ペルトカ支店へようこそ
リスターは妹分たる私を、斜め後ろ辺りに配置したがる。
特に用事がないから断らなかっただけなのだが、彼が行くところには大体連れ回されており、それが当たり前みたいに思われつつある気配がした。
しかし正直今まで各自一人でウロウロしてたので、常に二人三脚というのはちょっと…たまには距離を置くことも必要だと思う。
自身、ウザイことが嫌いなリスターだ。適宜別行動することにはあっさりと理解が得られた。
というわけで、山賊と御者と魔法使いというパーティがダンジョンへと向かった。
二泊三日の予定。つまりダンジョンは行き帰りに1日かかる距離にあるのだね。
そのうち私も行くけれど、今日は街でお買い物だ。
パーティで使う食料やらの補給はリスターと一緒でもいいだろうが、乙女の秘密とは言わないまでも、プライベートな品々を見るのには一緒に行動したくない。
リスターだって、興味のない絵の具探しに付き合わされてもつまらないだろう。
景色やらを描くと、どうしても緑を大量消費する。自然が多いからな。
白と緑の絵の具の減りが激しいから、補充したいのよね。
…そう思ったのだけれど、いやぁ、この街には全然絵の具が売っておりません。
色々と歩いてみるが、見つかったのは糸や布用の染め粉と、柵や看板を塗るようなペンキだけだった。実用一辺倒。
手持ちの緑色の魔石を砕いて色粉にしてみたって、焼け石に水。
描いてる途中で色が足りなくなって、一部がペンキって言うのもちょっとどうかと思うし、やっぱり絵の具が欲しいよなぁ…。
困ってしまって、溜息をつく。
冒険絵師、商売道具が手に入らず、廃業の危機です。
絵画なんてのは、生活必需品ではない。道楽・贅沢品に括られてしまう。
装飾や趣味として購入するようなものだから、良い値がつく分、買い手が限られる。
ここは街としては大きめだけど、経済の主力は出稼ぎの冒険者。客層は平民だった。
街の生活と冒険者向け商品の取り扱いが主な商店には、そんな不良在庫になりそうなものは置いていないというわけ。
前世のコンビニがどれだけ充実していても、さすがに油絵の具は置いてなかった。
近所に美大でもあればわからんけど、売れないものが置かれないのは当然のことね。
だから、専門店でもないこの街の商店に、絵の具の在庫がなくたって責められない。
…責められない、けれども…。
露店や商店の並びを通り抜けても尚、諦めがつかずに歩いていると、ふと住宅街でもないどこかに出た。
ちょっと大きめの建物があるな。だけどあんまり家っぽくない。
倉庫かと言うと、そう見えるものもあるけれど…首を傾げる私の斜め後ろで、会話が聞こえた。
「いい取引だった。また頼むよ」
「はい。ありがとうございました」
これは…店員と客?
お店なのかしら。私が振り向くと、店員らしき女性がこちらに気がつき会釈する。
声をかけようか迷って、知らず右手を少し差し出してしまう。
引き止めようとする動作を正しく理解し、相手は姿勢を正した。
「…あの。商人さんですか?」
彼女が何なのかよくわからなかったので、曖昧な問いかけになる。
取引、と言っていた。
金銭が絡みそうな言葉ではあるが…頭に浮かんだのは株取引だ。
女性からは遣り手っぽい雰囲気がするものの、デイトレーダーに絵の具売ってくれって言っても仕方ない。
いやいや、こっちの世界に株取引なんてないよね。わかってる。
でも、それこそ女性の実業家なんているもの?
如何に貴族の妻に役割があるとしたって、それは「夫の補佐」でしかないし、男性と対等に渡り合うという意味ではない。
令嬢知識的には、あまり出しゃばって歩く女性というのはよろしくないので、社会進出が有りなのか判別できない。
冒険者の女性は、男性よりも少ないけれど、いる。そう考えると平民層では有りか?
女性はにっこりと笑顔を浮かべた。
「私どもは銀の杖商会と申します。何かご入り用ですか?」
「…商会」
それは、お店のことだ。
でも、先程まで見てきた商店街とちょっと毛色が違うのは何だ。
「何を扱っておられますか?」
「ペルトカではダンジョン産の品や素材の買い付けを主に行っております」
ですよね。
がっかりしかける私を制するように、彼女は更に言葉を続ける。
「けれども、我が商会は武具・生活用品から宝飾・贈答品まで広く取扱いがございます。期間はいただきますが、必要なものがお有りなら、大抵のものはお届けできますよ」
おお、なかなか大きく出たじゃないか。
その自信のある態度に、私はちょっと心動かされた。
「実は油絵の具を探しているんですが、見つからなくて…緑と白、用意できます?」
聞き返されるか、無言になるのを予想した。
けれど相手は考え込むことすらしなかった。
「3週間程いただければ可能です。2本ということは、補充分ですね。お客様がお使いになられるのですか?」
「はい、絵師なものですから」
「それは素敵です」
素敵だという世辞まで加え、彼女は笑顔を崩さなかった。
冒険者的身なりの人間からは予想外の注文だったはずだけれど、これはプロだな。
冗談だと思われている可能性もあるけれど…期待できそうかしら。
あ、でも御用聞きでもない商会を通しての取り寄せが、絵の具1本なんていいのか?
