目的達成。
魔道具職人のディトリーさんはヒョロリとした男性であった。
アロクークさんからの紹介状に目を通すと、とても小さな溜息をつく。
色んな魔道具が部屋中に置いてあって、双子達がキョロキョロするのを、その父親が必死に触らせないようにしていた。
壊したら自腹で何とかして下さいね。助けんぞ。
交渉が終わったら私も見て回りたいな。
しかし今は、お仕事の話一択。
「どうでしょう、私にも希望の魔道具を作っていただけますでしょうか」
金ならある!(最低)
真剣な顔…あ、見えないですね、雰囲気を全力で醸し出す私。
呆れた目を向ける魔道具職人。
「フラン君といったね。冒険者の」
「はい」
何か製作のために必要な素材があるなら、取りに行きますぜ。
今ならドラゴンでも狩ってみせる。
「作るのは構わないが、君は旅をしているのだよね。ここに定住もしない」
「ええ」
「…ここに書いてある、注文したい魔道具っていうのが間違いでないのなら…風呂を担いで旅するの、君?」
双子が噴き出し、その父親が呆然とした顔をした。
な、何よぅ。いけないっての?
「運ぶ方法はあります。ご心配なく」
立ち上がり、意味もなくマントをバサッとカッコ良く払う。
双子は私に見惚れたが、魔道具職人は騙せなかった。
「風呂が欲しいためにわざわざ来たの?」
「そうです。あれは素晴らしいものです。とっても画期的です。実家にも送ってあげたいくらい。許されるならば幼なじみの家にも送ってあげたい。あっ、渡すのは別にいつになっても良いか。3つ! 3つ発注で!」
「…浴槽3個引き摺って旅をするという君の頭を、僕は疑う。手の込んだひやかしだが、帰ってくれるかな。僕も生活が大変でね」
…おお…何ということでしょう。私の本気が伝わらない。
しかし常識的に考えれば、確かにちょっと駄目な光景か。気分的には、某RPGで死んだ仲間の棺桶を引き摺り歩くアレだよね。
今こそ、設定その1を生かす時だわ。
ニラファミリーも聞いているけど、お風呂のためなら多少の犠牲は仕方がない。
「内緒にしているのですが、実はダンジョン産らしき魔法の袋を持っているのです。ですから引き摺らなくても運べるのですよ」
ディトリーさんは、すん、と小さく鼻を鳴らした。
え、何それ、どういう反応?
鼻で笑うっていうならまだ理解できたけど、今、何嗅いだのよ。
「では、それを今見せてくれたら信じよう。それから、…魔道具の動力部は1つなら取りかかれるが、それ以上は材料が足りないのですぐには無理だ。…浴槽部分も別の者に注文してもらいたい」
…浴槽屋さんってどこにあるのよ。
まぁ、きっと紹介してくれるよね。
数も仕方がない、そもそもいつ渡せるかもわからないのだし、お父様とアンディラートには諦めてもらおう。
「じゃあ、とりあえず明らかに大きそうなものを出しますね」
きょろきょろと見回し、室内の大きさをチェック。
アイテムボックスから私が作った巾着をひとつ取り出し、あたかもそれが魔法の袋であるかのように手を突っ込む。
そして室内に、極太の丸太をドーン!
先日森で、触れるもの皆収納したあの戦利品のひとつである。
結構な数の木を丸ごと収納してしまったので、枝を払っておきました。枝のほうは焚き火とかでチマチマ使ってます。
あとね、何かもう嫌になるくらい結構な数と種類の虫がいた…泣きながら大自然にお帰りいただいたよ…思い出したくもない。
ふらりとニラパパが丸太に近づいた。
あら? なんで…って、この人、木工士だったか。職業病かな。
でも、彼には特に出しゃばって欲しくはないのでササッとアイテムボックスに収納。
木工士は正気を取り戻したが、ディトリーさんは難しい顔で黙り込んでしまった。
「素晴らしい材木でしたね。まっすぐで大きさも申し分ない、あれは林業ギルドでも良い値がつくでしょう」
そんなギルドもありますのん?
