騎士見習い隊~絡まれて、夏~
いるのか、こんなヤツが。
私の前に仁王立ちして、ふんぞり返った少年。
彼は、顔合わせの自己紹介の場で突然絡んできたのだ。
「場違いだ。お前は騎士に相応しくないっ」
あ、はい。
凛々しい女騎士の姿に憧れは抱きますが、アレはフワフワンシア同様に役どころにしかなりえない。
私の本質とはかけ離れております。
女騎士とは弱きを助け悪を挫く崇高な理念を持ち、戦時にさえ正々堂々名乗りを上げて戦うもの。
時に上っ面で物事を判断して悪役に踊らされ、時に主人公の邪魔となり、そしてオークの餌となる。
…偏見甚だしいですが、何か?
私如きに、くっころさんが務まるとでもお思いかね。色々と力不足よ。
「イルステン、でしたね。ご安心くださいな。私は騎士にはなりません」
「なっ」
「どう考えてもお父様がお許しになりませんもの。私、自衛手段の手解きと、いずれこの国の守り手となるであろう方々が、どのように育成されているかということに興味があって参りましたのよ」
ふわんふわんに微笑んでくれるわい。
憤怒に顔を赤くした少年は、そのまま言葉を探しているようだった。
突然私に絡んだ少年に困惑の目を向ける周囲。
とりあえず私は周りに笑顔を向けて、少年を立ててあげることにした。
「ここにいらっしゃる方々の大半は、将来背を預け合う仲間になるであろう人材ですもの。そのように、既に意識を高く持っていらっしゃるなんて素晴らしいと思いますわ」
私はこの時点で、女子の反感を買ったようだった。
女の子、怖い。「可愛い子ぶって」だの、「遊びで来てんじゃないわよ」などと勝気なお嬢が陰口を叩いていたりする。
いやしかし、君も同じ穴の狢で、2年目はおうちが許してくれないはずだよ。
女性騎士というのは本当にやる気と実力がなければ、ただの男性騎士よりも厳しいものだ。
多少剣が使えるくらいでは、両親は許さないだろう。
代々騎士の家系でもない限り、女騎士なんてお転婆を輩出したって何の得にもならないのだ。
女子力の高い娘を政略結婚させるほうが家に旨みがある。結婚相手をメロメロにしたほうが相手の家での実権を握れるしな。
何はともあれ、ようやく騎士見習い隊のオリエンテーションがスタートした。
先生役となる騎士は子供達の家柄を正しく理解しているが、見習い隊は家柄での特別視ご法度を掲げているので、一様に名前でのみ呼ばれる。
子供同士は相手がどこの家の子なのか、自ら家名を名乗らない限りわからない。
まだ社交にも出ていない私が、宰相さんちのオルタンシアちゃんだなんて誰にもわからないのだ。
同様にアンディラートが戦場ラヴ家の跡取りだということも、皆様ご存じない。
本当はオラオランシアで行こうかともチラッと考えたが、先生の目とお父様の面子を考え、のらりくらり戦法を取ることにしている。
「それではまずは身体を動かす訓練だ」
そうして始まった騎士見習い隊の訓練。
破竹の勢いで、皆脱落。
別に厳しくもない、体力づくりレクリエーションみたいなヤツなんですけど…。
えっ…どうしよう、私ももっとバテた顔したほうがいいんだろうか。
ちと息は上がってるけど、身体強化も一切使ってないのですよ?
「おまえ、平気なのかよっ」
立ち上がれませんという風情の絡み少年が睨みつけてくるが、貴族の子弟とはかくも体力がないものなのか。
これは、日々欠かさぬシャドウラジオ体操と、シャドウボクシングが功を奏したのかもしれない。
もちろんシャドウ君の動きの訓練のことだ。シャドウと並んでジャブ・ジャブ・ストレート!
「…だって…これでは、ダンスを5曲も踊ったら倒れてしまうのではありませんか? ピュルトレイカなんて、通しで踊ったら1曲でレレットワ3曲分は体力を持っていくのですよ?」
レレットワは、所謂ワルツみたいなダンスだ。淑女初級編として習った。
いっちにーさん、優雅にくるくるってイメージなのだが…綺麗に踊るって結構過酷なんだなと初めて思い知る曲となっております。
「ピュルトレイカ!? 何踊ってんだよお前! レレットワといい、子供の曲じゃないぞ!」
確かにレレットワも子供用のダンス曲ではない。
そもそも子供曲とは短くて、覚えやすい振り付けを繰り返すだけのもの。
言うなれば、盆踊り…いや、ペアダンスだからオクラホマ・ミキサーかね。
確かに幼稚園から小学生でも踊れるのだからレベルとしては間違いではないのか。
ん? でも子供曲はちゃんとダンスを始める前の準備運動だって習ったぞ。
まさかまさか、6歳児ダンスはあれがデフォルトなのか?
