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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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りすとりすたー。



 私達は今、合同パーティに紛れている。


 なんとどこぞの冒険者が、気まぐれに捕らえてきた小型の魔獣を、こっそり持ち込んだらしいのだ。

 しかも…街中で、うっかり逃がした。


 なぜわかるのかというと、街をぐるりと囲む外壁には魔物除けが使われているから、小型の魔獣は好き好んで街に入り込みなどしないのだ。

 隠して持ち込まない限りは、魔獣が街中にいることはありえない。


 建物も無事だし、怪我人は軽傷が数名。

 それでも被害は甚大だった。

 露店のクズ魔石屋さんがその脱走魔獣に襲われたのだ。


 魔獣の目的は攻撃ではなく、捕食だった。

 店頭でもっしゃもっしゃと食べられてしまったのだという、クズ魔石(売り物)達。


 露店の事故的災難には保証などないという。

 せめて街に魔獣を持ち込んだ犯人が捕まれば、賠償させられるのかもしれないが…誰が持ち込んだのかまでは、わからない。

 まさにクズ魔石屋さんの財布だけが甚大な被害。

 誰か何とかしてあげてほしい。


「チビ。俺に退治できると思うか」


 ぽつりと隣の魔法使いが弱音を零した。


「えー…と…。傷すらも付けられないのなら、普通は無理なのでは?」


 慰めの欠片もない言葉を発すると、渋い顔をされた。


 前方には、まるで暴れ熊のような勢いで両腕を振り回す魔獣。

 尋常ならざるその威力に、冒険者達はひとり、またひとりと弾き飛ばされては戦闘不能にされていく。


 私達は、先程まで合同パーティに紛れていました。(過去形)

 あっという間に殲滅される冒険者。


 緊急依頼だったので、報酬はお高めだった。

 しかし簡単に倒せると、皆が信じた。

 だからこそ討伐隊は、手を上げた複数のパーティで混成されたのだ。


 まさに、獲らぬ狸が川流れ。違うな、獲らぬ狸の皮を被る…え、何、まぼろし~…?

 あれ、何だっけ。

 実は狸じゃないとか? いや、タヌが付くのは確実のはず…。

 まぁアレよ、とらたぬ。皆、とらたぬ。


 足止め程度にしていてよね、俺達の出番なくなっちゃうから。あとで報酬山分けて酒場で飲もうぜー。そんなことを言っていた面々は、今、大地に強く抱擁されている。


 冬越しのため、我々も他の冒険者達もある程度の期間はこの街に滞在していた。

 つまり口が悪いとか変わった魔法だとか形容に差はあれども、周囲はとっくにこの魔法使いを知っていたのだ。


 けれども今回は、魔法の強さが有名だったことが、裏目に出るハメになった。


 リスターが軽く足止めの魔法を放ったところ、全く効かなかったのが総崩れの発端。

 魔法での足止めが作戦の大前提だったらしい冒険者達は、面白いほど簡単に崩れた。


「…魔法に耐性があるんだろうな。だが誰の剣も当たらねぇんじゃ、魔法より剣が有効なのかさえ判断のしようがない」


 何せそうそうお目にかかれない魔獣だと茶化すような声を出すものの、リスターの瞳の色は鮮やかだ。結構悔しいらしい。


 そもそも、大きさの割には、誰もがあの魔獣を侮っていた。

 すばしこくはあれども、本来ならば長剣の一振りですらオーバーキルになってしまうほど、小さく弱い魔獣のはずだったから。


 そう。本来ならば。


 サイズ極小の魔石とはいえ、身体に見合わぬ量を食らった結果…魔力過多となった魔獣は進化を遂げた。

 新たなる境地、遥かなる高みを目指して、魔獣は矮小なる己に別れを告げたのだ。


 そうして仔リスが…(チョ)りすに…。

 どう見ても着ぐるみです、本当にありがとうございました。


「普通は森で淘汰される。あんな形態になったリス型魔獣は見たことがねぇよ…」


 げんなりとした様子のリスター。

 弱肉強食の森の中ならばリスは被捕食者だ。

 リス型魔獣があのサイズになるほど魔力を身体に溜めることなど不可能だったろう。


 街に連れ去られるという事象、たまたま魔石屋さんが近くにいたという特殊な状況。

 それらの偶然が…つーか魔獣って、魔石もお食べになりますの?

