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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~酒神様って…?【アンディラート視点】



 バンデドについたので、無事に護衛の役目は終了だ。

 入り口で馬と馬車を預け、街に入る。

 魔獣には幾度か遭遇したが、どれも然程強い相手ではなかった。


 危険が多いと言われた自治区郡を通るにも、…俺は役には立たなかった。

 道中ハティが小まめな情報収集に出かけていたらしく、割と安全なルートを辿ることができたのだ。

 彼らがいなければ安全な道や宿も使えなかったし、徒歩の俺はバンデドに着くまでにもっと時間を要しただろう。


 銀の杖商会のバンデド支店に寄ったら、そのままグレンシアの本店に戻るのだというアグストとハティとは、この街でお別れになる。


 惜しむらくは身体強化。

 道中でハティが手ほどきをしてくれたが、到着までに物にすることはできなかった。

 訓練を続ければ、いつか身に付けることができるのだろうか。


「では、ラッシュさんが冒険者ギルドでの用事を終えたら、商会に行くということでよろしいですよね」


 素材や護衛の精算をするというので、銀の杖商会には寄ることになっている。

 けれど、どうしても俺にとっては、オルタンシアの情報を探すほうが先だ。


 街に入った時点で一旦別れようとしたのだが、銀の杖商会の主とその従者は、どうしてか冒険者ギルドまでついてくると言う。


 別に1人でいいと言ったのに認められないところを見ると、ついでに何かギルドに依頼でも出すのかもしれない。

 行き先が同じだというのなら、頑なに同行を拒む必要もないだろう。

 首を傾げながらも、俺は俺の予定を済ませることにする。


 しかし、結局カウンターに進んだのは俺だけ。

 なぜか2歩くらい後ろからじっと俺を見守る、同行者達。


 少しだけ居心地悪く思いながらも、冒険者フランの足取りについて問う。


「…いない?」


 ギルドの受付で尋ねた俺に返されたのは、ひどく意外な言葉だった。


「ええ。フラン・ダースという冒険者の、この街での依頼受注記録はありません」


「…そんな…」


 呆然とするほかない。


 オルタンシア、いや、フラン・ダースはここで、採集どころか魔獣退治もしていない。

 絵を売っていたかも知れない…が、少なくとも冒険者ギルドを通した仕事ではない。伝手もない街で、どこに絵を売るんだ?


 行き先がバンデドだと聞いて、信じ込んでしまっていたけれど…もしかしてここへは来なかったのだろうか?