お母様スパルタ説が見え隠れ…い、いや、何事も始めるのに早いことはない。お母様の慧眼であるな。
もしくは私がここまでできることを信じての教育だ。うむうむ。
「オルタンシア君はピュルトレイカを1曲通して踊れるのか?」
少年ではなく、先生が驚いた声を出した。
私は、なぜか君付けで呼ばれたことのほうに驚いた。新鮮すぎる。
ピュルトレイカというのは見た目に華やかで軽やかで人気のある、とても美しいダンスである。
しかし、動きが多いくせに、すげぇ曲が長い。
ただでさえ美しく踊るためには手足の先まで神経を使うのに、本気出して1曲踊るとキツくてヤバイ。
夜会では、参加者が汗だくにならないようにと配慮して、1曲を5楽章に分割して演奏するくらいだ。
「ええ、もちろん。ダンスは淑女の嗜みですもの」
「ふうむ。どうやら君の基礎体力は既に上生程度には付いているようだ」
上生とは騎士見習い隊の2年次生のことだ。
いや、2年目以降はヲトコの修行場だって…あっ、ピュルトレイカはアンディラートとも練習したぞ。
アンディラートは家でまだ習ってないっていうから、いい気になって教えてあげたんだっけ…。
彼はへばってはいなかったが、私同様それなりに軽く息切れしていた。
ということは私の体力は、確かに上生と一緒だ。
もちろん持久力を考えると、フルボッコ式教育を修めたアンディラートに適うはずもないのだが。
へとへと少年少女達の中で元気が残っているとはいえ、個別指導はない。
ジト目の子供に囲まれながら、皆の回復を先生と共に待つ私。
いと居心地悪し。
「では、次は剣の型の訓練だ」
ヨロヨロしている子供達は、配られる木刀が予想以上に重かったらしい。小さな悲鳴を上げている。
確かにちょっと重いけど、ダンスの姿勢保持したまま歴史書読むより辛くはないわな。
いや、これは私が時間節約のために勝手に部屋でやっていたことだけれど。
苦もなく素振りし始める私に、なぜか皆様の視線が敵意を帯びてきた。
個人差じゃん? 運動してなかった君らが悪いじゃん?
…などと気に留めていなかったのだが、いざ軽い打ち合いをとなったときに痛い目を見ることとなる。
そう、絡み男・イルステンだ。
「…このぉっ! ちょこまか逃げんな!」
ちょおぉっと、このクソガキ、すごい全力で木刀振り回してくる!
防具があるとはいえ、そりゃ当たったら危ないから、逃げますわ。避けますわ。
全くもう。教わった型を確認しつつ打ち合えって言われたばかりで…いったぁい!!
女子の髪を引っ掴むだなんて、こいつ、紳士の風上にも置けないんだけど!?
悲鳴を堪えた私に、慌てた先生が何か言おうとする。
「あっ、こら! それは反則負…」
うおぉ、離せ、このヤロオォォ!
ぶおんと木刀を振って距離を取る。
内心はどうあれ、淑女は決して醜い表情をさらしたりはせぬ。
私は木刀を構え直し、あえて口の両端を上げて笑って見せた。
しかしどうにも目が笑えない。アルカイックスマイルだ。
相手が、あれ、というような顔をした。
イルステンよ、お前はやりすぎたのです。
仏ですら三度しか許さぬというではありませんか。
音を立てて打ち払われたイルステンの木刀が、勢いよくすっ飛んでいった。
仏でもない私が、お前を許すと思うたか。
そのまま、木刀を前方へ突き出す。
落ちよ天罰、食らえオルタンアターック!
「ぐぁっ、いてえぇっ!!」
背中から地面に投げ出されたイルステン。
呻いて、ダンゴ虫のように身を丸め…立ち上がる様子はない。
「勝ちました!」
蹲る少年を無視して、高らかに宣言。オトナゲナインシア!