 なぜに? どう考えたって、石は食べ物じゃないのに…。


 疑問は解決されぬままに、暴力的二足歩行のリスが最後の槍使いにラリアットをかまして吹っ飛ばした。

 リス、動きがキレッキレなので、やたらスタイリッシュに見えるよ。


「…チビ、逃げるか」


「えぇっ?」


 まさかの撤退打診。

 しかし確かに、足止めすら不発に終わった彼にしてみれば、打つ手がない状況だ。


 リスを魔法で倒そうと考えたこと自体がなかったから、耐性があるなんて知らなかった…一体、誰にそれが責められようか。

 うん。だって私も、あえてリス型魔獣を倒そうとしたことなんてなかったよ。


 魔獣化しててもあんまり行動が普通のリスと変わらないから討伐依頼も出ていないし、小さすぎて解体も大変。毛皮を売っても手間の割に利益が薄い。


 皆、リス型魔獣なんて狩らない。

 だから、弱点も耐性も知らない。


 冒険者ギルドの職員なら、もしかしたら知っていたのかもしれないけれど…リスごときに手間取るはずがないと、侮っていた冒険者達が下調べなどするはずはなかった。


 我々なんて、相手がリスであることすら現地で知る有様である。

 魔法使いを過信しすぎて、完全にお散歩気分だった。


「アレ、森に逃げかけていたのに、討伐しようとしたせいでこっちに向かってきてるよね。逃げると街に被害が出るのでは?」


「逃げたくねぇってのか?」


 灰紫の瞳が、困惑げに揺れている。

 って、もう灰色がかっちゃってるよ。

 俺がやる必要あんの?という心の声が聞こえてきそうだ。ちょっと戦意喪失してるね。


 今まで数多の魔獣を一撃で葬ってきたリスターの魔法はあの時、ふわっと魔獣の胸毛を靡かせるだけで終わった。


 いつものように念動力的な魔法で投げ飛ばそうとしても、ちょっと動きを疎外するくらいで軽々突破されてしまうのだとか。

 魔法を封じられてしまえば…持久力のないリスターだ、その戦い方も強さも、推して知るべしということなのだろう。


「街が壊滅したら、冬が越せなくなるよ」


「…そうだよなぁ」


 合同パーティの戦力は、もはや私達しか残っていない。

 幸いというのか、今なら身体強化様を使っても、目撃者はいない。

 …この過保護魔法使いしか。


「よろしい。最終兵器・冒険絵師フランが戦いましょう。ただし、倒した場合はリスターの必殺技のせいにしていただきたい」


「あー…それはいいが、お前…」


 語尾は消えたが、やけに物言いたげなリスターの態度。

 何よ。

 お前の魔法は索敵メインじゃないのかって?

 それとも、お前の武器はパレットナイフだろうって?

 どちらもハズレだい。


 マントの内から、久し振りに取り出した長剣。

 まずは常識的な武器で戦いましょう。

 …だってパレットナイフで戦うのなんて私くらいじゃん…短剣にも満たないこの切り口じゃ、倒した人がすぐにバレちゃう。


「絵師転職前は剣士でギルド登録してたので、戦えます。ご安心を!」


 言いながらも無意識に魔獣の頭から首の間に切れ目やメッシュ素材を探してしまうが、これは着ぐるみではないのです。

 中の人などいない。落ち着いて私。


 可愛いリスの、つぶらな目が合う…いや、目が真ん丸で黒くてギョロンとでかい。

 正面で対すると、結構怖い。前歯カタカタして威嚇してるし。


 じりじりと近づいてみたらば、上げ底付きの私よりも断然高身長じゃないのよ。

 はは…私、リスにすら身長負けたのか。

 心の中の前へならえが、私だけ両脇腹へ拳を当てる最前列ポーズ。


 悔しさを込めて剣を振るった。

 するとリスはタイミングを合わせ、固めた拳で私の剣の腹を叩いて弾き返した。


 めぎゃん!


