雑草討伐任務。
魔法使いは言っていた。
自分が目立てば、標的は食いつくはずだと。
…うん。今のところ、何もないかな。
絡んでくるのはリスターの見た目に釣られた面食いな方々(性別問わず)と、魔法使いという肩書きに釣られたパーティ引き入れ隊(戦歴問わず)な方々ばかりだ。
特に、若さ故に根拠のない自信を掲げたパーティが「一緒にテッペン取ろうぜ」みたいに声をかけてくるの、とっても痛い。
前者は「え、俺は美人だけどさ。お前はそんなツラで俺の隣に立ってて恥ずかしくねぇの?」、後者は「え、俺は強いけどさ。お前ら一体何の役に立つっての?」という台詞により切り捨て御免と相成りて候。
そのせいで時折「じゃあ一緒にいるコレはどう説明するんだ」と、私に飛び火するのよ。
貰い事故やめてほしい。
ちなみにフードを少しだけずらして上目遣いでニッコリしたり、パレットナイフ二刀流で相手を叩き伏せたりしています。
お陰で最近手慣れて、負け犬イラストを描くのが早くなっちゃってもー。
次第にルールも変わってきて、叩きのめさなくっても、背後に回って犬イラスト描かれたら負け、みたいになってきた。
逆に、装備にワンポイントで描いてほしいと頼まれることも増えてきたのだけれど…自ら負け犬になりたがるとはこれ如何に。
リスターが行く先々で目立つにつれ「魔法使いの付属の何か」から、「魔法使いの護衛をしているらしい冒険絵師」として周囲に認知されつつある私。
護衛とかしてないです、巻き込まれてるだけ。
絵師がすべきこととは何か、皆もっとよく考えて。
しかし「忘れられた姫君」を探す一味とは、相変わらず接触がない。
完全に私を見失ったんだろう。山越え谷越えファントムダッシュだったからな…ついてこられるわけがないよね。
私がいなければ実家が襲われることもないとは思うが…。家が敵にバレているというのは、落ち着かないものである。
お父様が負けることなんて、そうそうないだろうけれど、新しいお母様に被害を出したりしたら大変だ。
早く殲滅して、おうちに帰りたいな。
…帰っても、居場所はないかもしれない。
そのまま自立が正しいのかもしれない。
でも、お父様に会って、全力で懐くくらいは許されるよね。
ふと、扉がノックされた。
何奴。
素早く宿の簡素な寝台から身を起こし、マントを着直す。
フードを被ったところで扉の向こうから声が聞こえた。
「チビ、俺だ。晩飯行こうぜ」
さすがに部屋は別々に取ってはいるが、移動も食事も泊まる宿もリスターと一緒だ。
もう少しストレスが溜まるような気がしていたのだけれど…シスター達と馬車旅していたときより気が楽。
一般的におかしく見えるようなことをしても「うん、魔法だよ!」って言っとけばいいので、気が緩んでいるのかも。
「はぁい」
返事をして、部屋を出た。
宿では、少し時間をずらして早めに食事を取る。
混雑を避けるためだ。
私もリスターも人込みは嫌いだが、夜は酔っぱらいの数が爆発的に増える。
美人だったら、男でもチビでもいいから酌をさせようとする見境のなさよ。
自己防衛の一貫として、我々の意見は一致していた。
ご飯は早め早めに取る。とても大事。
最近、薄ら寒くなってきた気温に、少しばかり閉口する。
びっくりする話なんだけど…私が家を出て、もう1年過ぎちゃったのだよ。
秋口に家を出て、自国の付近で冬を越したあの頃と違って…ぐんぐん北上してきたから、気温の下がり方も段違い。
それから、雪が降るまでにグレンシアへは行けそうにないから、どこか途中の集落で足止めになるんだって。
これまでだって月単位で滞在したことはあったから、そんなに大したことではないのだろうけれど…なんか越冬のためって考えると憂鬱な気がしてしまう。
