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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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108/303

飲みすぎたのは、あなたのせい



 遅かった。

 私は、間に合わなかったのだ。


「…本当に…もういないのですか?」


 よそ者にちょっとした意地悪をするバンデド・ジョークである可能性に賭けて、恐る恐る念押しをする。

 しかし、現実は揺るがない。


「金の髪の、美人の魔法使いだろ? 確か2、3日前くらいまでは見かけたけどな」


「ああ。その後は全然見かけないぞ」


 おーまいがー。


 相手もナマモノだということをすっかり忘れていた。

 そうよね、私が移動するように、相手も移動しますわよね。

 もう、バンデドに行けば自動的に会えるものだとばかり思ってた!


 頻繁にお風呂休憩を挟んだのが敗因か…いや、しかしマイバスを手に入れた今、汗や埃を落とすことに何の躊躇いがあろうか…。

 家を出て以来全然減らなかったシャンプーさん達が、ようやく活発に活動を始めたところだというのに。

 こんなの我儘なんかじゃないです。1日2回の入浴くらい、許されて然るべき。


 でもー。えー。マジか、入れ違いかぁ。

 がっくりと肩を落とした私は、周囲の冒険者達の気を引いたようだ。

 口々に「まぁ座れ」「飲めよ」と席を勧めてくる。


 この冒険者ギルドには、なんと酒場が併設されている。

 いや、今までも「軽く飲み食いできる程度の待ち合わせ所」って感じの小さな食堂は付いていたけれど、こうも酒場感を前面に押し出してはいなかったのだ。


 血の気の多い酔っぱらい同士の喧嘩になったら面倒だからかな。それとも、街の食堂や酒場にお金が回るようにかもしれない。

 ギルドも案外気を使ってるんだな、と…思っていたところだったのに。


 ここは、ザ・冒険者ギルド。

 多分初心者絡まれイベントとかも起こるタイプの場所。


 もう私もプロの冒険者だから、今更絡まれイベントも何も起こさないけどね。


 それより、どこ行っちゃったんだい、魔法使いさん。

 3日程度なら、急いで追っかければ挽回できるかもしれない。


「ちなみに、彼、今後の行き先なんか言っていませんでした?」


 奢りだと、ドンと飲み物が置かれた。

 なみなみとビールを注がれたジョッキを、「どうも」と呟きそっと口許に寄せる。


 ジョッキを傾ければ、アイテムボックス内へとビールがちゃぷちゃぷしていく。


 うん。ビールは飲めません。

 以前、冒険者記念に頼んでみたところ、なんかマズくて涙が出た。そして「酔うほどビールを飲むのは絶対に嫌だ」との警告じみた思いが強烈にアピールしてきた。

 豪快に呷るふりしてアイテムボックスに流し込んだ、悲しい思い出。


 ビールに味覚を破壊されたのか、おつまみナッツすら美味しく感じられず…あんなもの、もう一口たりとも飲んだりはせぬ。


 お酒は飲めるタイプだと思っているので、ビールが合わないのかな。前世で何を好んでいたのかまでは思い出せない。

 しかし、奢りならば飲み干して見せないのも失礼よね。


 そんなことを考えていた私の前で、突如向かい側の席に樽が運ばれてきた。


 樽って。

 誰が頼んだ。存在感がすごいぞ。


 続いて、もう1樽運ばれてくる。ワッショイワッショイ。どしん。


 私の横って。

 なぜに。思わず半笑い。


「おう! 頼み事なら、まずは飲み比べで勝ってからにしてもらおうか!」


 …え?


