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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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130/303

夜明けの道は、重なる。



 新しい朝がきた。

 迅速に身仕度を整えて宿を出る。

 食堂も始まったばかりのこの時間であれば、商人もテヴェルもまだ出て来るまい。

 冒険絵師の朝は早いのだよ。


 朝食セットのトレイではなく、パンを2個だけカウンター越しに貰って、サポート製の布に包む。サポート製品はいつだって清潔。そんな過信。

 お飲物? 水筒の水ですよ。

 コーヒーが欲しいけど、手間取ってる間に捕まるくらいなら水でいいね。


 用事がなければゆっくり食べたいのが本音。

 しかし前世庶民の冒険者なので、お外での食べ歩きに何の抵抗もない。

 令嬢としてはアウトなんだろうけど、柔軟性って大事よね。


「…雨だ」


 さっきまではただの曇り空だったのに、宿の扉を開けるとポツポツと降り出していて、外套の変更を余儀なくされる。

 雨避け用のシールド発生マントを上に着てから、元々着ていたマントをしまう。


 アイテムボックスを経由しての早着替えなので、万一誰かが陰から見ていたとしても、輪郭がブレた程度にしか見えまい。目の錯覚だと思うだろう。

 たまたま同じ色のマントで良かった。色違いだと間違い探しみたいね。


 依頼を受けられたら道中で、受けられなかったらその辺の公園的広場で朝ご飯にしようと思っていたのに、雨天中止。ガッカリ。

 どこで食べようかなぁ、なんて考えながら、開店早々の冒険者ギルドに乗り込みだ。


 ギルド内は閑散としている。

 雨のせいもあるだろうが、そもそも開店と同時に働くような勤勉な冒険者は少ない。

 なんせ彼ら、前夜に飲んだくれてるから。


 カウンターの受付嬢は、昨日とは違う。

 これはワンチャンありという奴ですね。


「おはようございます。すみません、絵師にもできそうな依頼はありますか?」


 カウンターに近付いてそう言った途端、受付嬢が顔を上げ、そのまま目を瞠った。


「…あの?」


 フード取れてないよね?

 美少女の登場に驚いちゃったわけではないはず。


 彼女の目は私を見ていない。

 見ているのは…私の、後ろ…?


 振り向けば、入口のドアが開いている。

 開け放たれた扉から、雨音だけがやけに大きく聞こえるホラー感。


 立ち尽くしているフードの冒険者…って、おおい、なんかこっちにズカズカ近寄ってきたよ。

 ブーツの底が固いのか装備が重いのか靴音が重低音で、待て、カウンターに用事なら今避けるって、勢いが怖ぁッ。


 下がろうとしたが、カウンターに腰がゴンと当たった。

 フランは逃げられない!


 そのままの勢いで、ぶつかるか殴られるのではないかと、思わず目をつぶって痛い顔をしてしまう。

 しかし、身を委ねようと思っていた、神回避の身体強化様は発動しない。

 痛かったりも、特にしない。


「………?」


 え、何、私関係なかった?

 恐る恐る目を開けるが、私の前に先程の冒険者は立っておらず…しかし、つつっと目を下げてみれば、そこには人が。


 …え? なんで、床に片膝付いてるの? 君、騎士か何か? そして私が主君とか?

 というか、目が合っている。

 そうね、下から見上げられたら、さすがにフードで顔が隠せない…って、いきなりの顔バレですか! 何なのですか、この人は!


 失礼な相手の顔を確認する。


 どこか必死な目をした、精悍な顔つきの冒険者だ。

 からかおうとか、嫌がらせしようという様子はない。

 つまり何か私に用事がある…それも名前ではなく、顔を確認したということは、私を見知っているということ?


 正直、顔見せはそんなにしてないはずだし、知り合いは少ない。こんな生真面目そうな冒険者のにーちゃんに見覚えは…んんー…?


 強いて言うなら、私の幼馴染から甘さと子供らしさを完全になくして。

 そうね、大きくなったら丁度こんな…感じに…え、一人っ子なはずなのに、お兄ちゃん?

 …ということはヴィスダード様、隠し子発覚…?