「もしかして、注文はまとまった数のほうがいいのかな? せめて何色セットとか?」
もしもそうであったとしても、いずれ使うものだ。
大量購入しておいたって構わない。
お姉さんのプロっぷりに、私の好感度は上昇している。
「いいえ。1本からご用意致しますよ」
迷いのない答え。
いい商人さんです!
良い商家との付き合いは大事よ。
しばらくはこの街で過ごすのだし、こちらもいいお客さんだって思われたい。
彼女はすっと自分の後ろにある建物を示し、私に誘いをかけた。
「よろしければ、中で詳しいお話をさせていただけませんでしょうか」
発注書とか書かなくちゃいけないものね。頷いて、建物の中へと案内された。
銀の杖商会、ペルトカ支店。
看板にはそんな文字が書かれている。
「絵画も売買されるのですか?」
問えば、商人さんは肯定した。
けれども少しだけ、すまなそうに眉を下げる。
「買取りも販売も致します。しかしながら絵画は好みが顕著に出るものです。依頼あってのお取引でなく、飛込みでお持ちいただいた場合には、ご納得のいく価格でお引取り出来るかのお約束は致しかねます」
こんな行きずりの冒険者が「絵を描くんですよ」と言ったって、それがスペシャルで刺激的な画伯でない保証はどこにもない。
何でも買い取りますよ、なんて言うよりも信用できるというものだ。
「ええ、わかりますよ。トリティニアやゼランディでもそれなりに販売できたので、恐らく問題ないとは思いますが…今度、持ち込んでみても?」
「まあ、そうなのですね。ええ、お客様さえよろしければ、是非」
やったよ、卸先も見つかった。
自信満々で申し訳ないが、きっと商人さんも気に入ってくれるよ。
初作が駄目でも、どんな絵なら売れそうかリサーチして再度挑めばいいのだ。
そうと決まれば、絵の具が到着するまでに題材を探さなくっちゃ。
冒険絵師だから、やっぱりダンジョン行ってからかな。
それともまず力量を見てもらうのに、商人さんでも描いてプレゼントしてみようか。
…うーん、駄目だね。
依頼もしていないのに、初対面の人間に精密に自分を描かれるなんて、女の子から見ると気持ち悪いことだ。
せめて何度か会ってからだな。
ストーカーだと思われたら困るので、キャリアウーマンの絵はお預けである。
「あっ、そうだ、もしかして調味料なんかも扱いはありますか?」
ハッとして私は声を上げた。
醤油っぽいものが欲しい。
手広くやっている商会なら、もしかして何か知っているかもしれない。
「調味料…ですか。ええ、塩や砂糖の取扱いもございます」
絵の具からの急な話題転換。
商人さんはそれでも笑顔でついてきた。やはりプロだ。
意気込んで醤油の説明をしようとして、思い止まる。
…味噌、木になってたぞ。しかも蛍光色で。
そう考えると、こちらの醤油ってちゃんと黒くて大豆発酵食品なのかしら…?
不自然な沈黙。
商人さんは笑顔を絶やさずに待っていてくれる。
ええい、聞くのはタダよっ。
「しょっぱくって液状の調味料を探しているのです。何か思いつくものはあります?」
「…しょっぱくて、液状…名前はわからないのですか?」
潔く頷いた。
「はい。実は先日、とある街でミーソというものが調味料として使われていることを知ったのですよね」
漠然としたものを探せと言っても困ってしまうだろう。
例え醤油が手に入らなかったとしても、商会の取扱い品であれば彼女にも損はないはずだ。
だから、醤油に限定せずに注文を出すことにする。
「砂糖と塩以外にも、何か変わったものがあるのではないかと思って。先程、手広く扱っていらっしゃると仰っていたので、何か調味料が手に入らないかなと思ったんですよ」
「成程。これといった目的の品があるわけでなく、見知らぬ調味料をお求めになりたいと」
商人さんは納得した様子を見せた。
そうして教えてくれることには、カラソース、ショル、デロンヌなる調味料の取扱いがあった。
想像が全くつかない。
デロンヌて。スライム女子って感じ。
手付けとして相場の半値を前払いし、残りは商品が届いてからの精算。
そうして絵の具と共に3週間待ったのだが、生憎と醤油はなかった。
まぁ、そう簡単にはいかないか。
ちなみにカラソースは気の抜けた感じのバルサミコ酢、ショルは薄いオイスターソース、デロンヌは辛くないタバスコであった。
失敗である。
意気込んで発注したけど、何か、どれも処分に困るわ。




