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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~気付いてないけど、前半は搾取されてた【アンディラート視点】



 ゼランディに入ってから何度か、街道を使わずにショートカットする他のパーティに便乗することはあった。

 大抵、慎重なのか移動速度が遅いから、ひどく焦れてしまった。


 せいても良いことがないのは理解している。

 慌てて進んで魔獣の痕跡を見落とせば、不意の襲撃に大怪我を負いかねない。

 けれどもどうしても気持ちは焦るのだ。


 更に、そういったパーティは大体とても親切で、好んで駆け出し冒険者を危険にさらそうとはしない。

 つまり、魔獣が出れば下がっているように言われ、俺がやれることといえば雑用や野営の調理などばかりだ。


 当面の路銀は、リーシャルド様から冒険者ギルドの口座に振り込まれている。

 もちろん、そこまで甘えるわけにはいかないと固辞しようとしたんだ。

 ギルドの依頼をこなして稼ぎながら行けばいい、普通の冒険者とはそうするものなのだから。


 そう言うと、それまで優しげな笑顔だったリーシャルド様は、突然真顔になった。


 しかも俺が前言を撤回し申し出を受けるまで、見開いた赤い目は瞬きひとつせず…。

 トラウマになるかと思った。

 あんなに誰かを怖いと思ったのは初めてだ…。


 必要経費は依頼主が出すものだから、オルタンシアと合流できるまでは、路銀を得るためのギルドの依頼は差し控えるように言い含められた。


 つまり、リーシャルド様も、オルタンシアの無事を早く知りたいのだ。

 だから今は魔獣の素材が欲しいわけではなく、戦えないことへの不満はないけれど。

 土地感のない森を1人で抜けようと考えるほど自惚れてはいないが、誰の役にも立てずにただ焦るばかりなのが、キツイ。


 しかし今回は森林を抜けるための、一時的なパーティの募集を見つけた。

 寄せ集めだし、一方的に相手の重荷になるわけではないから、気が楽だ。


 魔獣も皆で戦うし、野営の準備も皆で行う。

 年齢にもそう開きがあるわけではないし、遠慮する必要がない。


「お? 機嫌が良さそうだな、ラッシュ」


 彼はキルーク。

 リーダー、即ちパーティ募集をかけた人だ。

 ゼランディ出身のソロの冒険者で、俺よりも4つ程年上だと聞いた。


「そうかもしれない」


「ははぁん、ローゼの方が好みか。女の子がいるからって、浮かれてちゃ駄目だぞ」


「浮かれる?」


 知らない女性がいたところで、失礼なことをしてしまわないかと緊張はしても、浮かれるような理由はないのではないかな。

 きょとんとした顔をされたが、どうやらお互い様だ。何かが噛み合わないまま、まあいいかと別の話題に流れる。


「明後日の昼にはシャンビータに着くだろう。もうすぐパーティも解散だな」


「街道を行くよりだいぶ短縮できたな。キルークに同行できて良かったよ」


 こちらこそ、と彼は笑った。

 森林を迂回し、安全な街道を進めば12日ほどの旅程だった。

 それが5日だ。


 街道に沿えば集落で宿泊することはできるが、宿代はかかる。

 他のメンバーが迂回を選ばなかったのはそのためだろう。


「シャンビータってどんなところだろう。大きな街なのか?」


「侯都だぞ! そりゃあ大きいさ!」


 笑われた。


「だけど田舎だ。ただ、セジュラの方から定期的に商人が来るらしくって、ここから王都まで珍しいものが運ばれることも多い」


 セジュラ?