 困ったように唇を引き結んでいた相手は、私の表情が「ヒィッ、怖ッ」から「コレ、何事だろ?」に変わったのを見て、小さく安堵の息を漏らした。

 ええ、顔がフードに隠れないので筒抜けました。

 ヤツが側にいないので、油断して顔作ってませんでしたよ。

 相手に威嚇のつもりはなかったらしく、心底申し訳なさそうに口を開く。


「…すまない。怖がらせた、か?」


 オルタンシア、と。


 唇が声もなく、そう動くのを見た。

 無意識ではあったが、私にも、もう答えがわかっていたのだとは思う。


 私はゆっくりと手を伸ばした。

 跪く相手の頭部を覆うフードを、そっとその肩に落とす。


 赤茶色の髪に指を滑らせ、固まったままの相手の後頭部に触れた。

 …ちょっとパサつき気味なのは旅をしてきたからかしら。


 なでりこ、なでりこ。

 うむ、絶妙。

 これは完璧にアンディラートですわ。


 なでりこ、なでりこ。わしゃ、わしゃり。

 トリートメントしたいです。

 私の癒しがパッサパサだなんて、そんなそんな。

 でも家から持ってきたマイシャンプーも節約して使ってる状態だからなぁ。


 わりゃりこ、わしゃりこ。

 しかし、マジですかぁ。完全に大人になってしまわれているのですけれど。なんてことなのよ。

 癒しが。私の癒しが。プリティ・ユニバースが。

 私に順位を譲る気なの? 駄目よ、こんな勝ち方をしても嬉しくなんてない。


 再会の喜びと、癒し喪失危機の絶望。混沌満ち満ちる心の中、私は思考を放棄した。

 もう駄目だわ。成長が私の癒しを奪うなど。やはり、この世に神などおらぬ。

 天を呪いかけたその時。


「オル…フラン、あの、もうその辺で…。は、離してもらってもいいか…?」


 気付けば俯いたアンディラート(成体)は耳まで真っ赤であった。ちょっとプルプルしている。

 あらま、見た目は精悍に育ったというのに、相変わらず照れ屋なのか。ビッグなガタイに繊細なハートなのかい。


 …何それ、可愛い…。


 え、君、まだ可愛いの?

 こんなおっきいのに可愛さは失われていない、と?


 どう見ても、もう子供ではなく、冒険者のにーちゃんだ。

 なのに…そうか、赤面症のシャイボーイは健在なのか。

 そもそも彼の誠実さは成長で失われるようなものではないし、ぷにぷにほっぺと真ん丸おめめならば既に失われて久しい。


 赤茶の髪に乗せたままだった手を、2度ポンポンして離す。

 頬を染めたアンディラートが、ちらっと上目でこちらを見てきた。成程、これがプリティ・ユニバースの底力。


 彼の照れ姿は在りし日のままであった。素晴らしい。笑顔にならずにはいられない。

 我が癒し、未だここに有り。

 楽園は失われていなかったんや!


「アイム、ウィナー!」


「えっ、危ない!」


 思わず叫んで勢い良く五体投地…だが当然、身を以って受け止めるのがアンディラート。

 衝動のまま、ぎゅむぅと抱き締めてみるが、固い! 天使、鎧が固いですわ!

 …肩当てが頬に食い込むぜ…あと、アンディラートのマントね、とても濡れてるの。お湿り悲しい…じっとりする。


 ちょっと冷静になった。

 とりあえず、水気をアイテムボックスにインして乾かす。


「ねぇ、アンディラ…」


「パト・ラッシュだ」


 どうしてこんなところにいるのかと、近況を問おうとした私を、彼は遮った。


 …わんこが、何。

 言われた意味がわからずに身を離し、アンディラートの顔を見る。

 真っ赤ですね。

 目も潤んでいる…これは、うっかり絞めすぎて苦しかったのだろうな。ごめんなさい。ゴリラ系女子の抱擁に文句も言わず耐えたアンディラート、マジ大天使。


「あの、アンディ…」


「パト・ラッシュだ」


 二回目。頑なに、アンディラートとは呼ばせない気だな。

 私は、首を傾げた。

 世の中には、自分とよく似た人間が3人はいるという。


「…え、じゃあ別人…」


「本人だ」


「ですよね」


 儚い妄想であった。

 わかってたよ…わかってたさ、ふわふわのぬいぐるみみたいな、可愛いチビッ子アンディラートがもう存在しないなんてっ…。

 というか、私の目には変わらず可愛く映っていたけれど、時折気付くとすくすく育っていたよね。

 ヴィスダード様だって大きいのだから、アンディラートだって最終的にはこんなサイズにもなるよね。


 まぁ、いいじゃない? どうせアンディラートなら、ちょくちょく可愛いんでしょう。癒しは滅びぬ。何度でも甦るさ。

 ほぅれ、私の思考スライドに慣れきったその対応、そもそも君以外であろうはずがない。


 でも、私も何言ってんだって感じだけど、アンディラートも本当に何を言ってるの?

