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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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113/303

それは飾りでしかない。



 村人達の馬車に乗せてもらうことになった。

 本来の旅程は5日程だが、村人一味は大変慌てていて、一刻も早く戻らねば畑は全滅してしまうとでも言いたげであった。


 そんな大袈裟な…とチーム・金髪は楽観視していました。


 しかし、クライアントの要望だ。夕闇が訪れるぎりぎりまで進む。

 夜はテントを出さずに村人を馬車に押し込めて我々が交代で護衛し、日の出と共に出立。

 足りない睡眠はこれまた交代で、昼間に馬車内休憩を取る。


 通常ならば、見知らぬ人々の詰まった馬車で眠るだなんて真っ平ご免だ。

 しかし村人達は進むことに必死で、こちらに危害を加える余裕はない。


 私達を迅速に村に届けたいのだ。

 機嫌を損ねて途中で「やっぱりやめた」と依頼を放棄されてしまえば、後がないと信じている。


 人口密度的に落ち着かなくはあるが、他人への警戒という意味では、未だかつてないほど安全な環境かもしれない。

 休憩は馬のためのようなもので、人間達は疲労困憊。食事も簡素にし、出来る限りの時間を移動に当てた。


 そうして数日後に我々は知る。

 チーム・金髪の初期認識は全くの誤りであったと。

 事態は村人達の懸念した通り、ひどく深刻だったのだと。


「…こりゃヤベェな」


 リスターですら顔を青くしていた。

 村に近付けば、見えてきたのは幾つもの煙が空へ上り続けるという異様さ。


 焼き討ちでも狼煙でもない。

 だが、昼にも拘らず、そこここで火が焚かれている。


 そう、雑草の焼却処分だ。


 乾燥した暑い空気の中、ちらほら見えてきた村人の様子に目を凝らす。

 そこには、ゾンビのような動きで草をむしり、山のような雑草を台車でフラフラと運ぶ人々の姿が。

 み…見ているだけで腰が痛くなるぜ…。


「あっ…ぼ、冒険者! 冒険者が来た!」


「おーい、おーい!」


 村内にいた人達はこちらに気がつくなり、遭難者が救助ヘリを見かけたかの如く必死で存在をアピールし続けてくる。

 あまりの歓迎ぶりに、私とリスターの顔も引きつっていた。


「よく、よくぞいらして下さいましたっ」


 村人達に引きずられるようにして現れた代表者は、まだ青年のようだ。


 随分と若いけど、これが村長なの?

 内心で首を傾げていると、すぐに情報がもたらされた。


 悲報・村長はギックリ腰。

 もはや村の中高年層はギックリしてないほうが珍しい状態らしい。


 ベッドから動けないために、孫が代理の代理を務めているのだとか。本来の代理である息子のほうは領主への使いに走った模様。


 だが代理の代理村長も既に結構な前傾姿勢。腰を押さえてギシギシと歩いていた。

 限界は近い。もしも彼が倒れたら、次の代理には誰が立つのだろうか。


 姿勢だけなら誰もが老人というこの村の村長宅で、私達は事態の説明を受けた。

 草の進行を食い止めねば無事な畑も襲われてしまうため、収穫も遅れ気味。

 体力の大半を草むしりに当てているために、買い出しや薪割りも出来ず、冬支度は遅々として進んでいないという。


 これ、放っておいたら本当に集落単位で人が死ぬよね。

 トリティニア王都と違って、この辺の冬は雪が降るのだろうから。


「…臭ぇな。どこもかしこも草っぽい」


 こそりとリスターがこぼした。


「うん。焚き火で空気が乾燥しているせいか、何だかやけに鼻に染みるよね」


 焼却した煙が、どこかヒリつく感じ。

 外の草刈りの臭いも一因ではあろう。

 そして建物内に籠るニオイは、誰も彼もが薬草を腕や足腰に貼り付けているせいだ。


 けむさと青臭い草臭と、何とも言えない湿布臭とが混じり合い、手を取り合ってマイムマイム。村人が歩くたびに輪を広げたり狭めたりしながら、村中に充満していく。


 ギックリ腰と筋肉痛。

 そう言ってしまえば、いっそ大したことがないようにも思えてしまう。


 それでも日々、誰かが倒れていくのだ。

 長期戦になればなるほどに不利だった。


 日暮れには今日もむしりきれなかったと絶望し、夜明けにはまた草が増えていると絶望する。夢の中でも草に埋もれ、筋肉疲労に震える手で神に祈る。

 しかし祈る傍から、すくすくと育つデビル・ウィード。神などおらぬと嘆く人々の姿は、捻くれ魔法使い2人を同情させるのに十分であった。


「大したおもてなしもできないのですが、夕食までごゆっくりとお過ごし下さい」


 そう言って村長代理は席を外した。

 しかし入れ違いに、村人達による怒濤の魔法使い訪問ラッシュが始まった。


 女三人寄れば姦しいという。女性のお喋り力は疲労に左右されないのか。

 奥様方が数人いらしただけで、もう全然、ごゆっくりなんてできやしない。


 集めるまでもなく、流し込まれる情報。

 田畑の3分の1は放棄され、3分の1で攻防が一進一退…といいつつ敗色濃厚。残りは防戦一方。ここで収穫に手を尽くしてしまえば、そこ以外が雑草に埋もれるであろうと誰もが予測しているという。