 ちょっと聞かない金属音が響いた。


「ほ、本当に中の人いないの?」


 コレなかなかのパンチだぜ。好敵手か何かなの。


「…何だよ、中の人って」


 魔法使いが冷静なツッコミをくれた。

 こんなとき、世界にひとりぼっちだと感じます。


「何でもないです」


 でもアンディラートなら、普通に「いないんじゃないか?」とか返してくれる気もする。


 ビィンと痺れる振動を、しっかりと柄を握り直して耐え…え、あれ?

 なんか剣の重心が、おかしい?


「何これ、私の剣、あみだくじ一人分抜き出したみたいな形になってんだけど」


「おい、よそ見するな、危ない」


 わかってるよ、わかってるけども。

 うわぁ、マジかぁ。拳がたに剣がヘニョるとか…。

 一撃で剣が歪むとか信じらんない。リス、強いじゃないのよ。


 知らず苦笑いしかけたところに、リスが格闘家の如く殴りかかって来た。


 ごう、と音を立てて拳が振られる。

 女の子の顔面狙いとか、とんだリスヤロウ。


 最低限の動きで躱すつもりだったけれど、その拳の勢いに危険を感じ、あえて余裕をもって避けた。

 十分間を取ったはずなのに、拳圧でぶわりと風が舞って、フードが後ろに持って行かれそうになる。


 …これ、絶対に顔に当たったら駄目な奴だよ…恐ろしい。

 両親のいいとこ取りであるこの顔を、リスにメメタァされるわけにはいかない。


「チビ!」


「大丈夫!」


 飛び退って、剣を構え直す。

 リスだと思うから心を乱されるのだ。


 あれは、人の入ったマスコットかなんか。それなら、なぜかボクシングっぽいポーズ取ってる今この瞬間も許せる気がする。


 おっと、手のひらを上に向けて指先をチョイチョイとやり出したぞ。

 …おい、なんでリスが挑発してんのよ。

 いや、可愛いけれども。そういうの、嫌いじゃないけれどもっ…。


 魔獣と睨み合ううちに、後方から人の声が聞こえてきた。

 援軍かしら。

 リスから目を離すわけにもいかないので、ちょっと状況はわからない。


「チビ、冒険者が来る!」


 心なしか嬉しそうな声が聞こえた瞬間、魔獣が動いた。

 リスターとの会話は一旦諦め、しっかりと目を開いて、振り抜かれる拳を躱す。

 油断していなくて良かった。


 重心のおかしくなった剣をアイテムボックスへ放り込み、同時に手の中にサポート剣を生成。

 目の前の喉にひと突きで刃を通し、バックステップで距離を取…れない、リスが強く剣を掴んできた!


 たかがリス、されどリス。

 侮りし者がことごとく倒されたのをこの目で見ている。

 私はいつだって全力でお相手しますよ。


 知力と体力を兼ね備えた魔獣に足りなかったのは、時の運だけだったのだろう。

 そう、この私と敵対したという、な!


 単に曲がった剣だと切れなさそうだからサポート剣に擦り替えただけだったのだが、天は我に味方せり。

 不意のサポート解除で、掴んだ剣を見失い、リス魔獣はバランスを崩した。


 ここで全力、身体強化様!


 再び手の中にサポートで剣を。

 相手がぐらりと傾ぐのを、突き飛ばす気持ちで。


 身長差から斜め上に突き出す格好になったため、少しばかり勢いは殺されたが、誤差の範囲だ。


 範囲ですよね。

 ねぇ、そうだと言ってよ。

 なんで倒れないのよ。


 …人体の心臓的な位置を狙いましたが、二本足で立った場合のリスの胸と、もしかして場所が違いますかね…?


 じっと黒い目が私を見つめるのに、自分が唾を飲み込む音が耳につく。

 随分と長く見つめ合っていた気がしたけれど、いつの間にか、その黒い目からは光が失われていた。


 死んでいる。


 それに気がつくと、剣に伸し掛かるような重みがあることにも気がつけた。

 身体強化様がマシマシだったので、リスの重量すら軽々過ぎてわからなかったのだね…反省。


「あーっ、リス、死んだかぁ」


 後ろから、場違いなほど軽い声。

 ぞわりと鳥肌が立つのは、クズセンサーのせいだ。



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