「冬越しの間も仕事があるような、大きな街に行きたいところだよな」
パンに齧り付きながらリスターが言う。
野営もちょっぴり辛い季節ですから、無理して遠くの街を狙わなくてもいい気がしないでもない。
だけどあんまり小さな集落で足を止めてしまうと、そもそも村人の冬越し準備分しか食料や薪が存在していないなんてことも考えられる…らしい。
と、不意に男が右手からテーブルに突っ込んできた。
驚いて立ち上がる私とリスター。咄嗟にアイテムボックスへ自分のご飯を放り込む。
薙ぎ倒された我々のテーブルに襲われ、更に隣の席で食事をしていたパーティが、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
とんだ玉突き事故である。
回避したご飯は既に取り出し、私の手の中に。
リスターのご飯は、彼の周囲にふわふわと浮いている。
チーム・金髪の危機管理はバッチリ。
しかし隣のテーブルは、飲み物がこぼれてしまったようだ。
酒まみれの冒険者達が情けない声を上げている。
タオルを出すのは変よね。
大きめのハンカチなら持っていてもおかしくないかしら。
安定のアイテムボックスとマント内でのやり取り。
びしょ濡れの、紅一点らしき女性にだけ、大判ハンカチを渡す。
「あげる。新品だから汚くないよ、安心して拭いて。使い終わったら捨ててもいい」
見知らぬ男から渡されたハンカチなんて、綺麗だと確信できなければ使いたくない人もいる気がする。
「ありが…あ、可愛い。え、やだ、ちょっと濡らしちゃった、もったいないわ。プレゼントか何かだったんじゃ…」
実は風呂敷作りの過程で徐々に刺繍ハンカチを大きくしていったうちの一枚なので、無駄に可憐な花模様が付いている。
そうは言ってもたくさんある。
サイズも柄も様々に。
しかし小間物屋ならまだしも、冒険絵師フラン(男)がそれではおかしいのは確か。
「ううん、お土産程度。また用意できる。気に入ったなら、洗濯して使ってやってよ」
「…本当にいいの? ありがとう」
男どもは、なんか頑張れ。
そんなにいっぱいハンカチ出しちゃうと、私のほうが奇術師として目立ってしまうからな。
さて、我々のテーブルの代わりにチーム・金髪の間に寝転んでいる男も、冒険者らしき格好をしている。
吹っ飛ばした犯人を探せば、村人っぽい素朴な衣服をお召しの青年が、村人仲間っぽいオッサン達に取り押さえられていた。
…うーん。
「あっちの人達は素朴そうだから、悪いのはこっちの冒険者だね!」
ひとつ頷いてからフォークで肉をぱくりとやると、リスターが肩を竦めた。
「チビって、田舎っぽいヤツ好きだよな」
「素朴と真面目は増えよ、地に満ちよ…と、オルタン経典にある」
「何だそれ?」
別に田舎の人に悪い人はいないだなんて言う気はないのよ。
でも、私に危害を加えなさそうな生き物は、いいと思う。
「真面目な話をするのなら、一般村人が荒くれ冒険者に喧嘩を挑んでも概ね勝てるわけがないので、余程のことがなければこんなことしないと思う」
「それはそうだな。…おい」
「う、うわぁっ」
転げていた冒険者がふわりと浮いた。
周囲の目は、皿とコップと冒険者をフヨらせる魔法使いに釘付けだ。
「飯の邪魔したのは何のつもりだ」
「…お、俺のせいじゃねぇ、あいつが突き飛ばしたんだっ」
再び村人を見る私。
取り押さえられていた青年が怒鳴った。
「俺達はっ、困っているから依頼を出したんだ! 本当に本当に、村が限界だからギルドに依頼を出したんだ! それなのに、こっったらに馬鹿にされる謂れはねぇ!」
仲間達が宥めているが、青年は方言をちょっと出しながらも興奮が収まる様子はない。