 強かすぎるよ、雑草さん…。


 切々とした訴えを聞いているうちに、炊き出しのスープが運ばれてきた。

 非常事態の村では、動けるものが集まって村民全ての食事を作る炊き出し方式だ。


 私達の分まで作らせるのも可哀想な感じだけど…相手だって日々作らねばならないものだし、断ってもお碗2杯分。大差はない。


 食べ始めても食べ終わっても、次々と動ける村人がやってきて、訴えは続く。


 だが、目新しい情報はない。人を変えて、同じ話が繰り返されているだけだ。

 リスターは飽きて、お手洗いついでにどこかへ行ってしまった。


 私は黙って聞いた。

 老人の話がループするみたいなものだと思い込む。


 村長代理が、必要な話は全部してくれた。だけど、救ってほしい、わかってほしい…その一心で、皆も話したいんでしょう。

 それだけ深刻なのよね。


 私だって、もしも昔、話せるような相手がいたのなら。ましてや、助けてくれそうだというのならば…全力で話をして、わかってもらいたかったと思う。


 しかし眠い。

 成長期の身体は、睡眠を欲しています。


「あっ、すみません! お2人は強行軍で来て下さったんだそうだよ、ほら、客間に案内するから通して。…お疲れなのに申し訳ありませんでした。狭いですが、今夜はどうぞごゆっくりお休み下さい」


 コックリと船を漕ぎかける私に気づいて、村長代理が慌てて村民達を帰した。

 フードを被っているせいで、私の変化に気づくのが遅れたようだ。


 しきりと謝罪されるが、聞くことを選んだのは私なのでね…。

 部屋に案内される段になると、つらっとリスターも戻ってきた。


 どこにいて、どうやって知って戻ってくるのか…だが私の「魔法」について追求されないのだから、私も聞けない。彼はただ、そういう変わった魔法をお持ちなのだ。

 忍耐で自分を納得させる。


 案内された客間でひとりきりになり、ベッドに横たわると、すこんと意識を失った。

 本当に、一瞬の出来事だった。


 …疲れてたよね。うん。


 けれど焦燥もあった。

 あれだけ皆が困っているのだから、早急に何とかしてやりたい気がする。


 大丈夫だと思うんだけど…アイテムボックスに入らなかったらどうしよう?

 その場合は、どうやって除草したらいいだろう。別案を考えておいたほうがいいんじゃないだろうか。

 塩害は、そもそも畑なんだから起こしちゃ駄目だし。農薬だの除草剤だのがあるなら、冒険者を頼む前に使っているだろうし。


 雑草の侵略下でも生き延びている作物があれば、できるだけ救助もせねばならない。

 シャドウファミリーで延々黙々とむしるって手もあるかな。そうすると、見つからないように…夜中にやることに?


 …なぁんて。


 悩んだりするから、ほら! お望み通り夜中に目が覚めちゃったよ!

 室内に時計はない。村ではそれほど正確な時刻など必要がないのだろうか。


 私物の時計をアイテムボックスから出して時刻を確認する。


 うわー、丑三つ時ヤメテー。

 さすがに村内は静まり返っている。


 寝直したいところだが…眠りが深かった反動か、やけにスッキリ醒めてしまった。

 そっとベッドから抜け出して、窓の外を見つめる。


 …本当にあの草は魔物じゃないのかね。

 なんか…見るからにわさわさと動いて増えてんだけど。え、夜中に成長するの?


 不安な気持ちになって、部屋を出る。

 きょろりと人影がないことを確認して、階段を下り、村長宅の玄関を開けた。


 わー、驚異的だな、異世界植物。


 笑い事ではない状況なのはわかっているけれど、真夜中に人知れず、ぽぽぽんと芽が出て、ぐぐぐーって成長するなんてさ。とてもファンタジーな感じ。


 ふふっ、何だか某アニメ映画のようね。

 ついつい畑に駆け寄って、トト郎さんが五月姉妹と共に育てたように、動きを付けて草を見守ってしまう。


 んむむむむー…ぱっ!


 ふぬぬぬぬー…ほっ!


「…何やってんだ、チビ」


「びゃあっ」


 見られてた! 

 誰もいないと信じてたのに、なんてこと。


 真っ赤になっているだろう顔色が、フードで隠されていて良かった!

