左様なら。
テヴェル達と別れ、宿へと引き上げる。
味噌焼き肉挟みパンのせいでちょっぴりオルタンシアが漏れ出るというアクシデントがあったものの、如月さんには本音が聞こえることなく過ごせたようだ。
…ええ、役者さんが幕裏で転んでしまいましたのよ。
厚めの幕でしたので舞台に影響はありませんでした。
そんな時もある。
チーム・金髪への護衛依頼は、持ち帰って検討する旨伝えた。
お籠りリスターが出てくる3日後くらいにならないと相談ができないので、致し方ない。
しかし、ダンジョンでの護衛かと思いきや、なんとグレンシアまでの旅の護衛だというではないか。
「また少しテヴェルの側を離れないといけないのよ。私を追いかけてくる困ったヒトがいてね。上手くまいたと思ったのだけれど…どうも感付かれてしまったみたいなの」
物憂げに溜息を付いたその姿は、やけに退廃的であった。
如月さんを追う人って、何なんだ。色気に負けたストーカーでしょうか。
それとも、心を読める能力を欲した権力者なんかかしら。どっちもありそう。
如月さんは数日中に逃走し、別の街でテヴェルとの合流を図るという。
「でもねぇ、街に着けばいいというのではなくて、彼を私に引き渡すまでが依頼なの」
テヴェルも仲良くなったようだし、是非引き受けてほしいと彼女は言った。
フランの皮を被っていなければ「無理ッシュ!」とか叫んで本音がボロンボロンするところだよ。欠片も仲良くしてないっつーの。
如月さんは、前回も冒険者を雇ってテヴェルの護衛を頼んだ。
しかしいざ街に着いてみたら、護衛はいつの間にか喧嘩別れになっていて、テヴェルが1人でその辺をウロウロしていて大慌てしたらしい。
我々との遭遇…テヴェルがダンジョンで置き去りにされてたアレが、丁度護衛との喧嘩別れの場面というわけだ。
というか…成人してるよね、テヴェルって。
なのに護衛なしで置いておくと心配だというの? ウチの魔法使いより過保護な気が。
チート持ちの転生者のはずだが、戦闘力に問題があるということなのか。
そもそも、農業チートだっていうしな。
チーム・金髪の戦闘担当はリスターだ。
ヤツが混ざろうともそれは変わらず…つまり敵が出たらリスターが即両断するので、どれほどヤツが戦えるのかを確認したことはなかったし、正直興味もなかったし。
ウン年振りの特別従士に任命されちゃうような幼馴染みは規格外としても、従士隊育ちだった私の周りって大抵戦える人達なのに…思わず遠い目をしてしまうぜ。
だが、一般人が戦えないからこそ冒険者に護衛依頼が来るのだ。
適材適所…あれ、テヴェル、冒険者ですよね? リス狩りに来てたし。
護衛依頼受ける側だよな…う、うーん。金持ちなんかの坊ちゃん冒険者が初心者のときは護衛も付くはずさ。納得しろ、私。
さて、冬のさなか、彼らは雪解けを待たずしてこの街を出ようという。
冬場は雪深くて移動できないって話だったのに、どうするのかというと…如月さんの持つ人脈により、冬用の馬車に便乗できるから大丈夫なのらしい。
…冬用の馬車って何? 馬そり?
そもそも馬車があれば大丈夫なものなの?
雪の中での野営自体が無理くない?
吹雪にさらされるテントを想像。ひいぃ、遭難かよ。
春まで待てばいいじゃないの、なんという強行軍を…行軍? 雪の中を?
焼かない干物と生煮えなご飯を食べて進み、夜具はびしょびしょ。それが雪中行軍。
一面の白銀。進む道を見失い、馬すらも倒れ…兵は奇声を上げて発狂凍死するという。
…おぉ、八甲田山は勘弁して下さい。
鳥肌が立った腕をさすりながら、ブンブン首を振って想像を振り払う。
私1人なら寒くなったらアイテムボックスに避難しながらでも進めるかもしれないけれど、同行者がいたら誤魔化しがきかない。
それに前世はどうだったかわからないが、今生の私はわりと南の国出身なので…自分の寒さ耐性がどれくらいなものか心配。
身体強化様があるから、きっと普通のトリティニア人よりは長持ちするけれども。
あ、作ってた冬服達が活躍するときが来たのだと思えば…。
「あれ、リスター」
お籠りすると言っていたくせに、食堂で山賊と談笑中じゃないのよ。
空いていた椅子を強襲して、何食わぬ顔でその輪に加わる。
「おう、戻ったか、チビ」
「ただいま。そしてこんにちは」
「こんにちは、チビ君。丁度良かった、これ、この間の絵のお礼」
見た目こんなに山賊なのに…挨拶はリスターの方が雑なんだ。
どうでもいい発見をしながら、山賊土産を受け取る。
小さな箱を開けると、絵の具…?