 困った。これは、とても困った。


「ラッシュさん、一度…」


「よう、見ない顔だな、新入りか?」


 サッと視界に入り込んだ冒険者が声をかけてきた。アグストが何か言おうとしていたが、冒険者が口を開くほうが早い。


「何か困りごとかい? 俺はこの辺りのことには詳しいぜぇ」


「…ああ、こんにちは。俺は今し方この街についたんだが…貴方がこの辺りに詳しいのなら、少し話を聞かせてもらってもいいだろうか。実は人を探していて…」


「ほう、人探し。そうかい。どれ、あっちで座って話をしようじゃねぇか」


 示された先は食堂…なのだろうか。

 兼業しているようで、見た目にも酒場っぽさのほうが強い。


 肩を組まれそうになったので、とりあえずちょっとフェイントをかけて躱し、アグスト達へと向き直る。

 フレンドリーな冒険者なのかもしれないが、こちらは野宿続きの身なのだ。

 申し訳ないが、ちょっと…いや、だいぶ汚れている自覚がある。触らないほうがいい。


「長引くかもしれないし、先に戻っていてくれて構わない」


 話を聞くのに、どれくらい時間がかかるかわからないのだ。

 付き合わせるのはもちろん、同行者をそこらに放って俺だけが食堂に入るのも良くない。

 そう考えて、促した。

 仮にも相手は商会の主なのだし、忙しいことだろう。


「ラッシュさん、私どものほうでお探ししますから、今日は一度引き上げましょう」


 アグストが、なぜか少し慌てた顔で言う。


 もう仕事は終わったのに、そこまで世話になるのも如何なものか。

 商人の情報網。

 期待はできるが、対価を支払うにも、それは経費としてリーシャルド様から出ることになる。


「気持ちはありがたい。だが、まずは自分でもできることをすべきだと思うんだ。ここで有用な情報が得られなければ、お願いしてもいいだろうか」


「ラッシュつったか? いい心がけじゃねぇか。最近はパッとしなかったから、他の奴らも娯楽がなくて、きっと暇にしてる」


 この辺は魔獣が少ないのだろうか?

 そんな話は聞いていないのだけれど。


「手伝ってくれるということか?」


「俺達を納得させられたら、だ。できるなら力になってやるぜぇ…できるならな」


 納得?

 幼馴染みを探しているというだけではいけないのだろうか。


 ああ、暇だと言っていたか。

 何かと理由を付けて仕合いたいタイプなのかもしれない。

 俺の腕っぷしを計ろうというのなら…まあ、彼くらいなら問題ない。


 ざっと辺りを見渡す。強めの者は出払っているらしい。うん、大体勝てるだろうな。

 もちろん平時は能力を隠している者もいることだろう。油断してはいけない。


「いいさ。全力で相手をする」


「おう、言うじゃねぇか」


 冒険者は手慣れた様子で、俺を隣の食堂へ案内する。

 飯時でもないのに、それなりに客が入っているんだな。


 …彼らは依頼を受けないのだろうか。本当に魔獣が少ないのかな。

 冒険者の街だと聞いていたし…銀の杖商会の支店があるくらいなのに?


 食堂へ踏み込んだアグストとハティは互いに腕を突き合っており、何だか顔色が悪い。

 何か都合が悪いのかもしれない。


「あの、忙しいなら…」


 彼らを先に帰そうとしたのだけれど、同時に冒険者が声を張り上げた。


「店主、樽だ!」


 ざわっと周囲が騒がしくなり、俺は首を傾げる。呆れたような店主がカウンター越しに笑った。


「お前、ようやく昨日返し終わったばかりじゃねぇか。懲りない奴だな」


「せっかくの新入りを歓迎しない手があるか。ほら、座れ、ラッシュ」


 素直に座るが、ちょっと待ってほしい。

 なぜか、樽が運ばれてきたんだが。


「人探しって話だったな。飲み比べで勝ったら、手伝ってやるぜ! ちなみに、支払いは負けたほうが持つ!」


 …あれ?


 俺は途中で何か聞き間違えたのだろうか。

 全然関係ない話になった気がする。

 しかし、樽はテーブルの横にドンと置かれている。


「飲み比べというのは…酒か?」


「他に何を飲むってんだ。ミルクか?」


「おいおい、お子ちゃまが相手なのかよ」


「お手柔らかになぁ?」


 周囲も悪乗りしてきたのか、嘲るような爆笑が弾けた。

 何だ、この展開は。


 ミルクも、あまりたくさんは飲めないんじゃないかな。腹が壊れる気がする。

 レモン水じゃ駄目か?

