少女は仮面を付ける。
テヴェルは毎日のように宿を訪れる。
暇なのか。それとも友達がいないのか。
山賊と従者は一度テヴェルとかち合って以来、厄介事発生と見て、近寄ってこようとはしない。
見事な危機管理だ。
今までとは打って変わって人見知りかのように言葉少なに振る舞う私に、緩衝材リスターの目は灰色がかる暇がない。
常に紫色全開って、ストレス的に大丈夫なのかしら。
「今日はチビと依頼を受けに行くから、邪魔だっつってんだろ」
「俺も行くって、金も心許無いし。前みたいに護衛の冒険者が弱くて我儘だと死んじゃうかもしれないだろ。その点、噂の魔法使いなら安心。魔法も見てみたいしな」
だから邪魔だって言ってんのに。
なんで護衛を求めるくせに、自分が役に立つという根拠のない自信をお持ちなのだ。
あとね、他人がいると私の魔法という名のチートが使えませんのよ。
まして相手は転生者テヴェル。下手をすると、使った瞬間にチートだということに感付かれるかもしれない。
…しかし、お邪魔虫はこちらの都合など一切お構いなし。
友達かのように会話をしながら、冒険者ギルドまでついてきた。
「チビ、平気か」
「うん。一冬絡まれるかもしれないんだから、むしろ怪しまれないように少し打ち解けた方がいいよね…」
「無理すんなよ」
こそこそした私達の会話に、何の内緒話かと首を突っ込みたがるクズを躱す。
忘れられた姫君の話を知ったことこそ私に振らないものの、リスターは状況を把握したと言わんばかり。
お前が知ってしまったことを、私は知っているのよ…蟻ぢからでな。(目を見開いてホラー調で)
防壁リスターがこちらを気にしつつも受付カウンターへ行った隙に、早速テヴェルが絡んできた。
「おーい、チビチビ君。もう体調はいいのか? あんたって戦えんの?」
いや、上げ底してるから、私の身長はお前と変わらんわ。
ツッコミを堪えて、小さく頷いて見せる。
声の低さ設定、大丈夫。
クズセンサーが警戒してるからメッチャ鳥肌立ってるけど、不意打ちでさえなければ、この私の女優ぶりを揺るがすことなどできないはず。
ブレブレだったフランの設定は、これを機に固めてきた。
基本は無理のないプランで、決闘従士から高潔さをマイナス。口調も貴公子からレベルダウン。
素の私の思考は取り入れないで、完全に演者として接する。
前世ではできたはずのことだ。今だって、できる。
できれば名乗りたくなかったが、こうなれば腹を括るしかない。
「あまり出番はないが、使うのは剣だ。私のことはフランと呼んでくれ」
「おー、声が治ってる」
やっぱり風邪にはミカンだよな、と満足そうに言われてしまった。ミカンは美味しかったけれども。
「リスターがやたら過保護だから、もしかして兄弟なのかと思ったけど、違うんだな。フランは髪の色が焦げ茶だもんな」
それはフードに付けたフリンジだ。
まんまと引っかかったことに安堵しながら、気に入られているだけで兄弟ではないと答えておく。
どっかにカツラ売ってないもんかしらね。カツラとカラコンがあれば無敵なのに。
前世ではどちらも無縁だったようで、想像ができずにサポートで作れない。
目が良かったのか眼鏡っ子だったのか、コンタクトレンズの入れ方がわからないので、作れても怖くて入れられないだろうが。
「フード被りっぱなしで暑くない?」
「顔を出しているとリスター狙いの人によく絡まれるんだ。私は普通の顔だからね」
え、私は普通だよ、もちろん。絶世の美男美女カップルから生まれたら、この美少女顔になるのは普通のことだもの。
テヴェルは無意識なのか「あー」と声を出して、カウンターにいるリスターの背中に目を遣った。
「仲を取り持ってほしいとか、自分のほうが役に立つからパーティを抜けろとかね。だからリスターも私に過保護になるのさ」
実際に言われたことがあるので、美形に対する世の視線の集中率というのは凄まじいものがあるなと感じる。
横にいる私に絡むより、本人とのご挨拶から初めてはどうなのかね。
「美人だもんな。俺も最初女かと思った。結構期待したのに…」
悲しい思い出だと言わんばかりに、テヴェルは肩を落とし、首を左右に振った。
期待したところにヤンキー対応である。現実とはしょっぱいものだ。
「なあ、リスターの魔法ってどんなの? 俺、魔法って見たことないんだよ」
過去から目を背け、気を取り直して笑顔を向けてきた相手に、私は少し考え込んだ。
多分これも、がっかりするよ。
「…なんか…理解できないけど強い」
「ファイヤーボールとか?」
「いや…リスターにも説明できないようだが、風系なんじゃないかと私は思ってる」
チーム・金髪はリスターが山賊と組むために解散したままだ。
パーティ名からダブル金髪であることがバレずにセーフ。
依頼を受ける際にはソロ3人で臨時パーティを組むという体裁になった。
「採集は薬草類とポヨリダケが常時だね」
私が採集、リスターが狩りの依頼票を見つめている。
パーティといいつつ好き勝手にするのが常だが、一応この辺を狙うとお得そうだよという意思表示をしておくのだ。
「他には自然薯と高所大栗。3個以上からの期間依頼が出てるけど…」
どちらも不人気依頼だ。当初よりも報酬が上乗せされている。これはオイシイ。
しかし森に狩りに出た冒険者が、手の届かない高所の栗をもいだり、時間のかかる自然薯を掘るとは思えないよね。ついでにしては手間が多すぎる。