「チビ君のお陰で、婚約者は一度家に戻ったようだ。すぐまた追っては来ると思うが、時間稼ぎができたことは大変に有難い」
蓋を開けてみると、黒と見間違えるほどに濃い青色。
これは…ちょっと今まで見たことがない絵の具だ。
「失礼」
どきどきしながら絵筆と試し描きの紙を取り出すと、呆れたような目線が周囲から返る。
アイテムボックスですよ。いつでもマントの内に紙と筆があるわけじゃないんですよ。
言えないけど。
ほんの少しだけ筆先に乗せ、紙の上を撫でると紺碧が掠れた。
これは、空の彩色が捗る!
「ウチで出る鉱石から作った絵の具だ。あんまり他では見ない色のような気がしたから、取り寄せてみた」
「ありがとう。凄く綺麗な青だ」
全開の笑顔を返したが、フードで見えないのでしたね。
そう気付いて、声色に全開の喜色を乗せる。
「こちらこそ、助かった」
婚約者が迫り来るという情報を手に入れ怯える山賊に、私は肖像画作戦を提案した。
肖像画を「旅の途中で出会った絵師に描かせたので、君の好きな部屋に飾ってほしい」との手紙と共に婚約者の家に送ったのだ。
家から「こんなの届いたよ」と彼女に連絡が行けば、山賊大好きな婚約者殿が贈り物を無碍にできるわけがなく帰宅する作戦。
見たことのない相手を、山賊の情報だけを参考に描き上げるという難しい作業であったが…とても楽しかった。
なんで結婚したくないのか知らないし、婚約者に家に帰ってほしい理由が「旅とか危ない」みたいな呟きだったので、山賊と婚約者の関係はイマイチよくわからない。
切るならバッサリ、面と向かって切ればいいものをそうしない…ってことは嫌いな相手でもないようだし、最終的には山賊が観念して嫁にもらう結末しか見えないよね。
生殺し感のある婚約者さんには激励を込めて、こっそり山賊と並んだ肖像も描いて入れておいてあげた。
輸送されゆく完成品は額でなく、筒に入れた状態で御者さんに渡した。
ラフ画の時点でオッケーを貰っていたため筒の中を見ずに送ったようだが、同封してあった2人が並んだ絵も送られてしまったのは、最終確認を怠った山賊の責任。
結構イイ稼ぎになりました。
そのうえ絵の具まで、本当にありがとうございます。
しかし山賊といい、如月さんといい…追っかけたら簡単に見つかるものなのねぇ。
私もリスターを追っかけて捕まえたのだから人のことは言えないのだけれど、リスターの場合は「希少な魔法使い」というどの街でも目立つポイントがあった。
如月さんはお色気ムンムンではあるがただの綺麗なお姉さんだし、山賊に至っては外見チンピラでしかない。よく探せるものだ。
「リスター、テヴェル達から依頼が来た」
「…あぁん?」
「詳細について話したいんだけど」
3日かかるかと思ったら即行で顔を合わせることができたので、さっさと話をしてしまおう。
そういうことなら、と山賊達はご飯を食べたら引き上げていった。
リスターの交友関係を広げようと山賊が事あるごとに酒場に誘うらしく、思ったより早く解放されたとリスターはちょっと嬉しそうであった。
そうなのよね、友達作りって親切で勧められても困るものでね。
ワイワイするのが楽しいから、何人友達がいてもいいって感じの社交的な山賊にはわからないと思うけど、愛想笑いすら煩わしいから、友達は最小限の精鋭がいいってタイプもいるのよ。
友達なのに愛想笑いするのかって? もちろんするよ。
自分と他人がいれば、円滑な状態を保とうとするのが人間関係というものよ。
これは、親しさのレベルには関係のないことだ。
同僚、親兄弟、道端で会った野良猫であっても、相手に嫌な態度を取ってほしくないと思えば、無意識に気持ち良く会話できるような状態を用意しようとするもの。
歯に衣着せぬ物言いのできる友人とは、それで円滑な状態な相手ということだ。
全ての友人関係が、深まればそうなるということではない。
「チビ、部屋に戻るぞ」