 いつだかオルタンシアが差し入れてくれたけど、あれなら幾らでも飲めたような。

 …思い出したら飲みたくなってきた。


 是非、レモン水にしてほしいな。

 ちらりと横目に見てみると、銀の杖商会の2人は唇を引き結んでいる。


「…もしかして、こうなるのを止めようとしていてくれただろうか?」


 こっそりと聞いてみると、揃っての頷きが返された。

 バンデドでは当たり前のことだったのだろうか。てっきり戦試合だとばかり…。


「困ったな、酒は苦手だ」


 思わず弱音を零してしまう。


「…伝えられず、申し訳ありません、ラッシュさん。しかし、御代は私が何とかします」


「そんなわけにはいかない」


 自分の不注意で、他人にツケを払ってもらうなんて。ましてや、終わった護衛の依頼主。ひどい不始末だと言わざるを得ない。


 素直にリーシャルド様に借金ということにしたほうがマシだ。これは己の失敗で、オルタンシア捜索のための経費ではないから。

 それにしても、樽の酒って幾らくらいするものなんだろう。


「他の方法にならないか? 酒はあまり得意なほうではないんだ」


 一応提案をしてみるが、馬鹿にしたような野次が返るばかりだった。


「では、もしも俺が勝ったら、フラン・ダースという冒険者について知っていることを話してほしい」


 多分負けるけれど、善戦すれば親切な人があとで話をしてくれるかもしれない。

 俺の言葉に、周囲は不思議そうな様子。

 誰もオルタンシアを知らないのか?


「フードを被った、顔を見せない冒険者だと思う。ここには、金の髪に紫の目の魔法使いを探して訪れたはずなんだ。俺はその子と合流したくて、探している」


 不安に思いながらも経緯を口にした途端に、悲鳴が上がった。


 何事かと身構えかける俺の前で、まるで大型魔獣から逃げるように、冒険者達が食堂の出口へと殺到する。

 どんなに周囲を観察しても、特に危険は見当たらない。


 目の前の冒険者さえ逃げ気味になっているので、慌てて立ち上がり、その腕を掴む…とても絶望的な顔をされた。


 あっという間に、店内には俺と対戦相手、無関係な商会の2人に店主だけ。

 逃げ出した冒険者達はギルド側に留まり、じっとこちらの様子を窺っている。

 食堂から出さえすれば無関係だというかのような、その姿に目を丸くする。


 逃げられているのは俺なのか?


「…フ…フランと、いう名だったの、か」


「貴方も知っているのか? 良かった、あの子は俺の幼馴染みなんだ」


 バンデドには来ていたんだ。

 視界が明るくなった気がした。見失ったかと思ったが、大丈夫、まだ繋がっている。

 思わず冒険者に笑いかけてしまった。


「ハハハ…「あの子」だって…。あの化けも…あのお方は、お前くらいの年なの?」


 泣き笑いのような顔をして、飲み比べを申し出た冒険者が小さく首を横に振る。


 俺が突然笑いかけたから、気持ち悪かったのだろうか。そんな泣きそうな顔をすることないのに。

 ちょっと傷ついたけれど、もしかして他人が引くほど不気味な顔でニヤついていたのだろうか。

 …うわぁ。恥ずかしい。申し訳ないことをしてしまった。


 羞恥を押さえて、平静な顔を取り繕う。

 交渉中に顔色を変えることなかれ。

 大丈夫、こんなときにもリーシャルド様の訓練が役に立っている。


「フランは俺のひとつ年下だ」


 絶望の溜息がギルド側から溢れた。

 どうした。何があった。


「じゃあさ、じゃあ…お前って、あの…フラン君よりたくさん飲み食いするのかな?」


 何を問いたいのか、よくわからない。

 けれども俺は頷いた。


「当たり前だ。そりゃ同年の他の子よりは、あの子の方が多少は多いかもしれない。だが、誤差のようなものだろう。俺のほうが断然飲み食いする量は多い。比較にならないぞ、体格も全然違うんだし」


 剣の訓練をする分、他の令嬢よりは食べるだろう、運動量が違う。でも女の子だぞ。

 成長期のせいなのか、最近の俺はやたらと腹が減る。

 オルタンシアの食事の量なんて、俺よりも少なくて当たり前だ。


 今まで食事をしてきた限り、大食らいであることを隠していたりもしないだろう。

 俺の前で取り繕う必要もないのだから、食べたければ食べればいい。

 …たくさん食べたところで、だからなんだ?


