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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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君と踏み出す一歩



 数日一緒に依頼を受けた後、私はリスターにお暇を告げた。


「そろそろ旅立とうと思います。色々楽しかったです、ありがとう」


 彼の使う魔法は欠片も習得できなかったし、正直彼が一般的な魔法使いだとも思えないが、久し振りに楽しめた。


 一人きりのほうが楽だと思いながらも、顔色を窺わずに誰かといられることを喜ぶという、この矛盾よ。


 リスターも、因縁つけたりしない、容姿目当てではない人間と、肩肘張らずに過ごす時間は悪くなかった様子。

 どんだけ言い寄られてきたのよ。


 まあ、平穏を得るためにと、言動をこんな残念にするほど…なんだろうけれど。

 私も美少女だから、旅の間はもっと気を付けないとナー。(棒)


 ちなみに採集は私の圧勝であった。

 そして不機嫌になったリスターにタイミング悪く冒険者が絡んできたのだが…相手は天井まで打ち上げられた後、変な体勢で落ちて床で白目を剥き、まさかの死線を彷徨うという騒ぎに発展した。


 多くは語るまいが、これだけは言える。

 あって良かった、回復魔法!


 リスターは反省も動揺も全くした様子はなかったので、もう過去に何人かヤッチマッタ可能性がございますね。

 ちょっと声かけた程度で殺されるとか世紀末すぎる。自重して下さい。


「はぁ? どこ行くってんだ?」


「特に決めてないです」


 魔法使いはまたモーレツな表情筋の使い方を披露してくれた。

 どうやっているんだ、本当に、その顔は。そしてそれだけやっといてブーにならない美形の不思議よ。


「しばらく、ついてこい」


 お? パーティ解除拒否?

 しかし出来ない相談だ。


「いや、私にも目的があるんで」


「それだよ」


 どれだよ。

 え、そんなにも私をお気に入りに? 偵察グリューベルが便利だったから?


 でも、あれは森の中だからこっそり偵察に使えただけであって、常にあのレベルを期待されると重たいですし。

 悩む私に、魔法使いは唸った。


「お前は俺を探してきた。つまり、お前の探し物も、なんか間違って俺んとこに来るかもしれねぇだろ」


「…あー…。でも、うーん…」


 彼らが探すのは女の子だから、多分来ないと思うよ、とは…言えないよね。


「来るだろ。俺が目立てば」


 何を確信していらっしゃるのよ。

 それとも女のふりしてくれるの? 女装か? オネエなの? ドレス作ってあげる?


「…うーん」


 別に、何かに私を利用したいのでもないようだし、リスターは嫌いじゃないけど。

 様々な事情により、そんな常に他人と一緒にいたくはないというか。


「…もっとお前の事情を詳細に話せ。少しくらい、まぁ、なんか出来んだろ」


 不機嫌な顔で、プンとあっち向いてそんなことを言うので、これがツンデレというものかと、しみじみ実感。


 しかし、残念。微塵も心が動かないので、どうやら私にはツンデレを愛でる機構は搭載されていない。

 されては、いないのだが。


「誰が敵なのか、正直わかりませんから。あまり話を広めたくはありません」


「…んー」


「リスターが敵だとは思ってないです。でも、人間、何がきっかけで立場が引っ繰り返るかなんてわからないじゃないですか…?」


 段々、自分の声から力がなくなっていくのがわかる。

 私の悪い癖なのだろう。前世を引き摺る、他者への不信感。

 まだ。これを、綺麗さっぱりと捨て去るのは難しい。


「…ちょっとな。嬉しかったんだ」


 ぽつりとリスターが呟いた。

 話の繋がりが見えなくて、私は黙る。


「お前と血の繋がりなんてないことは、誰より俺がわかっている。それでもな。血縁じゃないかと思って追いかけてきたって言われて…ちょっと嬉しかったんだよ」


 一人は気楽だけれど、少し疲れるから。


 自嘲気味に響いたそれが、一瞬、自分の心の声に思えて慌ててしまった。


 …そうね。

 他人といても疲れるし、独りでいても疲れるの。うまくやっていけない自分に。


 やっぱり、リスターと私は少し似ているのかもしれない。

 私は大半の人間が私の味方ではないと思っているし、リスターはこの大陸に自分の仲間などいないと思っている。


 それは真実であるかもしれないが、ただの思い込みかもわからないのだ。

 大陸生まれでありながら、どことも知れぬ地の系譜を持つ彼は、他者との差異を常に感じて生きてきたのだろう。

 私は私で前世での経験に怯え、今生での「当たり前の交遊関係」の構築を長く拒否してきた。


 私達はきっと、ちょっとした孤独感を、自ら好んで抱えている。

 周囲に溶け込む勇気を出せずに、自分が傷付かない楽な道を選んで。


 …それが良いとも、思い切れないのに。


「祖先をひもとけば、どこかで血が繋がっている可能性はゼロじゃないだろ。そんなら、チビに手を貸すのは悪いことでもない」


 まぁね。

 リスターは完全に父親を身内とは思っていないようだが…そんな人類皆兄弟みたいなことを言っちゃうなら、同じ大陸人である父親の血統のほうが、まだ繋がっている可能性があるよね。突っ込まないけどさ。