 他国の名だろうか、ゼランディ内の別の街の名前だろうか…わからない。


 キルークは肩を竦めて「あっちの山向こうがトリティニアだろ、そっちがクープレト、そんで向こうがセジュラだ」と山々を示して教えてくれる。


 ああ、思い出した。


 セジュラ自治区。以前に見た地図では、国という括りではなかった。

 紛争地帯の中で、いち早く自治区となったものの、所属する国が決まらずにいる自治区郡のひとつ。


 自治区がそのうちまとまって共和国になるのではないかと言われているが、まだ周囲の戦争でどう転ぶかわからない。

 確か騎士達から、そんな話を聞いたことがあるはずだ。

 国になったのかとキルークに聞くのは、きっと変に思うだろうな。


「シャンビータは近くにちっちゃいダンジョンがあるだけだって聞いている。ただ、国内にダンジョンはそうないから、たまに俺やローゼ達みたいな物好きが来てみるらしい」


 他国から来てわざわざ侯爵領を目指すなんて、変わっていると言われた。

 詳しい話はしていないが、人探しのためであることは、パーティに参加申請を出した際に説明してある。


 オルタンシアがシャンビータに今も滞在しているなんて、本気で考えてはいない。

 ただ、届いた御守りはこの街のギルドから送られていた。


 そして、その後の連絡はない。

 ここを目指すしかなかっただけだ。

 シャンビータで、彼女が次に目指した場所への手がかりが掴めればいいけれど…。


「ご飯できたわよー」


 ローゼが呼んでいる。

 ローゼとリームは女性冒険者で、長くコンビを組んでいるらしい。

 朝昼は移動が優先なので、パンを齧るだけのような簡素な食事で済ませる。手を掛けられるのは夕食だけ。


 急ぐ分には歓迎だ。文句はない。

 だが、とても腹が減る。


 もたないので歩きながらしょっちゅう何か食べているのだが、周りに分けているせいか悪い印象は持たれていないようだ。

 ただ、大食いだと思われていて、ちょっと恥ずかしい。遠征の騎士達は、基本的にしっかり食事を取っていたのにな。


 旅の合間の調理なのだから仕方のないところはあるが、正直皆、結構豪快な料理だ。

 今日はローゼが当番だが、明日の食事の支度は俺。

 誰が調理しても一向に野菜が出てくる気配はないので、そろそろ持ち物から何か出そうかと思っている。


 リーシャルド様に譲っていただいた荷物入れは、中で幾つかに仕切られていて、見た目よりもたくさんの物が入る。

 ダンジョン産の魔法の袋をリュックの内側に縫い付けたもので、冒険者時代に使っていたのらしい。

 そんなに大きな容量の袋ではなかったと言っていたが、それでも見た目の3倍くらいの物が入るので大変重宝している。


 一応、万一盗難にあったら責任が取れないとやんわり断ってはみたが…「開け口に所有者認証の魔道具が付いている。盗んだ人が大変な目に遭うから、なくさないよう気を付けるんだよ」と笑顔で言われただけだった。