「樽、キャンセルー!」


 突然、男が叫んだ。

 びっくりしたが、何とか目を見開きそうになるのを堪えた。


「ラッシュ。勝手なことを言うがどうか許してほしい。お前の聞くことに何でも答える。だから、飲み比べは中止でいいかな!?」


「…ああ、構わない」


 どうして急に気が変わったのだろう。


 酒は喉が焼けつくうえにニガマズイ。

 こちらとしては、情報も得られて、苦行に耐える必要もなくなり万々歳だ。


「あんなガキが、あの化け…フラン様よりもまだ飲むんだと…本当かよ」


「馬鹿、酒神様のことをあの子呼ばわりだぜ、あいつ、相当な手練なんだろう」


「引き際を見極めるのは大事なことだ、良く決断したよ。見た目で侮っちゃ駄目だ」


「彼らの周りには、更に上をいく酒豪がいる可能性があるな。どっちも大して飲めないような素振りをするから」


「飲み始める前で良かった…もう俺、真面目に働くわ…」


 わらわらと冒険者達が食堂内に戻ってきた。未開封だった樽が撤去されていく。

 オルタンシアは魔法使いを追ってグレンシアを目指したらしい。

 どうやら、この街での滞在はひどく短かったのだという。


 仕事をする暇がなかった。だから冒険者ギルドでも受注記録がなかったのだろう。

 滞在時の詳細は濁されてしまいよくわからなかったが、彼女が無事であることと、その行き先がわかれば十分だ。


「グレンシアですか! では、引き続き護衛を引き受けて下さいませんか。冬ですからな、当然、料金は割増しします」


 にこにことアグストが言う。


「俺も行きたいのだから割増しなんて要らないが。冒険者としては駆け出しなので…あまり長い護衛ならベテランに依頼したほうが確実なのでは?」


「いいえ。冬の護衛依頼は人柄が何より大切なのです」


 冬だと発見も遅くなるからと、護衛依頼を受けておきながら欲に目が眩み、商人を殺して荷を奪おうとする冒険者もいるという。


 本当かな。

 先の人生を考えると、無謀にしか思えない。依頼を受ければ受注票に名前も残る。


 ギルドカードは直筆サインした時点で個人の魔力が登録されているのだから、護衛を放り出し荷物と依頼人は消えたなんて、言い訳がきかない。

 冒険者を続けるのは無理だ。盗賊として生きるしかないじゃないか。


「ラッシュさんの人柄も腕前も直接目にしていますからな。冬の移動を厭わない、信頼ができて腕の立つ冒険者を何日もかけて別に探して、交渉して割増し料金を払って…など無意味ですよ」


 普通の冒険者は見通しと足場の悪い冬場は無理に移動せず、街に留まるものらしい。

 そこに無理を通すのだから、普段より高い料金で依頼するのが常だとか。


 御者席とはいえこれまで同様に馬車に乗せてもらえるのなら、徒歩よりずっと早く移動できる。俺とて願ったり叶ったりだ。

 割増さなくて良いので、ハティに引き続き身体強化を指導してもらえるように頼む。


「商品も乗せて戻りたいですし、何日か時間を下さい。その間は店の2階の客間をお使いいただいてもよろしいですか?」


「あの…宿を取っても大丈夫だから」


「命の恩人の滞在くらいお世話させて下さい、お願いですから」


 魔獣から助けたなどといっても成り行きだし、とっくに終わったことだ。

 世話になってばかりで申し訳ないと伝えるが、彼はにこにこと首を横に振った。


 更には肌寒くなってきたから、季節に見合った装備も見繕ってくれるという。

 どうやら俺の格好は、見ていて寒そうらしい。


 特別従士になる際に誂えてもらったマントは、ある程度は温度の変化に耐える。

 そういう魔獣素材でできているから、今まで寒さは気にならなかった。

 父も師匠も、同じ素材のマントを使っている。


 でも、確かに街を見てみれば人々は厚着な感じがする。

 更に寒い街へ行けば、俺は完全に浮いてしまうかもしれない。変に目立つのは良くないよな。

 彼らに連れられて、銀の杖商会の支店舗へ向かう。


 …他国の冬、か。

 雪って、一体どんなものだろう?



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