 何とか平静な声を繕う。


「驚かせないでよ。…準備運動だよ? 見てわからない?」


「わからん」


 ですよね。

 むしろ傍若無人なリスターさんにさえフォローされるようになったらば、私の人間性は末期だと言っても過言ではないね。


「そんで? 夜中に畑で準備運動なんかしてどうすんだ」


 くっ。からかう色がないということは、言い訳を信じてしまったということか。意外と純真なのか、リスターよ。

 これは小さな嘘が、嘘だと言い出せなくて取り返せないヤツだね。

 でも、構わないでしょう。


「窓から覗いたら、物凄く増えていたからさ。朝になったらまた、皆がガッカリしちゃうでしょう」


「まぁな。これ、予想以上の代物だよな」


「目も覚めてしまったことだし、今夜片付けてしまおうと思って」


 どうせやることは変わらないのだから、強引に押し切ります。

 リスターは眉を寄せた。


「俺は切り刻むか運ぶかってくらいしかできないと思う。こういうのって、根が残ってたら意味ないんじゃねぇの」


「そうね。魔法は私が使うから、リスターには2人でやったことだと周囲に説明する係を任せたい」


「…んー。俺が目立つほうがいいんだろうし、盛るけど構わんな?」


 構わんです。

 私はむしろ目立ちたくないからね。


 そんなことを考えながら私は、元気にガサガサと音を立て、生い茂ろうとしていた草を、がしっと掴む。


 やめろー、はなせー。くっ、ここは俺に任せて、先に茂るんだ。お前達、行けー。

 脳内でそんな小芝居をしながら、掴んだ草をアイテムボックスへ収納。


 しまわれた草は、土のない場所では成長できないようで、そのままクタリとおとなしくしている。


「…え?」


 思わずというように響いたリスターの声は無視して、私は畑に目を向ける。

 今しまったヤツと同じ植物を…根こそぎイン!


 何の前触れもなく、畑を覆い尽くさんとしていた雑草が消えた。

 固まっている魔法使いを放置し、見える限りの畑の雑草をイン!


 ふははは! 容量無限のアイテムボックス様の前では、雑草如き物の数ではないわ!


 今夜で都合は良かったのだわ。連れすら固まってるし、どうせ人目のあるところでこんなことはできないものね。

 月明かりだけでは見逃してしまうかもしれないけれど、もう村中を回ってしまおう。


 あ、むしろ見逃さないね、だってこやつら、他の植物と違って蠢いているんだもの!


 楽しくなってきた私は、駆け寄る畑に雑草を見つけてはイン、道端にまではみ出したそれをイン、建物にすら絡みつかんとするそれもイン!

 村の脅威は一夜のうちにチーム・金髪によって片付けられたのである。


 それにしても、わさわさしているときには気がつかなかったけれど…。


「…これ、『ミント』だね」


 手についた草の汁をつい嗅いでしまった私は、その意外な爽やかさに呟く。

 絶対臭いと思っていたのに、無意識に手を嗅ごうとしてしまうの、なぜなのだろう。


 しかし明らかなメントール。

 せっかくだから大量のミントを何かに役立てたいような気もするけれど、生憎と歯磨粉のイメージしか湧かないこのニオイよ。


 冒険者ギルドに出されたのは、ミントの討伐依頼だったということなのだなぁ。


 ただでさえハーブというものは強い。

 ゾンビに襲われても、その辺のプランターからハーブをむしって食べれば生き延びられるというくらいだ。


 ハーブの中でも特にミントは、花壇に植えずに鉢植えだけに留めなさいと言われる程の繁殖力を持っているという。

 集落を滅ぼしかけるとか、異世界ミントともなると桁違いだな。


「…リィント?」


「『ミント』だよ。このスーッとするニオイは間違いないと思うけど」


「雑草じゃないのか?」


 リスターが首を傾げている。

 もしかして、こっちじゃあんまりメジャーな植物じゃないのかしら。

 リスターが知らなくても不思議はない。採集依頼がなければ、冒険者には草の種類なんてわからないのだ。

 欲しがる人がいなければ依頼は出ない。


 村人達の扱いから見ても、一般層の需要はないな。売り物にはならなさそう。

 私も、シャレオツな甘味の上に乗せるくらいしか思いつかないから、そんなもののないこちらでは、普通に雑草扱いなのかもね。


「食べられる。けど食べても害がない程度で、積極的大量に食べるものでもないと思う。なんせほら、このニオイの味がするから」


 生クリームの上に乗せられてるミント、私は食べないでお皿の端に避ける派。

 パセリやセロリと違って、ミントは飾りだと信じている。

 個人的にはパセリも飾りなのだが、鉄分多いらしいから、一応食べ物に分類。


「…チビ…お前、苦労したんだな」


 気がつけばこちらへ向けられる視線には、憐憫が混ざっていた。

 一体なぜ…あっ?


「ち、違うよ、私は雑草むしって食べたりなんてしていないよ!」


 慌てて否定したが、リスターが信じていないのは明らかだった。

 私、結構いいとこのお嬢さんだよ! 本当だよ!



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