しかし特に入るご予定はない。
「そうなんですか。まぁ、普通にいつか分割して薪にすると思いますけどね」
「「ありえない!」」
「おぉ?」
職人からダブルの駄目出し。
驚きはするが、林業ギルドといっても素人が木を持ち込んでも買い取りはしてくれないだろうし、樵として登録する気はない。
ぶっちゃけそういうのは地元の利権とか煩そうだし、目を付けられたくないな。
ゴタゴタはごめんです。
「フランさん。浴槽、今のあの木で作りませんか。…私は木工士ですから、形を整えるくらいは協力ができます。あれはいい木だ」
そんなにあの木が気に入ったのか、木工士魂に火が付いたらしいニラパパ。
父親のやる気に、嬉しそうに「なんとここで手伝いが!」「今なら更にもう1人!」「ワァオ!」と悪乗りし出す双子。
んー。木のお風呂か。檜風呂的な感じ?
悪くはないな。
「ディトリーさん、木でも平気ですか?」
「ああ。あんないい木を薪にするくらいなら、風呂にしてしまったほうが余程いい」
きっぱりと言われた。
…そんなに薪がお気に召さないもの?
だけどアクシデントでアイテムボックスに詰めちゃっただけの木だからなぁ。
そして魔道具の完成までどこに泊まるのかという話になった際、私が「宿には泊まらない」と爆弾発言をしたため、木工士一家と共にディトリーさんちに泊めてもらえることになった。
言えないけれども、アイテムボックスで寝る気だったんだってば。
「だってアロクークさんを苛めた人達にお金を落とす気はないですよ。あくまでお風呂目当てに来ただけなんですから」
私がそう呟くと、ディトリーさんの態度が少し軟化した気がした。
「フラン君は、ちょっと馬鹿だね」
驚き。
このヒョロ長ヤロウ、親密になると暴言吐くタイプの人だったか。
その夜、木工士一家が寝静まった後。
まだ起きていた家主にそっと相談を持ちかけることにした。
「浴槽の値段ねぇ?」
「はい。だって、色々と迷惑をかけたからお返しだって、タダで良いって言うんですよ。でも割と彼らの経済状況はよろしくないようですし。職人さんをタダで酷使とか、ちょっとイヤですね」
職人さんとは腕一本で世を生き抜くもの。
前世のように工場で大量生産とか不可能な世の中だし、労働には適正な対価が必要だ。
あとね、仲が良かったらもう少し甘えることも考えるけど、他人なのだぜ?
金銭でキチリと解決しておきたいです。
「そうは言うが、冒険者ってのはそんなに儲かるものではないだろう。羽振りが良いのは、ほんの一握りのはずだよ」
ディトリーさんが言う。
冒険者一本で食べていくならそうなのだろう。
でも、私の本業は絵師である。
ちゃんと儲かりそうなほうにシフトチェンジしたからな。
私はふっと笑って見せた。
「しかし私はウハウハなので大丈夫です」
ジト目で見られた。
そういえばディトリーさんも生活が大変的なことを言っていたな。
自慢じゃないです、すみません。
「隣の国にいた際にたくさんお金を稼いだのですが、その後なぜか山でサバイバルするはめになりまして、全く使う機会に恵まれなかったのです」
嘘ではない。
あんなに稼いだのに、私が使ったのって旅装屋さんでの衝動買いくらいだよ。
「…謎が多いね、確かに」
ディトリーさんはぽつりと呟いた。
言われた意味がわからなくて首を傾げると、彼はうっすらと笑った。
「アロクークからの手紙には、謎は多いが悪い人間ではないと書いてあった」
「…そうですか」
喜んでいいのかしら。
いい人ですって書いてあったなら素直に喜んだんだけど。
微妙な面持ちになる私に、構わず相手は続けた。
「君はひとつだけ嘘をついたね。どんな手品を使ったのかは知らないが、君は魔法の袋なんて持っていない」
一瞬息が止まった。
「…え」
なぜバレた?
鎌かけか? シラを切るべき?
