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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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出会って、しまった。



 リスターとダンジョンでの依頼をこなして戻ってきた、ある日のことだった。

 冒険者ギルドにて、依頼の達成報告をしようとカウンターに向かう途中。


「あっ、金髪の美人!」


 不意にかけられた大きな声に、リスターの顔が不快げに歪む。

 魔法使いって言葉ににかかっていれば確定だろうけれど、他にも金髪はいるのに自意識過剰なんじゃないですか?


 …と言いたいところだが、実際に目に見える金髪の美人はリスターしかいなかった。

 くっ、私がフードを被ったままで、残念だったな!


「何だ、テメェ?」


「…っと」


 ガン付けヤンキー対応のリスターに、相手は一瞬引いたようだ。

 しかし折れない心の持ち主のようで、リスターをジロジロと上から下まで眺め回す。


 爛々と紫に染まりつつある魔法使いの目が、言葉より如実に彼の心情を物語る。

 軽装の冒険者はニコッと笑顔を作ると、威嚇する魔法使いの正面に立った。


「俺はテヴェル。ダンジョンで倒れたところをあんた達に運んでもらったんだけど、覚えてないかな」


「…はぁ?」


「フロンって冒険者が拾ってくれてさ。馬車で街まで運んでもらったんだよ。金髪のすっげぇ美人を見た記憶があったんだけど…うーん…男だったのか…マジでがっかり」


 うわ、フロン君の拾った奴か。起きて話してたらこんな感じだったのか。

 私はそっとリスターの背後に隠れた。


 すごい。これはすごい。


 クズセンサーがビンビンだ。

 アホ毛がアンテナとしてピンと立ってしまいそうなくらいの、鳥肌モノのクズの気配。


 冷汗が背を伝う。関わりたくない。


「で、何か用か」


「ねぇ、あんた実は女ってことない?」


「殺すぞ、クソが」


 表情は見えないが、不機嫌を隠さぬ声音のリスターに、彼の表情筋が評価の高い仕事をしているであろうことが窺える。


「受付で聞いたらさ、見たらすぐわかるって言われたんだけど。金髪で紫の目の美人の魔法使いって、あんたのことかな? あんたに姉とか妹とかいる?」


「うぜぇ、死ね」


「ひっでぇ。あんたと性格が似てないといいな…いや、女の子ならちょっと気が強いのもアリかなぁ」


 金髪で紫の目の魔法使い。

 ふと引っかかった私と同時に、リスターも違和感に気がついたらしい。

 殺すぞオーラを若干弛めて言葉を紡いだ。


「んで結局、俺が美人だから、妹でもいたら口説こうって話なのか?」


「ああー。それもアリかもしんないけど」


 リスターの服の裾を握りしめた。

 彼が肩越しに視線を寄越した気配がしたけれど、確認できない。


「ちょっとね、お姫様を探してるんだ。金髪で紫色の目をしていて、魔法が使えるらしいんだよ。魔法使いって少ないんだろ、あんた、忘れられた姫君って聞いたことない?」


 目眩がする。


 敵だ。

 こいつ、私の敵だ。


 関わりたくないタイプだけど、そんな訳にはいかないことはわかっている。

 仲間がどれくらいいるのかとか、本拠地はどこなのかとか、そう、聞き出さなくっちゃいけない。


 そもそも、私の敵がクズであることはわかっていたのだ。

 竦んでいる場合じゃない。

 なのに。


「…ちょっと待て。連れの具合が悪いんで、また今度にしてくれるか」


「ツレ?」


 いつの間にかリスターは、ふらつく私を片手で支えていた。


 …人との距離が近すぎて気持ち悪い。

 ひとりでは立っていられそうにない。

 しかし、できればお離しいただきたい。


 センサーが緊急値でぎゅんぎゅんなことと、対人距離が近すぎることと、パニックにより足元すら定まらないことが、猛烈な勢いでメンタルを削っていく。


 何だよもう、一気にいっぱい来るな。現実が受け入れがたいっ。

 癒しが、癒しが足りない。


 …うぅ、でも逃避しても状況は何も変わったりはしない。

 それは嫌というほどに学んだ。


 頑張れ私。

 おうち帰れば、確実に癒しがある…というか、癒しが遊びに来る。

 倒さなくっちゃ、おうちに帰れないのよ。


「そっちは?」


「弟分だ。風邪でも引いたのか、帰ってくる途中からどうも調子が悪いらしい」


 相手が一歩こちらへ踏み出したのが視界の端に映って、私は身構えかける。

 リスターが間に入って牙を剥いていた。


「チビに寄るな」


「…何だよ。風邪だって言うからっ…」


 私は気を落ち着けて、口を開いた。


 大丈夫。

 やれる。


 より低く。喉に負担をかける声で。

 鼻と喉の境目を狭めて、口呼吸で。


 さぁ、震えたりしないで、今こそ出すのよ。カスカスでザラッザラな声を!


