冬が来る前に
まるで神かの如く崇められる、チーム・金髪。
冒険者の到着と同時に脅威が消えたことに、村人達は驚喜乱舞していた。
「えっと、アレ多分きっと筋肉痛やらに効く湿布の材料くらいにはなるかもしれないのですが、使いたかったですか?」
皆がとんでもない筋肉痛なのだからと思ってミントの提出を申し出てみるが、村人達は誰一人として頷かなかった。
「せっかくいなくなったのに?」
「一株でも残っていると安心できない」
「夢にまで見た。もう見たくない」
すごい嫌われようである。
今まで畑であんな雑草を見たことはなかったのだから、ないのが自然だとして頑として受け付けない。
ここまでの増殖を見せたのだから、当たり前かな。
嫌がるものを置いていく必要はない。
しかし廃棄するにも考え物だな。
普通のゴミ類と違って、埋立地から爆発的に増えて、他の人が迷惑すると困る。
今まで畑で見なかったというのなら、森かどこからか、種が付いてきたか飛んできたということなのだろうか。
侵入経路がわからない以上、また増える可能性はあるが…村人達も恐らく、見かけたら速効で引っこ抜いて焼き捨てるだろう。
一度は殲滅したのだ。維持するのは、ここに住んでいる人達にしかできない。
逆に、森でミントが増量中なら、欲しければ取りに行くこともできるだろうしね。
ん…?
言い換えれば、大豊作なのか。
ミントの当たり年だったのだろうか。
外れ年を探すのが難しいほどの、某ワインの煽り文句が脳内をよぎる。
ヴィンテージもの…もしやこのミント達も、なんかいい汁が出るのかな。
そう考えると捨ててしまうのももったいないような…でもどうすりゃいいんだろう。
ミントジャムなんて聞かないよね…バジルならソースにできるけど…。ジュースか? ミントシロップか何か作る?
…いや、作っても、飲むかな?
私だって、別にミント大好きってわけじゃないしなぁ。
アイスだって、チョコミントよりバニラを選ぶもんね。ミントアイスは色合いがまずファンキーすぎる。
つまるところ私は、あんまりミントを食べ物とは認識できないのだ。
ならばメントールとして…塗り薬かな。…白地に緑の軟膏缶を思い出す。
大きな街の薬屋さんとかなら、もしかして薬草としての需要があるのかしら。
…いや、ないか。
この村ですら、湿布の材料は足りてる感じだもんな。使い慣れた材料が枯渇しているならまだしも、わざわざマイナーなものを作っても売れない。
うーん。使い道については、もうちょっと考えてみよう。
幸い、保管場所には困らない。太陽光だけは無理なのだが、萎びない程度に土と水を与えてもいいしね。
ミント退治について、村人達への説明は、約束通りにリスターがしてくれた。
話を盛るとは言っていたが…深夜のミント狩りに必要な魔法が、まさか複数の魔法使いが協力して複雑に編み上げる、月光パワーを借りた作物に優しい魔法だったとはな…。
口の悪い男から紡がれた、意外なるメルヒェンに動揺。
月に代わって雑草にお仕置きしたリスターは、美少女戦士である可能性が出てきた。
あれ、それってどう考えても、私の役じゃないの? 納得行かなくない?
あ、男装枠もあったか。それなら私はそっちだな。メインは譲るも致し方なし。
「チビは休んでろ。完全無欠の俺と違って、成長途中のガキは魔力切れが危ぶまれる」
収穫の手伝いをすることになったらしいリスターが、そんなことを言う。
多分本音は、昨夜一片の活躍もできなかったことに対する悔しさなのだろう。
私が魔力切れを起こすかどうかはモショモショと濁すにしても、村内で持ち上げられたいわけでも何でもないので、ありがたくヒーローの座を譲り渡す。
あのふわふわマジックで作物を運んでやるだけでも、腰痛持ちの村人達は彼を拝みやまぬに違いない。
私の代わりに目立ってくれるのだから、実に好都合と言える。
村長宅の客間に戻ることにした。
動ける村人達は各自冬支度か、畑仕事か、救世主リスターの観察と追跡に出向いている様子。
私など気に留める人もいないだろう。
そうして私は。
トイレの前で行き倒れているおじいさんを発見しました。
ギックリ村長である。
「大丈夫ですか?」
もがきそうで、もがけない。
そんな感じで床にうつ伏せだ。慌てて駆け寄ると、相手は憔悴した様子で礼と謝罪を返してきた。
一応断りを入れてから、ヒョイとお姫様だっこを老人に敢行。
美少女がじーじを姫だっこする、誰得な光景である。フードで見えないけどさ。
倒れていた位置から危惧したのだが、幸いにも事後であったため、お部屋に運んであげるだけで済みそう。事前だったら下介護案件だったのだろうか。困る。
いや、お父様とお母様とアンディラートなら、下のお世話も頑張れると思うよ。
でもさ、そもそも接触自体拒否したいのに、見知らぬ他人はちょっと無理かな…優しくできないよ。介護士さんはマジ尊敬するわ。
とはいえ私に危害を加えられなさそうな老人なら、姫だっこは嫌悪がない。
いざとなったら勢い良くブン投げれば、ギックリ村長に私をどうこうすることはできないという目算がある。
ギックリ腰は確実に悪化するだろうけれども、悪意のある相手に容赦してもいいことはないからな。
何ひとつ悪いことはしていないのに、妄想の中でブン投げられている村長。すまん。
…改めて考えてみたら、子供から中高年くらいまでの全ての男女が潜在的な恐怖の対象って、わりと酷いな。
自我もないような赤子か、張り倒せば勝てる老人だけ平気って。
…しかも老人ですら躊躇なく張り倒す気満々って…我ながらクズい。
どうやったら脱却できるのだろう。無理なの? 私、今生もクズでしかないの?