「げぇ。芋掘りとかしたくねぇ…。鹿狩ろうぜ、角晶鹿。でかくて運ぶの大変だって不人気で、報酬上がってる」
「ただの栗と違うの? なんか、冒険者が栗拾いしなくてもさぁ」
うちのパーティの反応も案の定であった。
しかし、私は前向きに検討します。
日帰りできる近くの森で採集と狩りをする。
テヴェルはダンジョンに行きたがったが…泊まりがけで出かけるなどごめんである。ボロ出したら終わるのに。
「あ、鹿」
「んー」
ざしゅ。
「また鹿だ」
「あー」
ばしゅ。
ふよふよ。だらだら。(血抜き)
異世界魔法を楽しみにしていたらしいテヴェルは、やはり幻想を打ち砕かれてしょんぼりしていた。
「…なんか…思ってたのと違うんだけど。あとグロい、怖い。なんで俺に近付けるの」
「お前の想像なんか知らん、俺の魔法はこれだ。死体は戦うのに邪魔だろ。チビは採集するもんを探してんだ、回りにあったら邪魔だろ。お前が獲物見張れ」
魔獣のご遺体がテヴェル周辺を浮遊していたのは、多分リスターの嫌がらせ。
「テヴェル、右の木の根元に薬草がある」
「あ、はい」
首のない逆さ吊りの鹿に挟まれながら、死んだ魚の目で薬草をぶちぶちと抜くテヴェル。
その取り方では買い叩かれるよ…。
私は依頼票にあった高所大栗を採集。
高所の枝にのみなる両手に乗るくらいの大栗を、拾った石をブン投げて落とす。
この程度なら、意識して身体強化様を盛らずとも、その加護だけで十分よ。
テヴェルも石を投げてみていたが、圧倒的に腕力が足りず無理だった。狙いも甘い。
…仕方ないよ、なんせ高所だからね。
中身のみを提出するものなので、殻割り係に任命しておいた。
一度目は手とナイフでチャレンジしてトゲで負傷していたが、踏んで割ることを覚えてからは無事に生き延びたようだ。
私? 見せ荷用に踏み割るのはもちろん、こっそりとしたアイテムボックスへの出し入れで、殻をむしり取る方式よ。
薬草類は利益が薄いので、採った人のものである。私も採っているのでお小遣いだ。
鹿はリスターの手柄、大栗は私の手柄だがパーティで受けた依頼だ。
報酬はそれなりに分配することになる。
しかし、何にもやらない子に報酬をやることはできないから殻を割らせているのだ。
テヴェルはどうやって生きてきたのか、鹿の解体もできない子だった。採集もあまり見つけられない様子。
だが単価の安い薬草しか場所は教えてやらん。それでパン食ってろ。
ポヨリダケは見つからなかった。
グリューベルを使えば見つかったかもしれないけれど、バレたら怖いので無理はしない。
「休憩しようぜ。歩くのダルイ…」
例によってリスターがへばったので、小川のほとりにて私が鹿を解体する。
グロいとか言っていた割に抵抗はないのか、少し距離を取りつつ見ているテヴェル。
育てる理由もないので、特に解体を教えることはせず、さくさくと切り進める私。
「成程なぁ。リスター1人で戦力は十分なのに、なんでパーティなのかと思ったら、こういうのにフランが必要なんだ」
カッチーンですわ。
雑用係と言われたっぽい。
そういえば内容は忘れてしまったけれど、コイツの手紙もムカつく感じだった気がする。
無意識に煽っていくスタイルは健在のようだ。
「チビの採集能力を侮るな。そいつ、狩らなくても相当稼ぐんだぞ」
失礼な感想に対して、ガバッと身を起こしたリスターが言った。
私は肩を竦めて、見せ荷用の布袋を顎で指す。
手が血まみれだからだよ、他意はない。
示されるまま布袋を開いたテヴェルが、栗ぎっしりの様に絶句した。
「…えっ…栗って、俺が剥いてたけど…」
大事に背負っていた自分の栗袋との差に、動揺を隠せない模様。
「私も剥いてたけど?」
「…うっわー…、いつの間にこんなに…」
「な? 目が良くて手が早いんだろうな」
手が早いという言い方は何か良くない。
見せないけど、アイテムボックスには自然薯もたくさんあるでよ。
「はい、終了」
皮と肉と角に分けて袋に入れれば、あとはリスターが魔法で運んでくれる。
折り畳みスコップを取り出して内臓やらを地面に埋めた。
手を洗い、ハンカチで手を拭くふりをして水気とニオイをアイテムボックスへ収納。
「3人で割ってもそれなりの稼ぎにはなると思うけど、そろそろ帰る?」
「んだなぁ。もうダルイ」
そういうことになった。
冒険者ギルドに戻り、鹿と栗をパーティとして納品する。
テヴェルの報酬は貢献度的に私達よりも少ないのだが、ちょっと不満そうであった。
「リスターはこれだけ鹿取った。私はこれだけ鹿捌いた。私は栗これだけ取った、君は栗これだけ割った、私はこれだけ割った」
そのようにひとつひとつ説明して、渋々のご納得である。
あとは…テヴェルのチートなのか、適当にぶちぶち取ってた品質の悪そうな薬草が、意外とちゃんとした値で買い取られていた。
2人はお疲れらしかったのでギルド内でパーティ解散。
彼らが出ていったのを確認してから自然薯を納品する。お小遣いヒャッフー!
そんなことをやっていると、ちょうど戻ってきた山賊達に会い、「ダンジョン一緒に行きたい」というリスターへの伝言を預かった。
逃げすぎると余計に追われそうだから頻繁にはできないけれど、なんでか朝食時に現れるテヴェルを、早朝移動で出し拭いてもダンジョンに行ってもいいかもね。