何やら村ぐるみで出した依頼に、あの冒険者がケチを付けたのだろう。
そこまでしかわからないな、と考えるところに、ふよふよと地に足のつかない冒険者が怒鳴り返す。
「はんっ、草むしりなんて冒険者の仕事じゃねぇだろうが! 魔物でもないただの草の討伐にのるような冒険者がいるわけない!」
…ということのようだ。
魔物でもない、増えすぎた草の、草むしり。確かに冒険者っぽくないけれども。
「ギルドが必要と判断して受け入れたのでしょう。魔獣の討伐ばかりが貼り出されるわけじゃないんだから、嫌なら貴方がそれを受けなければ良いだけ」
依頼を受けるわけでもないくせに、依頼者に文句を言うなんて。
いるのよね。無関係のくせに、自分が気に入らないと絡んでくるヤツって。
それが如何に冒険していなさそうであろうと、許容できない依頼なら冒険者ギルドが断るであろうよ。
「村人だけでは解決できず、他に手を貸せそうな機関もなく、身体能力に優れる冒険者の手が必要と思われるから、依頼書が貼り出されたのでは?」
っつーか、もっと雑用っぽい依頼だって見たことあるわい。受けてる人もいたわい。
お互い納得づくなら問題のないことだ。
「そうなんだ! 魔物ではないけれど、まるで魔物のように増える草で、このままでは村の畑が…冬支度にも差し支えるっ」
「てめっ…うわわぁっ」
口を挟もうとしたウキウキ冒険者が空中で縦回転を始めた。
ちょっとリスター、それ楽しそうなんだけど。
あとで私にもやってくれないかな。
「畑が駄目になりそうなの? 税収に関わるなら、領主が助けてくれるのでは?」
「使いは出したが、草の増えるのが早すぎて、領主の使いが確認に来るまでなど、とてももちそうにない。このままでは草に埋もれて全滅する。だから村で金を集めて、冒険者ギルドに依頼を出したんだ」
もりもり増える草との戦いに、村人達の体力はもう限界なのだそうだ。
このままでは畑どころか村全体が草まみれになると青年は嘆く。
草は冬になれば枯れるかもしれないけれど、冬支度ができないままの村人達は飢え死ぬか、村を捨てて逃げるか…。
お年寄りもいるだろう。全員が移動に耐えられるほど元気かどうかもわからないし、村が街道沿いでなければ、移動の途中で魔獣に襲われる可能性は大きい。
うまく移動できたとしても、村ひとつ分の人間が近隣の集落に逃げ込めば、当然そちらも冬支度が足りなくなる。
下手をすれば、複数の集落を巻き込んで、破滅する。大事だ。
でも。
正直さ…これって雑草を、アイテムボックスにぶち込んだら解決じゃない?
私が首を突っ込むのがわかっているのだろう。
リスターは表情筋をフル稼働させているが、目の色には変化がない。
「チビ、どうすんだ」
わざと不機嫌そうな声を出すリスター。
私は、フード越しに微笑む。
「パーティを解散するほどのことじゃない。草の殲滅くらい、魔法使い2人なら、できない話じゃないと思う」
「草むしり手伝えってぇ?」
「畑にしゃがみ込んで草を引っこ抜くわけじゃないから、安心して」
麦わら帽子で首にタオルを巻いても、美形は美形であろうがな。
私とて、モンペと軍手を華麗に着こなす自信があるぜ。
会話の間に、お行儀悪く立ち食いで食事を済ませた。
リスターも同様だ。
隣のテーブルのパーティが片付けついでにテーブルを戻してくれていたので、そこに空の皿を載せる。
「じゃあ、ギルドで依頼を受けてくるよ。受付に聞けばわかるんでしょう?」
私がそう言うと、村人集団は我も我もとついてきた。
…ご飯食べに来たんじゃないのかな。
もう夜だから、今日出立できるわけじゃないから無理についてこなくてもいいのよ?




