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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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腹をくくる。



 リスに敗北したことで心が折れたのか、それとも過去に土足で踏み込まれたことでダメージを負ったのか。

 リスターは朝から「ダルイから休むわ、3日くらい」等と言い残して引き籠もった。


 …うーん。

 傷付くと人目につかない場所で癒したい、そういう野生っぽい何かかな?

 だとしたら下手に構って、苛々させるのも悪い。

 本人の申告通り、3日くらいは放っておくべきなのだろう。


 乗り合い馬車でも使ってダンジョンに行けば丁度いい感じかしら。

 しかしながら滞在も長きに渡ると、ダンジョンの精力的な探索はできない。


 目立ってしまうからだ。

 目隠しとなる魔法使いがいないのなら尚の事、悪目立ちしないよう、より周囲と差異のない辺りまでしか潜れない。

 そして、そんな近辺ではワクワクと探索するような場所もない。

 見慣れすぎた。


 何かもう、正直なところ、私もテヴェル&サトリーヌさんペアに出会うと厄介なので、引き籠もりたいなぁと思っているのよね。


 わかってるよ、現実逃避だって。

 彼らと接し、他にも仲間がいるのならその情報を得なくてはならない。

 そうでないと、帰れないのだから。


「せめて心を読むとかいう特殊能力がなければ、こう気が重くならずに済むんだけど」


 嘘である。

 クズ単体に取り入ると考えるだけでも、結構気が重いものだ。


 実際、嫌悪を態度に出さずに対応するのが精一杯。

 調査など進まず、テヴェルとは表面的な関係を築くに留まっている。

 そこに心理面を抜き打ちチェックするサトリーヌ姉さんの登場だ。私の心労が倍率ドン、更に倍。


 諦めるという選択肢は、何度も考えた。

 私が我慢をすればいい。


 幸せな人生を諦めて、自分を殺し、常に誰かを演じて生きる。

 たまに息継ぎでボロを出しては嫌われる。そういう一生。


 前世と似たような生活かもしれないけれど、この世界では既に、3つの宝物を得た。前世よりも十分に幸せだと言える。


 だが、お母様の願いでもあったと思えば、どうしても踏ん切りはつかなかった。

 宝物のひとつがそう願うのに、立ち向かわない理由が私の苦労程度なのか、と。


 お母様の願いよりも自分を守ろうとするのか。

 それが私のクズっぷりか。

 クズでいたいわけではないと考えれば考えるほどに、諦めたくはないという思いは強くなる。


 でも、やっぱりクズの相手は、超スーパーウルトラミラクル気が重いわけで。


 素敵な宝物達を知ってしまったら、却ってクズへの嫌悪は募るものらしい。

 クズレベルにもよるのだろうが、全てを諦めていた昔よりも、今のほうがクズと対峙するのが辛いような気がする。

 私のクズ耐性が高いとはいえ、ディープなクズのクズクズしいクズさは目にクズ?(言語崩壊)


 当てどもなく露店街をうろついていると、前方にミラクルペアの姿が見えた。

 これが…噂をすれば陰、という奴か。

 サッと陰から彼らを見つめながら、考える。


 違うな。影だったよな。

 …確かに前の自分については名前すらも忘れたけれど、前世知識は間違っていなかったはずなのに。

 必要のない知識といえばそうだけども…老化には早すぎるよ、成長期真っ只中だというのに…お魚…お魚食べなきゃ!


 とりあえず露店の裏にて、怪しいフードの冒険絵師は、クズと悪女を見守るのだ。

 サポート蟻を彼らの近くの露店、箱の板目の隙間へと配置。

 さぁ、右耳にて聴覚ジャック開始よ。


「…だろ。危ないったらないよ。死ぬとこだったんだ」


「おかしいわねぇ、腕がいいという冒険者を選んだつもりだったのだけれど」


「如月を前にして悪い顔ができる男なんかいないんだって。だから、護衛を頼むんなら、俺はリスターとフランがいいな。直接、人となりを知ってるわけだし」


 なぬ。何の話だ。


 思わぬところで出た『チーム・金髪』への護衛依頼に動揺する。

 守るどころか後ろから切りつけたい私がいるのですが。


「そんなに仲良しになったのねぇ」


「うん」


 なってぬえぇぇい!(魂の絶叫)

 くっ、落ち着け、私。サトリさんなら多分聞こえているところよ。


 やらかした感に冷汗が伝う。


 しかし、彼らの会話は何事もなく続いていて…サトリーヌ姉様に何かが聞こえた様子など見えない。


 もしや聞こえていない?