 …付いているのが、認証目的の魔道具でないことは、理解した。


 さて、キルークと野営場所に戻ってみれば食事は案の定、パンと肉の串焼だった。

 パンは変えようがないのはわかるが。片付けも支度も簡単だからだろうか…毎回串焼で、飽きないのだろうか。


 キルークは鳥で、味付けがなかった。リームは兎だったが、ほぼ炭になっていて…でも誰も気にしていないようだった。

 昼歩いている間に仕留めたものを食料にしているから、今日のローゼは鳥だな。


 ああ…やっぱりとても焦げている。

 辛うじて、肉。


 じゃりじゃりと苦い串焼を齧った。塩は使ったようだ。苦しょっぱい。

 だけど昨日は炭を食べたのだから、昨日よりはマシだ。もちろん炭であろうとも腹に詰めておかなければ、もたない。


「どう、ラッシュ。美味しい?」


 ローゼもか。

 なぜ俺に焦げた串焼の感想を求めてくるのだろう。辛い。

 彼女達にとって、もしやこれは自信作なのだろうか。…まさかな。


 それとも女の子ってそういうものかな。

 オルタンシアは、どうだったかな。

 美味しいと伝えれば、「良かった」と笑っていた気がする。

 感想を求められるよりも前に、先走った俺が言ってしまっていたから、改めて問われなかっただけかもしれない。


「…うん、塩が効いている」


 やっぱり「良かった」と相手が笑ったので、リーシャルド様の特訓は無駄ではなかったと安堵する。

 嘘は得意じゃない。だけど、本当のことばかり、言わなくてもいい。


「俺は塩がなくても、素材の味が生きてていいと思うんだけどなぁ」


「…それも悪いことではないと思う」


 内心慌ててフォローするが、キルークは苦笑していた。

 すまない。本当はキルークが一番マシだった。焦げてなかったし、中も焼けていた。


 あんまり皆と違うものを作るのもどうかと思っていたけれど、明日は乾燥野菜を使ってスープにしよう。俺は野菜も食べたい。


 従士や騎士の遠征のように、大人数で行動するわけでない以上、旅人に運べる物資には限りがある。わかっている。それでも。

 …早く街に付かないかな。




 翌々日にはシャンビータについた。

 それぞれが狩った魔獣の素材を冒険者ギルドに持ち込むため、ギルドまでは行動が一緒になる。


「ラッシュが一番料理が上手かった…」


「落ち込むなよ、ラッシュが言ってたじゃないか、トリティニアではこんな感じって。ゼランディでは少なくとも普通だったよ」


「そうそう、串焼が主流よ。旅の間は水だってそんなに使えないんだし」


 なぜか落ち込むローゼを慰め続ける声が聞こえ、心が痛い。


 そうだ。俺がスープを作れたのは荷物入れの容量が多いから、水を余分に持っていたせいだ。でも、言うわけにはいかない。

 串焼に飽きた俺は「トリティニアではよく食べた」と前置きし、野菜スープと、芋と鳥の蒸し焼きを出した。


 騎士達が作っていた、何枚かの大きな葉で肉を包んで焚き火に放り込み、焼けたら岩塩とバターをぶち込むという男の料理だ。

 切り分けと盛り付けに気を使えば、こんな豪快料理でも見た目はそう悪くない。


 誰が名付けたのかは知らないが、これは騎士内において「マッチョ焼き」と通称されていた。マッチョが作るからなのか、食べるとマッチョになれるのか…さすがにこれは皆には言わなかったが。


 バターは、前の宿で弁当を頼んだらパンについてきた。パンを食べ終わってから見つけたときにはどうしようかと思ったものだが、駄目になる前に使えて良かった。


 俺が食べたかったので仕上げにジャガイモの芽を乗せ、干し果物も少し添えた。余熱でちょっとだけしんなりした芽は、美味しい。ベーコンがあればもっと良かったのに。


 …俺の荷物がたまたま揃っていただけで決してローゼは悪くない。


 悪くないが、今、背後で落ち込む相手に対して俺に何が言えるというのだろう。

 無言のまま冒険者ギルドの扉を開けた。


「…これは…」


 それまで考えていたことなど一瞬で吹っ飛んでしまった。

 立ち止まった俺を、周囲が訝しげに見る。キルークが入口を塞ぐ俺を押し退けた。


「何見て…わ、すごい絵だな。この冒険者達も格好良い。1層しかない小さなダンジョンだって聞いてたのに、こんなでっかい蛇が出るのかな…」


 キルークが何かを言っているけれど、全然頭に入ってこない。

 オルタンシア。

 オルタンシアの絵だ。間違いない。


 重厚に重ねられた絵の具が、彼女が如何に楽しんで描いたかを物語っている。

 こんなところでも絵を描いているのだ。


「良かった」


「…ラッシュ…?」


 どこにいても。彼女は変わらない。

 それが、嬉しくてたまらない。


 絵ってすぐに完成するものではなかったはずだ。これを描き上げるために、どれくらい、この街にいたのだろう。


 他にも絵を描いていたら。

 まだ、いたりはしないか?

 会いたい。


 受付のカウンターに急いで近付く。


「失礼。あの絵を描いた人のことを教えてほしい」


「えっ…絵ですか」


 登録でも依頼でもない、突然の不躾な問いに受付嬢は戸惑っている。


「あれを描いたのは…フランという人ではなかっただろうか」


 オルタンシアと言いかけて、慌ててフランと言い換える。


「えぇ、そうです。フラン・ダースという冒険者でした」


「やっぱり。知っていたら教えてほしい。あの子は、まだこの街にいるだろうか」


 受付嬢は、困ったような笑いを浮かべた。同時に背後で「あの子?」とざわざわとするのが聞こえる。


 そうか。ここで冒険者として活動していたのなら、他の人間も、彼女を知っているのかもしれない。

 くるりと振り向くと、ざわめきが止んだ。2、3人が慌てたように目を逸らす。


「どなたか、あの子を知っている方がいるのなら話を聞かせてほしい」


 キルーク達は入口に佇んだまま、周囲もシンと静まり返ったままだ。


 なぜ。

 まるで触れてはいけない話題みたいに。


 付近にいた男が「…お前は冒険者か、どこから来た? なんで探してるんだ?」と声を投げてきた。


「トリティニアから来た」


 どうしてこんなに皆が困惑げなのかわからない。俺が、必死すぎておかしな奴に見えるのだろうか。

 それは、あるかもしれない。


「…幼馴染みなんだ。シャンビータが、あの子から連絡が来た最後の場所だった」


 そう答えると、ピンと張り詰めたような感じはなくなったが、急激に気まずそうな空気に変わった。


 …なぜ…?


