腹をくくる。
リスに敗北したことで心が折れたのか、それとも過去に土足で踏み込まれたことでダメージを負ったのか。
リスターは朝から「ダルイから休むわ、3日くらい」等と言い残して引き籠もった。
…うーん。
傷付くと人目につかない場所で癒したい、そういう野生っぽい何かかな?
だとしたら下手に構って、苛々させるのも悪い。
本人の申告通り、3日くらいは放っておくべきなのだろう。
乗り合い馬車でも使ってダンジョンに行けば丁度いい感じかしら。
しかしながら滞在も長きに渡ると、ダンジョンの精力的な探索はできない。
目立ってしまうからだ。
目隠しとなる魔法使いがいないのなら尚の事、悪目立ちしないよう、より周囲と差異のない辺りまでしか潜れない。
そして、そんな近辺ではワクワクと探索するような場所もない。
見慣れすぎた。
何かもう、正直なところ、私もテヴェル&サトリーヌさんペアに出会うと厄介なので、引き籠もりたいなぁと思っているのよね。
わかってるよ、現実逃避だって。
彼らと接し、他にも仲間がいるのならその情報を得なくてはならない。
そうでないと、帰れないのだから。
「せめて心を読むとかいう特殊能力がなければ、こう気が重くならずに済むんだけど」
嘘である。
クズ単体に取り入ると考えるだけでも、結構気が重いものだ。
実際、嫌悪を態度に出さずに対応するのが精一杯。
調査など進まず、テヴェルとは表面的な関係を築くに留まっている。
そこに心理面を抜き打ちチェックするサトリーヌ姉さんの登場だ。私の心労が倍率ドン、更に倍。
諦めるという選択肢は、何度も考えた。
私が我慢をすればいい。
幸せな人生を諦めて、自分を殺し、常に誰かを演じて生きる。
たまに息継ぎでボロを出しては嫌われる。そういう一生。
前世と似たような生活かもしれないけれど、この世界では既に、3つの宝物を得た。前世よりも十分に幸せだと言える。
だが、お母様の願いでもあったと思えば、どうしても踏ん切りはつかなかった。
宝物のひとつがそう願うのに、立ち向かわない理由が私の苦労程度なのか、と。
お母様の願いよりも自分を守ろうとするのか。
それが私のクズっぷりか。
クズでいたいわけではないと考えれば考えるほどに、諦めたくはないという思いは強くなる。
でも、やっぱりクズの相手は、超スーパーウルトラミラクル気が重いわけで。
素敵な宝物達を知ってしまったら、却ってクズへの嫌悪は募るものらしい。
クズレベルにもよるのだろうが、全てを諦めていた昔よりも、今のほうがクズと対峙するのが辛いような気がする。
私のクズ耐性が高いとはいえ、ディープなクズのクズクズしいクズさは目にクズ?(言語崩壊)
当てどもなく露店街をうろついていると、前方にミラクルペアの姿が見えた。
これが…噂をすれば陰、という奴か。
サッと陰から彼らを見つめながら、考える。
違うな。影だったよな。
…確かに前の自分については名前すらも忘れたけれど、前世知識は間違っていなかったはずなのに。
必要のない知識といえばそうだけども…老化には早すぎるよ、成長期真っ只中だというのに…お魚…お魚食べなきゃ!
とりあえず露店の裏にて、怪しいフードの冒険絵師は、クズと悪女を見守るのだ。
サポート蟻を彼らの近くの露店、箱の板目の隙間へと配置。
さぁ、右耳にて聴覚ジャック開始よ。
「…だろ。危ないったらないよ。死ぬとこだったんだ」
「おかしいわねぇ、腕がいいという冒険者を選んだつもりだったのだけれど」
「如月を前にして悪い顔ができる男なんかいないんだって。だから、護衛を頼むんなら、俺はリスターとフランがいいな。直接、人となりを知ってるわけだし」
なぬ。何の話だ。
思わぬところで出た『チーム・金髪』への護衛依頼に動揺する。
守るどころか後ろから切りつけたい私がいるのですが。
「そんなに仲良しになったのねぇ」
「うん」
なってぬえぇぇい!(魂の絶叫)
くっ、落ち着け、私。サトリさんなら多分聞こえているところよ。
やらかした感に冷汗が伝う。
しかし、彼らの会話は何事もなく続いていて…サトリーヌ姉様に何かが聞こえた様子など見えない。
もしや聞こえていない?
聞こえているけど、無視しているだけ?
