精神的疲労(ハチャメチャ)が押し寄せてくる
耐毒、耐麻痺、耐魅了。
無意味に大量製作した御守りパーツ達が、役に立つ日がやってきた。
…うん。マントに縫い付けるのにもっと小さいほうが、いやいやこっちは大きめに、とかやってたら無駄に在庫が増えたよね。
マントは完成しているが、近くに特徴的なものを見せたくない人がいるので、まだ着用はしていない。
私はまだまだある各種紋様の彫られた大蛇の鱗を、細い鎖を編んで繋ぎ合わせ、リスターに御守りの腕輪を作って持たせた。
そこにサポートで一手間小細工を込めて、いざというときに対応できる手段を整えた…つもりだが、実際に役に立つかは、ちょっとわからない。
サポートを出したまま、どれくらいの距離を離れて平気なのかデータがないからだ。
鱗と鎖でできた腕輪を、リスターは「左手がシャラシャラうるせぇ」と笑っていた。
でも、サポートは飾りの輪の一つに化けているので。
そこならうっかり消えても支障ないはずだしさ。
元々は女子用の装飾品デザインを考えていて出来たものだとはとても言えない。
しゃらしゃらでも許して下さいな。
いつかカッコイイのが思いついたら、お父様とアンディラートの分も作り直したいな。
すっかり細工には慣れたから、今ならもっと上手に作れるはずだもの。
如月さんはリスターの同行を渋ったが、最終的にはそれでテヴェルの護衛を引き受けてくれるのならと折れた。
ただし、ついて来れなければ置いていくわと優雅に笑んだので、即行で撒く気満々なのかも知れない。リスターの持久力が試されています。
余談だが報酬についての交渉テーブルについた際、如月さんはリスターと顔を合わせた途端に嫌な顔をしたので、既に水面下の心理戦が行われている可能性がある。
好戦的な魔法使いには、挑発行為は慎んでほしいところ。
現実逃避をしていたら、休憩で馬車を離れていたテヴェルが戻って来た。
「はー、スッキリしたよー」
要らぬ報告だ。
舌打ちせぬよう、徐にオルタンシアをしまい込む私。
しかしテヴェルは「飯取りに来いよー」と他の馬車メンバーに呼ばれて離れていったので、オルタンシア解放。
溜息を堪える。
わかっていたことだった。やると決めたのも自分だ。
でもね、すっごい癒しが足りないの。
寝るための個人テント以外、一日のほとんど素の人格が監禁されているのですもの。
我が奥義たるマスケラ・ディ・ヴェトロ、深部からのフル稼働ですわよ。
ここ最近は素バレ注意とわかっていながら、ちょいちょいこういう合間で自分を解放しているけれど。
ボロが出ないように完璧な状態を演じようと思ったが、負荷が酷い。
如月さんがいなかったら、ここまでやんなくても大丈夫なのかなぁ。
だって、なんかね…もうフランという幻が本当の私のような気すらしてきた。
私の前世って常に酷く精神が疲れていたような気がするのだけれど、もしかして奥義の使いすぎで心を病みかけていたのかしら。
ギヤマン面が顔から取れないとか、通気性悪すぎだもんね。ムレムレンシア。
そんなわけで、毎夜安眠を求めてマイ家宝たるファンタジー・プリンス画に祈りを捧げてしまう私を一体誰が責められようか。
社会の陰でひっそりと存続しているとか、さすがカルト。
でも審判のときが訪れたなら、多分大体断罪せず、癒して幸せにしてくれるよ。
癒しの大天使アンディラート教、信者は現在2名。(猫耳はオプション)
布教したら怒られそうだから、信者が増やせない珍しい宗教です。
皆、自発的に彼の尊さに気付いてほしいものよな…。
あ。これが「目覚めよ」ってヤツ?