「フランを知っているのだろうか? 話を聞かせてほしい」


 男に再度問いかけるが、相手は「知らない」と小さく首を横に振った。


「なぜ黙る。何か知っているのだろう? …あの子に、何かあったのか?」


 頭もいいし、腕も立つ。

 そんな彼女がそう簡単に害されるとは思えない。でも。

 13歳の女の子だ。

 いまいち大雑把で、そして憶病な。


「あの子に、お前、何をした?」


 思わず低くなる声を、押さえられない。


「お、俺じゃねぇよ」


「じゃあ、誰だ」


 気まずそうに辺りを見回しながら、男はオルタンシアのことを教えてくれた。

 絵を描いたりダンジョンに潜ったりしていたこと、今はもういないが、滞在していたのは領主の屋敷であること。


 領主といえば侯爵だ。

 …なんでまた、そんなところに。


 ふとギルドの入口が開き、男が1人入ってきた。


「あっ! ほら、お前、あの人が侯爵家の若様だから! 若様! お客だ!」


「へっ?」


「あっちに聞いてくれ! な!」


 男はそう言い捨てると、逃げるようにギルドを出ていってしまった。


 代わりにと示されたのは、入ってきたばかりの長身の男。

 急に何かを振られたことに呆然としている。


 あちらに聞けば早いのだな。


「失礼、侯爵家の方と聞いたのだが」


「ラァッシュ! お前そんな簡単に!」


 慌てたようにキルークが飛びかかってきた。

 敵意がないのはわかっているので、しがみつかれそうになった手を払い、半歩身を引く。躓きそうになったキルークの肩を支えて、体勢を立て直させてから、手を離した。


 侯爵家の若様とやらは、困ったように俺達を見ている。

 良かった、逃げる様子はなさそうだ。


「フラン・ダースについて話を聞きたい」


「ラッシュって! あぁ、もう、貴族相手に物怖じしねぇな!」


 貴族だろうと今は冒険者だ。そんなことに拘る人間はそもそもギルドに登録しない。

 掴みかかる気なんてないのに、なぜか背後から羽交い締めにされている。


「…何の話だって?」


 相手は笑みを浮かべた。

 先ほどのギルド内の空気と同じ。何かに警戒をしているような、一歩引いた気配。


「フラン…幼馴染みを探している。あの子の行き先に心当たりはないだろうか」


 相手の表情が少し崩れた。


 妙に貴族という肩書きに怯えるキルークを宥めて、離してもらう。

 身分を盾にするようなタイプならば、リーシャルド様の命令書を見せてもいい。他国の宰相から何かの依頼を受けている相手と知れば、無下にもできまい。

 安易にそうすべきではないとわかっているのに、手段を選ぶことが煩わしい。


「幼馴染み? フランの?」


「そうだ」


「じゃあ…もしかしてフランに友達って言われたりなんて?」


「…親友…かな」


 心の友とか言っていたものな。

 親友だけど、今のところは、だぞ。

 何だよ、友達で何か悪いのか。


 文句を言われているわけじゃないのに、痛いところを突かれたような気になって、内心で虚勢を張る。

 親友…と呟いた男は、どこかしょんぼりしたように頷いた。


「ラッシュと言ったか。とりあえず納品させてくれ。そのあとうちに来ればいい」


「わかった」


 男がカウンターに向かったのを見送ると、キルークがバシバシと肩を叩いてくる。

 ローゼとリームも駆け寄ってきた。


「痛い、キルーク、痛い」


「お前っ、危ねぇな!」


 抗議するも、なぜか逆に怒った顔をされている。他のメンバーも物言いたげだ。


「何なんだ。ここには人探しに来ていると言っただろう?」


「その探し人…言い難いけど、もしかして今の貴族に消されたんじゃないのかよ」


 消される?

 殺されるということ?