「まー、兄のようなもんだと思え」


 正面には、もはや引く気配のない相手。

 何にせよ「もしかして血縁」という相手でいてほしいのだということはわかった。


「…お兄ちゃんっていうのは、ちょっと距離感的に、破綻する気がしませんか」


 そこまで甘える気にはなれないし、リスターも頼られすぎればキレて投げ出すだろう。

 大体、妄想による理想のお兄ちゃんなら、もう具現化しているのよね。


「…んー。あんま近いのもウザイか」


 大して違和感なくこんな会話をしている時点で、似たもの同士であることだけは確定してしまったな。

 頭の中ではファントムさんが、再び重厚な音楽と共に「わーたーしだー♪」と自己主張をしていた。

 わかってるって。兄の座は君のものさ、ファントムお兄ちゃん…ちょっとお黙りよ。舞うな。繰り広げられる脳内ミュージカルが、私の集中力を奪っていく。


 そんなことを知らぬリスターは、そっぽ向きながらデレ続けていた。


「じゃ、当初の通りの…遠戚の兄ちゃんくらいのヤツだな」


 血縁かもしれない程度。微妙な親近感から成る、不確かな関係。

 それならば、君と仲良くなることから始めてみるのもいいかもしれない。

 耐え切れず逃げ出したとしても、君と私なら、相手を責めたりはしないだろうから。


 ようし。チーム・金髪改め…チーム・コミュ障で行くか!

 ふと、パーティ名を登録した際の、受付のお兄さんの絶句した顔が思い出された。

 うん。チーム・金髪のままでいっか。


「…んっと。じゃあ…」


 色々と、ぼかしながら話すことにした。

 恐らくは引っ繰り返った、どこかの王家。元は女王制であったはずの国。旗印を求める残党がいること。だから相手方を潰すまでは、家に戻れないこと。


 リスターは首を捻った。


「…女王な。どっかで聞いたような話だ」


「えっ。どこよ」


 思わず素の声で食いつくが、眉間に深い皺を刻んだ魔法使いは首を横に振る。


「…思い出せねぇ」


 思い出せよ、お願いします。

 はらはらしながら見守ったが、結局「もう少し考えさせろ」と言われてしまった。


 それでも、ちょっぴりドキドキ。

 どこかで聞いた話。


 どこかに、女王の話をした人間がいる。

 私は今まで通ってきた国々の名をあげてみるが、それらの国ではないだろうと言われた。そうはそうだ。リスターはトリティニアから北上してきたわけではないのだから。


「なぁ、チビ」


「なんです?」


「つまり、お前、女だったんだな」


 そうですね。

 だが、今そんなことはどうでもいい。


 物忘れって何が効くの? DHA?

 フードの中で無表情になってしまいながらも、こっくりと頷く。


「年の割に小せぇと思ったら、そういうわけか。…でもさ、女ってもっと違わない? お前、こんな美形を前に無反応だったぞ」


「ハッ」


 確かにリスターは美形だろうが。この言動に、あの表情筋の働きぶりではな。


「鼻で笑ってんじゃねぇよ? あん?」


「あー、えっと。金髪で紫の目の美形は、鏡で見慣れてるんで」


 フードを掴もうと伸びてきた手を躱して下がったが、謎の魔法でフードが煽られた。


「わぷ」


 やはりこれは風魔法なのだろうか。

 これくらいなら、サポートでも代用はできるかな。黒くてモヤい風になるが。

 でも、こんなちょっと手が届かないくらいで使おうと思ったことはないな。


「それはそれとして、女って美形の男にキャーキャー言うもんじゃねぇの。自分に自信があればあるほど、やたら近付いてくるもんだと思ってたが」


 ふわりと肩に落ちたフードのせいで、私の満面のドヤ顔が曝される。


「この世で最もいい男は私のお父様だ。腹黒いのに爽やかな笑顔が眩しいうちのお父様の前には、ちょっとパーツの配置が整った程度のご面相などインパクト不足ッ!」


 お父様大好き。リスターとお父様のどちらが素敵かと問われたなら、私は断然お父様を取るね!

 呆れられると思ったのに、リスターは意外にもちょっと笑った。


「ガキは素直で、羨ましいこった」


 素直からは多分、三回転半くらいギュルンとずれてるよ、私。

 しかし、女と聞いて警戒しかけたけれども、自分の容姿に執着してこないならいい、ということなのだろうね。


 自信満々過ぎだろうと思わなくもないが…私とて、両親の色や形を引き継ぎまくりの自分の容姿には自信しかない。

 お父様とお母様の子であることを日々確認できて、誇らしい。

 鏡を見るたびにそう思えるから、私は割りと前向きでいられるのかもしれない。




 フランの役作りが完璧に剥がれていたことに気がついたのは、2日後のことだった。

 …リスター、全然気にしてなかったから、まぁいいか。



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