 きょとんとする私。

 私を席につかせた冒険者達が、してやったりと、にやりと笑う。


 わいわいとテーブルの回りに集い来るその他大勢。そして始まった賭け事。

 え…まだ、昼間ですけど。働けよ。


「負けたほうが酒代を払う!」


「…あの…困ります」


 正直、払いたくないです。

 むさくるしいおっさんどもが、どんちゃん騒ぎをする代金など。


「…困ります…だぁ?」


 爆笑が弾けた。

 すごいアウェーだ。


「おいおい、お上品だな」


「始める前に結果が出てるじゃねぇか」


「賭の中身を変えなきゃ駄目だ、あいつが何杯で沈むかに」


 げらげらと笑うヤカラなんぞに、私が我慢する道理などあるのでしょうか。

 いや、ない。


 人間の胃袋は有限だ。

 正に始まる前から、勝負は見えているとも。


 よかろう。酔い潰してやるさ、容量無限のアイテムボックス様がな!

 冒険絵師フランの酒豪伝説、今ここに開幕である。


「貴方の飲む量なんて知れている。財布が空になっても、後で文句を言わないように」


 フンと相手を挑発すると、周囲が「おおっ」と楽しげにどよめいた。


 人垣が途切れることはなかった。

 時折冒険者がギルドに入ってきては飲み比べを見つけ、ふらふらとこちらへ寄ってくる。


 そうして漏れ聞こえてくる周囲の話し声。

 これが一部バンデド流のおもてなし。


 何気なく加わったテーブルで酔い潰されて酒代を持たされ、酒場に借金を返すまでバンデドに居着いてしまう。特に目的のない冒険者はそのうちにここのルールに染まってしまい、次の旅人を引き込む側に回るのだ。


 悪霊か何かかね、君達?

 これは負けてやる気になどならない。


「貴方達は借金があるんですか。せっかくですからよそ者同士、ここは景気付けに私に賭けて下さいよ」


 助け船のつもりでそう言ったのだが、対戦者は挑発と取ったらしい。


「おお、いいじゃねぇか。じゃあバンデド出身の奴ぁ、俺に賭けろ!」


 借金持ちのよそ者達は少し嫌そうであったが、景気の悪い感じの金額を一応出したようだ。そうよね、借金あるのに賭事したくないよね、まともな神経なら。

 だけど今回ばかりは賭けたほうが得よ。


 かくして私は、ジョッキを持ち上げては口の前でアイテムボックスに中身を流し込むという作業を延々と続けることとなった。


 それはもう…何時間も。


 なぜって、潰れるたびに対戦相手が変わるんだもの。

 そのくせ、負けた相手がお支払いを持つというルールは変わらないのよ。

 圧倒的に旅人が不利。


 何も知らず訪れる次の旅人のためにも、今日ここにいる冒険者という冒険者の財布を空にしてくれるわ! 飲み代が欲しければ真面目に働けぃ!