 聞こえているけど、無視しているだけ?

 それとも…自分に関係のある人物の声だと気付いていない、とか?


 ならばここで、ネクスト・チャレンジ。


 キサラギさーん。奇遇ですね、コンニチハー。フランです。

 ここですよー。せっかくなんでお茶でもご一緒しませんか、もちろんテヴェルも一緒で結構!


 しばし待ってみたが、ミラクルペアの挙動に変化はない。

 こちらを探す様子もない。


 …あ、如月さん。テヴェルの足元に危険なものがあるよ。


 そう脳内で呟いてから、私はテヴェルの足元に大きめの石を設置。

 アイテムボックス経由でドスッと置いただけの、その辺にあった石ころだ。


 そしてテヴェルは「でゅわっ?」的な謎の声を上げて躓いた。

 驚いた顔でテヴェルを支えた如月さん。

 胸部装甲で相手の腕を挟んでご機嫌を取りつつ、彼の不注意を窘めている。


 テヴェルに浮かびかけていた苛立ちの表情が、一瞬でデレ顔にシフト。

 手の上で転がされるどころの話ではない…ばいんばいんにピンボール状態だ。


 サトリさんは、呼びかければ反応し、きょろきょろと周囲を見回していた。

 しかし先程の忠告に何の反応も示さなかったところを見るに、サトリーヌ姉様には、陰から呼びかけても聞こえない。


 テヴェルが大事なら、危機だと言われてるのに無反応に徹したりはしないだろう。

 …甘やかして見えるし、どうでもいいってことないよね?

 ないと思おう。


 ということは、周囲の声を何でも拾うわけではない。

 リスターの「視界に入っているもの」説が有効か。

 

 …何度思い返してみても、あの時のサトリさんは、声をかけるまでこちらを見てはいなかった。

 彼の能力に視界は関係ない。

 サトリさんって自分に向けられてさえいれば、どこからでも聞こえるのだろうか。

 それともまさか…常に全方向、広域に集音…だとしたら、ものすごい生きづらい、よね。


 とにかく如月さんの盗聴能力は、サトリさんレベルではないということだ。

 ある程度の対策は取れることが判明した。大収穫だ。


 それから、もうひとつ。

 サポートで石を作成していたら気付かれたのかもしれないが、アイテムボックスの使用には何も感付かれていないようだった。

 これも大きな収穫よね。


 戦える。大丈夫。やれる。

 私はそっとオルタンシアを心の奥にしまい込んだ。

 よぅし。フラン、全・開!