それとも…自分に関係のある人物の声だと気付いていない、とか?
ならばここで、ネクスト・チャレンジ。
キサラギさーん。奇遇ですね、コンニチハー。フランです。
ここですよー。せっかくなんでお茶でもご一緒しませんか、もちろんテヴェルも一緒で結構!
しばし待ってみたが、ミラクルペアの挙動に変化はない。
こちらを探す様子もない。
…あ、如月さん。テヴェルの足元に危険なものがあるよ。
そう脳内で呟いてから、私はテヴェルの足元に大きめの石を設置。
アイテムボックス経由でドスッと置いただけの、その辺にあった石ころだ。
そしてテヴェルは「でゅわっ?」的な謎の声を上げて躓いた。
驚いた顔でテヴェルを支えた如月さん。
胸部装甲で相手の腕を挟んでご機嫌を取りつつ、彼の不注意を窘めている。
テヴェルに浮かびかけていた苛立ちの表情が、一瞬でデレ顔にシフト。
手の上で転がされるどころの話ではない…ばいんばいんにピンボール状態だ。
サトリさんは、呼びかければ反応し、きょろきょろと周囲を見回していた。
しかし先程の忠告に何の反応も示さなかったところを見るに、サトリーヌ姉様には、陰から呼びかけても聞こえない。
テヴェルが大事なら、危機だと言われてるのに無反応に徹したりはしないだろう。
…甘やかして見えるし、どうでもいいってことないよね?
ないと思おう。
ということは、周囲の声を何でも拾うわけではない。
リスターの「視界に入っているもの」説が有効か。
…何度思い返してみても、あの時のサトリさんは、声をかけるまでこちらを見てはいなかった。
彼の能力に視界は関係ない。
サトリさんって自分に向けられてさえいれば、どこからでも聞こえるのだろうか。
それともまさか…常に全方向、広域に集音…だとしたら、ものすごい生きづらい、よね。
とにかく如月さんの盗聴能力は、サトリさんレベルではないということだ。
ある程度の対策は取れることが判明した。大収穫だ。
それから、もうひとつ。
サポートで石を作成していたら気付かれたのかもしれないが、アイテムボックスの使用には何も感付かれていないようだった。
これも大きな収穫よね。
戦える。大丈夫。やれる。
私はそっとオルタンシアを心の奥にしまい込んだ。
よぅし。フラン、全・開!
サポート蟻を消して、颯爽と露店の裏から通りを横切る。
人目に付く場所を歩くと、右斜め前方から声がかけられた。
「あれっ、フラン! 1人か?」
おや、私の顔は見えないはずだが。
ああ、テヴェルが何度も見たことのあるマントを着用しているので、どうやら簡単に判別されたらしい。
私は足を止め、彼らに向き直る。
「うん、リスターは少し体調を崩したみたいだ。そんな相方を置いて遠くに行くのもどうかと思ってね、適当にふらついてるとこ」
「あー。リスターってすぐ疲れたとか言うもんな。案外か弱いのかな」
「魔法使いだから、剣士なんかよりは体力がないのかもしれないね。持久力はあまりないけど、回復力はあるようだから、きっとすぐに良くなるよ」
腕を組んでいかにもデートと言った風情の2人を邪魔するのも気が引けるかな。
挨拶だけして立ち去ろう。
「ねぇ、テヴェル。先程の話、お願いしてみたらいいんじゃないかしら…?」
キサラギさんはそう言って、テヴェルに何かを促した。
素早く頷いた彼は、ちょっと小鼻を膨らませて胸を張って言い放つ。
「あんたらに依頼をしようと思って!」
「…まぁ、話を聞くことはできるけど」
私達ならば大体はどんな依頼でもこなせるとは思うけれど、内容と報酬については相談もなしに勝手に決められないからなぁ。
「何だ、乗り気じゃないのか?」
「パーティのリーダーが、もう1人のほうなのではないかしら」
「ああ、成程。俺様っぽいもんな。パーティ依頼は勝手に決めたら怒られちゃうのか」
私は軽く肩を竦めて見せた。
何にせよリスターが回復するまで、パーティでの依頼を受けることはできない。
いつまでも人込みの中で、こう立ち止まっているのもよろしくないな。
そんなことを思った瞬間に、キサラギさんが微笑んだ。
「場所を変えましょう。何か軽くつまみながらお話したらいいと思うの」
彼女も同じことを考えて…いや、もしかして私の心の中が聞こえていたのかな。
「ええ、フラン君とは相性がいいのかしら…よく、聞こえるのよね」
「如月っ?」
「どうしたの? …あぁ、貴方の心程には聞こえていないかもしれないわ。きっとテヴェルのほうが私と、相性がいいのね?」
「…だよなっ!」
でしょうね。
人の恋路を邪魔する気はないので、今後もキサラギさんとは適正な距離を保っていきたいところだ。
促されるままに彼らと軽食を共にすることになった。
あまり来たことのない店だ。客もまばらで、多くない席数のほとんどが空いている。
どこかで嗅いだことのあるような匂い。
「ここが俺のオススメ」
楽しそうな顔をしてテヴェルが私に言う。
軽食という話だったけれど、壁に貼られたメニューの札から、結構がっつりした食事処のように見える。
肉定食1~3…って内容は?