遠い目をしながら、ギックリ村長をベッドに下ろしてやる。
気持ち、意識してソフトめに。
「今日は焼却作業をしていないのに、随分と暖かいですね」
寒いと思って着込んだのに、ちょっと服のチョイスを間違えたようぜ。
そんな世間話を振ったところ、村長の口からは思わぬ言葉が飛び出した。
「ああ、この辺は魔力が多めの土地らしくて、あまり気温が下がらないのですよ」
きょとんとした私に、村長はちょっと困ったような顔をした。
ああ、うん。
私はきょとんとしたのだけれど、相手からしたら、フードを深く被った相手が突然無言になって動きを止めただけだね。それは確かにちょっと困ったりもするね。
「魔力が気温に影響するのですか」
初めて聞いたよ、そんな説。
しかしながら私の不審を物ともせずに、村長は頷く。
「ダンジョンができるほどの魔力濃度ではないので、鄙びた村のままでいられますがね。きっと、そのせいでこのような雑草も現れるのでしょう。まあ、雪が降らないだけでもありがたいものです」
今回のミントも、魔物にはならないまでも、魔力過多で性質が歪んだのであろうという話だった。
ミントの真実はわからないが、魔力の低い地域よりも、気温を維持していられるのは確かなようだ。
ってことは魔力の多い…ダンジョンがあるような地域は、冬でも過ごしやすいのか。
てっきり冬場は行き帰りが大変すぎて、ダンジョンだって閑古鳥だと思っていたのに。まさか、まるで逆だったなんてね。
寒くて薄暗い冬を、少し憂鬱に感じていた私には朗報だ。
どうせどこかで冬籠もりしなくちゃいけないのなら、雪に閉ざされた村とかよりは、そっちのほうがいいなぁ。
わくわくしながら、近隣のダンジョン情報などを村長に尋ねる私。
どうやら考えることは皆同じらしく、足止めを食う冒険者やそれを狙った商人で、冬場は賑わう街があるらしい。
ダンジョンのないトリティニアと違い、他国では色々あるのだなぁ。
リスターが戻ってきたら、目的地について相談しなくっちゃ!
私はそう意気込んでいたが、しばらくすると同様の情報を携えたリスターが意気揚々と帰ってきたので、ちょっと笑った。
そしてもう私が知っていたからって、いい年して拗ねるの、やめれ。
「ここにはギルドがないから、何にせよ依頼を受けたギルドまで達成報告に戻るんだけどな。数日待てば馬車出してくれるってよ」
村の生き神リスターは、気だるげにそう言った。
荷運びはあのふわふわ魔法で行なったのだろうに、普通に村内を歩くだけで体力が尽きたのだろう。持久力ないから。
そう考えると、行きの強行軍に文句も言わずによく耐えたよね。
アレな言動はやっぱり、群がってくる相手用の態度なのだな。
そして、取り立てて親切を前面に押し出さないからといって、別に誰かに責められたりはしないんだと気付く。
本当に困っている相手には冷たくしない…それだけで、別にいいんだな。
それくらいなら、私にもできそう。
人付き合いの距離間なんてビギナーもいいとこだから、うっかり。
いつの間にか、全方位に手を差し伸べる聖人か、クズの二択しかないと思い込んでいたぜ。
「出立が数日後っていうのは、なぜ?」
「寝込んでるヤツが起きるまでってことだ。どうせ2、3日程度だろ、回復を待とうぜ。歩くよりゃ全然マシなんだからな」
聞けば、冬支度の買い出しに行く村人達がいるのだとか。予定さえ合えば、その馬車に乗せてくれるのだという。
…しかしながら現在、筋肉痛ダウン中。
乗せてもらうつもりなら、彼らが動けるようになるまで、もう何日かこの村で過ごす必要があるというわけね。