 サポート蟻を消して、颯爽と露店の裏から通りを横切る。

 人目に付く場所を歩くと、右斜め前方から声がかけられた。


「あれっ、フラン! 1人か?」


 おや、私の顔は見えないはずだが。

 ああ、テヴェルが何度も見たことのあるマントを着用しているので、どうやら簡単に判別されたらしい。

 私は足を止め、彼らに向き直る。


「うん、リスターは少し体調を崩したみたいだ。そんな相方を置いて遠くに行くのもどうかと思ってね、適当にふらついてるとこ」


「あー。リスターってすぐ疲れたとか言うもんな。案外か弱いのかな」


「魔法使いだから、剣士なんかよりは体力がないのかもしれないね。持久力はあまりないけど、回復力はあるようだから、きっとすぐに良くなるよ」


 腕を組んでいかにもデートと言った風情の2人を邪魔するのも気が引けるかな。

 挨拶だけして立ち去ろう。


「ねぇ、テヴェル。先程の話、お願いしてみたらいいんじゃないかしら…?」


 キサラギさんはそう言って、テヴェルに何かを促した。

 素早く頷いた彼は、ちょっと小鼻を膨らませて胸を張って言い放つ。


「あんたらに依頼をしようと思って!」


「…まぁ、話を聞くことはできるけど」


 私達ならば大体はどんな依頼でもこなせるとは思うけれど、内容と報酬については相談もなしに勝手に決められないからなぁ。


「何だ、乗り気じゃないのか?」


「パーティのリーダーが、もう1人のほうなのではないかしら」


「ああ、成程。俺様っぽいもんな。パーティ依頼は勝手に決めたら怒られちゃうのか」


 私は軽く肩を竦めて見せた。

 何にせよリスターが回復するまで、パーティでの依頼を受けることはできない。


 いつまでも人込みの中で、こう立ち止まっているのもよろしくないな。

 そんなことを思った瞬間に、キサラギさんが微笑んだ。


「場所を変えましょう。何か軽くつまみながらお話したらいいと思うの」


 彼女も同じことを考えて…いや、もしかして私の心の中が聞こえていたのかな。


「ええ、フラン君とは相性がいいのかしら…よく、聞こえるのよね」


「如月っ?」


「どうしたの? …あぁ、貴方の心程には聞こえていないかもしれないわ。きっとテヴェルのほうが私と、相性がいいのね?」


「…だよなっ!」


 でしょうね。

 人の恋路を邪魔する気はないので、今後もキサラギさんとは適正な距離を保っていきたいところだ。


 促されるままに彼らと軽食を共にすることになった。

 あまり来たことのない店だ。客もまばらで、多くない席数のほとんどが空いている。

 どこかで嗅いだことのあるような匂い。


「ここが俺のオススメ」


 楽しそうな顔をしてテヴェルが私に言う。

 軽食という話だったけれど、壁に貼られたメニューの札から、結構がっつりした食事処のように見える。


 肉定食1~3…って内容は?

 野菜汁…野菜の入ったスープなのか、野菜のポタージュなのか、まさか野菜ジュースなのか。

 思わず眉が寄る…。


「ソテーパン!」


 テヴェルが叫んだ。

 急な大声にびっくりしてしまったが、ただの喜々とした注文だったようだ。


 ソテーパンって何だ。

 パンのソテー?


 カウンターから返事が聞こえた。店員は注文を取りに来ない方式なのだろうか。


 自分だけ注文済なテヴェル。

 説明なしでバラバラに頼むのですか…そうですか…これは焦る。

 ざっと壁のメニューを見渡した。


 冒険食、豆盛り、鳥肉…全然内容がわからない。冒険食って何、当たり外れ激しいの? 豆盛りって豆の盛り合わせ? それとも、小さく盛ってある? 鳥肉って素材名だよ。塊なら無理だし、串焼なら食べたいよ。


 なんという上級者向けな店だ。

 こうもお客さんがいないのは、メニューがワケわからないせいなのでは。


「私は軽めがいいのだけれど、名前だけじゃイマイチどんな料理なのかわからない」


 諦めて上級者達に相談することにした。

 食べられないものを注文したくはない。

 苦笑したキサラギさんが、そっと助けを出してくれた。


「私と同じものにする? 甘いの」


「そうしよう」


「テヴェル、花蜜がけを2つよ」


 再びテヴェルの大声が響き渡り、カウンターからも声が返った。

 キサラギさんは叫ばないようだ。

 残念なような、ホッとしたような。


 ソテーパンに、花蜜がけ。うん、やっぱりわからない。


「ほい、ソテーパンに、花蜜がけ2つ」


 しかも出てくるの早ッ。

 唖然とする私を面白そうに見つめるキサラギさん。テヴェルは意地悪したつもりもないのだろう、ケロッとした顔でソテーパンの到着を喜んでいる。


 …ソテー…■■■■? ■■。成程。


「どうしたの、フラン君」


 キサラギさんの声にハッとする。


「…どう…って?」


「心の中がおかしくなったわ。なぜか聞き取れない、言葉があった」


 聞き取れない言葉…?

 確かに、ちょっとしたパニックになってた。

 そのせいだろうか。


「心の内の悲鳴までわかるんですか…いや、さすがにだって…アレですよ?」


 私は悪くないだろう。

 示したのは、目に痛いほどの鮮やかな黄色のソース。

 食べ物としておかしい。


 確かにさっき、嗅いだことのある何かの匂いを感じた気がしてたんだ。

 これだったか、成程…と納得した。


「ミーソを使った料理を見て、驚かない人なんていないでしょう?」


 引くわ。

 あの色、本当に引く。


「これ、知ってたのか?」


「前に滞在した村で食べた。特産だっていうから頼んでみたら、その色で…。果物というわりにちょっと独特な味ではあるけど…そっちじゃなくてもう見た目が無理でしょう」


 食わず嫌いではない、私は一応食べているからな。

 しかしあの色の食べ物が自分の腹に入り、身体を作る成分として吸収されたのかと思うと、発狂しそうになる。


 食べすぎたらあの色の肌とかにならないのだろうか。本当に怖い。

 ふと見遣れば、テヴェルがちょっと複雑そうな顔をしている。

 食べている人の前で失礼だったな。


「ごめん、食べてるのに」


「いや、俺もそう思う。こんな蛍光色はおかしすぎる」


 思わぬ同意だった。

 そして何かの肉のミーソソテーを挟んだパンがソテーパン。

 パンケーキに蜂蜜がかかったものが花蜜がけであった。


 品名に捻りを加えたのか、それとも言葉足らずな単純なのか。

 …店主とは仲良くなれそうにないな。



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