野菜汁…野菜の入ったスープなのか、野菜のポタージュなのか、まさか野菜ジュースなのか。
思わず眉が寄る…。
「ソテーパン!」
テヴェルが叫んだ。
急な大声にびっくりしてしまったが、ただの喜々とした注文だったようだ。
ソテーパンって何だ。
パンのソテー?
カウンターから返事が聞こえた。店員は注文を取りに来ない方式なのだろうか。
自分だけ注文済なテヴェル。
説明なしでバラバラに頼むのですか…そうですか…これは焦る。
ざっと壁のメニューを見渡した。
冒険食、豆盛り、鳥肉…全然内容がわからない。冒険食って何、当たり外れ激しいの? 豆盛りって豆の盛り合わせ? それとも、小さく盛ってある? 鳥肉って素材名だよ。塊なら無理だし、串焼なら食べたいよ。
なんという上級者向けな店だ。
こうもお客さんがいないのは、メニューがワケわからないせいなのでは。
「私は軽めがいいのだけれど、名前だけじゃイマイチどんな料理なのかわからない」
諦めて上級者達に相談することにした。
食べられないものを注文したくはない。
苦笑したキサラギさんが、そっと助けを出してくれた。
「私と同じものにする? 甘いの」
「そうしよう」
「テヴェル、花蜜がけを2つよ」
再びテヴェルの大声が響き渡り、カウンターからも声が返った。
キサラギさんは叫ばないようだ。
残念なような、ホッとしたような。
ソテーパンに、花蜜がけ。うん、やっぱりわからない。
「ほい、ソテーパンに、花蜜がけ2つ」
しかも出てくるの早ッ。
唖然とする私を面白そうに見つめるキサラギさん。テヴェルは意地悪したつもりもないのだろう、ケロッとした顔でソテーパンの到着を喜んでいる。
…ソテー…■■■■? ■■。成程。
「どうしたの、フラン君」
キサラギさんの声にハッとする。
「…どう…って?」
「心の中がおかしくなったわ。なぜか聞き取れない、言葉があった」
聞き取れない言葉…?
確かに、ちょっとしたパニックになってた。
そのせいだろうか。
「心の内の悲鳴までわかるんですか…いや、さすがにだって…アレですよ?」
私は悪くないだろう。
示したのは、目に痛いほどの鮮やかな黄色のソース。
食べ物としておかしい。
確かにさっき、嗅いだことのある何かの匂いを感じた気がしてたんだ。
これだったか、成程…と納得した。
「ミーソを使った料理を見て、驚かない人なんていないでしょう?」
引くわ。
あの色、本当に引く。
「これ、知ってたのか?」
「前に滞在した村で食べた。特産だっていうから頼んでみたら、その色で…。果物というわりにちょっと独特な味ではあるけど…そっちじゃなくてもう見た目が無理でしょう」
食わず嫌いではない、私は一応食べているからな。
しかしあの色の食べ物が自分の腹に入り、身体を作る成分として吸収されたのかと思うと、発狂しそうになる。
食べすぎたらあの色の肌とかにならないのだろうか。本当に怖い。
ふと見遣れば、テヴェルがちょっと複雑そうな顔をしている。
食べている人の前で失礼だったな。
「ごめん、食べてるのに」
「いや、俺もそう思う。こんな蛍光色はおかしすぎる」
思わぬ同意だった。
そして何かの肉のミーソソテーを挟んだパンがソテーパン。
パンケーキに蜂蜜がかかったものが花蜜がけであった。
品名に捻りを加えたのか、それとも言葉足らずな単純なのか。
…店主とは仲良くなれそうにないな。