「ホント、寄ラナ゛イ方ガ良イヨ゛ー」


「うわ、ひっでぇ声!」


「移ルト、ヤバソウナ゛風邪ダヨ゛ー」


 口許を押さえ、ゴフゴフと咳のおまけ。

 こちらに寄りかけていた男は、さっと身を引いた。


 そうそう、ステイ。クズ、ステイ。


 しかし荷物に手を突っ込んでゴソゴソすると、そいつは何かを差し出した。

 オレンジ色の。


 どくんと、心臓が跳ねた。


「これ、やるよ。風邪にはビタミン、ビタミンと言えばミカンだろ!」


 懐かしさに、無意識に手が動く。

 しかし差し出されたそれに触れる前に、さっと魔法使いに取り上げられた。


「ぅわ、何だこのオレンジ! 腐ってんじゃねぇかっ!」


「ちげー、腐ってない! ミカン!」


「はぁ? 意味わかんねぇ、こんなブヨブヨするのに腐ってない訳あるかよ!」


「腐ってない、潰すな! あんたにやったんじゃねぇよ! これだからこの世界は!」


 これだから、この世界は。

 その台詞に唐突に理解した。


 こっちでミカンなんか、見たことがない。

 腐っているという、リスターの懸念は尤もだ。

 だってこちらのオレンジは、割らないと食べられない、椰子の実かってくらい固い外皮をしているのだ。


 日本から来たという、別の転生者。

 そうだ。そんな奴がいた。

 そしてそのチートは、ピーマンを作れるような、農業っぽい何かだったはず。


 急には思い出せない。

 もう終わったことだと思っていたから。


 だけど、そうだ、確かに。テヴェル…そんな名前だった。


「…みかん食べたい」


 それでも無意識に呟いて、伸ばしていた手に、リスターは一瞬困惑げな顔をした。

 続いて決意の顔になり、ミカンを半分に割ると一房ちぎって口に入れる。


「…ぶぇ、何だこれ、あっま…やっぱ腐りかけなんじゃ…」


 すまぬ、リスターよ。それが正しいミカンの味だ。

 こっちのオレンジは爽やかな酸味が特徴だからな…。


「甘いのが普通だ! あんたにやったんじゃないって言ってんのにっ」


「うっせぇな、チビは腹が弱いから、何でもは食えねぇんだよ! 確かめてからじゃなきゃやれねぇよ!」


「そ、うなのか?」


 そんなことはない。

 この世界の人間にとって怪しすぎるものを、それでも私が食べたがるから、理由を捻り出してまで毒味をしてくれたのだ。


「…まー、食えなくはねぇだろ」


 リスターは変わらず伸ばされたままの私の手に、半分のミカンを乗せた。


 ミカン。

 二度と食べられないはずだったもの。


 こっちのオレンジとは、やっぱりどうしても違うもの。


「…おいしい」


 しかもこれ、ハウスミカンなのね。

 自称風邪の私にくれるってことは、お見舞い用なの?

 なんでそんな限定的な感じで作ったんだよ、テヴェル…。


 クズセンサーが最大限に警告する恐怖と、無意識が引っ張られるほどに懐かしい前世の食べ物。

 何だか頭の中がグチャグチャで、どうしたらいいのか、わからなくなってしまった。


 だから、テヴェルが目を輝かせて私に近付こうとするのを見逃した。

 こちらに伸ばしてきた手を身体で遮って、やっぱりリスターが牙を剥いていた。


「チビに寄るなって言ってんだろ!」


「な、美味しいだろ! あんた、わかってくれるか! 風邪にはミカンだろ!」


 間に入ったリスターの腕でグイグイと距離を取らされながらも、テヴェルは一生懸命に私に向かって言う。


「どいつもこいつも、俺の作るもんが可笑しいとか不味いとか言うんだ。この世界のものよりずっとずっと上等なのに! 改良されてて、洗練されてんのにさ!」


 チートの行使に失敗した、彼の強弁。


 テヴェルは…本当にこの世界に馴染めていないのかもしれない。

 オレンジひとつとっても、日本にいた頃とは違う。それを受け入れられないのだ。


 前世の記憶があるというのは、不便なことだ。

 まして、彼は前の人生の、自分の名前すらも覚えていたはず。

 薄ぼんやりとしか覚えていない私と違って、明確な記憶として、以前の人生を保持したままなのだろう。


 それは、辛いことかもしれない。


「…果物、アリガト」


「うんうん。早く治せよ。また話そうぜ」


 テヴェルは上機嫌で道を空け、私達を宿に帰してくれた。

 今にも私を抱え上げてしまいそうなリスターを何とか宥めて、自分の足で歩く。


 今は何も考えたくない。

 だけど早く気を取り直して、アレとその仲間を退治しなくてはならない。


 テヴェルは日本からの転生者だが、お母様を閉じ込めていた奴ではない。それじゃあ年齢に無理がある。

 つまり、忘れられた姫君の関係者の全てが日本人だってわけじゃない、よね?


 まだ他にも日本からの転生者が関わっていたらどうしよう。それが皆クズだったら。

 私は、この世界で幸せになりたいのに。


 …宿に戻った私は、話していなかったりぼやかしていた諸々を、リスターに再度追求されるはめになった。

 追求されたからって、何でも話すとは限らないのだがな!

 もう、今日は不貞寝する!



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