「…う、うむ。勝者、オルタンシア!」
先生は困惑げに、しかし明確に私の勝利を認めてくれた。
初日は、後ろでひとつに結んだ三つ編みは掴まれると大変危険だという教訓くらいしか得られずに終わった。
三つ編みボサボサじゃんよ…。
あンの居留守ヤロウ、覚えてろよ。
体験的な性質上、どうしても上年の隊員よりも1年生隊員の方が早く終わる。
私は入り口付近のベンチで、アンディラート待ちだ。
帰りがけらしいイルステンが何か言いたそうにこちらを見ているが、目を合わせたりしない。まるっと無視。
凶悪モンスターの仲間なんて募集していないし、するとしたらスライム騎士のピエールさん一択。
腹立たしくも、結んでいるほうがみっともなくなってしまったので髪を解いた。
何となく手櫛で整えていたが、どうせ暇なので解いた髪を改めて三つ編みでもして遊んでいよう。
真後ろは無理なので、横からひとつに垂らして編み編み。良かった、あの暴挙でも切れ毛はないみたい。
出来上がる頃に、離れたところから声が聞こえた。
「どこかで花を見つけてくれば良かったな」
聞き慣れた声だ。
顔を上げると、こちらへ向かってくるアンディラートを発見した。
反射的に手を振ると、向こうも振り返してきた。
2年生はなかなか訓練が激しいようで、服や顔がちょっと薄汚れている。
「髪に花を編み込むってこと? 『ラプンツェル』風アレンジみたいね」
「…ラプン、ツェル…?」
「そう。高い塔に閉じ込められたお姫様のお話。ラプンツェルは髪がものすごく長いの。魔女がその髪をハシゴ代わりにして塔を上り下りするのよ」
「ぷっ。何だそれ。どんな状態なのか全然想像できない」
指でちょこちょこと私の三つ編みをよじ登るチビ魔女を表現し、アンディラートが笑う。
想像図、多分ガリバーになってるんじゃないかな。
これだけの説明では、まるで意味不明なのだろうから、仕方がないか。
差し出された手を掴んで立ち上がる。
ベンチから立つだけなのに手を借りるって、レディというより、おばーちゃんぽくない?
そう思ったけれど、歩き出しても離してもらえなかったので、珍しく手を繋ぎたかっただけなのだろうか。
馬車の待機場所までてくてくと歩く。
アンディラートんちの御者さん。帰りも、うち経由でよろしくお願いします。
扉を閉めて、ようやく一息ついた。
「今日はどうだった?」
うーん。何と答えたものか。
心配させるのは本意ではないのだけれど。
今日のことを他の人から聞かされた場合、あとが怖い気がする。
「なんか男の子に絡まれて、髪引っ張られた」
「…誰だ。名前は?」
「とりあえず防具の金具狙って木刀刺してやったわ。お世話になったらお返しは必要よね」
木刀の衝撃よ、金具形の痣となれ。
大丈夫、骨は折れない、内臓にも支障なさそうな位置だった。
話を聞いて痛そうな顔をした彼は、防具の金具の辺りとなる横腹をさすっている。
「うわ、突きか…。それで、相手は誰だって?」
「髪はきちんと上げてこないといけないということを学んだわ。ここは既に戦場だったのね」
アンディラートは溜息をついて、私の鼻をデコピンするが如く弾いてきた。
「ぅがっ」
「…仕方ないな。リーシャルド様には黙っておくよ」
すまねぇ、すまねぇ。よろしく頼む。
初日からこんなのがバレたら、二度と来させてもらえなくなる。
「貸しひとつだぞ」
珍しくそんなことを言うので、驚いてしまった。
急に擦れた大人みたいなこと言っちゃって、どうした。
騎士見習い隊2年生になったら、世間擦れしちゃったのだろうか。
おい、誰だ、うちの大天使に俗世の汚さを教えたヤツは。
「…では、何なりとご命令をどうぞ、ご主人様?」
かわい子ぶりっ子、あざとく小首を傾げて上目遣い。笑んだ口許の辺りで両手を組んで言ってみる。
アンディラートは、ぱぁっと赤面した。
ふはは、やっぱ全然大人じゃなかったね。安心、安心。
末永く真っ白でいてください。
「えー? どんなご命令を想像したんだい。やーらしー」
「そ、そういうんじゃないっ」
思わず吹き出してからかったら、むぎゅっと鼻を摘ままれた。
どうやら彼なりの抗議と遺憾の意を示しているようだ。
指ぢから強い。若干痛いではないか。
なんせお母様似の美少女の上目遣いだもの、ただのシャイボーイ現象よね。
いかがわしい命令なんかしないって、わかってるってばー。
「なんで今日は鼻狙いなのよー。やーん、ご無体はおやめくださいませ、ご主人様ぁ」
「…もうっ。軽々しく、他所でそういうこと言ったりやったりするなよ」
「ははっ、君の前以外のどこでやるのさ。他所ではちゃんと猫を被りますよーだ」
ようやく離してくれたと思ったら、ピンッと鼻先を弾かれた。
ぎにゃー。
チラッと馬車の窓ガラスで確認したら、案の定鼻が赤くなっている。
うむむ、痛い。
からかいすぎたかしら。




