いに目を引かれて説明書きを読んだ。
魔銀の地金に金メッキ。紫はキラードールの魔石。ピンクはクォーツゴーレムの破片。何が幸運の要素なのかは書いていない。そこが知りたいというのに。
どちらも聞いたことのない魔物だが、ここらのダンジョンでは普通に出る魔物なのだろうか。特に叩き割れば全て素材になりそうなゴーレムさん、とても気になります。
手に取りかけたが、今は男子フランだったと思い出してやめた。
しかも現在短髪の私には、髪飾りなど無用の長物だったよ。残念。
そんなことを考えていたら、すっと隣から手が伸びた。
居たかい、他にお客さんっ?
内心大慌てで目を上げると、いつの間にか戻ってきていたアンディラートだった。
話合いは終わったのだろうか。口を開こうとする私の前で、彼の手が先程の髪飾りを掬い取る。
フードを目深く被ったままの私の、横髪辺りに添えた気配。
「…あー…、ラッシュさんや?」
これは男子に対する行動ではないので、ちょっとフランには困るのですが。
無言のアンディラートと、固まる私。
不意ににこっと笑われたので、私も反射的ににこっと返してしまう。
見上げていたので口許くらいは見えたのだろうか。
「似合ってる。買ってくるよ」
「あ」
素早く言い残したアンディラートは、止める間もなく髪飾りを持って、お会計に行ってしまった。
気持ちは嬉しいけれど、フードの上から似合うも何もないと思う。何を幻視したのよ。
それに髪は短いから似合わないし。そもそも、今は男子ロール中だから。
…などと否定的な言葉を脳内で並べ立てるも、私の口許は笑んだ形のまま、簡単には元に戻らないのであった。
いやぁ、癒し効果が凄い。
似合ってるってよ。大丈夫かな、あの子、赤面してないかい。
可愛いって言ってないからセーフなのかな?
カウンターで店員さんが目を丸くしていたので、フランは女装趣味があると思われたのかもしれない。困ったものですよ。
でもいいや、店員さんとは二度と会わないかもしれないし、幼馴染みの笑顔は尊い。