汁物の入った碗を両手で持ち、慎重に歩を進めるテヴェルの姿が目に入ったので、私は盛り上がっていたオルタンシアを再度しまい込んだ。
テヴェルだけ誤魔化せても駄目だよね、馬車の人達が如月さんに情報を流していないとは言い切れない。
なぜか私の隣に腰を下ろして、碗の中身をすすり込んだ護衛対象は、眉を寄せて呟く。
「…なんで、この世界の飯って美味くないのかねぇ。そう思わん?」
「冒険者の世界ってこと? そりゃ旅の間は仕方ないよ。日持ちが第一だ」
固いパンも、塩気のきつい保存食も、腐って食べられないよりはマシなのだから。
「むんん、保存食チートも定番かぁ、俺も何か出来ないかなー。なぁ、そろそろ野菜出せるからさ、フランが料理してくんない?」
「私がしても大差ないと思うけど。それに、依頼は食事付きのはずだった」
「ごめんて。終わったら、ボーナス出すように如月に頼むからさ。たまには塩味じゃないスープや焦げてない飯が食いたいよぅ」
「…手持ちに何かがあれば具も増えるが、味付け自体は私も基本、塩なんだがね?」
たまにリスターとテヴェルを加えた3人パーティで狩りや採集の依頼を受けたから、彼は私の作る食事を食べたことがあった。
冒険者は依頼中にあまり手の込んだ料理をしない。
私とて、テヴェルにはなるべく工程を省いた簡素な料理を出してきたはずだ。
しかしながら拝み倒されて、結局明日の食事は私が作ることになった。
テヴェルは何日かに1回くらいのペースで野菜を提供している。
彼は容量小さめながらも魔法の袋を持っていて、「キサラギさんからの愛の籠ったプレゼント」であるというそれは、隠された彼の能力とやらと相性がいいらしい。
ちなみに魔法の袋はダンジョン産出品なので、市場に出回る数や質は限られるが、大きな商会などで時折購入が可能だそうだ。
いつか見かけることがあったら、私も購入してみようかな。
「テヴェルはダンジョンに入るために、グレンシアへ行くの?」
「あー、まあ一応ダンジョンも行くけど。そうだな、修行のためみたいな感じ?」
へぇ。修行かぁ。
殊更にゆっくりと干し肉の欠片を噛み締めながら、問いかける。
「なんだ。前にお姫様がどうとか言っていたけれど、グレンシアにお姫様がいるわけじゃなかったんだね」
テヴェルが少し眉を寄せた。
私は、言葉を続ける。
「とても興味深い話だったから、進展があればまた教えてよ」
「フラン。お前…」
真剣な声音。
何か警戒されたか?
私は首を傾げて見せる。
「如月だけじゃなく忘れられた姫君にも興味あんのかよ。駄目だからな、この辺は俺の嫁だから。いくら魅力的でも、人の女に手を出そうとするのは感心しないぞ」
…謎の牽制をいただいた。
そもそもテヴェルは2人も嫁を持つつもりなのか。ハーレム願望かな。
そうだな、とりあえず彼の懸念がそれならば、私の興味はそういうものではないことを伝えねばならない。
「違うよ、女の子への下心があって聞いているわけじゃない」
「どうだかなー」
完全に警戒されたようだ。
こんな予想外の方向の警戒で、せっかくの話が聞けなくなるのは困る。
略奪愛を警戒する彼を安心させるには…好きな女性が被らなければ良いのかな。
私の女性の好みか…好ましい女性…今までに可愛らしいと感じたのは…。
山の民って、テヴェルは聞いたことがあるのだろうか。
知っていれば容姿の想像がついてしまうかな。
「…テヴェル、ニャルスの民って知ってる? 私は旅をしてきた中で、あの辺の女の子が特に可愛いと思ったな。猫みたいな耳やしっぽがついているんだ」
マイナーであろう呼称を選択。
何も知らないほうが夢が広がるだろう。ハーレム願望があるのなら、尚の事。
さて、どういう反応が返るか。
「ケモミミ! 是非詳しく!」
なんか食いついた。
場所はぼやかし、虐待されていた奴隷を助けて、その集落へ送っていった話をする。
続いて細工物が得意な猫耳女性達に、手持ちの染料を渡してモッテモテになった話をおみまいだ。
囲まれてキャッキャウフフと細工物作りを教わる、集落で唯一の人間。(誇大広告)
どうだ、テヴェルの心を掴むものはあったか。
「だから私は、根が純朴な猫耳女性には心惹かれるものがあるな」
「いいなー。いいなー」
妙にモテたい願望のあるらしいテヴェルは、目を輝かせて私の話を聞いていた。
…モテたがるのはモテない証明。合掌。
しかし奴隷の猫耳娘というワードは彼の中の何かを煽るのに十分だったらしく、ご機嫌に「奴隷いいなぁ」とか言い出した。
はは、ご冗談を。既に君、体のいいキサラギさんの奴隷のようなものじゃないですか。
更には辺りをキョロキョロとした上で、キサラギさんモチーフの春画製作を求めてきたので、多分脳内を覗かれて直ぐ様バレるであろうからやめた方がいいと諫めておいた。
ふとアルカイックスマイルとなっていた自分を自覚し、意識して苦笑へのフォームチェンジを行う。
フラン・ダースは素敵な絵を描く糧とするために、様々なロマンを求めています。そう、テヴェルの話を聞きたいのは芸術への渇望の一端です。色欲ではない。
そのような説明を行ったところ、健全な男子としての資質を問われた。
フラン・ダースはこんなことでは怒らない。芸術家とは、少々変わっていても当然の生き物だからだ。
けれど。
ああ、けれども。
…そう、この世には癒しが足りない。
私は、今夜もファンタジー・プリンス画に祈りを捧げることになるだろう。
疲れたよ…何だか、とても眠いんだ…。