「…っふ」


 思わず笑ってしまった。


 いやいや。それはない。

 だって今の貴族相手なら、多分俺でも勝てる。

 俺より強いオルタンシアが負ける道理はないだろう。


「笑い事じゃないって。さっきもギルドの中が変な空気になったじゃん。皆してなんか隠してるみたいな」


「中央の方なら、あれは貴族のせいで消された人への反応だよ」


 えっと。

 それって普通、そんな頻繁にあることじゃないよな。

 反応が一定になるほどあるのか、ゼランディでは。物騒な国だな。


 カウンターに立つ背中に、声をかけた。


「すまないが先に教えてくれないか。フラン・ダースは無事にこの街を出たか」


 相手は肩越しに振り向いて「ああ」と返事をした。

 俺はキルーク達に伝える。


「無事に出たって」


「馬鹿、お前ホント馬鹿! 当人が正直に言うわけないだろ!」


 そうかな。

 だけど相手の反応を見ても、何かを隠そうとしている雰囲気は感じない。

 侯爵家の人が戻ってくると、キルーク達はじりっと後退った。


「彼らは仲間か?」


 問われた言葉には恐らく、侯爵家まで一緒についてくるのかという意味が込められていたのだと思う。


「ここまでの臨時パーティだ」


 返答を返して、それからキルーク達に向き直った。


「道中助かった、感謝する。またいつか、一緒になる機会があればよろしく頼む」


 食事には閉口したが、なかなか楽しかった。

 慌てたようにキルークが「こっちこそ!」と返し、残りの2人も口々に同意する。


 まだこちらを窺っているようなギルド内の空気に後ろ髪を引かれつつ、俺は侯爵家に向かって歩き出した。

 長身の男はセロームと名乗った。

 どうやらオルタンシアは、彼に頼まれて侯爵家に滞在することになったようだ。


 しかしセロームは忙しいらしく、屋敷につくなり弟だという青年に「フランの知り合いだって。頼むな」と俺を預けると、再びどこかへ行ってしまった。


 …え。

 これは、どうしたらいいんだ。

 セロームに話を聞くつもりだったのに、突然俺を引き渡されても、この弟さんも困るんじゃ…。


「頼むな、じゃないよ…また何か失敗する前にと思ったのかな…。兄がすまないね、侯爵家の人間が冒険者などしていて驚いたろう。少し変わり者なんだ」


 何か執務中だったのだろうか。弟さんはペンを置いて立ち上がる。

 肩を竦めてこちらを見ると、そのまま俺を応接室へと通した。


 …ははは…。驚くべきところだったのか、侯爵家の人間が冒険者だというのは。父に毒されすぎて何の疑問もなかったよ…。


「セディエ・シャンヴィエです。シャンビータへようこそ。すぐお茶を用意させるから、どうぞ座って楽にしてほしい」


 突然の無茶振りを快く受け入れてくれたので、慌てて俺も名乗る。


「ア…、ラッシュと申します。この度は急な訪問にも拘らずご対応いただき、ありがとうございます」


 貴族として対応するセディエ氏に、ついこちらも貴族の礼を返してしまった。

 けれども相手は目を細めただけで、何も言わなかった。


「フランが以前こちらでお世話になったとか。セローム様より詳細をお話いただけるとのことでお邪魔致しました。私はあの子と合流するために手掛かりを探しております。不躾ですが、お話をお聞かせ願えますか」


 今は冒険者の立場だというのに。癖って簡単には抜けないものだ。


「どういう知り合いか伺ってもいいかな」


「幼馴染みです」


「…そう。では、まずは謝らせてほしい」


 そう言って、セディエ氏は彼女がこの街でどのように過ごし、なぜいなくなったのかを語ってくれた。

 同時にゼランディという国の有りようについても、淡々と述べた。


 ゼランディが中央貴族至上主義であることは聞いたことがあった。思っていた以上に騎士団が悲しい感じのようだが、それも遠征時の騎士の雑談なんかで耳にしたことはあるから、それほどの驚きはない。


 …オルタンシアも、災難だったとしか言い様がないが。

 いつものような「そうしなければならない理由」があったのかはわからないが、自ら選んで首を突っ込んだのだから、仕方がないのだろうな。


 もし怪我でもしていればこんな悠長な感想にならないことはわかっている。


 それでも、思う。

 他人と関わろうとはしなかったはずの彼女が、長く他人の屋敷に滞在した。マントも脱がない窮屈な状況を続けた。

 それは、今までにない選択だ。


 請われようが何をしようが、嫌だと思えば手を引いただろう。

 いつでも、できたはずだ。

 逃げると決めれば、現に逃げきっている。


 けれどもセディエ氏の完治まで見届けたのは、彼女がそうしたかったからだろう。

 変わらないと思ったはずの、オルタンシアの変化。

 これは成長、なのだろうか。


 …会いたいなぁ…。

 俺のこと、忘れてしまったりしないよな?


 それにしても、なんだ、回復魔法って。

 そんなの、手紙には書いてなかった。


 最近使えるようになったと話したらしいし、治療されたという人がいるのだから、回復魔法自体は本当に使えるのだろう。

 俺が怪我をすると泣きそうになって医者を呼んだりしていたから、国にいる間は使えなかったのも確かだ。


 身を守る術が増えるのはいいことだ。

 着々と隙をなくす彼女に、俺がより不要になっていく気がしないでもないけれど…。


 セディエ氏はとある魔法使いの話をした。

 彼女はその魔法使いを探しに向かった可能性があるという。


 聞きたい話は聞けたので、俺は早々にシャンビータを出ることにした。

 消耗品の補充を終えたらすぐに発つつもりだったのだが、頻りに屋敷に泊まっていくように勧められたため、断りきれずに1泊。

 腕に自信があるのなら自治区郡を通ったほうが近いそうだから、セジュラへの関所を目指すことにする。




※異世界ジャガイモの芽は食用ですが、皆は食べちゃダメだよ!(棒)


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