「ビールがもうない? じゃあワインを持ってくればいいじゃないですか」


 1人、また1人と音を立てて椅子から滑り落ち、床へと沈む。

 酒臭さに鼻も麻痺した、死屍累々たる酒場。


「ワインも、もうない? 酒場なのだから他の酒があるでしょう。いちいち聞かずに、高いほうから順に持ってきなさいよ。どうせ負けたほうが払うんだから」


 恐ろしいものでも見たように遠巻きな冒険者が数人。

 全くペースを変えずにジョッキを傾け続ける私。

 お酒の種類が変わっても、グラスはずっとジョッキなのだぜ。


 ついに挑戦者はいなくなった。


「…あんた、すごいな」


 酒場の主人が出てきて、驚きながら転がる樽の数を数えている。


「ここの支払いは彼らが持つのですね」


「ああ、そうだな。とはいえ…こりゃ全員、当分は借金まみれだぜ」


 ふうん。だったらもう一品くらい変わらないだろう。

 私は壁を見つめて、ここのメニューの中で一番高いであろう札を指差した。


「ではステーキセット1つとお水を下さい。もう、いい加減お腹がペコペコで」


 ジョッキを上下させる運動を、何時間も飲まず食わずで続けたんだもの。そろそろご飯が食べたいわー。


 私が新たな注文をしたその瞬間、空気が凍りついた。

 あっ、私のお腹には、無数の樽分のお酒が詰まっているはずでしたね。


「身体が資本の冒険者なら、お肉は別腹。…ねぇ、皆さんだって、そうですよねぇ…?」


 そうであろう。そうだと言え。

 そんな雰囲気を醸し出すフードの冒険絵師に、周囲は震え上がって頷いた。


 皆さん、私は詐欺師です。疑おうよ。

 人間がこんなに飲めるはずないじゃん。お酒じゃなくても飲めない量だよ。

 だってコレ全部がもし体内に入っていたら、今私の体型が、ドスコイ。


 なぜかステーキセットは「サービスです」と言われて2人前来た。

 いや、無理です。

 さすが冒険者御用達。


 お肉、1人前すら多いんですが。セットのパン、なんぼ付いてきてますのん。山じゃないですか。

 私、絵師であってフードファイターではないのですが…。

 試合開始のゴングを待つ観客に、フードファイトは開催しないことを明言しておく。


「…もう勝敗も決したのですし、私を観察する必要もないのでは?」


 そうであろう以下略。

 白々しいほどに視線が散った。


 私は深く俯き、テーブルより下でパンをちぎるふりしては、まるごとアイテムボックスへ収納。黙々とステーキを食べるふりして薄く切り分けては、アイテムボックスへ収納。

 なんでこんなことになってしまったのか。

 サンドイッチでも作ろうか。或いは冷凍してしまおう。無駄にだけはしないぞ。


 皆が酔い潰れちゃったから、また明日話を聞きに来ると伝え、ギルドを出た。

 宿を探しに歩かなくてはならない。辛い。

 うう。スープ2杯も出されたから、それだけでお腹がチャプチャプしてる…。

 お肉を食べるはずだったのに、悔しい。




 翌日の冒険者ギルドは、酒臭い男たちで溢れ返っていた。

 潰れた方々、目が覚めても帰らずにそのまま居たんですね。

 二日酔いらしき呻き声が、あちこちで上がっている。


「大体ねぇ、飲み比べなんて不健康な。冒険者なら魔獣の討伐数を競ったりすればいいじゃないですか」


 アルコールが体内に一滴も入っていないため、私はケロリとしている。

 昨夜の敗者から「化け物か」などと恨めしげな声が聞こえる。


 周囲の畏怖の目が強まっていたが、敢えて気付かぬふりをします。


「うっぷ…それで、何だっけか」


「金髪に紫の目の魔法使いです」


「あー。口を開かなきゃ美人だった奴か」


 それな。美人の男性だとかいうヤツな。

 イケメンという名のクズだったらどうしような。

 心の中で半笑いしていると、冒険者達は思い思いに口を開いた。


「びっくりするよな、口汚くて」


「俺らですらドン引くレベル」


「美形の無駄遣い」


 そこまで言う。

 どんなんなのか。いっそ気になる。


 酒場の主人も情報提供に応じてくれたのだが、魔法使い君ももれなく酔い潰され、借金完済がつい先日だったのだという。


 凄腕魔法使いという前情報の割には、ゼランディの騎士団やらバンデドの飲み比べやら、ちょいちょい躓いてるな。大丈夫か。


「あんたは一体なんで、その魔法使いを探してるんだ?」


 軽く問われて、返答に困った。

 そもそも顔見知りではない。

 血縁関係者かもしれないけれど、根拠は薄くって。なんと説明したものか悩ましい。


 色合いの似た美形で、変わった魔法を使う人だと聞いて会いに行く…一般的な理由。


「…あー…」


 私は口籠った。

 どうせ、何を言っても納得なんかしないだろう。


 ふーんって思われる程度の適当な理由のほうが、記憶に残らなくていいか。

 だとしたら、これしかない。


「私は絵師なので。美人の魔法使いと聞いて、絵のモデルをお願いしようかと」


 周囲からの視線が刺さる、刺さる。

 あ、あれぇ? なんでぇ?

 今の理由、絵師ならアリだったよね?



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