少し迷ったものの…予想をつけられているのなら、肯定してもいいか。
何か組織っぽいものの上層とかに広められて利用されるのは困るが、平民1人がそんなこと言っても法螺にしか聞こえないもの。
お風呂のためである。
信頼を得るべく、私は首肯した。
「異質なので、魔法の袋と言うほうが世間に受け入れられやすいかと思いました。これは、私が生まれつき使える何かの力です」
魔法に分類できるのかどうかも、まだ判断はつかない。
身じろぎもせずにこちらを見つめていたディトリーさんは、小さく頷いた。
「嘘ではないことはわかった」
「…わかるものですか?」
「匂いでね」
私は再び微妙な面持ちになりつつ…そっと袖を持ち上げて顔の前に持ってきた。
…スン。
ちょっと、埃っぽい。
「ば、馬鹿だね。フラン君って」
目を上げると、身を捩って笑いを堪えるヒョロ長ヤロウの姿があった。
ぬぅ、こやつめ。自分がニオイとか言い出したくせにっ。
大体、意味のわからないこと言うから。
御守りの効能まで嗅ぎ分ける、嗅覚鋭い山の民なら嘘のニオイまでわかるかもしれないけど、ディトリーさんでは…、あ?
獣人に冷たい街で、アロクークさんに魔道具を作ったディトリーさん。
アロクークさんは、紹介状を受け入れてくれると思える程度に彼を信頼している。
このクズクズしい街で、彼らが親しくできた理由は、何?
同種なら、とも思ったけれど。彼にはケモミミも産毛模様もない。犬顔でもない。
「…混血だよ」
私がじっと見つめていることに気がついたのだろう。彼は笑った。
「本当はディトリーリィというんだ。人間と獣人のハーフだ。生まれたばかりの頃には尻尾があったけど、切られたそうだよ。だから、見た目は人間と何も変わらない」
し、しっぽ切るとか怖ッ。
確かにドーベルマンとか、犬種によっては断耳だの断尾だのあるらしいけどっ。
ピアス開けるのとは訳が違うと思うの。
「…急に何? ハーフが怖いの?」
きょとんとされたので、私の脅えを嗅ぎ取ったのだと知る。
「しっぽ切るのが怖いんですよ。貴方のどこに怖いとこがあるんですか」
決闘従士を甘く見んなし、ヒョロ長が!
でも拗ねて魔道具を売ってくれなくなったら困るから口には出さない。私、オトナ。
「僕は身体強化を使えるよ。見た目通りだと思わないほうがいい」
そんなことを言い出したので、私もつい対抗してしまう。
「ふふん。身体強化様には私も日々お世話になっていますよ。そっくりお返しします」
身体強化様が、貴方だけのものだと思わないでよね! 私だって、小さな頃から身体強化様と一緒に戦ってきたんだから!
何だこれ。身体強化様が「私のために争わないで」とか言う感じ?
「…どう嗅いでも純粋な人間だよね?」
「嗅ぐな。せめて魔道具完成まで嗅ぐな」
何となく嫌だ。お風呂、お風呂を早く!
正しく理解したらしいディトリーリィさんは、一瞬真顔になった後に爆笑した。
結局、ディトリーリィさんとニラファミリーは、アロクークさんのいた街へと移住を決めた。
アロクークさんに優しくしたせいか、街宿組合に睨まれて手を回され、ここのところ魔道具作成に必要な素材やらが手に入らなくなっていたらしい。
ぬうぅ。だからお風呂が1個しか作れないって言っていたのか。
ここでの商売も潮時だ、と笑っていた。
笑えるだけ、案外強かな人もわからんわね。
馬鹿な、大馬鹿なエヴァンネルの街の人達め。
あんな美味しいコロッケを作れるアロクークさんも、こんな素敵なお風呂を作れるディトリーリィさんも手放すなんて。
魔道具を作る足しになればと、手持ちの素材や魔石を分けたところ、お風呂のお値段から差し引きしてくれました。
でも、それなりに現金は必要だと思うので、こっそりと木工パパに託しました。
袋の中に木工パパ用とディトリーリィさん用の2つのお支払い袋を見つけて、ダブルで挙動不審になるがいい。
完成したお風呂をアイテムボックスに詰め、目的を達した私は、爽やかな気持ちで彼らの馬車を見送った。
よし、早速ひとっ風呂といこうではないか。