 パトラッシュとは犬の名だ。

 アンディラートは人間。決してイコールにはならない。


 言われている意味がどうしてもわからない私に、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。


「冒険者フラン・ダース。そうだな?」


「うん」


 確か…教会周辺で発生したからだったね、偽名設定イベントが。


「だから俺は冒険者パト・ラッシュだ」


「…うん?」


 パト・ラッシュ。パト…らぁっしゅ?

 昨日のラッシュって、君か!

 そりゃ真面目なはずだわ。紳士に決まってるわ。正体が天使だもの。


 だが、問題はそこじゃない。


「アンディ…」


「関連した名にした」


 ああ、わかった。お揃い癖のせいか。

 アンディラート、お揃い大好きだったものね。

 でも、その名前はいただけなかったよ。


「だからって、…君、あのね、その名が何モノであるか、君には教えたはずだよっ」


 ネルロ君と間違えてしまったのだろうか。

 私、彼を傷付けずに「それ、ワンコのことですよ」って言えるかな!?

 なんというハードルの高さかと悩む私に、いとも簡単にアンディラートは頷いた。


「ああ。フラン・ダースの犬だ」


「アンディラーッシュ!」


「パト・ラッシュと呼んでほしい」


 呼べるかあぁ!


「そもそも、フランは一度も話に出てこなかったから関係がよくわからなかった」


 そうね、地名ですものね!

 なんてこと! 犬って言うたよ、この子! 存じておりますってよ!?

 私には幼馴染を犬扱いする趣味はないよ!


「改名しよう。早急に。可及的速やかに」


「余程の理由がないとそういうことはできないし、特に必要はない。俺はラッシュとしてここまで活動してきた」


 いいって言った!

 犬でいいって。このままではアンディラートは私の犬ってことになってしまう! うわあぁん!


 猫ならいいのかって? いや、犬耳もいいわ!

 ウサギは無しだが、クマは有りだな。もっふるもっふる。

 違う、そういうことじゃない!


「君はヒトでしょ! なんだい、犬って! 誰だ、君に世間の汚さを教えた奴は!」


「世間の汚さ…? 汚さか…。…お前…」


 私か! 私なのか!

 しかし有りえる!


「…の、父上だろうな」


「お父様ぁッ!」


 悲鳴を上げ、私はその場に膝を付いた。

 お父様が、お父様が天使に世の汚さをぉ。


「オル、フラン!」


「…絶望した。神など、この世に神などおらぬ…救いなど用意されてはいないんだ。終末を告げるラッパが吹き鳴らされたなら、私は天界の軍勢に抗ってみせる…ただしチートで。アイテムボックスに天使詰め放題。魔道具さんでコキュートスもあるよ。あれ、つまり、私サタン? 今、貴方の後ろにいるの?」


「えぇ? あぁ、えっと…?」


 落ち着け私、鎮まりたまえ?(大混乱)

 そうよ、至高の両親に不手際などありはしない、お父様が私のためにならないようなことをすると思うてか?


 か、考えるのよ、オルタンシア。

 お父様が無意味なことなどするはずがない。何かとっても必要な事態があったのだわ。天使の足を、何としても地に付けねばならぬようなことがっ。


 アンディラートが唐突に、震える私の両手を、ガッと掴んで引き寄せた。

 驚いてアンディラートに意識が向く。

 私は平気だけど、その力強さ、普通の令嬢は手が潰れるよ?


「せ、世間の汚さではなかったかもしれない。そう、旅の間に騙されたりしないよう、もう少し気を配るようにとっ…」


「騙され…たり…、そ、そうだよね、君は純粋培養だからねっ」


「…ジュ…?」


 苦渋の決断で、悪い人もいるのよって教えたのよね、そうよね、お父様!

 ようやく正気に戻って立ち上がった私の目に映ったのは、カウンターの真ん前で意味のわからぬドタバタ劇を見せつけられ、死んだ魚の目をした受付嬢の姿であった。


 ご近所迷惑、でしたね。

 しかし積もる話は盛り盛りだ。我々には落ち着いて話せる場所が必要である。


「えっと、うるさくしてごめんなさい。色々と込み入った話もあるから、どこかで座って話そうか」


 アンディラートに振ると、彼も頷いた。

 ついでに朝ご飯に持ってきたパンを食べたい。私の部屋では同行者の突撃訪問があるかもしれないから、戻りたくない。

 そう伝えると、彼は自分の泊まっている宿を提案した。

 了承し、移動を開始することにする。


 受付嬢がいるというのに、全然フラン演技ができていなかった。猛省である。

 他の冒険者達が集まっている時間帯でなくて良かった。





 …その後、風の噂で冒険者ギルドでは「オルフラン」と「アンディラッシュ」が本名だと思われていることを知った。

 …混ざっとる…。



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