お籠りの予定など忘れ去ったようなリスターのあとについて、彼の部屋まで行く。
正直、他人の部屋に入るというのはいい気がしないのだが、自分の部屋に入れたくない以上はこうするしかないのよね。
その点、野営では各自のテントの他に外という共有スペースがあって気楽…おっと、今はお話をせねば。
「そんで、あいつらの依頼って何だ」
既に眉をしかめているリスターに本日の経緯を話す。
「私は受けようと思う。彼らから情報を得ねば、私の旅が終わらないので」
自分の意見を付け足した。
彼らの仲間が、忘れられた姫君を知る者がどれくらいいるのか調べる。
そしてそれらの人々を…この手に掛けるつもりだ。
残しておくわけにはいかないのだ。
人間不審気味の私だ、結婚して娘を産むなんてことはあまり考えられないが…貴族である以上、それも絶対とは言えない。
お父様が億が一にも失脚して、他の貴族の支援がどうしても必要となれば、私はどこかに嫁ぐかもしれない。
お母様の血を欲する者が、私の力では敵わぬ相手を出してきた場合のことも、考えねばならない。
…前世の最期と似たような終わりは、やはり避けたい。
忘れられた姫君は、この世から忘れ去られなければならない。
そして私が、自死して終わりにするわけにはいかない。
それは、お母様が望まぬ結末であるがゆえに。
「ここでお別れしよう。正直に言うと、如月さんは結構面倒な相手だから、リスターから私の情報が漏れることも危惧している」
本音の部分も追加した。
「分かれるか」
相手の眉間の皺は、より深くなった。
「いいだろう。だが、俺はあのブスについていく。そこは譲れん」
思わぬ言葉に、目が点になった。
いや、あの。
「…ぶ…、ブス、とは…?」
あと、ちょっと別行動しようよって意味じゃないよ。
もう何て言っていいかわからないよ。
「心を読むとかいう腐れブスだ」
やっぱり如月さんのことか! 美人でしたよね!
おいおい。怖いな、美形の美形に対するブス発言。
どちらも美人ですわよ、どうぞ落ち着いて。ちなみに一番美人なのはうちのお母様だから。
リスターは不機嫌そうな顔を保ったまま、私を睨んだ。
「ちょっと部屋に籠って、心を読まれることに対する策を考えるつもりだったんだがな。予想以上に早く見つけた」
「えっ」
「あいつがこっちを見るたびに、ずっと同じことを考えてやりゃあいいんだ」
表情が見えなかろうとも首を傾げて疑問符をいっぱい浮かべる私に、しかしそれ以上の説明はなされない。
こっちが気付いてないときに見られていることだってあるかもしれないし…そんな、うまく行かないと思うんだけどな?
「やってみりゃわかる。とにかく、依頼を受けるならそう伝えろ。俺はブスに同行し、お前はクソガキを護衛する」
「…だけど…」
「そんで、グレンシアで合流だ。もし出来たら、ブス側からも情報を得てやんよ」
うぐ。それは欲しい。
だが如月さんの相手のほうが危険だ。
通常如月さんがテヴェルを護衛しているということは、彼女にはそれだけの腕がある。ただ戦うだけではない。誰かを守って戦い、勝てるだけの腕だ。
従士隊で熊魔獣と戦ったときのことを思い出す。
手を明かしたくないという縛りはあれど、チョロチョロするイルステンをフォローして戦うことの難しさったらなかった。
1人で戦うほうが、ずっと楽なのだ。
…あと、如月さん、魔法耐性高そう。
リスターが鎌鼬攻撃しても、服が際どい感じに破れるだけで、本体にダメージなさそう。
「まだ何もわからない状態で敵対したくない。リスター、旅の間、我慢きく?」
情報もないまま敵対して、逃げられることは避けたい。
それに、敵対しなければ、リスターが魔法を放つこともない。
彼の身の危険は減るだろう。
「…あー。まぁな?」
「あやっしーい!」
思わず笑ってしまったけれど、最後までリスターが意見を覆すことはなかった。
私も依頼を断るつもりはなかった。
…だから、そういうことになった。




